静かな夜
落ち着いてくださいと侍女を窘める玉蓮が鍋の中身を掬って口に入れた。
「美味しい。燕の巣ですね」
微笑む呑気な姫様に侍女は仰け反った。
あのですね、と侍女は熱り立つ。
「重要なのでもう一度言いますけれど、私がちゃんと混ぜなかったので変な塊が出来てしまったのです。当主様にお出し出来るものではないのです」
「貴女が……」
「そうです、私が!……わたしが、」
そこが一番重要な部分だったと侍女はガクリ、と肩を落とす。
この先、これをお出ししたら自分はどうなるのだろうか。小麦粉ならまだ誤魔化せたかもしれないが燕の巣は無くなったではそれこそ済まない。
夜食を台無しにしたくらいで異常に萎縮する侍女に、養い親と暮らしていた日々を思い出した玉蓮は溜息を吐く。
毎日当たり散らしていたご主人様に家人達は何か粗相しないかと恐れていた。
「そんなに怯えて……皇毅様は貴女達に罰を与えた事はあるの?」
「ありません。といいますか、私達にはあまり関心がないようですが、こればかりは見逃されないかと」
「大丈夫よ」
「な、何を根拠に」
本当に助けてくれるのだろうか、この姫様は。
まさか高見の見物しているだけだったらどうしてくれようか。
「燕の巣よりもっとよいものをお出しすればいいわ。私が作ります」
「え、姫様が……」
意外な助け船に侍女はゴクリ、と唾を飲む。
今から何が出来るというのか、しかも燕の巣の羹よりも良いものなど思いつかない。
今朝方、侍女頭から嫌がらせを受けた事などすっかり忘れてしまったような軽やかな足取りで食材を漁り出す玉蓮を止めるべきか。
しかし、これで燕の巣を台無しにした罪を免れて、しかも玉蓮に被せる事が出来ると考えてしまった。
侍女はそんなことを考えてしまった自分に対して口を曲げる。
「姫様に押しつけることなど出来ません」
「緑豆湯を作りましょう。お疲れの時は燕の巣よりいいわ」
「緑豆湯って、それ私達に出される褒美じゃないですか!当主様に家人のご褒美汁をお出しするのですか!?」
もうすぐ夜食を出せといいつかるだろう。
止めるべきか、助けてもらうか。
「姫様が当主様からお咎めを受けてしまっては、申しわけが立ちませんので……本当にお止め下さい」
「でもさっきは助けて欲しいと言っていたじゃない」
言ったけど、……と口ごもる侍女の横でちゃくちゃくとご褒美汁に手を加えてゆく。
「申し訳ございません。もしお咎めがあったなら、その時は私がお願いしたと申し出ます」
お助けくださり、ありがとうございます。
侍女は深く頭を下げた。
惻隠の情を感じ涙がこぼれた。
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