陽が落ちて始まる



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情とは何か、

情はいずこより起こる
一往来に深く
生けるもの死を恐れず、
死しても心に蘇る

………理由を問うても分からない
それが情だ


ーーー彼女にそんな話をした事があった。
皇毅の心を察し彼女が口にした返答も気に入っていた。

夜通し語り合いながら、合間に聴いた見事な琴の音色は今でも鮮明に覚えている。
あの頃は官位など全然高くなく、ただの捨て石な監察御史の一人だったが、今よりも時間は少しばかり余っていた。

官吏になっても何故か貧乏なままだったが、今よりも好き嫌いをあからさまに出きる自由もあった。

ずっと傍に居て欲しいと、偏屈な口が裂けてしまっても言ってみれば良かったかもしれないが、葵家の狭い囲いの中で一日中刺繍をしているだけの毎日を強いていいものかと、彼女を遠く離れた地へ送ってしまった。

旺飛燕

彼女が間諜として纏めた蝗害の記録を全て入手しなくてはならない。
縹家の門が開かれるその時まで、縹家の名を汚す種は摘んでおかねば……。

急に視界が歪み、また酷い頭痛に襲われた。
皇毅は小袋の金具を開き中に入っていた『不老不死の丸薬』を口に投げ入れる。

一時的にだがよく効く丸薬だった。
一体何が入っているのだろうか。

そんな事どうでもいいと皇毅は長官室の窓へ視線を移した。
陽が落ちてゆくのが見え既に夕暮れ時となっている。
捕縛が滞りなく終わり、縹家の紋が入った紛い物を押収してから重役登場するつもりだったが、先ほど清雅からの報告書にだけは目を通しておくかと文を開き、眉間に皺を寄せた。

報告書には最後にコウガ楼に紅秀麗と榛蘇芳が私服で彷徨いているとあった。

皇毅は室に誰もいないので遠慮なくガクリ、と頭を落とし指で額を支えた。
あれだけ寄るな来るなと命じておいたのに、何しに来たというのか。

否、薄々分かる。

博打官吏の捕縛に興味を持っているのではない。
居候しているらしい玉蓮がコウガ楼で博打に参加する事が絡んでいるのだろう。
つまり、彼女がコウガ楼に来たという事だ。

億劫で考えたくない事だった。
無情に棄てておいて、未だに開き直れないでいる自分にも嫌気がさしていた。

玉蓮がコウガ楼の博打に参加しようとしているのは間違いない。
妙な事に関わる奇行癖は知っているが、もしかしたらそれは自分に会う事も目的の一つなのかもしれない。

ほんわか八の字眉毛が思い出される。
しかし、彼女は決して単純明快な性分ではない。

どんな確執があろうと、どんな所行を受けようと、盲目的に自分を慕って会いたいと思っている。そんな甘ったるい勘違いが出来るくらい自分も阿呆なら良かったとも思う。
しかし皇毅も単純明快な性分ではなかった。

玉蓮は家族の最期を調べようとしているのだ。
晏樹だけでなく、飛燕姫の日誌も切っ掛けになったかもしれない。

村の事を調べて『誤解でした』ならば大いに調べてくれて結構だが、最悪の結末しか用意されていない。
それが事実なのだからその結末は変えようがないのだ。

そして、それを知って彼女はどうするつもりだろうか。
晏樹が面白がっていたように敵討ちにでも走るのだろうか。

治まるはずの頭痛が治まらない。
こんなに辛いのは、きっとまだ彼女に情が残っているからだ。


情とは何か、

情はいずこより起こる

理由を問うても分からない


しかし……彼女が立ち向かって来るならば、返り討ちにしなければならない







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