小説 | ナノ


▽ 操り人形は誰か2


 部屋に一人残されたレイは立ちながら思案した。
 グランコクマまで早馬を飛ばせばケセドニアは二日とかからない。レイたちが出立してからもう一週間以上経つ。ならば十分に届けられる時間はあったはずだ。妨害されても生きてさえいれば届けられる時間である。
 ――殺されたか。
 任された師団のものはわからないが、恐らく生きてはいないだろう。親書も無事とは言い難い。だが、あくまで推測で結果ではない。彼らを探すことは無意味ではないだろう。自分の足で探すのはもちろんだが、駐屯している兵士も捜索してくれている。見つかるのは時間の問題だろう。
 通路に繋がる壁にため息をつきながらもたれかかる。
 レイは憂鬱だった。この灼熱の中を歩き回るのはレイにとってとてもつらい。しかも夜は夜で酷く冷える。いいことがまるでない。よくこんなところが栄えているものだ。ひとえに領主であるアスターの手腕なのだろう。
 思わずレイはまた、ため息を吐く。まったく面倒ごとばかり起きてやってられない。
 人の声が聞こえて耳をすます。すると数名の兵士たちが小さな声で話している。
「あれが黒衣のレイか」
「迫力ありすぎて目ぇそらしちまった」
 どうやらレイの噂話らしい。
「早くあんな奴、出ていかないかな? おっかねぇったら」
「しっ! 聞こえるぞ」
 ああ、聞こえているとレイはうんざりした。どこに行ってもレイは陰口をたたかれる。
「あの、血の戴冠式の噂、忘れたか?」
「忘れるわけねぇよ」
 レイの眉がピクリと上がる。そろそろ注意しに行くべきだろうか。
 すると、唐突にドアがノックされる。レイは入れと静かに言うと駐屯兵がきびきびとした動作で部屋に入ってきた。
「ご報告いたします。ケセドニア近隣でマルクト兵士と思われる遺体が見つかりました」
 その歯切れの悪い言葉にレイは眉をひそめる。
「思われる、とはどういうことだ?」
 すると兵士は困ったように眉尻を下げた。
「実は……」

 ***
 
 現場に行ってみると兵士が歯切れ悪い言葉で報告したのがよくわかった。横たわる死体は二つ。マルクトの軍服を着ている。だが見事に二つとも頭部がない。首から上は綺麗に切り取られていた。兵士は思わず死体を見て顔をしかめている。慣れていないのかもしれない。
 レイは屈んで死体に顔を近づけた。すると兵士が声をあげる。
「大尉! なにを!?」
「遺体の状態を調べている」
 冷静に告げてレイは匂いを嗅いだ。
 思ったより腐臭はしない。うじも沸いていない。死後二日と経っていないだろう。
 今度は服を脱がし始める。見た限り打撲や打ち身などの形跡はない。だとすると頭部に死因があるのだろう。レイは軍服の胸ポケットを探った。すると身分を証明するタグが縫い付けられているのを引きちぎった。もう一人の分も同様に。
 そしてタグを見て読み上げる。
「コノリー・ブラック。レノイル・アーマン。親書を持って来る予定の者はこいつらか?」
 レイはタグを兵士に渡す。すると兵士は目を見開き、用紙を広げ確認して頷く。
「その通りです、大尉。その二名で隠密に運んでいたようです」
 レイは思わず舌打ちをする。これで誰かに妨害されてしまったことは確定だ。なぜ犯人が頭部を持って行ったのかは不明だが、恐らくは何らかの意味があるに違いない。ジェイドならばすぐにわかるのだろうが、あいにくレイはそれほど頭の切れはよくない。
 レイは持っていたナイフに手をかける。すると兵士が息を飲む音がした。
「た、大尉何を……」
 レイは無視して二人の首元の肉を切り取った。それをハンカチに包んで兵士に投げる。
「音素検査をしろ、身元を割り出す」
「で、ですが……」
 たじろぐ兵を無感情にレイは見上げる。
「結果はいつ出る?」
「恐らくは三日はかかるかと」
 レイは顔をしかめた。
「遅い、アスターに協力してもらって二日で結果を持ってこい」
「は、はい!」
 ここの主であるアスターはケセドニアでは絶対の権力を持つ。最新の音機関を持っているだろう。何らかの見返りは要求されるだろうが、背に腹は代えられない。
 怯えた目でレイを見る兵士に辟易する。レイの軍での扱いなどどこでも似たようなものだが、彼は特に怖がっている。まぁ、ジェイドも同じように影で恐れられているが。レイはめんどくさそうに手で払った。
「……早く行け、時間がない」
 すると兵士は敬礼を忘れて走り去っていく。
 それをレイは最後まで見ることなく、死体の服を漁りだす。見たところ普通の軍服だ。新品でもないし着古されてボロボロでもない。だが、一人のポケットからくしゃくしゃになった紙が出てきた。宛名もしっかりと書いてある。黒衣のレイへと。
 ――親書を預かっている。新月の夜、ここで待つ。
 レイは眉をひそめる。どうやら親書は無事のようだが、奪ったものをわざわざ持って脅してくる意味とは何だろう。相手の意図がわからない。それに名指しなのも気になる。まるでレイを待ち構えていたようだ。
 だが、行かないわけにもいかない。親書のありかを知っているのは恐らくこの伝言の主だけだ。レイは空を仰ぎ見る。燦燦と照る太陽がレイの目を焼いた。思わず手で太陽を隠す。
 確か新月は今日の夜だ。周りは木一つ生えていない。一個中隊を潜ませる場所はどこにもなく。一人でこなければ逃げられてしまうかもしれない。
 レイはため息を吐く。
 ――本当に面倒なことばかりだ。
 ジェイドとの任務はいつも面倒なことが多い。きっとあいつは死霊使いではなく貧乏神なのだろう。だが、それでも任務は達成できなかったことはない。全く本当に嫌な奴だ。
 ジェイドを恨みつつ、レイは立ち上がり伝言を第五音素で燃やした。
 
 ***
 
 数時間後、レイは死体が発見された場所に来ていた。例の伝言通りに。
 レイの指示で遺体は駐屯地に焼かれず安置されている。まだ情報があるかもしれないと保管するよう命令したのだ。後はレイがどれだけ伝言相手から情報を引き出せるかによるだろう。いざとなったら拷問にでもかければいい。手段は選んでいられないのだから。
 思わず寒さに身を震わせる。
 月明りのない夜は特に冷え込む。光源がない乾いた大地は特に見えにくい。視野が狭まったように見える。
 夜は苦手だ。孤独になったように思えるし、暗闇は昔のことを思い出す。色んなことが頭の中でフラッシュバックする。血や死体や、赤く濡れる手を。
 一瞬血の匂いが鼻をかすめたような気がしてレイは頭を振った。
 ――今は任務に集中しなければ。惑わされている時間などない。
 ふいに背後からかすかに殺気を感じてレイは飛びのいた。すると、そこに大きく氷塊が突き刺さる。
 レイは剣を抜いて次の攻撃に備えた。気配を読もうと耳を澄ませるが、シンとしてまるで音がない。相手はかなりの手練れのようだ。すると、真横から鈍く光る手甲が迫る。
 レイはわずかに身をひねって拳をかわして斬りこむ。だが、手ごたえはない。すると肩に一撃を食らいバックステップして距離を取った。レイは舌打ちする。
「いちいち探るのは、面倒だ!」
 レイは自身のフォンスロットを開いて第六音素、光球を作り出す。そして大きな光源として空に打ち上げた。光球は空でぴたりと止まり、あたりを照らす。
 すると、先ほど攻撃を受けた場所に仮面をつけた緑髪の少年が立っていた。ダアトの神託の盾騎士団の装束。それも一般兵ではない。右肩にはレイの一撃が当たっていたのか服が切れている。
 少年は薄く笑った。
「さすが黒衣のレイ、これぐらいで死んだら面白くない」
 少年は愉快そうに言ってのける。つまりはレイの腕を試したのだろう。
 レイは少年をにらみつけ、険を構えた。
「お前は誰だ?」
 少年は小さく笑う。そして、
「さぁ? 誰なんだろうね? 当ててみてよ」
 乾いた大地の上で二人は対峙する。一人はにらみつけ、一人は仮面の下で笑っていた。


prev / next

[ back to top ]