師匠との約束
玉蓮と妓女が二人してガタガタと震えている室から出た清雅は当てがわれた持ち場へと戻っていった。
後ろから着いてくる護衛は何度か後ろを振り返り、また周囲に気配が無いことを確認してから、気になっていたことを主に訊いてみた。
「縹家が絡んでいる情報が本物だったとしたら、あの女が黒幕なのですか?」
あの女とはきっと、妓女の方ではなく医女玉蓮を指しているのだろう。
「こんなお天道様カンカン照りの丸見えな場所で無駄口とはいい度胸だな」
ギロリ、と清雅に睨まれ護衛は興味本位で訊いてしまった事を後悔した。
博打大会など実際のところ日常茶飯事なのだから、官吏が関わっていようがいまいが放っておけばいい。
しかし『不老不死の丸薬』が詰められた匣に縹家の紋様が刻まれていた情報が流れると、途端に御史台が動き出した。
その動きは水面下であり、事前に公になることはない。
公になった時には事が大事に発展し捕縛が完了した時だった。
護衛にいらん事言われた清雅は柄にもなく本気でイライラしだした。半分はその通りだったからだ。
昔、まだ先王の御代に裏で縹家を動かし、御史台の追従を撒いた者がいたという。
縹家は神事を司る反面、異能と高い身体能力を利用して、代々暗殺も請け負っていた。
縹家に暗殺を依頼した者のせいで先王の御代は崩壊したが、結局確たる証拠もなく歴史の深い闇に沈んでしまった。
「あんな女にそんな度胸と英知はない……」
清雅は独り言のようにポツリ、と漏らした。
しかし重要事項も忘れずに付け加えた。
「そんな風に思っていると、お前の首だけが地面に転がるぞ」
「は、はい。申し訳ありません」
一瞥されると護衛は凄みに押されて身を引いた。
とんだお喋りをしてしまったが口から出してしまったものはもう飲み込めなかった。
清雅が冷笑に伏さなかったことから、強ち見当違いでもないのかもしれない。
御史台は縹家とその依頼人を捕まえる為に動いていると、それが開けてはいけない真実の匣だった。
使えない護衛の謝罪を背で受ける清雅はコウガ楼に漂う空気の流れを勘のいい肌で感じ取った。
縹家の兇手が混じっていれば、空気が微かに澱む。
そしてその最奥に依頼した黒幕が鎮座しているはずだ。
その最奥……
どうしてあの医女は全てを振り切ってコウガ楼へ現れたのだろうか。
皇毅が彼女をわざとこんなところへ送るわけがない。もしも『不老不死の丸薬』が縹家直伝の本物だったとしたら、最後に仕掛けられた罠が誰かを貶めるのだろう。
御史台は何故、こんなにも縹家に振り回されるか。
それは護衛の言うとおり、かつて御史台が敗北を喫し、その余波が王にまで及んだ事にあるのだろう。
縹家が関わるものは、ガセであろうと、寸毫『当たり』の可能性あれば潰す。
それが旺季から引きついだ現御史大夫の意志だった。
根深い因縁を感じた。
(長官が紅秀麗を外した理由も察しがつく。あの女では何もかもひっくり返されそうだからな)
そんな事を思いながら、何の気なく窓の外を眺めた清雅は驚愕した。
紅秀麗の名を思い出した途端に湧いてきたのだ。
中庭に猛然とした表情でキョロキョロしている紅秀麗と、後ろにはいつものタヌキ。
一番厄介なのが最後にくっついている羽林軍のヤツ。
今日は非番ですから官吏ではございませんとでもいいたそうな私服姿だ。
官服丸出しで来れば命令違反で蹴り返せるが、敵もさることながら我々は一般人ですよと言いたげな阿呆面でうろうろしていた。
少なくとも清雅にはそう見えた。
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