違和感の行方


西偏殿へと繋がる外回廊から皇毅が此方へ戻ってくる。

睨みあう家令と玉蓮の間をわざわざ通って振り返った。

「皇城へ軒をだせ」

「そこの空気読まない当主。この修羅場を収めてから行ったらどうですか。それともこの娘も宮城へ連れて行ってくださるのか」

置いて行かれても困るんですけどと言いたげな家令を一瞥しても皇毅は全く表情を変えなかった。

「そこの医女の事は放っておけ。気が済んだら出て行くだろう」

「そこの医女の気持ちなど、これっぽっちもいらない当主のこの先をみるのが実に楽しみですな。いってらっしゃいませ」

その発言に軒を出す準備をする家人が凍った。

ついにこの家令も終わりか。
とっくにクビになってもおかしくなかった環家令だが、流石にこの発言で終わりだろうと恐怖の表情のまま蝋人形のように皇毅の出方を窺った。

「そんな不確かなものこれっぽっちもいらんが、私の正妻を推薦する条件は以前と変わらず、旺季殿の推す者のみだ。心得て旺季殿に土下座でもしてこい」

いよいよ場が凍る。

しかし玉蓮だけは今の言葉に違和感を感じた。
小首を傾げる玉蓮の姿を視界の端にいれた皇毅は眉間に皺を刻んだ。

玉蓮の違和感は常に核心を突いてくるのだ。

『不確かなものこれっぽっちもいらん』

『正妻にするのは旺季殿の推す者のみ』

この最低最悪宣言に普通の女ならばどこまでも幻滅するだけだろうが、玉蓮は訝しげに首を捻っている。
皇毅は勢いで口を滑らすのではなかったと後悔した。

深い沼の底に沈む泥の中へ手を伸ばし、皇毅達の狂気の証拠を掴まれそうな錯覚に襲われる。

そう思うと家令の不遜などどうでもよくなった。

そのまま軒に乗り込む皇毅の気が変わらないうちにと、家人達は急いで車輪止めを外し軒を走らせた。
ガラガラ、と忙しない音が遠ざかると皇毅も家令もいなくなって玉蓮だけがポツン、ととりのこされた。

「あ、……あの…私は…何処で寝れば……」

皇毅の薄情さなど慣れっこの上に最早どうでもいい玉蓮は自分の寝床の心配をしだした。
いくらなんでもこの吹きさらしの門の前で寝たら凍死するかもしれない。
朝になったら足の小指が腐ってましたとか困る。

「姫様!こっちこっち、」

小さな声が聞こえたと思えば袖を後ろへ引かれた。
振り返ると顔面蒼白の侍女が二人一生懸命腕をひっぱていた。

服に小枝やら枯れ葉やらをくっつけた侍女二人はどうやら外回廊の藪の中から出てきたようだ。

「凰晄様がいないうちに、早くこっち!急いで」

何故藪の中にいたのか、何処に連れて行くのかなんの説明もないまま侍女は玉蓮を走らせた。

向かっている先が侍女達が寝起きしている東偏殿だと分かると玉蓮の頬がほんのり色づいた。

それにしても見つからないように必死なのか外回廊ではなく庭院の藪をかき分けて進むため、玉蓮もすっかり小枝まみれになり最後には頭に蜘蛛の巣が乗っかっていた。






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