小説 | ナノ


▽ 操り人形は誰か6


 部屋に毛布が届いた後、ガイとレイはそれぞれ床についた。レイはガイに最初ベッドで寝ろと渋っていたが、部屋まで貸してもらったのだから自分が床で寝ると言い張った。すると説得するのは難しいと感じたのだろう。レイは大人しくベッドに行き眠りについた。
 ガイも毛布が敷かれた床に寝ころんで目を閉じる。
 どうやらかなり疲れていたようで意識はすぐに溶けていった。
 その次に目が覚めたのは人の話し声だ。なんだろうと思い目を開ける。窓に視線を向けると日差しが部屋の中に入ってきていた。もうすでに夜は開けていて早朝といったところだろうか。
「今のところ――」
 男の声だ。だが、部屋の中ではない。どうやらドアの前で話している者がいる。ガイは耳を澄ました。
「そうか、引き続き頼む」
 次はレイの声だ。彼は抑揚がないしゃべり方をするのでどういう感情でものを言っているのかわからない。何の話をしているのか気になったが、自分が踏み込むべき話題じゃないだろうと感じてガイは立ち上がる。毛布をたたんでしまおうと思ったのだ。
 するとレイが部屋の中に入ってきて少し目を開いた。
「起きていたのか」
「あぁ、さっきね。で、何か手掛かりはあったか?」
 レイは首を振る。
「めぼしいものはないな。ああ、お前の探してる人の手配はしておいた。情報があればすぐに伝える」
「それはありがたい。助かるよ」
 レイは視線を落として言う。
「なりゆきじょうとはいえ、申し訳ない」
「いやいや、こっちとしても手掛かりがなくて困ってたんだ。気にするな」
 するとレイは目を丸くして薄く笑う。
「そうか」
 そしてガイは毛布をたたみ終わるとにっこりと笑う。
「さぁ、行こうか。スラムだろ? 行くのは」
「その前に受け取るものがある」
「受け取る? なにを?」
 するとレイは口の端を吊り上げて笑った。
「まぁ、すぐにわかる」

 ***

「すぐにわかるってのはこういうことか」
 頭をかいたガイにレイは頷く。
 宿屋の入口に昨日の暴漢のリーダーが後ろに手首を縛られてマルクト軍の兵士と共に立っていた。暴漢はこってり絞られたようで所々殴られた痕がある。レイを見ると暴漢は舌打ちをした。それを兵士が後ろから殴りつける。
「失礼なことをすれば、次はないぞ」
 よろける暴漢は背後に居る兵士を睨みつけた。
「お前なんかこわくねぇ。この女に比べればな」
 昨日の戦闘でレイの実力を見たせいか暴漢は畏怖の目つきで彼を見ていた。けれどレイは淡々としていて表情がまるで変わらない。ふいに脇からナイフを取り出してガイはぎょっとする。
 すると暴漢を縛る縄を切った。兵士は驚いて慌てる。
「よ、よろしいのですか!?」
「ああ、構わない。それにこいつからの情報が正しいとは限らないからな。直接スラムに行って探りを入れるのに縛ったままじゃおかしいだろう」
 兵士ははっとして、頷いた。ガイから見て兵士の様子が少し変なように感じていた。暴漢よりもレイを怖がっているような、さっきから視線を中々合わさない。それをレイも感じていたのかふうと息を吐いた。
「お前、新人か?」
「は、はい! そうです」
「なら、もっとしっかりしろ。昨日の時もびくびくして心配だったぞ。私からもアスターに言ったが、音素検査にはちゃんと掛け合ったのか?」
「も、もちろんです!」
 今度は全身震え上がっていそうな声で答える。これは治りそうもない。レイは大きくため息をついて手で払う。
「もういい、行け」
 すると兵士は脱兎のごとく走っていった。貴族に対しての礼儀がまるでなってない。
「お前も大変だなぁ」
 するとレイは眉をひそめて黙った。暴漢がその様子を見て嘲笑う。
「お嬢ちゃんはどこでも怖がられてんだなぁ。こりゃ大人しくしてなきゃ殺されるかな?」
 安い挑発だ。レイは暴漢を睨みつけ、不敵に笑う。
「わかっているじゃないか。なら、必要な時以外その口を閉じていることだな。お前だけ解放されている意味を考えてみろ」
 すると暴漢は大きく目を見開き、すぐに口を閉じた。どうやら馬鹿ではないらしい。それほどレイが怖いということだろうか。
 だが、ガイから見たレイはとても怖い存在には見えなかった。礼儀というものを重んじているし、貴族のわりに身分が下な者にも分け隔てない。時々横暴さが見えるときもあるが、ルークほど我儘ではない。
 ――やっぱこいつ似てる。
 ルークと何となく似ているような気がする。不器用だけど優しさがある所なんかそっくりだ。少しだけ親近感が覚える。するとガイを見てレイは首を傾げる。
「どうかしたか?」
「いーや、なんでも。早く行こうぜ」
「ああ」
 暴漢を一番前に歩かせて、ガイとレイはそれに続いた。
 
 ***
 
 スラム街での聞き込みはやはりよそ者には厳しかった。ほとんどの場合暴漢には話してくれるが、レイやガイには冷たい。やはり暴漢を連れて来たのは正解だった。
 だが、レイは焦りを募らせていた。今のところ目立った情報はないし、余裕たっぷりのシンクの物言いが気になっていたのだ。絶対に見つからない場所にあるということだろうか。それともただのブラフだろうか。このただでさえ時間が惜しいときに厄介だ。様々なことがのしかかってきていて気が重い。
 それに陽が照って来たので、さらに憂鬱になる。出来ればしゃべらないでただ付いていくだけにしたい。隣にいるガイは平気そうに歩いている。暑さが苦手ではないのかもしれない。レイの表情に気が付いたのかガイが顔を覗き込んできた。
「お前、大丈夫か? だるそうだ」
「私は、暑さが嫌いなんだ。気にするな」
 ガイは頭をかいた。
「そんなこと言ったって今にも倒れそうだぜ? ちょっと休もう」
 気にするなと言おうとしたが、口が重くて開かなかった。その様子を見て暴漢が笑う。
「なんだ? こんなことでばててたら元気な赤ちゃんうめねぇぞ?」
 セクハラだ。だが、レイは暴漢の言葉を無視して歩く。どうやっても口が開こうとはしないのだ。今なら陰険ジェイドに何を言われても無視できる気がする。
 ガイが暴漢に話しかけた。
「なぁあんた、ここら辺で休める場所はないのか? これじゃ情報を探す前に倒れちまいそうだ」
 暴漢はふんと鼻を鳴らし、睨む。
「しょうがねぇなぁ。じゃあ、酒場に行くぞ。昼から開いてるところもあるからな」
「ああ、頼む」
 そんな暇はないと思いながらも、レイは何も言えなかった。大人しく暴漢に付いていくことしか出来ない。これでは本当にジェイドに馬鹿にされても仕方ないのかもしれないと思った。
 大人しくついていくと簡易の掘っ立て小屋のような場所にたどり着く。完全な日陰とは言い難いが、頭上の布が直射日光を遮ってくれた。それだけで天国のように思える。座る所はなく、立って飲み食いするようだ。
 暴漢は慣れた様子で三杯のビールを頼むとすぐに店員は持ってきた。
 テーブルに置かれた飲み物に三人は乾杯もせずに煽っていく。喉を通る炭酸が気持ちいい。ようやく生き返った気持ちになり、頭が冴えてきた。
 その様子を見てガイが笑う。
「お前本当に暑さが苦手なんだな、目にやっと生気が戻った」
 ガイの言葉にレイは眉をひそめる。そんなに変わっているだろうか。今度からは見破られないようにしなければならない。
 暴漢はビールを一気に飲み干すともう一杯頼んだ。それにレイは冷ややかに睨みつける。
「酒を飲むために来たわけじゃないぞ」
 すると下卑た笑いをしながら男は言う。
「俺がいないと情報が集めらんないんだろう?」
 つまり好きにさせろということだろう。脅すことも出来たが、ここで剣や譜術を使うのは避けたい。レイは睥睨しながら視線をそらした。
「酔っぱらいすぎるなよ?」
「わかってらぁ」
 二杯目も飲み干した男がまた店員を呼ぶ。あてにならなくなりそうだとレイはため息を吐いた。すると隣でひそひそと会話している男たちの声が聞こえてきた。
「例の御大層な手紙どうしたよ?」
「ああ、持ってる。おっかなかったからな」
「なんせ持ってるだけで二万ガルドも貰えたんだから儲けもんだよな」
 といって三人の男たちが笑いあった。思わずそちらに視線が向く、だが、ガイに手で顔を戻される。
「なんだ」
「もう少し話を聞いてみないとわかんないだろう?」
 レイは無言で頷いた。すると会話に耳を済ませようとしたら暴漢が立ち上がる。そして隣の席の三人の中に無理やり入ると酒を四人分頼む。
 予想外の動きにレイが動こうとしたが、それもガイに制された。小声でレイはガイをなじる。
「なぜ止めるんだ」
「まぁ待てって」
「だが!」
 こう問答している間に暴漢がたじろぐ三人組に笑いかけていった。
「あちらの御仁が好きなだけ酒飲んでいいってよ! 一緒に飲まねぇか?」
 一気に三人視線がガイのもとへ集まる。ガイはにこやかにジョッキを高く上げた。
「今、ちょっとした旅行中なんだ。羽を伸ばしたいと思っていたところでね。好きなだけ飲んでくれ」
 すると三人も同じようにジョッキをあげる。どうやら打ち解けたようだ。
 ややあって男たちが出来上がったころに暴漢は尋ねた。
「さっき言ってた大層な手紙ってのはどんなんよ?」
 赤ら顔で一人が答える。
「内容はわからないけど預かってくれって言ったのはローレライ教団の男の信者だったよ。大分頭がいかれてやがった」
「いかれてたってのは?」
「なんていうかな、目が普通じゃなかった。言動もユリア様のためってずっと言ってたし、宗教を信じ切ってる奴ってまともには見えないよな」
 違う男が笑みを隠せなかったようで噴き出した。
「どんな奴だ?」
「服装は巡礼者だった。剣を下げてたから神託の盾なんじゃねーかと思ったけど、なんか怖くて聞けなかったわ」
「そいつが二万やるからこれをずっと持っておいてほしいと言ったんで、金をと一緒にこれを――」
 懐から取り出されたのはマルクトの封蝋がされたものだった。レイはずかずかと男に歩み寄り、
「よかったらそれ、よく見せてくれないか?」
 男たちは顔を見合わせて驚いた。だが、断る理由もないと思ったのか、素直に差し出した。
 レイはまじまじと封蝋を見る。確かにマルクトでよく使う封蝋だ。特に軍の機密情報を扱う時などで使う。けれど、これは――。
 レイは紙を開く。やはり中身には大きな字で振り回されてご苦労様と書かれていた。レイはため息を吐く。シンクの仕業だろう。
 ガイがひょっこりとその中身を見て驚いた。
「なんだ、嫌がらせか?」
「そうだな」
 どうやら術中にはまっていたようだ。レイは舌打ちをする。やはり神託の盾の参謀一筋縄ではいかない。
 レイは少し引っ掛かりを感じた。あごに手をあてて考え込む。
「当てが無くなったか?」
「いや」
 レイは口を濁すと再び手紙を手に取った。そしてまじまじと封蝋を見てはっとする。
「だが、手掛かりがないわけじゃない」
 三人組の男たちを見やるとレイは袖から五万ガルドを取り出した。
「これを買い取りたい。これで足りるか?」
「ああ、俺たちにとってそれはただの紙屑なんでね」
 男たちは嬉しそうに五万ガルドを受け取って酒をあおり始めた。
 レイは手紙を見つめて大きく息を吐いた。そして冷たい眼差しで遠くを見る。
 踊らされているのはもうまっぴらだ。今度は仕掛けていかなければならない。レイは獰猛に笑う。
「さて、スケープゴートが誰なのか狩りに行こう」



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