皇毅と医女


一番に脳裏に浮かんだのは玉蓮が退けてしまった高貴な姫、三の姫だった。

(あの人ならば身分も申し分ない。それにきっと皇毅様を大切に思ってくださる……けれど、)

−−−−ここにある私の気持ちはどこへ向かってしまうの

返す言葉が出ず無言で俯く玉蓮の手を凰晄は無遠慮に掴み、言葉に悪意をたっぷり塗り込んで投げつけた。

「皇毅の仕打ちを許したわけではないのであろう」

純粋だった玉蓮はもういない。
肚の底で何か企んでいる。

「貴女がここにいられるのは、最初に連れて来られた日と同じくただの皇毅の気まぐれです。追い出すと一言口にすれば邸の者は誰も貴女を守ることなど無いと心得よ」

握られた手が震えている。
侍女頭もそう、家令もわざと辛く当たっているのだと感じた。

凰晄の細く筋張った手に自らの掌を重ねてみる。

「私が皇毅様にとって特別な存在だと、そんな風にはもう思っておりません。旺季様の推挙される方こそ、特別な存在と成り得るのです。私では届きません」

これで安心してくれるのだろうか。

でも、一つ不可解な事があった。
この場で言うつもりはなく、皇毅に問いたい。

『王から賜る縁談こそ最上の栄誉 それなのに何故、それを旺季に請うのか?』

皇毅が背負う影の片鱗がほんの少し見える気がする。
だからこそ迂闊に口に出来ない。

重ねられた手を凝視する凰晄の瞳は暗い色を落としていた。
かつて葵家の落日をその目で見ている家令も、得体の知れない不安を抱えているのかもしれない。

「でも、私は知りたい事を知るまではここにいさせて頂きます。たとえ皇毅様が奥様を娶られようとも」

「その言い草やけっぱちか。私情などこれっぽっちも興味はないので勝手にやるがいい。しかし皇毅に返り討ちにされてもまた、これっぽっちも気にしないのでそのつもりでいなさい」

「はい、頑張ります。ふふふ、」

発狂するどころか笑い出す玉蓮に凰晄は心底深い溜息をはいて背を向けると茶を淹れた。

卓子の上には茶器が二つ。
凰晄は椅子に座って玉蓮を手招きして呼び寄せた。

「朝貢の銘茶だ」

「え、朝貢!?」

「本当に下賜されているのか怪しいものだが、お茶好きな当主のお陰で一級品の銘茶が飲める。貴女もどうですか」

勧められるままに銘茶を一口飲んだ玉蓮は涙目になる。最後に飲んだ茶は父茶だった。

「これは雪頂含翠でございますね。素敵な香りが染みます」

「銘茶の味が理解出来るようだな。これは蓮に落ちた朝露を集めて淹れたものだ。さて、銘茶で釣るわけでもないが、皇毅の奥方を迎える役目。担ってくれるのか?」

「はい、承知致しました。葵家のご正室候補に万が一などあってはなりません。皇毅様への旧情、このお役目を全うすることで果たします」

お茶と一緒に飲み込んで、飲み込んで、
本当は旧情などではない。今でも、心にいる本音を玉蓮は肚の底に飲み込んだ。

色々たまり過ぎて苦しくなっても。





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