小説 | ナノ


▽ 一人ぼっちの王子様7


 レイとアニスは昇降口から出て、まっすぐに甲板へと向かった。
 確かイオンは風に当たってくると言っていた。ならば、いる所は限られている。だが、レイは嫌な予感しかしなかった。病弱なイオンが魔物に襲われていたらまたダアト式譜術を使ってしまうかもしれない。それだけは避けたかった。
 二人は甲板に出るとすぐに目を走らせた。すると一か所魔物が集まっている。ライガだ。
 アニスが叫ぶ。
「イオン様!」
 アニスの持っていたぬいぐるみが巨大化する。アニスの背丈の倍になった人形は、まっすぐにライガの群れへと向かっていく。
「アニス! 後方は任せろ! ただ前を見て突っ込め!」
 レイは自身のフォンスロットを開く。無数の光の矢を作り出し、集まって来た魔物に降り注がせる。魔物たちは光の矢に貫かれて倒れていくが、イオンの周りにいたであろうライガは軽やかによけられた。どうやらかなり錬度の高い魔物のようだ。
 だが、雑魚は一掃出来た。後は、アニスの邪魔をしないようサポートにまわるだけだ。アニスの人形がライガの群れをけん制して道を開く。イオンはやはりライガの群れの中心にいた。イオンが叫ぶ。
「アニス! レイ! 罠です!」
 すると、地面に譜陣が浮かび上がる。陣は光を放ち、爆発した。アニスはとっさに人形で庇うが、爆風によって空を舞う。それをライガが蹴とばしてアニスは甲板から放り出された。
 ライガには少女が乗っている。少女がアニスに向かって嬉しそうに笑った。
「バイバイ、アニス!」
「アリエッタ! やろーてめぇぶっ殺す!」
 悪態をつきながらアニスが落ちていく。レイは歯噛みした。アリエッタとは六神将の妖獣のアリエッタだろう。何人の六神将が艦に侵入してきたかわからない。
 それに敵はわざとこちらの戦力を削ぐために待ち伏せしていたのだ。完全に敵の術中にはまってしまっている。焦るばかりで読み負けたのだ。
 一人でライガの群れとアリエッタを相手にするのは流石に厳しいだろうか。それにさっきの譜陣は見たことがない紋様だった。それも疑問に残るが、アリエッタが罠張っていたのだろうか。
 すると背後から殺気が迫る。レイは転がり避けると今度は蹴りが迫って来た。腕でガードするが骨に響く一撃に、レイは顔を苦痛に歪めた。
「勘がいい奴は楽に死ねないよ? 黒衣のレイ」
 レイはしびれる腕を庇いながら、立ち上がり相手を見た。
「シンク!」
 シンクは不敵に笑う。
「ケセドニアでの宝さがしは楽しかった?」
「ああ、おかげさまで無駄に時間を取られた……!」
「あはは! 最高だね! さぁ、賢いアンタはこの状況を打開できるかな?」
 レイは舌打ちする。今ここで相打ち覚悟で戦うのは愚策だ。何人六神将がいるのかわからない状態で全力で力を使ってしまったら後が続かない。今確認できるだけでも、ラルゴ、シンク、アリエッタは倒さねばならないのだ。
 レイはちらりとイオンを見た。するとイオンはこちらを見てゆっくりと首を振った。レイは仕方なく手をあげた。
 シンクが口の端を上げる。
「利口だね。さぁ、連行しろ!」

 ***
 
 レイはベッドに腰を下ろして大きくため息を吐いた。
 てっきり牢に入れられるのかと思ったが、自分の部屋に軟禁されている。ジェイドやルーク、ティアの安否も気になるが、この待遇は何なのだろう。やはりレイを仲間に入れたいと思っているのだろうか。
 ――冗談じゃない。
 レイには祖国を裏切るような真似など出来ないし、そんなことになるんだったら舌を噛んで自分で死んでやると思っている。
 どうにか折を見てイオンを救出しなければならない。だが、武器は取り上げられたままだ。
 すると、ドアをノックされる。何も答えずにいるとシンクが部屋に入って来た。
「返事くらいしなよ」
「どうせ、お前くらいしか入ってこようなんて奴はいないだろう?」
 わざと悪態をつく。
 今は状況がわからない。適当に話を合わせて情報を引き出さないと不利なばかりだ。
「さぁ? それはどうかな」
「物好きが多いんだな」
 レイの言葉にシンクはくすりと笑う。
「アンタを仲間にしたいって奴は多いのさ。それが善か悪か、なんてものはわからないけどね」
「なら、情報をくれ。そしたら仲間になってやってもいい」
 シンクはレイに顔を近づける。
「口先だけの信頼なんて要らないよ。アンタはまだしがらみに囚われている」
 要するに情報は与えられないということだろう。レイは舌打ちする。
「信用できないのならなぜこんな真似をする?」
「それは――」
 言い終わる前にドアがノックされる。シンクが冷たい声音で、入れというと、神託の盾の兵が中に入って来た。
「シンク様、リグレット様がお呼びです」
「――わかった」
 シンクはあっさりとレイから離れた。そして出て行く前に振り返り、笑う。
「続きはまた後だ。いい返事がないとここから出られないと思っていいよ」
「それはどうかな?」
 シンクは口先で笑いつつ部屋を出て行った。レイはため息を吐く。
 確かに武器もなく、部屋に軟禁され、敵がどこにいるのかわからない状況で脱出するのは難しい。それにイオンがどうなったのかわからないとなると連れて逃げることは困難だ。
 レイの能力があれば簡単に人は殺せるが、恐らく六神将はみんなあの指輪をはめているのだろう。楽には倒せない。本当にディストは余計なことしかしない。
 ふうとため息を吐く。
 ディストのことを考えると悪魔のようだった昔の自分を思い出すから苦手だ。どうして何も考えなかったのだろう。言われるまま、促されるまま殺していた自分を悔やむばかりだ。それがまた自分を好きになれない要因になっている。大嫌いな自分だ。
 また、大きなため息を吐いてしまう。
 すると、ベッドがすこし揺れた。何事かと立ち上がるとベッドと床の隙間から金髪がのぞいてきた。思わず身構えると、ゆっくり人が這い出てきた。出てきた人物を見てレイは目を見開く。
「ガイ!」
 ガイは頬をかくと微笑んだ。
「かっこ悪い登場の仕方で悪いな。ようやくお前と話せる」
 一人ぼっちだったレイに手を差し伸べてくれたのは彼だった。
 


prev / next

[ back to top ]