其々の思惑


侍女頭が室を出ると、風が枯れた枝の間を吹き抜ける音が不気味に聞こえてきた。
灯を落とした回廊は寸毫先で暗闇に包まれている。

皇毅が帰邸している時は奉仕をする主の為に回廊の灯りを煌々と焚いているはずなのに、闇が深く邸を飲み込んでいた。

東偏殿での一画だけ小さな灯りが漏れている。
空室だったはずの室内には人の気配があり、おそらく玉蓮を匿う侍女達が引き入れたのだろうと容易に想像がついた。

気が付けばそんな扉の前に立ち佇んでいた。
自分は凰晄から命じられた仕事を優先しなければならない。ここで会えばきっと情が玉蓮の方へ傾いてしまうだろう。

「自ら苦境を乗り越え、お戻りになることを願っております」

願いを込めて訴え、深く一礼して侍女頭は扉の前から踵を返した。




翌朝早く、静まりかえった厨房場には細い煙が一筋窓から上っていた。

誰よりも早く起きて、未だ人気のない厨房の竈に向き合い煤だらけになっている玉蓮は蒸籠をぱかり、と開けるなり満足げに微笑んだ。

湯気で充満する蒸籠の中には大して見栄えもよくない饅頭が三つ。

「健康饅頭」

不吉な独り言を漏らした所で厨房担当の侍女達がのそのそと入ってきた。

「きゃ、」と小さな悲鳴をあげて隠れる侵入者に侍女達はびっくりして飛び跳ねた。

「だ、誰かいるの!?」

返事は返って来なかった。
まだ暗い室内を入口から顔だけ出して様子を窺う。
しかし眠い頭が覚醒してくると共に容易に想像できた。

(驚いた時に『きゃ、』なんて叫ぶ人、姫様しかいない)

「姫様!!」

鋭い口調で叫ぶと柱の裏から人影が現れ、竈の上に乗っていた蒸籠を棚に押し込んでから此方に走ってきた。

「お、おはようございます!侍女裏行、竈に火をいれておきました。次は食器を拭いておきますね」

侍女裏行?

そんな事言いながら、ちゃっかり何か作っていたではないか。
侍女達の視線は棚からはみ出している蒸籠に向けられた。

「竈に火をいれて何か拵えていらっしゃいました?」

今度は玉蓮がびくりと跳ねる。
まさかあの行動で誤魔化せたつもりだったのだろうか。そんな馬鹿な、世の中そんなに甘くない。

玉蓮は目を泳がせながら言い淀む。

「あの……私の事などお気にさならずに、お仕事されてくださいませ。では隅の方で雑用をさせて頂きますね」

「姫様まさか、拵えたもので、当主様を……毒殺するつもりじゃ」

「そんな、皇毅様に健康饅頭をお作りしたのです!」

あ、しまった。
そんな顔をして玉蓮は俯きながら蒸籠の横に並ぶ食器を布で拭きだした。
どさくさに紛れて当主の弁当にでも詰める気だろう。

昨夜二人の仲が決裂してしまったのではないかと胸を潰して心配した侍女は自分の健気な気持ちを返せと心中毒づいた。





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