小説 | ナノ


▽ 操り人形は誰か3


「そう睨みつけないでよ。こっちは戦う気はないんだ」
 そう言って少年は構えを解いた。レイは剣を向けたままだ。
「信用できない」
 暗闇に乗じて攻撃してきたような奴だ。ならば、すべてこちらを騙す言葉と取っていいだろう。すると少年はやれやれと肩を浮かせた。
「さっきのは小手調べさ。仲間にするにしても弱くちゃ話にならないからね」
 レイはピクリと柳眉をあげる。
「仲間?」
 するとレイの反応が面白かったのか少年はくすくすと笑った。
「そうだよ? 僕らと共に預言をぶち壊そう」
 神託の盾騎士団が殉じている預言を壊す? それも一般兵ではない師団を預かる者とはとても思えない。とても正気とは思えない発言だ。てっきり神託の盾の追っ手だと思っていたが、違うのかもしれない。
「本気で言っているなら正気とは思えないな――烈風のシンク?」
 仮面の下の口の端が上がる。
「なんだ、わかってたのか。つまらない」
「顔はわからなくてもある程度情報は知っている」
 仮面をかけて、緑髪の少年。それにレイと渡り合える強さ、神託の盾の中ではごく一部だろう。簡単に推測がつく。
 シンクはお見事と言って小馬鹿にしたように手を叩く。
「話を戻そう。アンタ僕らの側につく気はない?」
 レイはシンクを睨み据える。
「生憎、絵空事に加担するほど私はこの世界に絶望してない」
「……本当にそうかな?」
 笑いを必死にこらえる様にシンクは口に手をあてた。レイは顔をしかめる。
「なにがおかしい?」
「だって、アンタほど預言によって歪められた人生はないと思ってさ」
 レイは目を見開いた。その様子にシンクは満足そうに頷いた。
「アンタのことはよく知ってるよ黒い子供。かなり調べさせてもらったしね。血の戴冠式はさぞかし爽快だったでしょ? むかつくやつらをぶっ殺してさ!」
 レイの表情が一変する。目には怒りが宿り、射殺さんばかりにシンクをにらみつける。
 シンクは知っているのだ。レイが今までやってきたことすべてを。レイの表情を見たシンクはさらに笑みを深くした。
「まぁ、アンタは秘預言にも読まれてる重要人物だしね。僕らとしては仲間になってほしいわけ」
 秘預言。つまりは始祖ユリアが読んだ七つの譜石の六番目と七番目のことなのだろう。基本、秘預言は明かされないし、知っているのは導師くらいなものだろう。だが、六神将であるシンクがなぜ知っているのか。それに七番目の譜石は見つかっていないはずだ。
「アンタ誕生月の預言さえ詠んで貰ってないくらい預言嫌いだってね? ならさ、アンタは耐えられる? 大切な人の死を」
 レイの持つ剣が震えた。大切な人なんてこの世に一人しかいない。それが何を意味するのかレイは瞬時に分かった。だが、それが本当に秘預言であるとは確認できない。
「……私は決めたんだ」
 レイは剣をしまい、代わりに片手をあげる。まっすぐにシンクに向かって。そして手の平を開く。
「預言なんてものは信じないとな!」
 何かを握りつぶすようにレイは手を握った。
 数秒、沈黙が降りる。だが、何の変化もない。レイは驚いた。
「お前、なぜ効かない!」
 レイの能力は絶対に防げないはずだ。どんな人間でも、動物でも、存在している者であれば。
 シンクは子供のように無邪気に笑った。
「アンタのとっておきはボクには効かないよ? いや、僕らにはね」
 そう言ってシンクは手をあげる。そこには第五譜石のような赤い石がついた指輪をはめていた。
「ディスト特製の品でね、アンタの攻撃は効かないんだ」
「あいつは本当に余計なことしかしない!」
 思わず舌打ちする。再び剣を取ろうとしたレイにシンクは待ってよと言った。
「アンタの意志はわかった。この件は置いといて次の話題だ。じゃあ、ゲームをしよう」
「ゲーム?」
「ルールは簡単、アンタと別行動している奴らを僕らが捉えるのが先か、アンタが親書を見つけてあいつらと逃げるのが先か。どう楽しそうでしょ?」
 レイは思わず歯ぎしりしそうになった。情報は筒抜けなうえ遊ばれている。明らかに彼らの思惑の中で踊らされているのだ。やはり、嫌な予感は的中した。六神将は敵なのだ。
 手の平の上で操られるなんてもってのほかだ。だったら仕掛けてやればいい。
 レイは不敵に笑った。
「ゲームなんてしなくてももっとわかりやすい方法を取ることにしよう」
 レイは自身のフォンスロットを開く。そして光の矢を構成して空に何百と広げた。
「さぁ、六神将殿は避けきれるかな? 行くぞ!」
 光の矢が降り注ぐ。それをシンクは軽やかなステップで避けていく。だが、レイの術は終わらない。シンクは避けることしか出来ず、時折矢がかすめていく。
「ほら、まだまだあるぞ!」
 矢をよけつつシンクが苦し気な息を吐く。
「さすがに全部避けるのはめんどうだ」
 そう言ってレイに向かって突進してきた。目で追うのがやっとのスピードだったが、レイは笑みを深くした。
「突進は愚策だったなシンク」
「どうかな?」
 シンクは詠唱なしにファイアーボールを発現させた。それをレイは最低限の動きで避ける。だが、シンクは時間を稼ぎたかっただけのようで、グンと距離を詰めてきた。
 もう目の前だ。だが、レイは焦らず光球を作り出し、弾けさせた。
 光は暴発し、閃光を放つ。シンクは低く呻きよろける。その隙にレイはシンクを押し倒した。首元に剣を据えて。
 レイは笑う。
「……親書はどこだ?」
 組み敷かれたとしても笑みを浮かべてシンクは言う。
「さぁ、どこだろうね?」
 レイは首に剣を押し付けた。皮膚が切れて玉のような血が滲みでてきた。
「この状況で軽口をたたくのは命とりだぞ」
 だが、シンクは笑みを絶やさない。むしろ嘲笑っている。
「預言が憎いだろう? なんで素直にならないのさ?」
「預言は嫌いだ。けれど、知らなければ。ただの占いだ」
 占いねぇとシンクは笑う。
「アンタは後悔する。親切心じゃないけど、今、預言通りに行けば破滅しかないんだからね。――それに」
 一度言葉を切ってシンクは言う。
「アンタは一番大切なものから裏切られている」
「今度は首の皮だけじゃ済まないぞ?」
 怒気を含ませてレイは告げる。
 シンクのいう言葉はまるで現実味がない。それはまさに預言と同じで吐き気がするほど嫌いだ。
 すると心底楽しそうにシンクは笑った。
「いいこと教えてあげる」
 くつくつと喉を震わせて囁く。
「アンタが敬愛する陛下は本当にアンタのことを愛してくれた?」
 レイの目が見開かれる。剣が震えて力を失くした。すると剣を手甲で薙ぎ払われて顔を殴られた。レイは思わずよろける。その間にシンクは抜け出してしまった。
 シンクは距離を取って服をはたいた。
「動揺しちゃうってことは図星なんだ? 哀れだねレイ」
「黙れ!」
 激昂したレイは詠唱なしで光の矢を放つ。だが、それもあっさりと避けられてレイは舌打ちした。
「これ以上の話し合いは無意味みたいだね。――親書はケセドニアのどこかに隠されている。頑張って見つけてみてよ? 黒衣のレイ?」
「待て!」
 シンクがいた場所に光の矢が刺さったが、夜に紛れて姿は掻き消えた。レイは思わず舌打ちして術を解いた。頭上を照らしていた光もなくなり暗闇になる。
 空を見上げると月はなく、星が頼りなくレイを照らしていた。


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