小説 | ナノ


▽ 操り人形は誰か4


「くそっ」
 レイは部屋の壁に思い切り拳を叩きつける。
 駐屯地に戻ったレイは苛立ちを隠せなかった。
 駐屯地の兵を総動員で親書のありかを探しているが、未だ連絡はない。恐らく人為的に隠していて、誰かが隠し持っているのだろう。だが、本当にシンクの言った通りケセドニアにあるのかさえ分からない。レイは舌打ちした。
 完全に後手に回っている。これでは奴の言う通り、ゲームに乗せられて躍らせられるだけだ。
 だが、他に情報はない。あるのは首なしの死体とわずかな情報だけ。これでは命令を出された兵士たちも闇雲に探すしかなく、司令塔であるレイに不満を持つだろう。
 ――もし、ジェイドなら。
 そう思ってレイは首を振る。いない者と自分を比べてどうするというのだろう。ここで指示を出すのは自分だ。なら、自分らしく地道に探すしかない。
 レイは兵に用意してもらったケセドニアに溶け込むような服に着替え始める。見た目は若い冒険者といったふうになっている。少し露出が多いが、これしかないと青ざめた顔で言われたので仕方なく着ることにしたのだ。これで軍人とは見破られにくいだろう。歩き回るにはこの黒い軍服は目立ちすぎるのだ。
 まず逃げ出せないようにすべての場所に検問を張った。ここまでマルクトの兵士が嗅ぎまわっていると知ったら敵は身を潜めるだろう。潜伏先は限られている。ダアトの船舶かスラム街だ。
 まずダアトの船舶は探らせるのは困難だろう。いちいち荷物を漁られていてはたまったものではない。当然商人たちは渋るだろう。治外法権というのは厄介だ。アスターに助力を願えばいいのだろうが、兵士には行かせられない。行く途中で神託の盾が邪魔しないという保証はないからだ。流血沙汰になれば面倒だ。自分で行くべきだろう。本当にここが自治区であることが憎らしい。
 もう一つのスラム街は恐らく一番隠れやすい。身なりさえ周りに合わせられれば、後は闇に潜むだけだ。スラム街はいくら町が発展しているとはいえ、商売がうまくないとのし上がれないこの地では光と闇は深い。
 服を着替え終わったレイは一人つぶやく。
「さて、どちらに行くべきか……」
 アスターかスラム街か。
 効率よくいくならばアスターのところだろう。色々と手配してスムーズに包囲網を狭められる。もう夜は深いが、配慮するほど悠長にはやってられない。
 レイは頭にフードを被って部屋から出る。
 部屋の外にいた兵士がぎょっとしてレイを見る。
「大尉! その恰好は!?」
 レイは眉間にしわを寄せて答える。
「任務の為だ、後、私は宿に泊まる。報告に来るときは軍服では来るな」
 そう言い捨ててレイはケセドニアの夜に消えていく。その背後で兵士がぼそりと、それ女性もの……と言ったのは聞こえないふりをした。
 
 ***
 
 揺れる舟板を折りてガイ・セシルは息を吐いた。
「やーっとケセドニアかー」
 長い船旅を終え、ガイはケセドニアに降り立った。
 明朝、ファブレ邸に襲撃してきた謎の少女が、ルークと擬似超振動を起こして約半日。侯爵は慌ててガイに追跡するよう命じた。
 音機関での音素反応は恐らくだがタタル渓谷辺りに収束しただろうと言われ、ヴァンは陸路、ガイは海路を使って捜索することにしたのだ。
 襲撃した少女はヴァンを狙ってきたようだが、ルークに攻撃を阻まれ、奇しくも第七音素譜術師導師だった二人は共鳴し合ってしまった。
 ――まったく世話の焼ける坊ちゃんだ。
 一介の使用人であるガイでさえも腕が立つからと駆り出される始末。よほどファブレ侯爵はルークが大事らしい。あまり感情を表に出す方ではないので内心ではどう思っているのかわからないが。
 だが、バチカルから出られたことはいい気分転換にもなる。ずっとルークの世話で屋敷にこもっているより断然いい。
 もちろんルークのことも心配だ。彼は七歳のころ誘拐されてから記憶がないし、それから屋敷に軟禁状態だった。右も左もわからないところでいつも通り、横柄に接していたら何が起こるかわからない。
 ――さて、どうしたもんかな。
 凝った体を伸ばしてガイは考える。
 もう深夜に近い。今日は宿を取って休むべきだろう。夜に町の外へ出るのは危険だ。夜だというのに第五音素灯を使ってぽつりぽつりと明かりが地面へと降りている。さすが商業の街といったところだろう。だが、砂漠に近いケセドニアは夜は寒い。
 だが、夜の街というのは色んな情報が集まりやすい。それに流通の要のケセドニアには珍しい譜業が集まっているかもしれない。宿に行く前に少し見ても怒られはしないだろう。ほんの少しだけと、目をキラキラとさせてガイは市場のほうへと足を進めた。
 夜でも市場は騒がしく、商売魂たくましい商人たちが声を張り上げている。ガイは色々と回りながらいろんなものを見ていった。食べ物、人、譜業。本当に活気に満ち溢れている。まるでバチカルの朝市のようだ。
 すると、フードを目深に被った女冒険者が横を通り過ぎていく。腰には細剣を下げている。何となく目で追ってしまった。顔は見えなかったけれどかなりの美人だろう。美人を見るのは好きだ。ただ、露出が多いので目に毒だ。
 顔が見てみたいと思ったが、声をかけるのも気まずい。自分は女性恐怖症なので、触れれば震え上がってしまう。こういう時、この症状を恨めしく思うが仕方がない。ガイは右ポケットに入っている懐中時計を撫でてふっと笑みを落とした。
 すると明らかに怪しい顔つきをした奴らが数名ガイの横を通り過ぎていく。すごく嫌な感じだ。恐らく一般人ではないだろう。思わず振り返ると、三人は同じ人物を見ていた。先ほどの彼女だ。
 彼女は察していないのか路地のほうへと入っていってしまう。それを見た男たちはにまりと笑って路地へと走っていった。
 どう考えても彼女が危ない。
 しかし、ガイは一応ルークを探すために目立つようなことは出来ない。だが、あの男たちに蹂躙されてしまうだろう彼女のことを放っておくのは男としてどうなのか。
 冒険者である彼女にも非はある。一人でそんな裏路地に入ってしまえば、こんな治安の悪そうなところで起こるのは危ないことだけだ。
 だが、しかし……。
「俺もそうとうなお人よしだな」
 ガイは人をかき分けて路地へと向かう。巧みに人を避けきって路地へと入ると案の定彼女は暴漢どもに囲まれていた。背後は壁、逃げ場はない。
 リーダー格であろう男は興奮で上ずった声でしゃべりかける。
「なぁ、さっきから黙ってるが、声を聞かせてくれよお嬢ちゃん?」
 手で彼女のあごをあげる。それに彼女は無抵抗でされるままにしていた。男はさらに調子に乗った。
「もしかして誘ってるのか? なら、いい声上げてくれよ?」
「……ここで暮らしてる人?」
 唐突な質問に男は驚いたようだがすぐに答えた。
「そうさな、ここじゃ名が通っているほうだ」
「最近ここら辺の出来事も詳しい?」
「もちろん、お願いとあらば教えてやってもいい、ただ……」
 そうして男は顎から頬へと手を滑らせる。だが、彼女は身じろぎもせずに男を見ていた。
抵抗しても無駄だと悟っているからなのだろうか、嫌悪感さえも声には感じられない。ただ淡々としていて、冷静だ。
 そして男はフードを下ろした。彼女の顔が露わになる。そして息を飲む。
 夜を溶かしたような黒髪に燐光を帯びているような鮮やかな緑の眼、唇は膨らんでみずみずしく扇情的だ。顔立ちは整っていて中性的ではあるが、不思議な魅力がある。
 ガイもあまりの美しさに目を奪われた。どこかの姫かと思うほどに綺麗だった。
「さぁ、べっぴんさん楽しもうぜ……?」
 男の手が彼女の肩に触れ下に伸びようとしたとき、彼女は言った。低く、獰猛な獣が刃を剥いた時のように。
「では、貴様らには知っていることを吐いてもらおうか」
 彼女の手が光りを放ったかと思うと、目の前にいたリーダー格の男が数メートル吹っ飛んだ。あまりのことに両端にいた男たちがあっけにとられている。
 その隙に彼女は一人の男の股間を蹴り上げる。男は情けない声をあげて地面を転がった。彼女は触れられたところを軽く払う。
「やれやれ、我ながらしょうもないな、こんな奴らを相手にせねばならんとは」
「てめぇ!」
 もう一人の男はその間に短剣を抜いて女に振りかぶる。だが、彼女は最低限の動きで避けてみぞおちに膝蹴りを食らわせる。男は呻いて短剣を落とす。
 ガイはあっけにとられてその場を動けずにいた。
 恐ろしいほどに腕が立つ。ほとんど一撃で倒していったその戦闘能力は自分より上かもしれない。助けに入る必要もなかったようだ。
 ガイが後ろを向いて立ち去ろうとすると、背後から殺気が迫る。
 思わず振り返ると共に剣を抜いた。すると彼女の細剣の切っ先が迫っていた。ガイは剣先を叩いて軌道をそらす。すると彼女が剣を持ってない方の手が光りを帯びて迫りくる。
 ――ヤバい!
 恐らく触れられれば先ほどの男のように吹っ飛ばされる。
 ガイはバク転して彼女の手から逃れた。すると彼女が淡々と言う。
「お前は見張りのわりにそこそこ腕が立つようだ」
「ち、違う! 俺は!」
 だが、ガイの言葉を最後まで聞かず走り出した。今度は避けきれるかわからない。ガイは剣を投げて両手をあげた。
「俺はあいつらの仲間じゃない!」
 すると喉元で切っ先が止まる。ガイは思わず息を飲んだ。彼女が低い声で尋ねてくる。
「なら、なぜ?」
「キミが路地に入った時、あいつらが追いかけていったのを見て助けようと思ったんだ! お願いだから!」
 体が震えだす。命の危機だからではない。症状だ。
 彼女は首を傾げる。
「お願いだから離れてくれ! 俺は女性恐怖症なんだ!」
 彼女が翡翠の目を丸くする。そしてゆっくりと離れていった。するとガイもようやく震えが止まり、落ち着く。その様子を見てレイは唸る。
「どうやら、本当に女性恐怖症のようだな」
 演技には見え難いというのだろう。ガイはほっとして肩をなで下ろした。
「信じてくれて嬉しいよ」
 彼女は剣を収めて、目を伏せた。
「勘違いしてすまない」
「いや、俺もあなたの強さにあっけにとられてボケっとしてたからな。俺の手伝いは必要なかったようだし、その綺麗な顔に傷がつかなくて良かった」
 彼女は薄く笑う。
「女性恐怖症のわりにキザな奴だな」
「いやいや、俺は思ったことを言っただけだ」
 ガイの言葉に彼女は不敵に笑った。
「じゃあ、迷惑ついでにこいつらを縛るのを手伝ってくれ、憲兵に突き出す」
 ガイは頷く。
「女性の頼みなら仕方ないな」
 すると、彼女はすっと瞳を落として苦々しく呟く。が、何を言っているのか聞こえなかった。自分より身長の低い彼女が上目づかいで睨みつけてきた。
「私は女じゃない。男だ」
「え!?」
 驚くガイに彼女は眉間にしわを寄せた。
「ボケっとするな、動かないうちに縛るぞ」
「あ、ああ……」
 確かに女性だと思ったのだが、どうやら勘違いだったようだ。だが、女性ものの服を着ているので勘違いされても仕方がないだろう。だが確かに女性に見えたのになと思いつつ、男たちの衣服を破って縛り上げていった。
 それが、レイ・ロウ・マルクトとガイ・セシルの最初の出会い。


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