天命尽きるまで


また同じ事が起こる。
玉蓮の村が受けた悲劇が繰り返されるのだ。

過去と同じ事が起こり、そこに彼女が求める答えがあるのかもしれない。
そして復讐する場所であり、もしくは天命が尽きるかもしれぬ場所。

「連れて行ってください」

「猶予をやろう。私の身辺を探り、過去へ繋がる道を見つけたなら追ってこい。追って来られたならば……そこで全てを明かしてやる」

疫病で封鎖された村の”たった一人生き残り”
同じ場所へ還ってゆくつもりならば、その時、どうしてこうなってしまったか明かしてやろう。

皇毅は手を伸ばした。
今度は連れ帰る為に、彼女へ向けて伸ばした。

硝子玉の瞳からは涙は零れなかった。
待ち望んでいたはずの手をとる時には全てが歪んでしまい、復讐へと向かってゆく。

「私の、最後の我が儘をきいてくださりありがとうございます。『その時』が来るまで、ご恩に報います」

「最後か……」

どちらかが折れれば、最悪の事態は回避出来るだろう。けれど、玉蓮にはもう折れる理由もないのかもしれない。

夢もあるけれど、失うものもない。

「仇をうつなど、くだらん事を考えたな。そんな暇あるならば、鍼をうつ練習でもしていた方がいいだろう」

「鍼をうつ練習も致します。やり遂げた後にも夢がありますから、私は天命まで生き抜きます」

もしかして本当に本懐を遂げられて、皇毅の方が絶命しそうな、そんなあっけらかんとした声に強さを感じた。

「もう私のくだらん愛に縛られる事がなくなって、よかったな」

「…………」

玉蓮は答えなかった。

やけっぱちに出した手を握られて、一見仲直りでもしたかのような図になっている。
秀麗が見つけたら、「うわっ!」と絶句し「玉蓮さんやめときなさい」と説教でもしそうだ。
本当にやめとけと皇毅も心底そう思うので、むしろ説教しに来て欲しいくらいだが、人払いしてある回廊はしんと静まり人気はなかった。

縹家の丸薬は外れだったようなので、捕縛は御史達にまかせそのまま裏に留めてある軒へと向かう。

そういえば『桃遊楼』から玉蓮を連れ出した時も、こんな月が高く昇る夜だった。
あの時はお互い心を通わせようとしていた。
同じ様な夜なのに、まだ風は冷たいのに、握られた手は軒の前で素っ気なく離れた。

「一度邸へ寄ってから皇城へ向かえ」

短い指示を出すと皇毅は軒へと乗り込んだ。
中から一瞥されるが、玉蓮は軒の中へは乗り込まなかった。
代わりに名残惜しそうにコウガ楼の外壁を見上げる。

お世話になった方達へ何も言えないまま離れてしまうことになってしまった。
けれど、もう少し時間はあるだろう。
名残り惜しい人たちにもう一度会う機会はきっとあると一人頷き高い壁へ向かって一礼した。

蔀すら降ろされた軒が出ると玉蓮は馭者と共に歩き出した。
皇毅は葵邸へと向かうと言っていた。
玉蓮はあの夜と同じく、何も持たず身一つで軒についていった。


葵邸では、予定にない皇毅の帰邸の報せを受け、家人達は慌ただしく迎える準備に動いていた。
玉蓮が浚われたあの夜から、皇毅はまた皇城に詰めっぱなしで滅多に帰っては来なくなっていったので久しぶりの出迎えとなる。
何かのついでなのだろうと家令の凰晄は思っていたが、やはり帰ってくると聞いて少し安心していた。

門の前で待っていると、皇毅の乗る軒が見えてきた。
凰晄は軒に向かって一礼しようとしたが、軒の横に付き従う人影を認めた瞬間蒼白になった。

「玉蓮……」

何故、今更、

礼を取るのをすっかり失念したまま佇む家令の前に軒が留められ主が降りてきた。

皇毅に問いただすはずが、凰晄は玉蓮から目が離せず固まったまま驚愕する気持ちを漏らした。

「何処から来たのだ……」

「妓楼から参りました」

初めて会った夜と全く同じ言葉を返してきた。
けれど、別人に思えた。

無邪気で健気で泣き虫な玉蓮の顔ではない。皇毅によって消されてしまった。そんな風に思った。





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