▽ その手を取って6
レイが宿屋に戻る時にはすっかり夜も更けていた。
思わずレイは息を吐く。今日はいろいろなことが起こり過ぎて頭が痛い。
チェリッシュ及びジュリアには作戦がばれていて、どう出てくるのかわからないこと。からかいと称してどんなことをしてくるかわかったもんじゃない。
もし、神託の盾と結託していたらと思うとぞっとする。奴はどんなことをしても邪魔してくるだろう。そう思うとまた溜息を吐きたくなった。
「そんなにため息つくと幸せが逃げてしまいますよ?」
いつの間にか隣にいたジェイドにレイは顔を曇らせる。
「おや、機嫌が悪いですね。何かありましたか?」
やはりすぐに気づかれる。そんなにわかりやすいだろうか。一瞬間を置いてレイは答えた。
「チェリッシュに会った」
ジェイドはわずかばかり目を開いて、すぐに笑った。
「あの変態に会ったんですか。いやぁ、もう死んでるものだと思ってましたが。しぶといですねぇ」
にべもない言い方にレイは閉口する。チェリッシュとジェイドは本当に仲が悪い。
「チェリッシュからの伝言だ。『宝物は手放すことも必要だ』と」
すると面食らったかのようにジェイドは目を見開いた。だがすぐに表情が戻る。
「負け惜しみですね。やはり変態の考えることはわかりません」
レイには何のことを言っているのかわからなかったが、ジェイドはすぐに意味が分かったらしい。レイは首をかしげていたが、ジェイドはその様子を見て笑う。
「気にしないでください。馬鹿のことを考えるより先のことを考えなくては」
何が起きたのか伝えろということだろう。レイは気を引き締めてジェイドを見る。
「ガイの素性を調べたほうがいい」
「おや、奇遇ですね私もそう思ってマクガヴァン元帥にお願いしておきました」
やはりジェイドはガイのことを疑問に思っていたらしい。レイは頷く。
「やはり疑問に思っていたんだな」
「ええ、卓上旅行にはちょっと詳しすぎましたから」
「ああ、けど悪い奴じゃない、とは思う」
口ごもったレイにジェイドは目を細める。
「人の心配している場合ですか? チェリッシュは確実にあなたのことを狙ってきますよ。あの変態は過去の遺物ですからね。『耳』はどうです?」
チェリッシュは前皇帝の忘れ形見だ。『耳』というのは彼らの名称で前皇帝が戦争に勝つために作った組織だ。彼らは独自の伝達ツールを持っており、情報で世界を意のままに操る。チェリッシュは元懐刀と言っていい。だからこそ厄介な相手でもある。
「まだ、『耳』は機能していた」
「まだそんなものを……殺しましたか?」
レイは首を振る。
「いや、逆手にとって相手の出方を伺いたい。世界中にまだいる耳は有用性がある」
一度は世界を牛耳ると言われていた組織だ。それを使わない手はない。
ジェイドがわざとらしくため息を吐く。
「甘いですねぇ。それとも哀れに思いましたか?」
「有用性がなければすぐに殺している」
「まぁ、そういうことにしておきましょう」
一応は頷いたが、納得はしていないようだ。だがそれでいい。それぐらい警戒してもらわねば困る。
「そういえば、ルークとガイが宿屋からさっき出ていきましたよ」
淡々とのたまうジェイドにレイは頭が痛そうに手を額に当てた。
「お前、さっき素性がわからないと言っていただろうが。そんな奴を野放しにしたのか?」
「ええ、ですからあなたに様子を探ってもらおうと思いまして」
だから、外で待っていたのか。ジェイドは導師イオンの警護をしてもらわなければならない。ティアに頼めば疑われる。レイが適任だったのだろう。
「……行ってくる」
ジェイドがにっこりと笑う。
「ええ、頼みましたよ」
***
レイは街中を探し回ったがいなかった。もしかしたら街の外に出たのかもしれないと、門の外に出たら案の定彼らはいた。
どうやら剣の稽古をしているようだ。だが、二人とも隙が多く、レイはやきもきしている。ルークは剣を持つのは不慣れなようだし、迷いがあるように思える。ガイは器用に剣を操っているが踏み込みが甘い。殺意というのがまるでないのだ。これでは剣の稽古というよりじゃれ合っているようにも見える。
やきもきして見ているとルークがガイに向けて息を荒くしながら話しかける。
「お前、レイと親しげだったけど知り合いなのかよ?」
ガイは剣を振るうのをやめて立ち止まる。レイはどうやら自分の話になってしまったことに複雑になりつつも耳を傾けた。
「ああ? あんなお偉いさんと知り合いなわけないだろ? お前をケセドニアで探してる途中で会ったんだよ」
「ふーん、それにしちゃあ仲いいよな」
まるでやっかんでいる子供のような言い方にガイが笑う。
「妬きなさんな」
「なっ! 妬いてなんかねー!」
「そうかそうか。あいつはそうだなぁ……」
レイは思わず息を飲む。ガイは笑いながら言った。
「お前に似てるよ。所々」
するとルークは声を荒げた。
「ああ? なんであんな奴と一緒なんだよ! あんな根暗で陰険そうな奴に」
心底嫌そうに言うルークにレイは腹が立ったが、内容には同意する。するとガイが朗らかに笑った。
「いや、あいつなぜかお前には突っかかるけど、いいやつだぜ? 親身に俺の人探しを手伝ってくれたしな。 それに――」
「それに?」
「似たもの同士だからいいところも似通ってくるんだよな、たぶん。分け隔てなく横柄な所とかな」
そう言ってガイが笑う。ルークが文句を言おうとして止まる。レイが二人の前に出てきたのだ。
「げぇ!」
ルークが嫌そうに声を上げる。ガイも驚いたようで固まっている。レイは酷薄な笑みを浮かべた。
「横柄な私が聞いてやろう。剣の稽古をしているようにも見えたが、ただのじゃれ合いか?」
「はぁ?」
ルークが怒声を上げる。
「どこかの馬鹿のせいで、ジェイドが封印術を受けたせいでこのパーティで一番強いのは私だ。私の稽古を受ければいい」
「お前になんか頼んでねーっつの!」
「まぁ、そう言わずやってみればわかるぞ。大振りで隙が多い赤毛の坊ちゃん」
「んなっ!」
「じゃあ、俺はお役御免かな? 先に宿に……」
そそくさと逃げようとするガイにレイはにやりと笑う。
「私の稽古には一人じゃ物足りない。すぐにこの馬鹿はへばるだろうからな。二人で来い。なに心配するな。私も全力で相手してやる」
レイは全身のフォンスロットを開く。周りに光の玉をそこら中に浮かべる。
「これに殺傷能力はない。当たったら痛いがな」
二人が青ざめるのを見てレイは笑う。
「さぁ、かかってこい! 私にたどり着けるかはわからんがな!」
光球が二人に迫る。悲鳴に変わるのはもう間もなくだ。
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