最愛の人
「そして栗のお菓子の佳人さんの事ですが……」
まだ続くのか!?
そんな痛い視線が飛んでくる。
「お前が倒れたら主上が困るのはどうでもいいが、細君が心配するぞ」
何故いちいち劉輝を引き合いに出すのか深い意味はないだろうが、確かにあまり長々と話していては凍傷になりそうだった。
「貴方は最愛の人を自分の妻にして栄辱をともにする事を避けましたが、今新たな佳人を迎え考えは変わったのですか?生も死もともにすると、今度はそう思えるようになったのでしょうか」
それは悠舜自身が自分の生き方について問う等しいこと。
一つくらい、自分の人生に連れて来てもいいだろうか……
そんな欲を出してしまい、最愛の人を自分のどうしようもないかもしれない人生に連れてきてしまった。
悲しい思いをさせてばかりかもしれないけれど、彼女は許してくれると思って手を伸ばしてしまった。
負い目を抱えて得た大切なもの。
自分がそうだから皇毅も同じように愛する人を連れてきたなら、悠舜の我が儘は別にそこまで変な事ではないと開きなおれる。
けれど、もし……最愛の人には及ばぬ、いつでも切り棄てられるような情の薄い人だから傍においているならば、悠舜と皇毅の進む道は全く違うのだ。
皇毅はあの時とまったく変わらない
「飛燕姫に対する貴方の苦しみは茶州にいた頃の私に似ています。旧知として知りたいのです」
最愛の人を得た悠舜は変わったと、皇毅も思う。
「……そんな私情を話すだけで、疫病の件を引き受けてくれるのか。お人好しだな」
「官位も賄賂も困ってませんからいりません。それだけで私は満足ですよ」
同じ悩みを抱えたからこそ、皇毅の歪んでいるが純粋だった情に気がついた悠舜の本音が漏れた。
飛燕の名を悠舜が口にするだけで不快だった皇毅の心が漸く、栗のお菓子の佳人に戻ってきた。
可哀想な女だと思う。
健気に尽くしてくれ気に入った……
(それから、……なんだ)
あんなに強かったはずの情が霞んでいる。
悠舜には官位も金も通用しない。
−−−同じ想いを抱いているならば、協力して、否、同情して差し上げましょう
つまり、そういうことだ
飛燕姫への想いと同じく、悠舜の決意に匹敵する。
そんな想いがこの胸にあるのか。
「旺季様から縁談を持ちかけられていた。大理寺少卿の嫡子であり相手としては申し分なかったが……その話を破談にて彼女を傍においている……厚遇してやっているつもりだ」
もっと盛大に嘯いてみせればよいものを、飛燕姫の話をされて感情的になってしまっている。
丸め込むために吐かれる彼女への情は悠舜が感じ入るだけの言葉として出てこなかった。
見棄ててしまったのだから仕方ないのかもしれない。
「そんな上から目線な話、まるで満足出来ません。厚遇ってなんですか、召使いですか」
「なにがだ。ここまで言わせておいて満足できませんじゃないだろう」
「まるで満足出来ませんでしたが、皇毅が悩み藻掻いているのはなんとなく伝わりました。なので半分だけ協力して差し上げます。何があろうと王使は出しません。けれど貴方が望む部下も出しません。私は味方も邪魔もしませんから全部自分でなんとかしてください」
悠舜は足許にあったお手製の刺繍が施された行火を大切に抱えて立ち上がると皇毅に背を向けた。
−−−−悩み藻掻いているのはなんとなく伝わりました
−−−−厚遇ってなんですか、召使いですか
皇毅は寒さで痛みだす爪先に視線を落として、その言葉を突き返すことなく無言で受け取る。
「恩に着る……」
栗の佳人とのその後の話は、帰ってきたら話す
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