酷いこと





「ゆまっちってさぁ、何か男の子って感じしないよねぇ」


「何すかそれ!?
彼氏を目の前にしてそれって!
流石の俺でも傷付いちゃうっすよぅ…」


今日も賑やかなバンの中。
私は唐突に、我が彼氏遊馬崎ウォーカーの性別について考えたのだ。
いつもにこにことした表情。
怒ると確かに恐いけれど、そうそうのことが無ければ怒らない。
また、彼女である私に対しても緩いが敬語を使う。
しかも未だに『さん』付け。
…勿論夜にご一緒したことはあるけれど、その時も余裕綽々で優しくしてくれた。
思い返してみて、改めて感じる。

…ガード固すぎだろ、ゆまっち!!


「だってゆまっちってさぁ、あんま強引な事しないじゃん」


そう言うと、隣の狩沢さんはからから笑いながら『ゆまっちらしいねぇ』なんて言った。
そして此方を向いて、狩沢さんは人差し指を立てる。


「…でも要注意だよ、零時ちゃん!もしかしたらゆまっちには、隠れ鬼畜な面があるのかもしれないから…!」


そんな狩沢さんの言葉に、つい吹き出してしまった。
ゆまっちに限って、そんな事ある訳がない。
いつもにこにこ余裕綽々。
彼の態度が作り物だなんて、そんな訳。
そんな私の態度を見て、もう零時ちゃんったらー、と狩沢さんも笑ってくれた。
ほら、やっぱり冗談だったんだ。


「何すか何すか二人して、酷いっすよもう!」


ゆまっちがむっと頬を膨らませるから、フグみたいだな、なんて思ってまた笑ってしまった。
助手席の門田さんに『お前ら程々にしろよ』なんて言われてしまった。
バンはそんな間も進む。
今日は確か、名前は忘れたが大型の本屋に行くらしい。
私も欲しい本があったから、調度いいと乗せてもらったのだ。
流れる池袋の街並みを見詰めていると、やけにだんまりだったゆまっちがやっと口を開いた。


「あ、渡草さん、俺彼処のファミレスんとこで降ろして下さい」


…え、本屋は?
私がそう思っていると、同じ疑問を持ったらしい狩沢さんがゆまっちに尋ねる。


「えー、ゆまっち帰るの?」


その口振りだと、きっと彼処のファミレスの近くにゆまっちの家があると言う事だろうか。
何はともあれ、あの重度のオタクのゆまっちが本屋に行かないだなんて……体調でも悪いのだろうか。


「んー、ちょっと用事が出来ちゃったんすよ。
とらのあな、また今度御一緒させて下さいっす」


ゆまっちがそう言うと、渡草さんは言われた通りにファミレスの前で停車した。
車が止まるや否や、ゆまっちはバンのドアを開け『私に』手を差し出した。

…………ん?
え?何で私?


「ほら、行くっすよ、零時さん」


「え?
ちょっとゆまっち、どういう…」


助けを求めるようにバンの中に目を向けると、狩沢さんは目をきらきらさせて、渡草さんは呆れたようにため息をついていた。
二人とも理由を把握しているようだ。
もしかして、今の行動で悟ったとか?
その証拠に、門田さんは不思議そうに眉を顰めている。
だが、私には全く分からない。
頭には疑問符ばかりが溢れ出す。
それなのに、何故か状況を把握出来ている渡草さんと狩沢さんが

「…まぁ、頑張れよ」

「女の見せ所だよ!」

と口々に言っている。
…無論、相変わらず門田さんは不思議そうな顔をしているのだが。


「それじゃあ、失礼するっす」


ゆまっちに手を引かれ、バンから出される。
何か分からないがアニメキャラらしい女の子がプリントされたバンのドアを閉め、ゆまっちは私の手を引く。
何だかいつもより歩幅が広くて、心なしか怒っているようにも思えた。


「あ、あの、ゆまっち、手首痛いよ」


「そうっすか」


ゆまっちはぶっきらぼうに吐き捨てて、それ以上言葉を発しなかった。
通常私が一言話せば二言三言返ってくる人なので、この状況は明らかに怒っている事を察した。
だが、怒られる理由が分からない。
何かしてしまったのだろうか。
そんな事を考えていると、綺麗なマンションに辿り着いた。
ゆまっちは相変わらず何も言わないまま、そのマンションの中へ入って行く。
きっと此処がゆまっちの家なのだろう。
エレベーターで上へと上り、強引に家へと放り込まれる。


「あ、えっと、お邪魔します?」


そう言いながらゆまっちに習って靴を脱ぐ。
私が靴を脱ぎ終えた瞬間に、ゆまっちは私を抱き抱えた。
廊下を進んで一番奥の部屋のベッドへまたも放られる。
シンプルな内装だが、ベッドがあると言うことはここは彼の部屋なのだろう。
アニメやら何やらのポスターでいっぱいなのかと思っていたが、服装だけでなく部屋にも気を使っているらしい。
そんな事を考えていたら、ゆまっちが水色のパーカーを脱ぎ捨てた。
部屋に合わず、乱雑に床へと放り投げられた。


「え、えと、ゆまっち…?」


恐る恐る顔を上げると、冷たい目が私を見下ろした。
ぜ、絶対怒ってる。
何でか分からないけど、これはまずい。色々と。


「落ち着こう、ゆま……っん、!」


説得も虚しく(説得になっていなかったような気もするが)、私の口はゆまっちの口に塞がれてしまう。
いつもより強引で、息も出来ない。
苦しい。
いつもなら、もっと優しく気遣ってくれるのに。
そう考えたけれど、ゆまっちに口の中を乱されて段々何も考えられなくなっていく。


「……っふ、…ゆ、ゆまっち、」


「…狩沢さんの言ったこと、信じてなかったっすよね」


やっと口を離して貰えたと思えば、ゆまっちはそんな事を言った。
狩沢さんの言ったこと、って、何の事だろう。
色々言われたのだが…
…そう私が言葉を探していると、ゆまっちが私に被せた。


「隠れ鬼畜が〜ってやつ」


「あぁ、あれ…」


確かに、信じてはいなかった。
あんなに優しいゆまっちが鬼畜なんて、って。
意地悪、なんて言葉も似合わなかった位だったし。
でも今なら、あの時の狩沢さんに全力で同意できる気がする。
だって今のゆまっち、何だかいつもより強引で、恐い。


「…ね、もし本当は俺が、零時さんに酷いことしたいって思ってたら…どうするっすか」


どうする、と言われたって、どうしようもない。
もしゆまっちが本当は意地悪だったとしたって、ゆまっちはゆまっちだし私はそんなゆまっちが好きなんだから。


「私はゆまっちが好きだから、喜んで酷いことされちゃうよ」


私が笑いかけたら、ゆまっちは目を大きく見開いて驚いた後、へにゃりと笑った。


「…全く、零時さんには敵わないっすねぇ…」


上から、覆い被さるように抱き締められる。
力加減をしてくれている所を見ると、いつものゆまっちに戻ったみたいだった。


「…俺、子供みたいにイラついてたんすよ。
付き合ってんのは形ばっかりで、本当は零時さん、俺のこと友達としか思ってないんじゃないかって」


だから、零時さんの気持ちが再確認出来て嬉しいっす。
そんな声が耳元で聞こえて、何だかくすぐったかった。
暫くその状態でいたのだが、ゆまっちが唐突に起き上がった。
彼の顔には、満面の笑みが浮かんでいる。


「さ、零時さん。
折角俺の部屋に来たんすから、やる事があるでしょ」


ゆまっちはにこにこしながらシャツの袖を捲る。
えっと、これはもしかしなくとも、そう言う流れ…?
私が戸惑っていると、ゆまっちは嬉々とした表情で言う。


「零時さんは俺のことが好きだから、喜んで酷いことされちゃうんすよね?」


にこにこにこにこ。
いつもにこにこ笑っているゆまっちだが、何だか今日は笑顔の裏側が見える気がする…!
確かにその言葉を発したのは他でもない私だが、それは言葉の綾と言うかなんと言うか…!
私がこの場を切り抜ける術を探していると、相変わらずの笑顔のゆまっちが私の両手首を抑えつけた。


「もう逃げられないっすよ。
諦めて、俺に服従して下さいね」






酷いこと




多分続くと思います。
えっちぃシーンが苦手な方はお気を付けて。

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