小説 | ナノ


▽ 一人ぼっちの王子様9


 レイが地面に降り立つとガイとルークが再会を喜んでいた。
「ふぅ……助かった……。ガイ! よく来てくれたな!」
「やー、捜したぜぇ。こんな所にいやがるとはなー」
 その様子を脇目で見ながらジェイドに話しかける。
「どうやら無事のようで何よりだ」
 その言葉にジェイドはふっと笑う。
「おやおやぁ? 心配してくださったのですか?」
「譜術の使えないお前などすぐにくたばりそうだからな。一種の労いだ」
「それでは年寄りを楽させてください。最近頭の痛いことばかりおきますから」
 ああ言えばこう言う。レイは呆れ混じりにため息を吐くと、ジェイドが笑う。
「ところでイオン様、アニスはどうしました?」
 イオンは表情を曇らせて下を向いた。
「アニスは敵の罠にはまってアリエッタのライガに艦外へ落とされました。ただ遺体がな見つからないと話しているのを聞いたので無事でいてくれると」
 ジェイドはあごを撫でながら言う。
「それならセントビナーへ向かいましょう。アニスとの合流先です」
 ルークが首を傾げる。
「セントビナー?」
「ここから東南にある街ですよ」
 ルークは頷く。
「わかった。そこまで逃げればいいんだな」
 話がまとまりかけている所で、ジェイドとレイのほうを向いてガイが口を開いた。
「そちらさんの部下は? まだ陸艦に残ってるんだろ?」
 レイは渋い顔をする。だが、ジェイドは淡々と言った。
「生き残りがいるとは思えません。証人を残しては、ローレライ教団とマルクトの間で紛争になりますから」
 ルークがおずおずと問いかける。
「何人、艦に乗ってたんだ?」
「今回の任務は極秘でしたから常時の半数――百四十名ほどですね」
 一瞬、皆に沈黙が訪れる。口を開いたのはガイだった。
「百人以上が殺されたってことか」
 百人、考えてみれば相当な数だ。だが、その数の死に悲しみを持てないレイがいた。もはやその考えが一般人ではないと噛みしめる。ティアが視線をそらしながら言った。
「行きましょう。私たちが捕まったらもっとたくさんの人が戦争で亡くなるんだから」
 そして六人は歩き出す。無慈悲な死にそれぞれ考えさせられながら。レイは去り際にタルタロスを見る。結局、誰一人としてまともに顔を見なかった。そのことに自分への嫌気がさして、結局何も言えぬままその場を去った。
 
 ***
 
 街道を歩いているとイオンが片膝を付く。それを見てティアが慌てて近寄って支えた。イオンの顔色が悪い。それに気づいたルークが声をかけた。
「おい、大丈夫か?」
 ルークとは正反対の声色でジェイドが告げる。
「イオン様、タルタロスでダアト式譜術を使いましたね?」
 咎める声にイオンは顔をしかめた。
「すみません。僕の体はダアト式譜術を使うようにはできていなくて……ずいぶん時間もたっているし回復したと思ってたんですけど」
 顔がみるみるうちに青くなっていく。その様子を見たジェイドが言う。
「少し休憩しましょう。このままではイオン様の寿命を縮めかねません」
 そこで休憩しながらガイに事のあらましをすべて話した。本当は全て自分から話したかったが、ジェイドがわかりやすく話してくれるのでレイは黙って説明を聞いていた。あらかた話し終わるとガイが唸る。
「……戦争を回避するための使者ってわけか。でもなんだってモースは戦争を起こしたがっているんだ?」
「それはローレライ教団の機密事項に属します。お話しできません」
「なんだよ、けちくせぇ」
 ルークが悪態をつくとジェイドが会話に割り込んだ。
「理由はどうあれ戦争は回避すべきです。モースに邪魔はさせません」
 ガイがルークを見る。
「ルークもえらくややこしいことに巻き込まれたなぁ……」
 イオンがガイを見て尋ねる。
「ところであなたは……」
 ガイは微笑んで立ち上がる。
「そういや自己紹介がまだだっけな。俺はガイ。ファブレ公爵のところでお世話になってる使用人だ」
 みながガイに握手をし始める。それをはたで見ていたレイにガイが手を伸ばした。
「お前も改めてよろしくな」
 伸ばされた手を見てレイは黙り込む。それを見てガイは笑った。
「ほら、挨拶だ、あ・い・さ・つ!」
 そうして無理やり手を捕まれる。レイはどう反応していいのか迷って顔をしかめているとジェイドが割り込んでくる。
「そういえば、協力者はもしかしてガイだったんですか?」
 レイは頷く。
「そうだ」
 ジェイドは眼鏡を手で押し上げて笑う。
「そうでしたか、レイがご迷惑を掛けました」
「構わないさ、こっちもルークを見つけられたからな」
 まるで保護者の会話だ。レイはジェイドに向かってにらみつける。するとジェイドがにやりとした。
「まぁ、後々色んなことを聞くとしましょう。ティアがまだ握手をしていません」
 ガイの近くにティアが近づいてくる。それをガイが飛び上がって避けた。その様子に皆が首を傾げる。少し険のある声音でティアが言う。
「何?」
 それを見ていたルークが呆れたように言う。
「ガイは女嫌いなんだ」
「というよりかは女性恐怖症のようですね」
 ガイは震えた声で弁明する。
「わ、悪い……。キミがどうって訳じゃなくて……その……」
 ガイにティアが笑いかける。
「私のことは女だと思わなくていいわ」
 そして再度ガイに近づくも飛び上がって逃げられてしまう。詰め寄る度に数歩後ずさりされてティアはため息を吐く。
「……わかった。不用意にあなたに近づかないようにする。それでいいわね」
「すまない……」
「大変な症状ですね。レイは知っていたんですか?」
 ジェイドに問われてレイは頷く。
「ああ、最初に出会ったときに女性に勘違いされてな」
「へぇ、それは面白いですね……おおっと!」
 脇にいたジェイドからレイは押されてガイに当たる。ガイは難なくレイを受け止めて笑った。
「おいおい、大丈夫か?」
「ああ。おい、ジェイド!」
「すみませーん、どうも節々が痛むようでして、年ですかねぇ」
 笑いながら言われてレイは怒る気にもなれなくなり、睨みつけた。ジェイドはレイの目つきをものともせず口を開く。
「ファブレ公爵の使用人ならキムラスカ人ですね。ルークを探しに来たのですか?」
「ああ、旦那様から命じられてな。マルクトに消えていったのはわかっていたから、俺は陸伝いにケセドニアから、グランツ閣下は海を渡ってカイツールから捜索してたんだ」
 その言葉にルークとティアが反応する。
「ヴァン先生も探してくれているのか?」
「兄さん……」
 ティアの言葉にガイが目を丸くする。
「兄さん? 兄さんって」
 すると甲冑がこすれる音が近づいてくる。神託の盾騎士団だ。ジェイドが槍を顕現させる。
「やれやれ、ゆっくり話している時間は無くなったようですよ」
 ルークが神託の盾をみて震える。
「に、人間」
「ルーク! 下がって! あなたじゃ人を斬れないでしょう?」
「逃がすか!」
 神託の盾が向かってくる。みんな武器を構えて神託の盾を迎え撃った。
 レイは一番前に行って突進するが、剣がないことに気が付いて舌打ちする。そういえばタルタロスに置いてきてしまったんだった。だが、レイは足を止めない。
 神託の盾がレイの動きに合わせて斬りこんでくるがそれを難なく避けて右手に込めた譜術で掌底を食らわせる。すると神託の盾は吹き飛んで剣だけが空を舞った。レイは右手を上げて剣を掴む。軽く振ってみると多少重いが使えないほどではない。レイは獰猛に笑う。
「さて、駆除と行こうか」
「レイ、とっておきは使えませんか?」
「ティアやルークを味方識別していない。死ぬぞ」
「仕方ありませんねぇ」
 気だるそうに槍を振ってジェイドは肩をすぼめた。
 
 ***
 
 あらかた倒し終わると、残りはルークと相対している者だけになった。ルークも剣に迷いがあるが技術では上らしい。神託の盾を跪かせると動きが止まった。それを咎めるようにジェイドの声が刺さる。
「ルークとどめを!」
 ルークは苦悶の表情をして剣を振り上げる。その迷いから敵は一瞬の隙を突いてルークの剣をはじいた。ルークの剣が舞う。
「ボーっとすんな! ルーク!」
 兵が剣を振り上げる。それをただ眺めているルークにガイとティアが同時に走り出す。剣が振り下ろされる。ガイは兵の胴を剣で切り裂き、ティアはルークを庇ってとんだ。敵の剣はティアの腕を斬りこんだ。ティアが地面に倒れ伏す。
 気が動転したルークが震える声で言った。
「ティア……お、俺……」
 ティアはかすれた声で小さく呟いた。
「……ばか……」




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