違和感の行方


玉蓮は少しだけ俯いた。
初めてこの邸を訪れた夜、悲しみと不安に押し潰されそうになりながらも、必死に皇毅の背を目で追いかけていた。

あの時は皇毅が気がついてくれた。そして葵邸はあの時と何も変わらないように見えた。

暗い邸内も、凰晄の冷たい眼差しも、遠ざかる皇毅の背すらも、あの夜と同じなのに、玉蓮は皇毅の背を追いかけない。

些細な違いを凰晄は見逃さなかった。

この娘は復讐に来たのかもしれない、そう無言のうちに悟る。

−−−−可哀想な子……

本音は決して口には出せない。

事情は分からないが、玉蓮には非などないに違いない。
皇毅に振り回され、きっと今も振り回され続けているのだろう。

しかし凰晄は葵家の家令であった。守るべきは葵家だけ。
どうしてそんな風になってしまったのだろう。
皇毅が葵家の最後の生き残りである限り忠義を尽くすのは定めだと思っている。

凰晄もまた夫を葵家の主に殺された事でこの家に縛られていた。
だから余計に玉蓮が可哀想に思えた。

「凰晄様……お久しぶりでございます」

礼をとる玉蓮を上から見据えて改めて考える。

(何をしに帰ってきたのだろうか)

考えると背筋に寒気が走った。皇毅に棄てられた事だけではない気がする。
それだけでも充分復讐するに値しそうだが、凰晄の知らない恨みを肚に溜めているような気がしてならなかった。

「今更、帰ってきて……また妻の座でも目指すつもりか」

浚われて馬車から逃げ出すために転落した時、寒い嵐の夜、怖くて泣いていたあの夜に、葵家からは誰一人として救出へ向かわなかった。

家人達は殆ど倒れており向かえなかったと云えば言い訳も立つかもしれないが、それから何日たっても誰一人として迎えに行かなかった。
最初気にしていた侍女達も日がたつにつれ忘れていった。

そんな薄情で陰湿な家に戻ってどうしようというのだろう。

玉蓮は真っ直ぐに見つめ返してきた。

「皇毅様は……」

惨めな事は言いたくなかったが、ここで伝えておくしかなかった。

「私を葵家に迎え入れてはくださいませんでした。私には公に出来る戸籍がございませんので、貴族の妻に迎え入れられることはないと、心得ております」

「それならいいが、では何をしに再びこの邸へ来たというのだ。働き口でも探しているならまず確かな紹介状を出しなさい」

何一つ持っていない玉蓮に手を差し出す凰晄の眼光は此処で食い止めてやると殺気立つものだった。
事情は分からないが、玉蓮をこの邸にいれてはいけないと脳裏で警鐘が鳴り止まないのだ。

だから可哀想だが此処で追い返さねばならない。

皇毅を守る為のような振る舞いだが、凰晄は此処にいては玉蓮の身が危ないと察していた。
だから追い返す。

皇毅の為ではなく玉蓮の為に。





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