小説 | ナノ


▽ 操り人形は誰か5


 ずりずりと暴漢たちを引きずりながら彼女もとい彼と共に街を歩いている。引きずっている数は彼が一人、ガイが二人だ。彼は線が細くてとてもではないが持てないだろうと自分から二人分引きずると言ったのだ。
 その言葉に彼はやや不満そうにしたが、特に反論することもなく、いいだろうと頷いた。
 先を歩く彼をまじまじと見てしまう。
 ――やっぱ、女性にしか見えないんだけどなぁ。
 しなやかな肢体、衣類からのぞく白い肌、小さく風で揺れる夜のような黒い髪、ガイより低い背、どれをとっても女性にしか見えない。顔は整いすぎていてどちらにも見えるから厄介だ。
 視線を感じたのか彼が振り返る。
「どうかしたか?」
「いや、やっぱり女性にしか見えないなぁってな」
 すると少し彼の表情が曇る。
「何度でも言うが私は男だ。なんなら確かめてみるか?」
 そう言って彼は胸をさする。そこを触れということだろうか。だが、触らなくともわかる。彼の胸は女性にしたら絶望的なほど平坦だ。それに声も暴漢たちにしゃべっていた声よりも低い。やはり男なのだろう。
「失礼した、お前は男だよ」
 すると満足そうに彼は薄く笑った。
「ならいい。……無駄話してる間に着いたぞ」
 ふと前を見るとそこには憲兵というより駐在しているマルクト軍駐屯地だった。ガイは思わず体がこわばる。
「ここはマルクト軍の駐屯地じゃないのか? 憲兵っていったら――」
 ケセドニアの兵じゃないのかと思う。だが、先を言う前に彼が遮る。
「今はマルクト軍がケセドニアのあらゆる場所にいる。怪しい奴ならどこに放り込んでいいだろ」
 なんてアバウトなんだろう。もしくは超合理的なのかもしれない。だがそれよりも聞きずてならない言葉を聞いた。思わず足が止まる。
「なんだって? マルクト軍がどうしてそんなに」
「さぁな、もうすぐ戦争が始まるっていう噂だからみんな警戒してても仕方ない」
「だけどそれってキムラスカを無用に挑発する行為になるんじゃないか?」
 彼の眉間にしわが寄る。
「そうだが、キムラスカもカイツールに我が物顔で軍人を駐在させている。それだけ戦争が近い。――それに」
「それに?」
 指を唇に当てて黙った彼にガイが首を傾げる。すると彼は頭を振ってガイの持っている二人の縄を奪い取る。
「こいつらは私が連れていく。お前は待っていろ」
「いや、だが!」
 彼はガイの言葉を無視して駐在所の中に入っていってしまった。ガイは頭を掻く。なんて強引なやつなのだろう。ルークとは違う意味で横暴だ。
「ったく、俺はこういう奴と仲良くなりやすいのかねぇ」
 一人呟いた言葉は砂塵の中に消えていった。
 
 ***
 
 しばらくして駐屯地から出てきた彼にガイは微笑む。
「終わったか?」
 彼は少し渋い顔で頷いた。
「まぁな……」
 チンピラを捕まえたからといってなぜそんな表情をするのだろう。むしろ良かったんじゃないだろうか。ガイは首を傾げる。
「まぁ、二度とあんなことされないようにこっぴどく絞られるだろう? それでいいじゃないか」
 すると彼はうつむいて小さく何かをつぶやいた。だが、聞き取れなくて顔を近づける。
「なんか言ったか?」
「いや、別に」
 そうして彼はふと視線を上げた。
「お前、宿は?」
「いや、とってないけど。もうこの時間だからなー」
 もう真夜中だ。受け付けてくれる宿屋は少ないだろう。すると彼は無表情で淡々という。
「私の宿になら、まだ空きがあるかもしれない。――ついてこい」
「そりゃあ、よかった! 助かる」
 そして二人並んで歩く。するとふと彼がこちらを向いた。
「そう言えば名前を聞いてなかったな」
「唐突だなーまぁ、いいや。俺はガイ・セシル。お前は?」
「レイだ」
「ファミリーネームは?」
 また眉間にしわが寄った。言いたくないことなのだろうか。しばらく彼は黙った後、口を開いた。
「……レイ・クラウデイウス」
「レイか! マルクトの第五王子と同じ名前だな」
 一瞬、目を丸くしたレイは顔をそらした。
「そうだな」
 一瞬渋い顔をしたように感じたが気のせいだろうか。
「お前、王子が嫌いなのか?」
「……まぁ、好きではないな」
 言葉を濁したレイにガイは頷く。
「そうだなー、なかなか噂だと過激な御仁であるみたいだからな。血の戴冠式とか」
 確か現マルクト王、ピオニー陛下の戴冠式の時に即位を認めないと反旗を翻したものを一人残らず殺したらしい。その後に軍属に下り、起こった戦争で名をあげ、今では黒衣のレイと言われるようになった。彼の周りには血が付きまとう。
 すると、横にいたレイが淡々と言う。
「殺すしか能がないからな」
「おいおい、ずいぶんな良いようだな。やっぱ嫌いなんじゃないのか?」
「好きではないと言っただろう。……着いたぞ」
 話し込んでいるうちにどうやら宿に着いたようだ。石造りの綺麗な建物だ。結構いい値段がするだろう。出来れば路銀は節約したかったのだが。レイは躊躇なくドアを開けて中に入っていく。それに続いてガイも宿屋へと入った。
 入口のすぐそばにカウンターがあり、少し眠そうな男の番台がこちらを見て目を見開いた。
「これはこれはお待ちしておりました! ささ、お部屋へご案内しますよ!」
 どうやらレイの顔見知りらしい。
 立ち上がり、番台から出てくる。それをレイは淡々と制する。
「すまないが、こいつにも一室貰えないか? 困っているようなんだ」
 すると番台は眉を八の字にしてしまう。
「申し訳ありません、ただ今満室でして」
「そうか……よわったな」
 うつむいたレイに番台が慌てる。
「もしよろしければ用具入れの部屋なら――」
 レイは言葉を遮って首を振る。
「出来ない、彼には礼をしなければならないからな」
 暴漢たちのことを連れていくために時間を取られたことを気にしているのだろう。ガイはレイの頭に手を置く。
「俺は寝れたらどこでもいいよ。気にするな」
 どうせ一人だったらこんな高そうな宿には泊まらない。その言葉にレイは翡翠の目を曇らせる。少しの間唸った後、ガイに告げる。
「なら、私の部屋に来い。部屋は広いはずだから、毛布ぐらいは置ける。だろう?」
 番頭にレイが尋ねると驚いたように頷く。ガイは申し訳なくて頭を掻いた。
「いいのか? 俺は別に――」
「礼ぐらいさせろ。じゃあ、カギを」
 レイが番頭に向かって手を差し出す。番頭は持っていた部屋番号が刻んでいる木札が付いたカギをレイに手渡した。
「案内は要らない。遅くにすまなかった」
 番頭はレイの言葉に目を丸くして驚いたが、すぐに微笑んだ。
「ええ、では、毛布はすぐに持っていきます。ごゆるりと」
 そう言って番頭は深々と礼をした。レイはカギを見てさっさと進んでいく。ガイは慌ててレイについていった。
「おい本当にいいのか?」
「いい。お前は悪意がないからな。お人よしもいい所だ。だがもし何かあったとしても私はお前には負けない自信がある」
 ガイはため息を吐く。
「そんなことをするつもりはさらさらないよ。ただ、申し訳ないと思って」
 レイはもうすでに部屋の前だ。カギ穴にカギを指してドアを開く。
「申し訳ないと思うなら、今日はゆっくり休むと良い。たまには私も陰険眼鏡以外と話がしたい」
 そう言ってレイは部屋に入った。ガイも部屋に入ってドアを閉める。部屋には少し大きめのベッドがあり、石造りのテーブルがある。どれも高そうだ。
「なぁ、お前って貴族の出身なのか?」
 レイは椅子に座ってテーブルの上に置いてあった水をグラスに注ぐ。
「まぁ、そんなものだ」
 自分の出自のことになると妙に歯切れが悪い。何か隠したいことでもあるのだろうか。だが、ここまで施してもらって深く詮索するつもりはない。ガイにもレイに言えないことがある。
 ガイも同じように椅子に座った。するとレイが違うグラスに水を注ぐ。
「それで? お前は冒険者か?」
「んーいや、人探しをしているんだ」
 深くは言えないがある程度濁して言えば問題ないだろう。
「名前と特徴は? ここらで探すなら私は手助けできる」
「ルーク。赤い長髪で緑の眼のわがままな奴だ。後は亜麻色の髪の少女を探してる」
 レイは低く唸る。
「なるほど、情報としては少ないが、手配してみよう。手がかりはあるかもしれない」
「何から何まですまないな」
 何者かわからないのにここまでしてくれるのはいささか怪しいが、今は何も情報がない。顔が広いというなら存分に使わせてもらうことにしよう。
 訝しがったのがわかったのか、レイは苦笑する。
「いや、私も今人手が欲しいからな。――少し手伝ってはくれないか?」
「なるほど、交換条件ってやつか。内容にもよるが、やれることならしよう」
「そうだな……私は手紙を探してるんだ」
「手紙の内容は?」
「あるマルクトの機密情報だ。それが神託の盾に奪われてしまったので取り戻したい」
「目星はあるのか?」
「恐らく、ダアト船舶の中か、スラム街だ。ダアト船舶のほうは結果待ちだがな」
「じゃあ、スラム街か」
 だから、レイはあの暴漢たちにこの街について詳しいかと聞いていたのだ。それは情報を聞き出すためにわざとやったのだろう。とんだとばっちりだ。
 なんだかとんでもないことに巻き込まれてしまっている。もう話を聞いたからにはレイは逃がしてはくれないだろう。背中に汗が伝う。だが、もう腹をくくるしかない。
「仕方ないな、乗り掛かった舟だ。手伝うさ」
 そしてガイは手を差し出す。レイは不思議層そうに手を見つめた。
「なんだ?」
「握手だよ、握手。これから数日よろしく頼むってな」
 笑いかけるとレイは少し動きを止めた。そして、ゆっくりと手を握る。
「よろしく、ガイ」
「ああ」
 二人は手を握り合う。レイは薄く笑っていた。その顔がやはり女性のようにも見えたが、それはただ自分の錯覚なのだろうとガイは苦笑いした。



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