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「#甘々」のBL小説を読む
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▽ その手を取って5


 ソイルの木の下でガイと別れ、レイは険しい顔をしてある場所へと向かっていく。綺麗な街並みを抜け、路地へと入り、暗がりに居たローブを目深に被った浮浪者にレイは硬貨を放った。浮浪者は硬貨をとりもせず顔を上げた。
「――その名は」
 浮浪者の問いかけにレイは吐き捨てる。
「黒き子供」
 浮浪者はまるで関心がなさそうにつぶやく。
「玉座を血で濡らさず」
「……光の剣にてマルクトを照らすだろう」
 浮浪者はまぶたを震わす。目に生気が蘇る。
「久しいな、いつぶりだろうか。実に喜ばしい」
 レイは何も言わず剣を抜き、浮浪者の肩に刃を据える。
「チェリッシュはどこだ? この街に居るんだろう?」
 浮浪者は呵々と笑う。
「あの御方の名前が出るとは! あの偏執狂に何用だ?」
 レイは剣を握りこむ。
「首を飛ばされたくなければ早く答えろ」
 レイの冷えた声音に怯えた様子もなく浮浪者は答えた。
「答えるも何もあの御方は普通に暮らしているよ。路地を出てすぐそこだ。今はジュリア・バーンズと名乗っているがね。……それより」
 浮浪者は目を輝かせて言い放つ。
「光の加護を曇らせてはおらんのだろう? 私にも与えてほしいものだ」
 レイは目を見開き心底憎々しげな瞳で睨んだ。
「お前みたいな奴はここで飢えて死ね。私の剣は陛下の為にある」
 すると、急に浮浪者は瞳を揺らがせてレイに縋りつく。レイは声を荒げる。
「おい!」
「どうかレムの憐れみを!」
 レイの声など聞いていないかのように浮浪者は力強く掴んで離さない。
「お前は癒しを与えてきたのだ。永劫なる繁栄たるが為の光の剣をもつその手で。――もう嫌なんだ! 私にも繁栄たる道筋を示してくれ!」
 レイは心底侮蔑の表情をして浮浪者を引きはがした。そして足で浮浪者を壁に押し付けた。レイが言葉を吐き捨てる。
「何が繁栄だ! お前らが作ったものなどただの血に濡れた屍を増やしただけじゃないか! それを憐れみや光の加護だと? 笑わせるな!」
 浮浪者は瞳に怒気を含ませたが、何も言わない。レイは足をどけて背中を向ける。
「お前らも、私も罰を受けるべきだ。今息をしているのは陛下の恩情と思え。それがお前に私が与えるレムの憐れみだ」
 浮浪者は絶叫した。レイが振り返ると懐に忍ばせていたらしい短剣を突き出してきた。レイは辛うじて避けて剣を抜き、手首を切り飛ばした。男が悲鳴を上げ転がりまわる。そして涙声でレイに敬服した。
「何故だ! 何故憐れみをくださらぬのか! 私はこんなにも救いを欲しているのに!」
「……本当にお前らは救われない」
 再び背を向けたレイに男は叫ぶ。
「黒き子供! 預言からは逃れられない! 私もお前もだ!」
 レイは何も言わずその場を後にする。残るのはうめき声のような男のすすり泣きと靴音だけだった。
 
 ***
 
 レイは路地を抜けて住宅街へ出た時、ひと際目立つ屋敷を発見した。白い石造りの大きな家だ。荘厳でここいらにはない建築様式だ。豪奢な家の前には門番が二人おり、顔の整った青年たちが警護している。レイは嘆息した。
「まったくあの人は変わらない……」
 門の前に行くと門番たちが槍で道を塞ぐ。レイは睥睨する。
「ジュリア・バーンズの知り合いだ。レイだと言えばすぐわかる」
「今日は誰も通すなとのご命令だ」
「……面倒だ」
 まるで槍など目もくれないようにレイが押し通る。すると一人の門番がレイの肩を強くつかむ。命令に従おうというのは殊勝なことだが、レイは凍るような瞳を眇めた。
「……私に、触るな!」
 肩をつかむ手をレイは引っ張り門番をよろつかせると、膝蹴りで腹を強く打った。男は唸り崩れるように倒れこんだ。もう一方の門番が声を荒げる。
「おい、お前!」
 槍を突き出してきたので軽やかに避けて、鞘で喉を突く。男はうめき声も上げられず喉を抑えながら座り込んだ。
 レイは呆れたように息を吐いた。
「主人に言っておけ、趣味に走るのはいいが顔で敵は倒せないとな」
 そして悠々と門を開け、中へと入る。手入れのよく行き届いたいい庭だ。だが見向きもせずにレイは大きな鉄製のドアに近づいていく。
 彼女に会うのは何年ぶりだろうか。彼女に会うと掃き溜めのような地獄の中を思い出すので出来るだけ会いたくはないが、確かめないといけないことが出来た。
 レイは息を吐いて、力強く扉を押した。
 扉は重いかと思ったが、案外簡単に開いて中へと入る。
 レイは目を見開く。
 エントランスはきらびやかなものでいっぱいだった。ゴミ一つ落ちていない綺麗な石畳。毎日活けているだろう花たち。目の前の階段には高そうな赤いカーペットが敷かれているどこかの城のような様相だった。
 するとどこからか鈴を転がすような可愛い声音が聞こえてきた。
「あら、遅かったのね」
 階段の上から聞こえてきた声は甘くとろけるような声だった。
 くすくすと笑いながら言ってくるのは豪奢なドレスを着た少女だ。胸元に大きな宝石をたたえて唇には真っ赤なリップをつけている。見るからに可憐で可愛い美少女だ。
 男が見たら目がくらんでしまうかもしれない。
 だが、レイは冷ややかに少女を見た。
「相変わらずだな、チェリッシュ」
「あら、今はジュリアよ? その名前は捨てたの」
 レイは吐き捨てるように言う。
「その名で何人もの男を食ってきたのだろう? 惜しかったのでは?」
「ええ、マルクトの男はみーんな頂きました。今もそこは変わらずよ」
「……気色の悪い」
 レイの言葉にジュリアはころころと笑う。そして階段を降りてきた。
「相変わらずねあなたも。まだ陰険クソ眼鏡の下で働いてるの?」
「ああ、お前がくれた居場所よりはいい。やることはあまり変わりないがな」
 すると、余裕の表情だったジュリアの顔がわずかに引きつった。だが、それも一瞬でレイの目の前まで来たジュリアは微笑む。
「陰険クソ眼鏡の指金ではないようね。それで? 用があるから私に会いに来たのでしょう? それとも遊んでほしくて来たのかしら?」
 レイの顎を撫でる。レイは嫌悪感あらわに手を払いのけた。それすら楽しいと言わんばかりにジュリアは笑う。レイは顔をしかめた。
「今日、ある男にレイア・クラウデイウスと名乗ったか?」
「レイア? ああ、あなたの連れね。なかなか彼もおもしろそうだったわ。食べてみたいわぁ」
 ジュリアは舌なめずりする。レイはジュリアを睨みつけた。するとジュリアはあら怖いと口元を抑える。
「名乗ったのは面白そうだったから。考えてた通りにあなたは私に会いに来てくれたしね」
 レイは目を見開く。
 ジュリアの情報網の中で極秘任務であるこの旅の一部始終を知られているということだ。その事実に戦慄する。
 そこからもう策略にはまっていたのだ。口惜し気に唇を噛む。するとその表情が気に入ったのかジュリアは上ずったように笑った。
「ああ、たまらない。やはり一番のお人形はあなたねレイ」
 再び触れようとしてきたジュリアの手を叩き落とす。するとジュリアは口を尖らせた。
「あらつれない」
 レイは溜息を吐いて、ジュリアを睨んだ。
「ともかく、二度とあいつには手を出すな。二度とだ」
「あら、やるなと言われてやらないなんてつまらないじゃない」
 レイは止まらぬ速さで剣を抜いて、喉元につきつけようとして弾かれた。いつの間にかジュリアが短剣を取り出して剣戟をいなしたのだ。ジュリアは不敵に笑う。
「甘い。あまーいわ。あなたのすべてを教育したのは誰だと思っているの?」
 穏やかに笑っているが、瞳は愉悦に浸っている。まるで毒婦のようだ。
 レイははねのけるように口角を上げた。
「全てじゃない。お前の驕りごと吹き飛ばしてやる!」
 レイの周りに詠唱などなく光の矢が形成されていきジュリアに向かって放った。初めてジュリアは表情が荒々しくなった。轟音と共に土煙が上がる。レイは距離を取って警戒する。
 土煙の中から笑い声が聞こえる。ジュリアの声だ。
「あなた前より怒りやすくなったんじゃなくて? 陰険クソ眼鏡は何を教えているのかしら?」
「……今のは威嚇だ。今度は外さない」
 煙が晴れて現れたのはドレスが所々千切れたジュリアの姿だった。体には傷一つついていない。ジュリアが張り付けたように笑う。
「とりあえずあなたが本気なのはわかったわ。いいでしょう。あの子にはまだ手を出さない。もっと熟れて腐り落ちるほど甘くなってから食べたほうが美味しいものね」
 レイは顔をしかめる。とりあえず今のところはガイに悪意があるわけではない。
 だが、まだということはいずれは手を出すということだ。この女はそういう所では嘘を吐かない。
「陰険クソ眼鏡に伝えて頂戴? 宝物は手放すことも必要だと」
 レイは酷薄に笑う。
「ああ、伝えておこう。貴方が唯一食えなかった男に」
 ジュリアの表情が醜悪に歪む。
「お黙り! もう一度それを言ったらあなたでも殺しちゃうかもしれないわ」
「その時はお前の命日にしてやる」
 そしてレイは踵を返した。
 
 ***
 
 ジュリアは嘆息した。
 エントランスはレイが放った光の矢でボロボロだ。修繕費も馬鹿にならない。
 相変わらずレイは自分を憎んでいるようだが、それも良い。ジュリアは体の奥底から駆けあがってくる愉悦感を感じずにはいられなかった。
「変わらずね、たまらない、たまらないわぁ」
 ぞくぞくするようなやり取り、それが戦いであってもベッドの上であってもそれは変わらない。また、彼は強くなっている。楽しいおもちゃだ。
「うふふ、あはは! あはははは!」
 たまらずジュリアは嗤う。
 まだ、レイは囚われているのだ。過去に、ジュリアに、黒き子供という預言に。
 それが滑稽でたまらなく愛おしい。
 笑いはエントランスに響き渡る。
「そんなに楽しいものですか?」
 奥から足音が聞こえてきた。足音は近づいてくる。見えるようになるとジュリアの表情は一気に落ちた。
「あら、まだいたの?」
 まるで興味がないというようにジュリアは言い放つ。けれど、相手はそれを面白がるように小さく笑った。彼女は純白のドレスにレースで顔を隠した帽子を被っている。
「次はどちらに向かえば?」
 ジュリアはさもどうでもよさそうに手で払う。
「決めるのは私じゃないわ。あの男よ」
「そうですね、失礼しました」
 つまらなそうにジュリアは女を睨みつける。
「ああ、あなたって本当につまらないわ」
 女は口元をゆっくりと引き上げた。ジュリアにとってこの手の女はいけ好かない。
 そんなジュリアの内心がわかっているかのように女はドレスをつまみ上げお辞儀をした。
「では、ミスジュリア。匿っていただきありがとうございました」
「さっさと居なくなりなさい。私の視界から、すぐに」
 女はくすりと笑い、静かにその場を去った。

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