小説 | ナノ


▽ 一人ぼっちの王子様8


 ベッドの下から現れたガイにレイは驚いていた。襲撃でポンと頭から抜けていたが彼はここにいたのだ。
「すまない、ゴタゴタでお前のことを失念していた」
 ガイは笑う。
「いいさ、おかげでいろんな情報があるぜ? なにから聞きたい?」
 ということはある程度事情を知ってしまったに違いない。レイは目を伏せた。悪いことをしてしまった。ガイに教えなかったことが胸に刺さって痛む。だが、今は情報が欲しい。レイは顔を上げた。
「イオン様がどうなっているかわかるか?」
「導師はどこかへ連れ去られて戻ってくるみたいだぜ? 奪還するチャンスはあるはずだ」
「ジェイドは、ジェイド・カーティスはどうなってる? ルークやティアは?」
「船倉に閉じ込めてあるらしい。危害は加えられてない」
 その言葉にレイはほっとして力が抜けた。ジェイドが生きているなら勝機はある。チャンスを見て彼らが動き始めたら、こちらも行動をしたらいい。
「情報をありがとう。助かった」
「いやいや、仰せの通り隠れていただけだからな」
 その言葉にレイは眉をひそめる。
「嫌味か?」
「いやいや、ただ下手に動かなくて良かったさ。ルークもしっかり巻き込まれてるみたいだしな。乗り掛かった舟だ。最後まで付き合うぜ」
「ありがたい。では、手を貸してもらうぞ?」
「ああ、じゃあ、どうする? 周りは兵が固めてるみたいだぞ?」
「それは問題ない。ただ……」
「ただ?」
 首を傾げるガイにレイは顔をそむけた。
「……目を閉じていろ。見慣れない奴は吐くやつが多い」
「それって――」
 突然伝声管を通して声が聞こえてきた。ジェイドの声だ。
「死霊使いの名において命じる。作戦名骸狩り始動せよ」
 するとタルタロスの動きが止まった。それに対して神託の盾の兵が慌て始める。
「何が起きたんだ?」
 身構えるガイにレイは言う。
「味方が動き出した。私たちも動くぞ!」
 レイはドアに張り付いて外の様子をうかがう。隔壁に閉ざされて身動きが取れなくなった神託の盾の兵が右往左往している。まだ指示が出ていなくて混乱しているらしい。チャンスだ。
 背後についたガイに小さな声で言う。
「静かになったら出てこい」
「一人で相手をするのか? 俺だって戦える」
「違う。……あまり見せたくないからだ」
 ぼそりとつぶやくとレイはわざと大きな音を立ててドアを開いた。すると一斉に兵士たちが向く。固まっている兵士たちに、レイは無表情で手の平を突き出す。
「申し訳ないが、時間がない。恨み言はあの世で聞こう」
 そして、何かをつぶすかのように手を固く握った。すると、神託の盾兵たちは絶叫してのたうち回る。体内から膨らみ、破裂していく。血の海になった廊下をレイは静かに見ていた。そして目を閉じた。
「出てきていいぞ」
 するとゆっくりとドアが開いた。ガイは目の前の光景に息を飲む。思わず立ちすくんだようだった。
「これ、お前がやったのか」
「――そうだ」
 ガイが息を飲んだのがわかった。レイは目をそらして言う。
「だから言っただろう。私は化物なんだ。怖がってくれていい」
 また怖がられてしまった。慣れているし、諦めているが、やはり堪える。レイはわざと笑ってみせる。
「だが、安心しろ。お前にはこれを使わない」
 突然視界が遮られる。ガイの腕だ。背後から抱きすくめられている。その行動の意味が分からなくてレイは固まった。
「……そんな顔して笑うなよ。辛いなら辛いって言え」
 体が震えた。じわりと胸が熱くなる。まただ。ガイと一緒にいるとよくこんな感情が芽生える。なぜだかわからないけれど心地いい。こんな気持ちになったのは陛下と初めて会った時以来だ。だが、陛下でもレイのことを受け入れられなかったというのに。恐る恐るレイは尋ねる。
「……怖く、ないのか?」
「その能力は怖いと思う。けどな、お前のことを怖いと思ったことはない」
 嘘じゃない、と思った。本心で言ってくれている。
 レイはガイの腕に触れて温かさをかみしめた。そんなことを言われたのは初めてだ。驚いて、怖くて、嬉しい。レイはゆっくりとその腕から離れた。そして振り返ってはにかんだ。
「ありがとう、ガイ」
 その表情を見てガイは少しばかり目を開いて、微笑む。そしてレイの頭を撫でた。
「そうそう、お前は笑ったらいいんだ。そしたら近寄りがたさは無くなるのに」
 朗らかに言われてレイは憮然とする。
「笑い方がわからないから仕方ないだろう」
「簡単さ、こうすればいい」
 頬をつままれて横に引き上げられる。その顔が面白かったらしく、ガイは噴き出した。レイは眉間にしわを寄せて手を振り払った。
「行くぞ、時間がないんだからな」
 すると、笑いをこらえながらガイが頷いた。
「はいはい、わかりました」
 レイは少しムッとしながらも廊下を進んでいく。
「恐らく左舷昇降口しか開かなくなっているはずだ。だが、我々は上を目指す」
「何でだ?」
「敵もそこへ向けて自然と集まってくる。私たちの場所からだと全てを相手にしなきゃいけなくなるからな。そこでお前に渡した響律符が役に立ってくるんだ」
「これか?」
 懐から取り出してきた響律符を見てレイは頷く。
「これを装備していれば高い所から飛び降りてもある程度は問題ない。その為のものだからな」
 つまりは非常時に甲板から飛び降りるためのものなのだ。あくまでも戦闘用ではない。
「なるほどねぇ」
 一つガイから渡されてレイは響律符を装備した。そして近くの隔壁に近づいて手をかざす。すると隔壁が赤くなり溶けていく。ガイは声を上げた。
「いやあ、便利だな!」
 レイは自身のフォンスロットを開いて氷を顕現させた。溶けた隔壁が蒸気をあげて固まっていく。
「ここは元から甲板に近い。後、二、三個破ったら上へ行ける。急ぐぞ」
「ああ、行こうか!」

 ***
 
 その後は敵に出会わずあっさりと甲板へたどり着いた。レイは下の様子を見ているとどうやらイオンと高く髪を結わえた女が立ち御往生している。雰囲気からして六神将の誰かなのだろう。迂闊には近づけない。レイに続いてガイも下の様子を見る。
「魔弾のリグレットだ」
「知っているのか?」
「いや、初めて見るが一般兵には見えないし、六神将での女性はアリエッタかリグレットだろう?」
「ああ、そうか。そうだな」
 リグレットはどうやら非常用昇降機を使うようだ。このままではイオンを奪還することは難しい。
「どうする? 行くか?」
「いや、少し待とう。ジェイドが何かしてるかもしれない」
 昇降機が降りてきて神託の盾が階段を上り艦へと近づく。
 艦内に入ろうかという時に突然中から火が噴き出した。
「おらぁ! 火ィ出せ!」
 神託の盾兵は驚いて階段を転がり落ちる。警戒したリグレットが譜銃を構えた。リグレットの上を舞うジェイドの槍がリグレットに迫る。それをリグレットは難なく避けるが、振り返ろうとして喉元に槍を据えられる。
 リグレットは淡々と言う。
「さすがジェイド・カーティス。譜術を封じても侮れないな」
 ジェイドは眼鏡に手を添えて警戒した状態で言う。
「お褒め頂いて光栄ですね。さぁ、武器を棄てなさい」
 リグレットは無表情で銃を手から落とす。神託の盾兵も剣を地面に降ろす。ジェイドはティアに視線を向ける。
「ティア! 譜歌を!」
 するとリグレットの表情がわずかに変わる。
「ティア? ティア・グランツか?」
 ティアが目を丸くする。
「リグレット教官!」
 すると、ティアの背後から稲光が奔る。ライガだ。それをティアはすんでのところで避けた。その隙を見逃さなかったリグレットがジェイドにまわし蹴りを入れて、距離を取られる。そして身動きが取れないよう威嚇射撃をされた。
 様子を見ていたレイとガイは目を見合わせる。
「どうやら助け船が必要になってきたな」
「ああ、だが少し待て」
 下の様子を見ていると膠着状態が続いている。
 リグレットがアリエッタに問いかけた。
「アリエッタ! タルタロスはどうなった?」
 するとアリエッタはおずおずと口を開いた。
「制御不能のまま……。このコが隔壁引き裂いてくれてここまでこれた……」
「よくやったわ。彼らを拘束して……」
 敵は今優位にあると思っている。ならばその隙を逆手に取るしかない。レイはフォンスロットを開いて小さな光球を作り出す。それをゆっくりと地面へと落としていく。ジェイドはすぐに気が付いた。流石に目ざとい。
 リグレットが上を向いた。だが、前に向き直る。どうやら気づかれなかったようだ。
 ガイの背中を叩く。
「よし、行け!」
 すると、ガイは躊躇なく飛び降りた。丁度リグレットの真上だ。みるみるうちにガイは落ちていく。リグレットに一撃を加えるとイオンを抱えてジェイドたちのもとへ走る。リグレットが追撃で弾丸を放つが、ガイの剣によって防がれた。
 そしてガイが笑う。
「ガイ様、華麗に参上」
 どうやら上手くいったらしい。ジェイドがその間にアリエッタを拘束するのが見えた。見事な形勢逆転だ。リグレットとアリエッタがタルタロスに入っていく。それを見てレイも飛び降りようとした。だが、背後に視線を感じて振り返る。
 視線の先にはシンクが口をひき結んでこちらを見ていた。
「やれやれ、してやられたよ。まさかこんな仕掛けがあるとはね」
「タルタロスのみにある機構だ。他の艦にはない」
「なるほど。アンタも行くんだろう?」
 シンクの言葉にレイは驚いた。
「無理やりでも引き留めるのかと思ったが、違うようだな」
「この高さじゃ響律符なしで飛ぶのは自殺行為だ。アンタから無理やり奪うのも難しいだろうしね。お手上げってわけ」
 そう言って両手を上げて肩をすくませる。その様子にレイは笑う。
「じゃあ、なぜここに?」
「忠告だ。――アンタは絶対に後悔する。大事な人を殺さなきゃならなくなるんだ」
「なぜ、私なんだ?」
 すると、シンクは何か言いたげにしたが、何も言わず顔をそらした。
「――アンタは覚えてないんだね」
「どういうことだ?」
「忠告はした。後はアンタ次第だ」
 そしてシンクは艦内へと戻っていった。結局、何が言いたかったのだろう。分からないが、真摯に言っているのがわかった。あれは惑わすためや迷いを誘発させるためじゃない。
 だが、レイにはこの道を進む。それが陛下の為になると思っているから。
 シンクがケセドニアで言った言葉が響く。
 ――アンタが敬愛する陛下は本当にアンタのことを愛してくれた?
 レイはその言葉を消すために頭を振った。迷いは禁物だ。今考えても仕方のないことに惑わされてはならない。
 レイは振り切るように手すりに乗り上げ飛び降りた。


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