其の八

作戦は太宰さんの口から簡潔に語られた。

「中也と私が正面を叩くから、国木田君と歩ちゃんは裏から侵入。多分、中には件の薬が山程あるから押収しておいてくれると助かるよ。」

矢張り中原幹部が正面突破していく事になりそうだ。太宰さんはその補助といったところだろうか。首領は武器庫を占拠しているのは街の荒くれ者集団だ、と云っていたがその実異能力者二人を擁するかなり厄介な連中である。

「異能力者に関しても私たちで対応するよ。国木田君はしっかり歩ちゃんを守ってね。」

「分かっとるわ。」

「否、私は......」

その必要はない、むしろ私が守らなければならないのだと口を挟もうとしたがそれは成されなかった。

「国木田だっけか?此奴の事頼む。」

「中原幹部、私は......」

「此奴は糞太宰とはまた別口の死にたがりだからな。監視しておいてくれ。」

此方は自殺系死にたがりで此方は他殺系死にたがりだからよ、と中原幹部が太宰さんと私を交互に指した。

「ええー。でも、私、歩ちゃんが20歳になったら心中しようって約束してるから歩ちゃんも自殺系だよ?」

「心中に誘うって話じゃありませんでした?」

太宰さんが覚えていてくれたのだね!と歓声を上げる。確か、20歳になったら心中に誘うから名前を教えて欲しい、という内容だった。

「あァ?手前、いつの間にそんな......!」

「中也が歩ちゃんを知るよりもずーっと前だよ。」

中原幹部は大きな舌打ちをしてビルを出る。明らかに不機嫌になってしまった。私が何とかしなければならないのだろうが、正直私の場合逆効果になる可能性が極めて高い。それでも何かフォローしなければと追いかけようとすると、太宰さんが私の肩をポンと一度叩く。

「大丈夫大丈夫。中也は私に嫉妬してるだけだから。」

「してねェよ!」

「あれ、聞こえてた。」

ずももも......と中原幹部の背中から不機嫌オーラが増幅する。だが、知ってか知らずか太宰さんは話を続ける。

「中也は私と歩ちゃんが仲良しなのが気に食わないのだよ。」

「仲良し?」

「え、そこで不思議そうな顔をしないでくれたまえよ。」

「でも、私と太宰さんが仲良しだったとしても中原幹部が怒る理由にはならないのでは?」

太宰さんはうーんと顎に手を当てて唸る。

「くーにきーだ君、こういう時如何説明すれば良いと思う?」

「やめておけ。貴様が手を出すと事態が悪化の一途を辿るだけだ。」

国木田さんは至って冷静に解答する。全く意味は分からないが。

「悪化した方が私としては嬉しいのだけれど。ねー?歩ちゃん。」

太宰さんの手が私に伸びるがそれを私はパッと躱した。ガーンと漫画のように落ち込む太宰さんに私はしっかりと弁明する。

「太宰さんが触ると私の異能力は発動しなくなります。」

私の異能力が発動する、つまり私の命に危険が生じるという事は此処にいる全員にも何らかの危機が迫っている可能性がある、という事だ。その発動が阻害され万一があれば作戦の失敗、ひいては全員の生命に関わる問題となる。

「そうだね。実に賢明な判断だ。」

「すみません。気を付けていただけると助かります。」

ビルの内部はまだ安全が保障されていたが、少し歩けば其処は薬に思考を犯された暴徒の縄張りだ。街灯も少なくビルの影となっているこの地域は更に闇が深くなっていた。

「では、この辺りで二手に分かれよう。」

正面入り口を横切る太い道路と武器庫を囲む細い路地。前者を中原幹部と太宰さん、後者を私と国木田さんで進む事になっている。

「おい。」

「はい。」

先を行っていた中原幹部が振り返って右耳の辺りをトンと軽く叩く。思い出して右耳のインカムに触れる。

「何かあったらすぐ連絡しろ。本当に無理するんじゃねェぞ。」

「了解です。」

「中也、過保護〜。お母さんみたい。」

「五月蝿ェ!糞鯖!」

中原幹部と太宰さんは矢張り何処か喧嘩腰になりながら闇の中に消えていった。

「漸く喧しいのがいなくなった。」

「喧しい......ですかね?」

「あれを喧しい以外の何と云うんだ......。」

国木田さんは大きな溜め息をついて、路地へと入っていった。暫く進んで国木田さんが徐に口を開く。

「ポートマフィアは凶悪な人間が多いのかと思っていた。」

「......有名人がそんな印象ですからね。」

芥川さんや梶井さんなどは一般人にとってそういう印象だろう。

「だが、お前は普通だ。」

「確かに、普通ですね。」

「悪い意味ではない。仕事もきっちりとこなせるし、頭の回転も悪くない。ポートマフィアでなくとも生きていける優秀な人材だと思った、それだけだ。」

「ありがとうございます。」

ポートマフィアでなくとも生きていける、それは不可能だと思った。だが、口には出さず、そのままありがたく言葉だけ受け取っておく。

「怖くはないのか?」

「怖い?」

「貴様の異能力は一概にも強いとは云えない。むしろ限りなく一般人に近いだろう。だが、ポートマフィアはそんな貴様を戦場に駆り出す。その戦場には圧倒的な破壊の力を持つ異能力者もいる。そういう者と対峙する事、何よりそれをさせるポートマフィアに思う事はないのか?」

そんな事を聞かれるのは初めてだ。私は少しの間考え込み、それからぽつぽつと話す。

「私は中原幹部や芥川さんたち以上に強い異能力を見た事がないので、異能力者に対する恐怖というのはありません。」

「中原中也や芥川龍之介を前にすれば他の異能力は霞んで見えるだろうな。」

「私が異能力で一番怖いのは《羅生門》です。強いのは勿論、汎用性が高いですし、攻守共に完璧だと思います。」

そんなものと訓練ともなれば相対しなければならないのがポートマフィアの常なのだが。

「ポートマフィアに関しても特に何も思う事はありません。私は望んで此処にいるので。」

「......そうか。」

国木田さんは沈痛な面持ちで私を見る。何故そんな顔をするのだろうか。今日まで何も関わりがなかった人間なのに。

後方から爆発音が響いた。中原幹部による作戦開始の狼煙だ。私と国木田さんは頷き合い目的の地点へ走り出した。


武器庫正面を守る不良青年二人を蹴り飛ばし、堂々と押し入った中也は群がってきたならず者共を睨み付ける。

「手前ら、此処が何処か分かって手出してんだろうなァ?」

答えはない。ほぼ全員が顔に不気味な笑みを張り付け、殺す、殺すと呪文のように呟いている。中には仲間である筈の者を殴り高笑いをしている人間もいる。

「うわあ、この中に理性が残ってる人間いるの?見た限り全員目がイッちゃってるけども。」

「いねェし、いたとしても此処を守ってた奴らを皆殺しにして乗っ取りやがったんだ。それ相応の報いを受けて貰わねェとな。」

鉄パイプを振りかぶり突進してきた男に蹴りを、マシンガンを連射する女を重力操作で地面に叩きつける。

「無駄弾撃ちやがって。手前らが好き勝手使って良いもんじゃねェ!」

粗方の敵を一気に吹き飛ばした中也を太宰はお疲れ様、と労う。汚濁は使わなくて良さそうだね、と云う太宰に中也もまあなと同意する。

「後は異能力者二人くらいか。」

「殺さないでよ?それが協力の条件でもあるんだから。」

「異能特務科に引き渡すんだっけか。面倒臭ェ。」

中也は後ろ髪を掻いて悪態をつく。情報によるとそれほど強力な異能力でもない。決着は早く着きそうだな、と考えながら歩みを進める。

「中也、私と歩ちゃんの話聞いてたでしょ。」

軽い足取りの太宰がさらりと云った。中也が足を止める。

「分からないとでも思った?歩ちゃんの右耳にあったインカム。あれ、盗聴器とGPS機能もあるよね?」

「だから何だよ。」

「森さんの命令って訳でもないんだろう?中也の一存?」

だとしたら、と太宰は目を光らせる。

「束縛、独占欲。過保護にしては度が過ぎてるんじゃない?」

「手前には関係ねェ。」

「何度も云わせないでくれる?関係あるのだよ。私は彼女の未来を幸せを託されているのだから。」

「ハッ、それで行き着く先はポートマフィアかよ。」

それを云われると耳が痛いのだけれど、と太宰は肩を竦めた。

「もしポートマフィアで彼女が生きる理由を見つけたなら私だって何も云わない。でもそうじゃない。彼女は死を待っているだけだ。」

生きる理由?と中也は聞き返す。それは生きるのに理由なんて必要があるのか聞いているようにも見えた。

「君には必要ないものかもね。でも、彼女には少なくとも必要なものだ。そして、彼女はその答えを既に持っている。」

私は今も探しているのだけれど。
太宰は苦笑する。

「で、その生きる理由ってのは何なんだ。」

「教えない。」

「はァ?」

「教える訳ないじゃない。それに教えたとして彼女を部下としか思っていない君が何をしてやれるって云うんだい?」

太宰は中也を横目で見ながら云った。その中也の顔は険しいそのものである。

「首領が彼奴に生きる希望を与えるな、と云っていた。それを与えれば使い物にならないからってな。現に彼奴と関わった数人が反逆等の理由で秘密裏に処刑されてやがる。」

さっき話していたのと関係があるのか中也が目で尋ねると、太宰はあるだろうねと確信を持って云う。

「彼女の異能力はちょっと特殊だから。」

更に問い質そうとした中也の目の前で轟音が響き渡る。如何やら異能力者が現れたようだ。

「さっさとやっちゃってね、ストーカー幹部。」

「ストーカーじゃねェ!」

ふわあと呑気に欠伸をする太宰を尻目に中也は地を蹴って進撃した。


「国木田さん、此処です。」

「かなり暗いな。」

「懐中電灯が必要でしたか。配慮が足らずすみません。」

武器庫の裏に回った私たちは周辺の安全を確認し、中に侵入した。表の激しい戦闘音とは対照的に此方は人の気配もなく、静けさが降りていた。

「構わん。出せるからな。」

国木田さんはそう云うと、手帳に文字を書いて、破り取った。

「《独歩吟客》、懐中電灯。」

その紙片が懐中電灯に成り変わる。私は感嘆し、静かに拍手を送った。

「聞いてはいましたが、凄い異能力です。」

「手帳の大きさのものしか出せんがな。」

「手帳をビッグサイズにしたら大きいものも出せるんですかね?」

「そんなものは手帳とは云わん。」

懐中電灯の電源を入れて、私たちは再び歩き出す。武器庫の中は銃器や爆薬の入ったケースが乱雑に置かれていた。

「かなり荒らされてますね。」

「だが、例のものは見つけられそうだ。」

国木田さんは如何にも怪しそうな木箱を目線で指し示した。

「同じようなものが二、三あるな。」

「何かトラップがあるかもしれないので全て私が開けますね。」

「あぁ、貴様の異能力はそういう使い方もあるのか。」

私は首肯して一つ目の箱に手を掛ける。もしこの箱に危険があるなら私の異能力がすぐに察知する筈だ。勿論そのトラップが微妙な威力だったら発動しないが。

「問題ないようです。」

箱を開け放つと中では注射器や薬品の入った瓶が整列していた。

「此れだな。」

「名称も一致しています。間違いないです。」

「二、三とは云ったが、太宰は山程あると云っていたからな。念入りに調べなければ。」

そうですね、と返しながら二つ目の箱に触れた時だった。奥に、武器庫内に降りる闇よりも深い闇を見た。

「国木田さんっ!」

国木田さんの前に咄嗟に飛び出す。パリンと落下した懐中電灯が割れる音と同時に右肩と左足に鋭い何かが刺さった。私の身長でこの位置だ。国木田さんだったら致命的な攻撃だったかもしれない。

「うっ......!」

ホルスターから拳銃を抜いて発砲するが手応えは全くない。次の攻撃が来る前に近くにあったコンテナの影に国木田さんと隠れる。

「大丈夫なのか!」

「異能力が発動しなかったという事は重傷以上の怪我ではないという事です。」

座って患部を確かめ、右肩と左足に刺さっている何かを力を込めて引き抜く。

「っ......」

それは黒い針のような、棘のようなものだった。抜いた部分から血が溢れる。

私の重傷の定義は一ヶ月以上で完治できないものとしている。最近では骨折も一ヶ月以内で治癒しているが、戦闘に大きな支障をきたすため、重傷と自分の中で認知している。

これは骨折程重いものではない。

軽傷だ。

「何を云ってる!此れは深手だ!撤退するぞ!」

「撤退なんてさせねえよ。其処から顔出した時点で男の方は頭ぶち抜くからな。」

暗闇の中で嘲笑うような男の声が耳に届く。

「用があるのは歩、お前だけだ。」

「......あなた、モントですか。」

ご明察!と嬉々とした声が返ってくる。

「しかも、幹部様の登場ですよー!凄いなー!此処まで苦労したの歩が初めて!」

私は立ち上がってコンテナの影から出ようとして、国木田さんに引き止められる。

「如何する心算だ!」

「捕らえて情報を吐かせます。」

モントは未だに謎に包まれた組織だ。その幹部ともなれば貴重な情報を手に入れる事ができるかもしれない。

「太宰に連絡する。」

「無理です。現に中原幹部とのインカムが繋がりません。」

救援が呼べるならとっくにしている。逃げ道もなければ助けも呼べない。ならば選択肢は一つしかない。

「戦って倒すしかありません。」

「だが、此方は圧倒的に不利だ。」

「問題ありません。国木田さんが手伝ってくださるなら、ですが。」

私は国木田さんに自分の考えた策を耳打ちする。国木田さんが抗議の声を上げようとするが、私が制止させる。

「お願いします。これが最善なので。」

国木田さんは暫く黙考して、渋々と云った様子で了承した。

「本当に大丈夫なんだな?」

「知っての通り、こういう異能力なので未だに死んでないんです。」

自虐的に云って、それにと声を少し大きくして続ける。

「彼じゃ私たちは殺せない。」

「殺せないんじゃなくて殺さないんだ、勘違いすんなよ。」

私はゆっくりと影から外に出る。

「モントも懲りないですね、何度返り討ちにすれば気が済むんですか?」

闇の中で風を切る音がした直後、右頬に鮮烈な痛みが走った。だが、私は無言で銃口を向けるだけだ。

「悪いな、散々追いかけ回して。だが、これが最後だ。アインスもさすがにこれ以上は待てないってな。」

「アインス......」

「うちのボスの名前だ。」

「だから1なんですね。」

モントはドイツ語で月を意味する。そして、アインスは同じく1を指す。

「2以下が幹部という事ですか。」

「まあ、そうなるわな。俺はフィーア。」

つまり、この男は組織のナンバー4という訳だ。次に私は男の異能力と思われる黒い物体を床に放った。

「此れがあなたの異能力?」

「黒棘を生み出して射出する異能力。強いだろ?」

よく口が回る人だ。ぼんやりとそう思いながら頷く。情報を少しでも多く出させる、そして最善に導く。痛みはあるがだからこそ冷静でいられた。

「あなた程の異能力者が4番目という事は3、2、1の人はよっぽど強いんですね。」

「3は死んだ。2は戦闘向きじゃねえし、頭脳系だな。1は規格外だと思うぜ。多分ポートマフィアでも武装探偵社でも勝てる奴はいねえ。」

それは自分の主を大仰に表現しているのか、事実なのか。此れまで関わってきたモントの構成員の様子から考えるに後者の可能性が極めて高い。彼らは一様に何かに怯え、屈服し、洗脳されていたからだ。

「私をこうまでして引き入れたい理由は何ですか?」

「その異能力、それと材料が揃っているから、だな。」

「材料......」

「お前を脅す、な。」

それはきっと前の襲撃者の発言にもあった事だ。

「残念ながら私に大切な人はいません。」

「そんな事ないと思うんだけどな。」

フィーアはくすくすと余裕の笑みで応える。分からない、私には彼らが云っているのは一体何なのか。

「モントは良い所だぞ。お前なら幹部なんてすぐになれるぜ?」

「異能力者を洗脳して兵器にするような組織が、ですか?」

「俺たちは異能力者の生きる意味を作ってやってるんだ。社会から隔離されたり、蔑まれたりして生きる事に絶望した奴らにな。俺たちはそんな異能力者の最後の砦だってのに、入ってみたら戦いたくないだの、殺したくないだの五月蝿いんだよ。」

だから、洗脳したと。彼はそう云いたいのか。

「アインスの異能力で従う奴は従う。他は薬で殺しの快楽を植え付ける。この薬は新作でな、試しにそこら辺にいた奴らに渡したらおかしくなっちまってさあ。はははは。」

気持ち悪い高笑いだった。喉から吐き気がせり上がってくる。

「で、如何するんだ?今ならそれだけの傷で済ませてやるよ。」

「......私は。」

そんなもの当の昔に決まっている。話を聞いて更にその思いは強まった。

「私の上司の話をしても良いですか?」

「は?」

フィーアは怪訝そうに眉を寄せる。

「私の上司、否、上司の上司でしょうか。彼は異能力者です。凄く強いです。異能力が強いだけじゃありません。身体能力も素晴らしいんです。体術も完璧で、ポートマフィア随一だと思います。」

息を大きく吐いて整える。
ああ、ちゃんと冷静な自分でいられる。

「でも、強いだけじゃないんです。とても良い人なんです。ポートマフィアなのに、と思われるかもしれませんが本当に良い人なんです。」

「......それで?」

「他の構成員もそう思っている筈ですけど、私の言葉で話します。私は、異能力が強いその畏怖から中原幹部に従っている訳ではありません。」

中原幹部が私を信頼してくれているから、一人の部下として思ってくれているから。

だから、私は、構成員は皆、中原幹部についていくのだ。

「中原幹部は薬で従わせたり絶対にしません。そんな事をしなくても彼に従う人は沢山いるからです。」

フィーアは何が云いたい?と声を低くする。

「私はあなたたちに従いたいとは思いません。畏怖と薬でしか人を導く事ができない組織に未来なんてある筈がない。」

「つまり、モントには入らないって訳だな。」

私は、はいと強く返す。

「ならお前には地獄を見せてやる。安心しろよ、此方には優秀な医療班もいるからな。動けなくして薬漬けにしてやるからよ。」

右肩の同じ場所に黒棘が深く刺さる。が、左肩に向かって撃ち出された黒棘は三角巾を外したギプスの腕で弾き落とす。更に腰のホルスターからもう一丁の黒い拳銃を抜いて引き金を引く。

弾丸はフィーアの頭上にあった黒棘を破壊した。何?と驚きの声が聞こえる。

フィーアの全身が、そして異能力である黒棘が私の目なら見える。それでも避けられる訳ではない。生成されたら撃ち抜いて無力化する。これしか方法はない。そして、私を殺す心算がないだけあって致命的な位置には撃ってこない。

それでも無尽蔵に生み出される黒棘に追い付くことができない。躱しても別の黒棘が身体の何処かを抉る。

「っう......!」

「痛いだろっ!此れがずっと続くんだぜ!」

痛くない。
銃弾で撃たれるより。
ナイフで刺されるより。
芥川さんの黒獣で骨折させられるより。

織田作さんの叫びを聞いた時の胸の痛みより。

「あの時より痛くないなら。」

私は戦える。
私は立ち上がれる。

手首の予備弾倉を装填して引き金を引き続ける。

もうすぐ。

あと10秒だ。

そこで決着がつく。

「観念しろ!」

黒棘が腹部を射抜く。痛みが全身を巡る。

あと5秒。

足は動く。手は動く。左手の拳銃を投げ捨てて地面を強く蹴る。

「死にたいのか、お前はっ!」

4......3......2......1

その瞬間、世界が白に染まる。バンッ!と甲高い音が鳴って天井の照明全てに光が灯った。

「ぐあっ!」

フィーアの呻き声が間近で聞こえた。

フィーアは目を押さえていた。突然の発光は閃光弾と同じ効果を果たしていた。

国木田さんに感謝しなければ。私が戦っている隙に国木田さんが落ちていた、否、故意に落とされていたブレーカーを入れてくれたのだ。このタイミングをあれから5分丁度と決めていた。時間をぴったり計測するのは私の得意分野だ。

「云った筈です。あなたじゃ私たちは殺せない、と。」

私はフィーアに回し蹴りを放つ。利き脚の一発は腹にめり込み、フィーアは床をごろごろと転がった。

「くっそ......」

意識を刈り取るには至らなかったがフィーアは倒れ伏して動かない。

「生きてるか!」

「国木田さん。」

息を切らして走ってきた国木田さんに大丈夫ですと応じる。

「途中で通信妨害の機材も見つかり、破壊しておいた。太宰たちがすぐ来る。」

「え......何時ですか。」

「2分35秒だったか。」

「......あー。」

私はインカムに触れる。もしかしたら聞こえていたかもしれない。否、恥ずかしくはない。皆思っている事なのだから全く恥ずかしくない。うん。

「......何か不味かったか?」

「全く、断じて。ありがとうございます。助かりました。」

「なら、良いが。......そうだ、傷を止血しなければ!与謝野先生を呼ぶべきだったか。」

あの包帯無駄遣い装置がいれば、と国木田さんが動揺しているのを眺める。あまり話す気力もない。戦闘の緊張感が抜けてホッとした瞬間だった。

ブスリと右足首に何かが刺さった。

足元を見る。

其処には注射器があった。その針が深く刺さっていた。

「地獄を味わえ。」

フィーアはそれだけ云って意識を失った。

「あ......」

即効性があるのか。だが、私の思考を塗り潰したのは殺人衝動ではなかった。

「国木田さん......」

「その注射器っ......!」

国木田さんが目を剥く。否、そんな事はもう如何でも良いような気がしてきた。

駆け寄ってきた国木田さんの肩を掴む。

「殺してください。」

「な、何......?」

「殺してください、お願いします!死にたいんですっ......!」

私が殺したい人間は一人しかいない。

そう、自分だけだ。

「気をしっかり持て!」

死にたいという衝動が埋め尽くす。死が自分を楽にする手段なのだと脳の中で誰かが云った。

「自殺できないんです。もう国木田さんしかいないんですっ......!」

「ド阿保が!殺せる訳がないだろ!貴様のそれは薬のせいだ。」

薬のせい?本当にそうだろうか?

こんな世界で生きていたところで何の意味があるのか。

「織田作さんも、皆もいない。......大切な人はもう作らない。」

私が死んで悲しむ織田作さんの、大切な人の顔が見たくなくて生きていた。

何故、織田作さんがいないのに生きているんだろう。皆死んでしまったのに何で生きている必要があるのだろう。

「ああ、もう織田作さんは、いないのだから。」

国木田さんから手を離し、右手の拳銃を頭に近づける。

「やめろっ!」

「自殺したって......もう。」

構わないだろうか、そう思った。ずっと織田作さんの言葉が枷になっていた。自殺はできず、誰も殺してはくれなかった。死ぬ機会はポートマフィアに入って、否、それ以前からずっとあったのに。この異能力が私を生へ責め立てた。

銃口を眉間に押し当てて、引き金に指を掛ける。

「歩!!」

其処に、中原幹部が現れた。

「中原幹部......?」

返り血に濡れている中原幹部はまず国木田さんの顔を一瞥して、次に私に視線を移した。そして、全て察したように私に歩み寄る。

「あ、中原幹部っ......」

カタカタと固定した筈の銃口が震える。その拳銃を中原幹部は取り上げて、肩に手を置いた。

「重力操作。」

それは無慈悲に私の耳に響いた。一気に身体が重くなり、立つ事も儘ならなくなる。座り込み、指一本動かせなくなった私を彼は抱き寄せる。

「厭......やだっ、中原幹部!殺してください!」

「ん、大丈夫だからな。」

頭を撫でられて視界がじわりと滲んだ。

「死にたい......。」

「死なせねェよ、莫迦野郎。」

「うぅ......」

ほんの少し動かす事のできた指で中原幹部の服に縋るように掴む。そうすると、彼は背中をぽんぽんと優しく叩いた。

「ふぇ......んぅ、苦しい。」

言葉が唇から零れ落ちて止まらない。

「もうちょっと我慢、な?」

「腕も、足も、お腹も、全部、痛い。」

「あァ、後で医療班に見て貰えよ。」

「殺して、ください。も、辛い......。」

言葉と共にぼろぼろと目から涙が溢れた。堰を切ったように、とはこの事だろう。織田作さんが死んでから一度も泣いた事はなかった。それは絶対に許されない行為だと自分を戒めていたのに。

「ちゃんと泣けるんじゃねェか。」

中原幹部は目を細めて私の目尻の涙を拭き取る。

「溜め込み過ぎなんだよ莫迦。出せる時に出しとけ。」

厭だ、厭だ。早く死にたい。泣きたくない。死にたい。中原幹部なら一瞬で私なんて殺せるのに。そうでないなら自殺させて欲しい。頭がぐちゃぐちゃになって、溶けてしまいそうだった。

「中原幹部っ......ポートマフィアのために、死なせてくださ......!」

「......名前で呼んでくれたら考えなくもない。」

名前、名前。中原幹部の名前......という事か。それで私は死ねるのか。

それが思い出せない。さっきまで覚えていたのに。

「名前......」

私が思い出せず呆然としていると、中原幹部が答えをくれる。

「中也だ。」

「んっ、中也......さん。」

中原幹部はそうだと云って私の頭を撫でる。

「ほら、もう一回。」

「中也さん、中也さ......。殺してっ。」

「それしか云わねェな、お前は。......っておい、梶井、莫迦!早く来やがれ!」

中原幹部の怒号の直後バタバタと複数の足音が聞こえる。

「あ、あぁああ〜!何と変わり果てた姿だ、歩君!早く治療しなければ!そう、檸檬!檸檬を食べれば元気になるやも!」

「五月蝿ェぞ、梶井!檸檬檸檬云ってねェでさっさとあれを寄越せ!」

「はいはい、幹部殿の仰せのままに。」

梶井さんが恭しく中原幹部に両手に収まる程の大きさのケースを差し出した。中原幹部はそれを開けて注射器を手にする。

「大丈夫なんだろうな。」

「心配ご無用です、中也殿!この梶井の作ったものなのですから!」

中原幹部はなら良いと云って私の右腕に注射針を刺した。

「っ......」

中身が全て注入されると意識が薄れていった。

「中原......幹部......」

「良いから寝てろ。」

瞼が重く、私は自然に目を閉じた。意識が深い闇に落ちていく直前に感じたのは中原幹部に強く抱き締められる、その感触だけだった。


目を開ける。白い天井が其処にあった。周囲は暗いが武器庫のあの暗さ程ではない。

武器庫。
そうだ、私は確か。
覚醒直後でまだ少しボーッとするがあの時の出来事を頭の中で思い起こす。

「あの後、フィーアに薬を入れられて......それから?」

如何やって此処まで来たのだろうか。記憶が......ない。

そして何より......。

全身にあった筈の傷が綺麗に消えている。凄い、痕になるだろうと思っていたのに。医療技術は此処まで進歩したのか。

「起きたかい?」

寝台の周りを仕切っていたカーテンが開かれ、綺麗な女性が現れる。

「え、え、え。」

私は素早く起き上がって腰のホルスターから......ない。拳銃がない。ナイフもない。武器が何もない。

「真逆......モントに......。」

否、思考は正常だ。殺人衝動なんて微塵もない。モントのトップ、アインスだったか、その人への恐怖も皆無。そもそも、あのような組織にこんな目映い人が居るのは有り得ない。

「モント......ではなく。」

「此処は探偵社だよ。」

探偵社。
それを聞いて、すとんと寝台に腰を下ろす。

「妾は与謝野晶子、此処の女医さ。」

「与謝野晶子......さん。じゃあ、治療は。」

「妾だよ。ポートマフィアの中原中也と、太宰、それに国木田が如何してもってねェ。」

与謝野さんの治癒の異能力で治したのだという。

「すみません、大した傷じゃないのに。」

「......妾の異能力は大したものじゃないと発動しないんだよ。」

発動条件は瀕死だ、と与謝野さんは低く云った。

「......私の異能力は重傷以上を負う危機を察知する異能力です。それが発動しなかったという事は私にとってこれは軽傷です。」

「......確かに傷に関しては致命的なものはなかった。でも、出血が止まらなかったらしくてね。妾の前に来た時は瀕死だったよ。」

それはポートマフィアの医療班では手に負えなかったかもしれない。意識を失っている間、実は生死の境をさ迷っていたとは多少驚きだ。

「あの、ありがとうございました。」

「礼なら中原中也たちにしな。土下座する勢いだったからねェ。アンタ随分愛されてるじゃないか。」

「......愛されているのではなく、中原幹部たちが良い人なんです。」

私は再び立ち上がって、身体の動きを確認する。痛みはない。四肢は自由に動く。

「ポートマフィアの、一構成員に対して異能力を使っていただき本当にありがとうございました。お礼はまた後日させてください。」

深く頭を下げ、カーテンを少し引いて外に出る。

「ああ、中原中也からの伝言を忘れていた。」

私は振り返って、何でしょう?と尋ねた。

「報告書を書いて俺の執務室に明日以降に提出しに来い。其処で武器も返却してやる、だそうだよ。」

「......伝言感謝します。」

今度こそ私は外に出る。其処は以前見た探偵社の室内で今は机には誰一人おらず閑散としていた。

「......ありがとうございました、太宰さん、国木田さん。」

机に向かって会釈をし、探偵社の玄関である扉を開ける。

「報告書......書かないと。」

モントの事、フィーアの事、そのボスの事。謎は多いものの片鱗のようなものが見えつつあった。

だが、その時の私はまだ知らない。彼らの真の目的も。私を狙った理由も。

彼らが云う私の大切な人の事も。

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