笑ってくれない。
「新羅さん!」
ぴょこん、と顔を表すと、彼は露骨に顔を歪める。
また来たか、と顔に出ている。
分かりやすい人だ。
「…キミ、また来たの。」
目の前の男…岸谷新羅は、私を見てため息をついた。
彼は言うまでもなく、私が想いを寄せる人だ。
彼もその事を知っている。
だが、彼には恋人がいる。
勿論私もその事を知っている。
まぁ…何とも奇妙な関係だ。
「はい、来ちゃいました。」
「名前で呼んでいいなんて言った覚えないんだけど?」
「はい、私の自己判断です。
だって苗字って、距離が遠いように感じるじゃないですか」
「実際心の距離は遠いと思うけどね」
詰まらないようにそう言うと、彼はくるりと向こうを向いた。
瞬間、白衣もふわりと翻る。
「…何度も言うけど、僕にはセルティがいるんだよ」
白衣のポケットに手を入れて、そう彼は言った。
呆れている。
それはそうだ。
恋人がいると、彼女を愛し続けると誓っている男に対して告白しているのだから。
けれど、私の愛は無償の愛。
見返りなどいらない。
「知ってますよ。とても可愛らしい方です。私なんかが、敵うはずもありません。
だから、愛して下さらなくて良いんです。
私の愛を聞いて下さるだけで」
「…キミ、変わってるってよく言われない?」
「新羅さん以外の人の言動は、あんまり覚えてないです」
「…あっそう。
て言うかさ、キミに付き纏われると、セルティが勘違いしちゃうでしょ?
勘違いしてるセルティも可愛いけど、可哀想だからね。
だから、迷惑なの」
此方に顔を向けて、眉間に皺を寄せる彼。
不快だと、そう言っているのだ。
彼は私に、笑顔なんか向けてくれない。
私に向けるのは、ただ、軽蔑したような不快そうな目だけ。
「…すみません。
私、新羅さんに迷惑をかけるつもりはないんですよ。
本当です。」
「迷惑をかけるつもりがないなら、何でこんな事するのさ。
毎日押し掛けられて、迷惑以外の何者でもないね」
そう言われて、確かにそうだと思った。
私は、新羅さんを困らせたい訳じゃない。
でも私が愛を伝える事は、新羅さんを困らせてしまうんだ。
それなら、わたし、
「ねぇ、新羅さん」
「……」
「私これからも、新羅さんの事好きでいて良いですか?」
「……」
「…もう、会いに来ませんから。
それでも、見えない所で秘かに、好きでいたいんです。
新羅さんに迷惑なんてかけません。
約束します。」
新羅さんに冷たくあたられるよりも、新羅さんが困ってしまうのが辛い。
そう思ったけれど、未練がましくも最後に、と顔を上げた。
きっとこれで最後になる。
新羅さんの笑顔が、やっと見られるのだろうか。
「……!」
そこには、笑顔どころか今までで一番不服そうな顔が。
訳が分からず、瞬きしか出来ない。
「…名前」
「え、」
「…名前で呼ぶの、許してあげるから。
だから、明日からは胸張って、名前で僕の事呼んでいいよ」
…それは、つまり…?
笑ってくれない。
(明日も、来ていいって事ですか?)
(どう受け止めて貰っても良いけどね)
(ありがとうございます、新羅さん!)
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