小説 | ナノ


▽ その手を取って7


「っかー……体中いてぇ、陰険クソ野郎」
「我慢しろルーク。聞こえたらただじゃ済まない」
「陰険クソ野郎は街に着いたらシバき倒すことに決めたぞ」
 二人はぎょっとしてレイの方を向いて青ざめた。
 二人の表情があまりにも絶望していて癪に障る。あんなしごきは第三師団では当たり前だ。二人とも軍属ではないせいなのか余程堪えたらしい。レイは不服そうに息を吐いた。
 セントビナーを出て今はフーブラス川を渡っている。
 カイツールに繋がっている橋が落ちていたせいで遠回りをしなくてはならなかったのだ。
 最初ルークがブーツを濡れさせるいうのを渋ったが、今は緊急事態なので皆で説き伏せた。一番早くバチカルに着くようなルートはフーブラス川を渡るしかないのだ。
 それに今の季節のフーブラス川は水があまり流れておらず、歩きやすい。
「橋が流されたって割に、たいした川じゃないな」
 ルークの言葉にガイが答える。
「もうだいぶ水が引いたんだろう。雨が降った後は川の水が茶色に濁って大変だろ?」
「だろって言われても困るな」
 ルークはバチカルの屋敷から一歩も出たことがなかったらしく、川を見た時も驚いていた。困惑しているルークにガイが苦笑いする。
「……とと、そうだったな。とにかく川に限らず、水をナメてたら大変なことになる」
「おまえ、それをよく言うよな。海は怖いとかさ」
「……確かに海は怖いそうね」
 ティアの言葉にジェイドがうっすらと笑う。
「そうねとは、また随分不思議な言い回しですね。ダアトにあるパダミヤ大陸は海水浴の出来る場所もかなりあるはずですが」
 するとティアはわずかに目を開いて視線をそらした。
「え、ええ、まぁ」
「ま、それはともかくガイはバチカルの生まれなのですか?」
 完全にガイのことを疑っている。急にガイの話に戻るあたりジェイドは油断ならないと思っているのかもしれない。戸惑ったようにガイが答える。
「いや? まあ、海はすきだけどね。海難救助の資格も持ってるよ」
「へーっ。お前なんでも出来んな」
 感心するルークにレイも頷いた。ガイは基本的に目立った欠点がない。器用なんだろうと思う。
「その俺が言うんだ。とにかく川とか海とか、自然をナメるなよ」
 視線が一気にルークへと向かう。
「みんなで俺を見るなっつーの」
「日頃の行いだな」
「ああ?」
 レイの言葉に反射的に答えるルークにガイが笑う。
「まぁまぁ、二人ともよくよく気を付けてくれよ。五センチでも水があれば人は溺死することもあるんだからな」
 ガイの言葉にレイがむっとする。
「……別に私は油断なんて……っ!」
 石の藻に足を取られてレイが体勢を崩す。このままではまともに水の中に入ってずぶ濡れになってしまう。そんな中後ろから体を抱きくすめられた。
「ほら、だから言わんこっちゃない」
 ガイの声が耳元で聞こえた。レイの心臓が跳ねる。助けてくれたのはガイだったのだ。すぐさま体勢を整えて自立する。レイはうつむいて視線をそらした。
「す、すまない」
「いいってこった。でも、意外だなあ」
 レイが首を傾げる。
「何がだ」
「お前でもルークみたいにそそっかしい所があるんだな」
「おい……遠回しに俺も馬鹿にすんな」
 レイは一気に顔をしかめる。
「あいつと一緒にされるのは心外だ」
「俺もだっつーの!」

 ***

 川を渡り終えた一行は湿地地帯へと入りこんだ。
 しばらく進むと殺気を感じた。
 立ち止まったレイに背後に居たルークがぶつかる。
「おい、急に止まんじゃねー」
 ルークの言葉を無視して周りを探る。
「無視すんな!」
「うるさい、気が散る」
 レイはジェイドに視線を送る。それだけでジェイドには伝わったようで槍を取り出す。
 レイが剣を抜くと、目の前にライガが降り立った。ティアが構える。
「……ライガ!」
「後ろからも誰か来ます」
 背後を振り返るとアニスくらいの身長のピンクの髪をした少女が居た。少女からも鋭い殺気を感じる。
 ガイが警戒して声を出す。
「妖獣のアリエッタだ。見つかったか……」
 アリエッタが舌足らずの声で言う。
「逃がしません」
 すると一番後ろに居たイオンが前に出る。
「アリエッタ! 見逃して下さい。あなたならわかってくれますよね? 戦争を起こしてはいけないって」
 アリエッタはイオンの言葉に動揺を見せたが、首を振る。
「イオン様の言うこと……アリエッタは聞いてあげたい……です。でもその人たち、アリエッタの敵!」
 イオンは説き伏せるように言う。
「アリエッタ、彼らは悪い人たちじゃないんです」
 アリエッタはさらに首を振った。
「ううん……悪い人です。だってアリエッタのママを……殺したもん!」
 ルークが困惑して声を上げる。
「何言ってんだ? 俺たちがいつそんなこと……」
「アリエッタのママはお家を燃やされてチーグルの森に住みついたの。ママは子供たちを……アリエッタの弟と妹たちを守ろうとしてただけなのに……」
 何の話をしているのかわからずレイは付いていけない。ジェイドを見ると肩を竦めて手を上げた。
 ティアがはっと思いついたように言う。
「まさかライガの女王のこと? でも、彼女人間でしょう?」
 ティアの疑問にイオンが答える。
「彼女はホド戦争で両親を失って魔物に育てられたんです。魔物と会話できる力を買われて神託の盾騎士団に入隊しました」
「じゃあ、俺たちが殺したライガが……」
 アリエッタが頷く。
「それがアリエッタのママ……! アリエッタはあなたたちを許さないから! 地の果てまで追いかけて……殺しますっ!」
 するとアリエッタの持っていた人形が震えだす。人形師なのだろうか。人形を掲げた瞬間、大きく地面が揺れた。衝撃でアリエッタが尻もちをつく。
 割れた地面から紫色の蒸気が噴出した。レイはとっさに手で口を塞いだ。
 ガイが声を荒げる。
「おい、この蒸気みたいなものは……!」
 ティアが答える。
「瘴気だわ」
 イオンが声を張る。
「いけません! 瘴気は猛毒です」
 アリエッタが悲鳴を上げて倒れこむ。続いてライガたちも気を失った。
 ルークがティアに向けて声を上げる。
「吸い込んじまったら死んじまうのか!?」
「長時間、大量に吸い込まなければ大丈夫。とにかくここを逃げ……」 
 地面の揺れが大きくなり、足元が沈下して周りは瘴気に包まれる。退路を断たれてしまった。
「おい、どうするんだ! 逃げらんねぇぞ!」
「……っ」
 ティアが意を決したかのように歌いだす。譜歌だ。
 ジェイドが口元を隠しながら言う。
「譜歌を詠ってどうするつもりですか」
 すかさずイオンが制止する。
「待って下さい、ジェイド。この譜歌は――ユリアの譜歌です!」
 ティアが歌い終えると譜陣が地面に浮かび上がる。周りに光の膜が発生した。一瞬まばゆい光に包まれてレイは目を瞑った。光の波が終わり、レイがゆっくりと目を開くとそこには瘴気がなくなっていた。
 ガイが目を見開く。
「瘴気が消えた……!?」
 ディアが素早く答える。
「瘴気が持つ固定振動数と同じ振動を与えたの。一時的な防御壁よ。長くは持たないわ」
「噂には聞いたことがあります。ユリアが残したと伝えられる七つの譜歌……しかしあれは暗号が複雑で詠みとれた者がいなかったと……」
 ジェイドの疑問にガイが素早く言う。
「詮索は後だ。ここから逃げないと」
「――そうですね」
 ジェイドが頷き、槍を取り出してアリエッタへと向かう。殺す気なのだ。ルークが怯えたように声を出した。
「や、やめろ! なんでそいつを殺そうとするんだ!」
 レイは冷めた声で言う。
「当たり前だろう。敵だぞ?」
「生かしておけばまた命を狙われます」
「だとしても、気を失って無抵抗の奴を殺すなんて……」
 ティアが悲しげにつぶやいた。
「……本当に甘いのね」
「るっせぇ! 冷血女!」
 イオンがジェイドに懇願する。
「……ジェイド。見逃して下さい。アリエッタは元々僕付きの導師守護役なんです」
 ジェイドがため息を吐いて槍を収める。
「まぁいいでしょう」
 ガイがアリエッタを見て言う。
「瘴気が復活してもあたらない場所に運ぶくらいはいいだろう?」
「ここで見逃す以上文句を言う筋合いではないですね」
「そろそろ、限界だわ……!」
 イオンが頷く。
「行きましょう」
 レイはアリエッタを見て小さくつぶやく。
「運のいいやつ」
 また、襲い掛かってくれば容赦はしない。それはジェイドも一緒だろう。恩情が仇にならないことを祈るばかりだ。


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