皇毅と医女


皇城御史台では大机案に向かい皇毅が同じく雪頂含翠の銘茶を飲んでいた。
茶器の蓋を何度かすり合わせ、なかの茶を口に運ぶ。

「そろそろ来る頃か」

書翰が積んである函ごと棚にしまい鍵を掛けていると扉が叩かれた。

「失礼します!命じられていた調書を纏めてきました。あと、始末書です……」

入室した秀麗は一礼する。

差し出す始末書は勝手にコウガ楼の捕縛に混じっていたことに対してのものだった。
言葉もなく受け取って確認すると皇毅は素っ気なく書翰を端に置き捨てた。

自分の仕事のものを全て棚にしまったので大机案には茶器と葵家から運ばれてきた重箱のみになっている。

「板打ち三十の刑くらい覚悟して来たのだろうな」

「板打ち!?……の、望むところです……けど、」

「けれど、なんだ?お前の官服は紅色なので板打ちで服が血に染まっても見栄えはしないだろうな。惜しいことだ」

秀麗はその姿を想像してぞっとしたが、ここで逃げ帰ってなるものかと食い下がる。

「板打ちと引きかえに教えてください。長官のところへ戻った玉蓮さんはお元気にしていますか。暫く私の家にいたのです。なので私には心配する権利があり、長官は問いに答えるのが道理かと思います」

皇毅は予定通りすぎるこの顛末にむしろ可笑しくなってきて、嗤いそうになりもう一度茶を口に含む。

「お前みたいなひょろひょろを板打ちにしたら一生歩けなくなる。更に使えなくなるのは此方が困るので特別に免除してやろう。そして、お前がまたいらん情けをかけまくった玉蓮さんだが、私の家でおもしろおかしく暮らしているので安心してもう関わるな」

板打ちの刑が免除されほっとしたが、玉蓮の詳細については納得できなかった。

「長官の家でおもしろ、おかしく……。そんな楽しいことになっているなら示してください。御史たるもの証拠無しに信じることなんて出来ません。そう長官から教わりました」

ひゅん、と筆が風を切って飛んできて、避ける間もなく秀麗の眉間に直撃した。

「いたっ」

何か手を打たないと邸まで着いてきそうだ。

しかしこの事態を容易に想像していた皇毅は玉蓮が作った饅頭を弁当に詰めさせて来ていたのだ。

「彼女が何故私の元へ戻ったと思う。ちんくしゃ娘には分からんだろう」

「有り体に申し上げますと、長官を暗殺しに戻ったと思ってるんです。阿呆な部下の勘違いならいいのですが」

板打ち百回覚悟で突き詰めると、ニヤリ、と嗤われた。

「そう思っていたのか」

見当違いとも的中とも明かさぬまま皇毅は弁当箱の蓋を開けた。
貴重な食材がふんだんに使われた菜が詰められている。

しかし二段目の点心や饅頭を詰める段に寒苦しいものが鎮座していた。
玉蓮の作ったいびつな薬草饅頭。

何度も銀の箸で何度も突き刺されており、更に可哀想な感じに中の薬草がはみ出ているが、この腐ったような草こそ玉蓮のものだと確信出来る。

秀麗は注意深く饅頭を眺め、安心したように微笑んだ。

「これ……、玉蓮さんのお饅頭だわ。よかったお元気そうで」




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