其々の思惑


『鉛入りの白粉』を見抜き使っていた侍女仲間を救った玉蓮に恩を感じている。
だから出来るなら、彼女を匿っている侍女達と共に味方になってやりたい。

しかしこの邸を取り仕切る凰晄の意向は絶対だった。
この家令が玉蓮を追い出す算段をしているならば、従うしかなかった。

「凰晄様、その料紙に何か問題がありましたか」

「大有りだ」

手に持つのは二通の文。
一通は上質な紙で封蝋を破った跡がある。もう一通は庶民が使うような薄く煤けた紙だった。

上質な紙の方は玉蓮が三の姫から預かっていたもので皇毅から三の姫へ宛てられた睡蓮の文。
そしてもう一つは、薬材店で働く玉蓮へ常連客が預けたもの。

玉蓮は常連客がコウガ楼の胡蝶へ宛てる恋文だと思い預かっていた。
しかし文の中には店先で働く美しい医女へ向けての精一杯の想いが綴られている。

「あの医女は自分に宛てられた恋文を後生大事に持っている。それがこれだ」

侍女頭は目を見張った。

「そんな馬鹿なこと……姫様がそんな不貞をするなんて、何かの間違いではありませんか」

思わず『姫様』と口にしてしまった侍女頭は気まずくなって頭を少しだけ低くした。
もしその文を凰晄がでっち上げているのかもしれない。けれど玉蓮が本当に恋文を隠しながら当主に近づいていたとしたら、それは許されることではない。

「凰晄様その文、当主様に差し出す前に、濡れ衣なくお調べください」

侍女頭が言える精一杯はここまでだった。
もしこの文が本当に玉蓮に宛てられたものだとしたら、それを後生大事に隠していたとしたら、きっと葵家の当主は許さないだろう事は容易に想像できた。

「これは言い訳の立たぬ証拠の品。そう簡単に当主へ出すものか。その前に玉蓮には当主の不興を存分に買ってもらう。突き出すのはそれからだ」

凰晄は侍女頭に追い落とす奸計を耳打ちする。
それはこの邸丸ごと使って玉蓮を騙し討ちにする話だ。

何故ここまでするのか、侍女頭には分からない。
皇毅の妻として調度品を整え葵家を取り仕切るようにと帳簿を渡していたのを見た。
あの時は厳しいながらも玉蓮を評価し守っていたように思えたのに、全てあの夜にひっくり返ってしまった。

夜盗ではなかったのか、夜盗でなければなんだったのか。

「凰晄様……他言は決して致しませんので、私にだけは教えてください。玉蓮様を退ける本当の理由が知りたいのです」

凰晄は眉間に深く皺を刻み揺れる蝋燭の炎を見据えた。

「彼女を取り巻く闇の正体が分からぬからだ」

侍女頭は視線を逸らした凰晄の次の言葉を待つが、沈黙が降りる。

「凰晄様、闇とは、……分からないとは」

「玉蓮は当主にとって害になる事だけは確かだ。しかし何故どのように害になるのか、それが全く見当もつかぬ。退けるしかあるまい」

侍女頭は一つだけ、確信した。
夜盗を引き入れた犯人は凰晄だったのではならろうかという疑惑があった。

しかしそれは凰晄ではなかったと感じ取ることができた。
この家令も得体の知れぬ闇に頭を悩ませ続けているのだと。





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