とある科学者の憂心



私の恋人である梶井くんは、いつものように何やら実験を行っていた。
分厚い本を片手に、薬品やらマウスやらを使用する。
そして実験中いつも貼り付けている、ニヤニヤとした笑み。
そう、彼は俗に言う
『マッドサイエンティスト』
なのだ。

『死』とは何か、科学で証明出来ないことに得体の知れない喜びを感じている。
いつか解明してみたいが、知りたくない気もする。

そんな事を前言っていたのを、何となくだが思い出した。
そんな彼は述べた通り実験で忙しく、私には見向きもしない。
いつもならムッとしてしまうのだが、今日は違う。

『気付かれなくてホッとしている』。

何故ならば、私は今腹痛に襲われているからだ。
…それなら尚更心配してほしいだろう、って?

……彼は過ぎるのだ。
心配性過ぎる。
所謂『過保護』と言うやつだ。
前風邪をひいた時なんて、付きっきりで看病してくれた。
37度代の、比較的低い熱だったのに、だ。

こんな腹痛一つで、そんな大騒ぎされたらたまったものじゃない。
…それに、今日の腹痛はいつもと訳が違う。
生理痛なのだ。
こんな事、男の人に言える筈がない。
それでも彼が私の体調不良に気付けば、言わざるを得ないだろう。
だから今日は、なるべく黙ってようと決めた。
変に話してバレたら大変だからだ。


「…おぉっ、実験成功!
本の通りになったよ、零時!

……零時?」


彼は怪訝そうな顔で此方を窺う。
持っていた本を机上に置き、こっちに歩いて来た。


「どうしたんだい、体調悪い?

何処か痛いのかな」


「そ、そんな事ないよ!
平気平気、元気だから!」


両手を振って見せると、彼はため息をつく。
片手でゴーグルを外し、前髪をかき上げた。
中々レアな、ゴーグル越しでない彼の瞳が見える。


「……嘘つかないで。
何処か痛いんでしょう?

素直に言って。」


彼は私の前にしゃがみ込み、目線を合わせてくれる。
そして刻まれた白衣の袖から覗く彼の手が、私の手首を掴む。

……完全に、体調不良がバレている。


「もしかして、あの演技で隠し通せるとでも思ったの?
バレバレだよ、白状しなさい」


「……じ、実は今日、せ、生理、で…………お腹痛いの、凄く」


結局言わなきゃいけないのか…
恥ずかしくて顔も上げられない。
すると彼は、案の定騒ぎ出した。


「…そ、そうなのか……!
それなら安静にしてなきゃ駄目だ!

生理痛には温かい物がいい、と何処かで聞いたことがある!
僕が珈琲を淹れてあげるから……あ、カフェインが入ってるから駄目、か」


わたわた、と彼は慌てる。
珈琲カップを持ったり置いたり、忙しなく動き回る。


「ただお腹痛いだけだから、そこまで気を使わなくても平気だよ」


「駄目だ!
今日は一日安静にしてて、分かったね!?
何か欲しい物があれば、僕に言って。
キミは無理しちゃ駄目だ、具合が悪いんだから!」


彼はドタドタと部屋の奥に走り、毛布を持って来てくれる。


「取り敢えず、今日一日は身体をひやさないようにして。
ちょっとでも悪化したら、ベッドに連れて行ってあげるから僕に言うんだよ?

それと、今日は僕の視界の中にいること。
分かったね?」


「う、うん…」


「よし、いい子だ」


そんな優しく微笑まれたら、嫌だなんて言えないよ。
梶井くんは本当にズルい。









とある科学者の憂心。









(明日外に出て良いかも、僕が判断するからね)

(だってキミは目を離すと、)

(すぐに無理しちゃうから)


prev/back/next