其々の思惑


陰でこそこそする侍女裏行玉蓮を横目で観察しながら、朝餉の粥や羹と皇宮へ持参する弁当を広い卓子に並べて行く。

すると案の定、蒸籠を抱えて近づいてきた。
点心が入った匣の蓋を開けると早速何やら詰めている。

(ちょっと姫様……?)

呆れてものも言えなくなった侍女をかき分けて朝餉の出来映えを確認する侍女頭が前に出た。

侍女頭は無言で銀の箸を取り出す。
そして玉蓮の見ている前で詰められた健康饅頭に箸を突き立てた。

グサグサと何度も刺すものだから饅頭は三つとも形が崩れて無惨な姿になってしまった。
そんな侍女頭の無言の威圧は侍女と玉蓮を凍らせた。

周りが凍る中、漸く箸を引き抜いてじっと箸が黒ずんでいないか確かめる。

「あの……」

玉蓮が申し訳なさそうに声を上げると鋭い視線が返ってきた。

「毒は入っていないようですが、見栄えが悪くなってしまいましたのでこの饅頭は外させて頂きます」

「そ、そんな……これは、皇毅様にとって身体によいものを詰めております。是非勧めて頂きたく、…」

言っているそばから侍女頭は饅頭を取り出そうとすると、玉蓮の手が割って入った。
終始おどおどしていた癖にしっかりと手を掴んで離さないその手に侍女頭は目を見張った。

「離しなさい」

「ご趣向に合ったものばかりを詰めて何になります。ご機嫌だけとれれば良いのですか?皇毅様のお身体は万全ではありません。これは厨房を任された貴女が気を使わなくはいけない事です」

その眼差しには戒めと悲しみが込められている。
そんな風に感じた。

思い出される。
ともに流転の化粧売りを探しにいった時のこと、
その時も今と同じ真剣な眼差しだった。

この人は何も変わらないのに、この邸と自分は変わってしまった。苦しさと悔しさが湧き上がる。
玉蓮の手を振り払って侍女頭は叫んだ。

「期待を裏切ったのは、姫様の方ではありませんか!自分の仕事が終わればこの邸を去る癖に、そんな厚顔を貼り付けて上からものを言わないで!いい人演じているのならもう止めてくださいませんか!」

普段は比較的感情が顔に出ない侍女頭の目からとめどもなく涙が溢れていた。

期待していたのに、やがてこの邸の気風が変わり、名家としての息吹を吹き返すと。
肚に溜まっていたものを吐き出してしまった。
どうして凰晄にではなく、この人に当たってしまったのだろうか。
凰晄には恐ろしくて言えない、でも姫様ならば許してくれそうだと、心のどこかで思ってしまっていた。

醜態を晒し、苦しさをぶつけ、彼女に甘えてしまった。

これが凰晄の耳に入れば降格だと感じた侍女頭は心底疲れたように備えられた丸椅子へ腰掛けた。
すると玉蓮が跪き、今度は優しく手を掬い指を当て脈診してくれる。
中傷され怒りでぶっ倒れたいのは寧ろ玉蓮の方だろうにと侍女頭は項垂れた。

「朝から騒がしいと思えばやはり此処にいたか」

低い声が飛んでくると侍女達は一斉に礼をとる。

葵家当主のお出ましに、今の言葉を当主様に聞かれた可能性があると感じた侍女頭は愈目眩を起こしかける。
皇毅の元へ飛んでゆくと思われた玉蓮はふらふらになっている侍女頭が心配なのかその場で礼をとるだけに留まった。

皇毅はそんな玉蓮を一瞥し、不吉な健康饅頭の詰められた弁当匣の前に立ち見分を始めた。
銀の箸で穴が開き、中身がはみ出ているため薬草の匂いが更にきつくなっている。

復縁を応援したい侍女達は全員この悲劇を呪った。
得体の知れない饅頭にどんな嫌味辛味渋味なお言葉が繰り出されるかもはや聞いていることしか出来ない。

「この饅頭は……お前が作ったのか」

「はい、皇毅様の健康饅頭です」

思わず吹き出しそうになった侍女の一人が自分の太股を自ら思い切り抓った。

笑うところにも叱責されるところにも思え、どっちに転ぶのかと侍女達全員が礼をとったまま固唾をのんで見守っていた。

「そうか、ではこのまま皇宮へ運んでこい」

「は、?」

思わず声を上げたのは玉蓮ではなく、礼をとっていた侍女で真っ青になり床に頭をこすりつけて伏礼になった。

あり得ない言葉に凍ったままの厨房場から皇毅は踵を返してしまった。
何をしに来たのだろう。玉蓮を探し、彼女の手作り饅頭を持って行きたいと伝えに来たのだろうか。

そうだとすれば喜ばしいことだが、もはやこの二人の関係は拗れすぎて裏があるようにも思える。素直には喜べない。溜息しか出なかった。

玉蓮も心中深げに皇毅の背を視線で追っていた。



侍女頭の不調を伝えられた凰晄に呼び出された玉蓮は、てっきり事の顛末と侍女頭の様子を訊かれるのだと思い彼女の為に煎じようと書き付けた処方箋を手に家令の室の扉を叩いた。

凰晄は背筋を正し室に備え付けられた廟の前に跪いて経をあげていたが、玉蓮が入室すると立ち上がり長椅子に腰掛けた。

「侍女頭の心労の原因はわかっている」

処方箋を受け取った凰晄は薬材を確認し書き付けた料紙を返し、困ったものだと肘だけ枕に寛げる。

「当主の正室と側室候補を旺季様から再び推薦してもらうことになっている。今まで侍女頭にはその補佐役を担ってもらったが、元妻の貴女が戻ってきたことにより心労となってしまったようだな」

「……はい?」

今聞き捨てならない事を並べられたような気がするが、凰晄は眉すら動かさず指を突きつけてきた。

「貴女のせいでもあるのですから、代わりに補佐役を任じる。当主の奥方二人をお迎えします。心して補佐なさい」

玉蓮は突きつけられた指をぼんやり眺めるしかなかった。





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