其の六

※いつもよりテンション高めです。笑いを取ろうとして失敗した感が......。色々すみません。

中原幹部、お酒好きなのに弱い。

そんな真実を知った翌日。私はポートマフィア本部ビルに足を運んでいた。最下級構成員から脱却した所で場違いな存在である私は気配を薄めて廊下を歩く。

「あれ、歩じゃねえか。」

「......あ、立原さん。」

そこでばったり黒蜥蜴の十人長、立原道造に会った。

「久しぶりだな、元気してたか?」

片手を軽く挙げた立原さんに私は頭を下げる。立原さんとは広津さんとほぼ同じような経緯で出会い、何かとお世話になっている。拳銃を使う戦闘スタイルも似ているため、動きを参考にしたり、指導して貰った事もある。

「お久しぶりです。そこそこ元気です。」

「目の下の隈とどっか骨折してるのは相変わらずだな。本当に大丈夫かよ?」

ポートマフィアの人たちは職の割に心配性の人が多いというか、良い人が多いというか。

「大丈夫です。そういえば、銀さんいないんですね。」

「お前、俺と銀をセットか何かと思ってねえ?」

「違うんですか?」

「違えよ!」

食い気味に否定される。見掛けた時は大体銀さんと一緒にいるような気がしていたのだが。そこでふと、最下級構成員内で広まっていた噂を思い出した。

「立原さん。」

「ん?何だよ。」

「女子トイレに入ったって本当ですか?」

「がっ!!げほっごほっ、違っ!入ってねえ!この......境界線のギリギリになっ!立ってただけだっての!」

立原さんは咳き込みながら広津さんも同じ所にいただとか、銀さんは完全に入っていただとか云って弁解する。

「銀さんは普通じゃないですか?」

「何で銀は良くて俺は駄目なんだよ......」

「だって、立原さんは男の人じゃないですか。」

「銀だって男だろ!」

??????
話が噛み合わないと思ったら立原さんは銀さんを男だと思っているらしい。樋口さんも男だと云っていたし、そんなに分かり辛いだろうか。銀さんにとってそれが都合が良いのかもしれないので真実を告げるのは避けておくことに決める。

「てか、てめえは何してんだ?」

「今日から梶井さんの下に就く事になってるんです。」

「マジか、あの人の?」

立原さんは難色を示しながらも私の肩に手を置いた。

「頑張れ。お前ならできる。」

「ありがとうございます。」

「其処まで一緒に行くか?」

「お暇なんですか?」

「暇って訳じゃねえけど。」

立原さんが頭を掻いて唸る。言葉選びに困っているように見える。もしかして、と私は立原さんを凝視した。私といる理由、いなければならない理由。それ即ち。

「処刑ですか?」

「は?誰を?」

「勿論、私をです。」

「何でそんな自信ありげなんだよ!んな命令来てねえし!」

立原さんは力が抜けたようにガックリと肩を落としてそうじゃなくてなと話し始める。

「お前とは部署が違えけど、仲間っていうか......妹、的な感じで。」

「いもうと。」

「下がいたらこんな感じかって心境なんだよ。」

成る程、合点がいった。だから応援してくれたり心配してくれたりしたのか。見た目は不良やヤンキーのような立原さんだが、本当に優しい良い人だ。

「じゃあ立原さんはお兄ちゃんって事ですか。」

「お兄ちゃん!?」

「お兄ちゃん。」

「そ、そういうこと......なんじゃね?」

立原さんは頬を少し赤く染めた。

「それより時間大丈夫かよ。」

「あ、行かないと。」

親指で道を示す立原さんに感謝の意を述べて私は歩き出した。隣を並んで歩く立原さんがそういやと口火を切った。

「噂で思い出したんだけど、お前一軒家一括で買ったんだって?」

「結構前ですけど。噂になってましたか?」

「多少。そんな金が何処にあったのかって。」

「何回かかなり報酬貰えた事があって。漸くですよ。」

「......身体売ったりとかじゃねえよな?」

神妙な面持ちで尋ねてくる立原さんに真逆と肩を竦める。私が周囲の男性構成員から何と呼ばれているか知っているだろうか。

黒い電柱。

凹凸がない、というより動きやすさを優先し、あらゆる所を締め上げているため完全に真っ平らなのである。当然女としての魅力もなく、身体を売るなど不可能に近い。

「生きて捕まえるだけで250万、情報を云わせて250万、合計500万。という件を2回引き受けました。」

「やっべえな......」

「私も限外な値段だと思います。命に関わるような事もなかったで......」

私は言葉を切って立ち止まり、立原さんを右手で制止させる。

「ん、如何した?」

「後退してください。」

「異能力か?」

私は肯定して、退避する。頭の中で鳴っていた警鐘が止まる。

「30秒後だっけ?此処はポートマフィアの本部ビルだってのに。」

28......29......30。

数え終えると同時に爆発音が轟く。バゴンッ!!と凄まじい音を立てて金属製の分厚い扉が吹き飛び噴煙が上がった。

「おいおいおいおい、あの部屋行こうとしてた所じゃねえか!あのまま行ってたら俺たち......」

「死んでましたね。」

「怖え......。」

「でも、良かったです。あれ、梶井さんの檸檬爆弾ですよね、多分。襲撃じゃなくて安心しました。」

「安心する所違くね?」

私は一歩ずつゆっくり確認しながら進み、吹き飛んだ扉を避けて開けっ広げとなった部屋の前に立つ。

「うははは!!紡錘型は美しい!!檸檬は美しい!!つまり檸檬とは芸術!!檸檬と僕の科学技術が結集し、檸檬爆弾は完成する!!そう芸術は爆発なのだ!!うははは!!」

高らかな笑い声が聞こえてきて、立原さんが顔を思い切りしかめた。

「新人を出迎えるにしては随分物騒なんじゃねえのか?」

「おおおお!歩殿!それに黒蜥蜴ではありませんか!ようこそようこそ〜」

未だに巻き上がる黒煙の中で梶井さんがバッと両手を挙げて歓迎した。

「これからよろしくお願いします。」

「うははは!!......それで早速なんだけども、この書類を。」

「焦げてますけど。」

「おろ?......この書類を此処に届けてくれないかな〜?」

「文字読めないくらい焦げてますけど。」

「......お願いしたよ〜!!うははは!!」

黒焦げの書類をポイッと渡し、梶井さんは逃げるように私と立原さんの横を通って走り去っていった。

「おいっ!!」

「立原さん、もう良いです。」

「で、でもよ......。それ何処に届けるか分からねえじゃねえか。それにこんな真っ黒じゃ書類として成立しねえだろ。」

「届け先は取引先の何処かでしょうし、そこのPCにデータが残っている可能性もあります。まだ詰んでいる訳じゃないので。」

立原さんは面倒臭えなと溜め息をついた。

「爆発させなきゃこんな苦労することなかったってのによ。」

「梶井さんは研究者です。」

立原さんがそうだな、と不思議そうに私を見ながら首肯した。誰でもそれくらいは知っている、なのに何故今更、という顔をしていた。

「研究者というのは新しい物を、より便利な物を、より強力な物を開発する。これに意義があります。」

「まあ、確かに?」

「だから、私の役目は梶井さんに研究に集中させる、研究の邪魔になるものは全て此方で処理する事だと考えています。」

私はPCを起動させながら述べた。爆発の直撃を受けて尚、動く頑丈なPCに感嘆しながらキーボードに指を載せる。片手なので打つのが遅い。少し時間が掛かりながらもデータを見つけ出しコピーをして新しい書類を作る。

「よし、できたなら行くか。」

「え、立原さんも来るんですか?」

「そのつもり。駄目か?」

「駄目じゃないですけど、お仕事は?」

「......大丈夫だろ!」

と云いつつ直後ブツブツと大丈夫か?大丈夫だよな?と溢していたので若干心配ではある。

本部ビルを出て海沿いを歩く。

「車使わなくて良かったのか?」

「はい、近いですし。」

たまには悪くねえよな。立原さんは海を見ながらそう呟いた。最近は徒歩や電車だった私ではあるが、徒歩は車と違って色々な発見があったりして好きだ。

「お前ってさ、何でポートマフィアなんかに入ったんだよ?」

暫く黙々と歩いていた立原さんが徐に質問してくる。

「聞いても面白くないですよ。」

「まあ、云ってみろよ。」

「ある人に勧誘されました。それだけです。」

「ある人って誰だよ?」

「誰なんでしょう?」

立原さんは何だそりゃと不審そうに眉間に皺を寄せた。

「分からないんです。あれからその人とは一度も会った事ないですし、顔は隠してて名前も聞いてないです。」

「何でそんな奴に付いて行ったんだよ。」

「その人が死に場所を呉れると。」

書類に目を落として云う。誰かも分からないその人はただ私の前に突然現れてそう云ったのだ。

「この生活を甘受しているままではいつまで経っても死ぬことはできない。だが、ポートマフィアに入り事を成せば君の望みは確実に果たされる、と。」

「それでポートマフィアに......?」

はい、と頷いた私に立原さんは俯いた。沈黙が流れる。立原さんの表情が見えないため定かではないが気分を害してしまったのだろう。面白い話じゃないと云ったのに。

「お前さ。」

「はい。」

「知らねえ奴に付いて行くなよ!」

「?......はい。」

「知らねえ奴とか家に入れるなよ!」

「(ギクッ)」

「おい、そこ!挙動不審になってんじゃねえ!さては、入れたな!入れやがったな!」

「入れてないです。」

「本当だろうな。」

マフィアの本気の剣幕怖い、と思いながらも顔には出さず早歩きに徹する。

「ちょっとは自分を大事にしろよ。」

立原さんが背後で低く云った。

「立原さんも、あまり危ない真似はしない方が良いですよ。」

私は囁くように返す。

「んな事云われてもな。仕事は仕事だ。」

「忠告じゃないですよ。」

振り向いて、目を細める。

本当に......見え過ぎるというのも困りものだ。

「これは、警告です。」

息を呑む音が聞こえた。目を丸くして、口を閉じた立原さんに私は何も云わず正面に目線を移した。

小一時間程歩いて到着したビルで受付の女性に話をするとすぐに奥まで通された。熱い緑茶と共に担当者が現れ、挨拶をした後書類を差し出した。

「態々ありがとうございました。これからも何卒よろしくお願いいたします。」

書類の確認が済むとお辞儀され、私はこちらこそと思いながらも頭を下げる。取引先とは良い関係を保っておくべきだ、と考え自分のできる範囲で丁寧な対応を心掛けた。

「すんなり終わったな。」

所要時間は20分。担当の方がサクサク話を進めてくださったおかげだろう。

「戻って梶井さんに報告......それから......」

「の前に!!」

パンと立原さんが手を叩いた。

「メシにしよう。」

「メシ。」

「丁度そんな時間だぜ?」

携帯電話を取り出して見てみれば確かに12時。お昼時である。

「そうしましょう。」

「おっし。......って云っても女と一緒に食べるような洒落た店知らねえんだよな。」

「私も知らないです。食に興味がなかったので。」

「知ってる。あー、何処にするか......」

「立原さんがいつも行っている所で。」

「んなの、ジャンクフードとかになっちまうぜ?」

「脂肪が欲しいんです。」

立原さんが目を見開く。

「も、もう一回云ってみろ。」

「脂肪が欲しいです。」

「ジイさーーんッ!!!!歩が乱心したぞぉぉっ!!!!」

「周囲からすれば立原さんの方が乱心してますよ。」

立原さんのよく行くというジャンクフードのチェーン店でハンバーガーとポテト、ジュースを購入して食べた。さすがに全部は食べきれず、立原さんに残ったポテトを食べて貰ったがそれでも少し前までの私では考えられなかっただろう。

「如何いう心境の変化だよ?」

店を出て帰り路を歩きながら立原さんが尋ねるので返答する。

「芥川さんに細過ぎて盾にもなりはしないと。友達にも肋骨が出ていると云われて。せめて芥川さんの盾になれるくらいには太らないとと思って......。」

「思考回路がうちの上司と似てるぞ、おい。」

上司......?と首を傾げれば、樋口の姐さんと返され納得する。

「そんなに芥川さんの事が好きか?」

「尊敬して、感謝はしています。それだけです。それこそ芥川さんには樋口さんがいるじゃないですか。」

すると、立原さんは口をポカンと開けて。

「芥川さんと姐さんって......」

「付き合ってるんですよね?」

「え?」

「え?」

「......否、多分、付き合ってねえ。」

「そうなんですか。あんな雰囲気良さそうなのに意外です。」

「雰囲気......良さそう......そう云われると。」

この話は混乱を極めたため早々に終了した。

「......それで気付いてるか?」

立原さんが小声と共に背後を一瞥するので私は無言で首を縦に振った。あのビルを出てからずっと何者かに尾行されている。

「数は六です。」

「撒くか?」

「......服装が私が遊園地で遭遇したモント構成員と酷似してます。」

立原さんは確かに報告にあったのと似ていたなと同意する。

「お前、動けるか?」

私の左腕を気にしているのだろう。

「問題ないです。」

「なら、行くぞ。」

立原さんが素早く路地に入り、私もそれに追随する。背後のざわめきを感じながら私はホルスターから愛用の黒い拳銃を抜いた。立原さんも二丁拳銃を手に走り、路地奥の広いスペースに入った。鉄骨やコーンなどが雑然と並び積まれているその場所で迎撃態勢に入る。

「彼奴らの中に異能力者はいたと思うか?」

「全員同じような武装だったので定かではないです。」

「できればまともそうな奴を2人くらい残しておきてえな。」

「了解です。」

黒いスーツとサングラス、そんな様相の男たちが集まってくる。

「てめえらモントの連中だな。昼間から何の用だよ?」

「我々は異能力者を保護する団体。となれば目的は一つです。」

立原さんは二つの銃口を応じた男に向ける。

「ヨコハマで形振り構わずナンパしやがるモント様にはうちの首領もご立腹なんすよ。」

「一般人は黙っていてください。私たちは歩さん、貴女を救いたいのです。」

「遊園地での出来事はご存知ですよね?それが答えです。」

立原さんと同様に銃を構える。

「我々は貴女の大事な人を知っています。」

大事な人?
何を云っているのだろう、この人は。

「その人がどうなっても良いのでしょうか?」

「てめっ、脅すつもりか!」

立原さんは狼狽したが私は平静だった。

「私の大事な人はこの世に存在していません。」

だから、私には生きる理由がないのだ。だから、私は地獄に行き、裁かれたいのだ。

「そうでしょうか?本当は覚えがあるのでは?」

「ないです。」

即答すれば困ったようにその男は首を左右に振った。

「そうですか。ならば仕方ありませんね。」

男が自動拳銃を懐から抜いた。そのまま発砲するモーションを取ったが、その寸前に別の発砲が響いた。男は額に風穴をあけ、仰け反るようにして倒れ込んだ。

「偉そうな口聞く割に遅え。ヘッドショットしちまったじゃねえか。」

「さすがです、お兄ちゃん。」

「否、何故此処でお兄ちゃん!?」

軽口を叩きつつも二人して鉄骨の山の後ろに隠れる。直後、マシンガンによる無数の銃弾が鉄骨に弾かれて火花を散らせた。

「再装填のタイミングで攻撃を仕掛ける。」

「はい。」

鉄骨の隙間から惰性で銃弾を撒き散らす様を観察する。

「保護する気あんのか?彼奴らは。」

「前も保護すると云っていた割に殺そうとしてましたからね。」

「まあ、どっちもさせねえけど。」

銃火が収まりガチャガチャと金属音がこだまする。立原さんが私に目で合図を送るに合わせ、鉄骨の山から飛び出し、発砲する。

立原さんの拳銃が閃光を放ち、正確に撃ち抜き三人が即死した。残りの二人は私が対応し、手足に確実に被弾させ、一人を沈黙させることができた。

しかし、もう一人。
銃弾の全てが真っ二つとなり、左右に軌道を逸らせ飛んでいった。

「異能力者かよ......!」

「ですかね。」

立原さんが引き金を引き続けるが、矢張りその全てが二つに分断される。近くにあった石を投げてみるがそれも同じ末路を辿った。

「触れたものを両断する異能力......といったところでしょうか。さしもの刃が此方を向いた日本刀みたいなものですかね。」

「ジイさんのよりタチが悪いじゃねえか。」

「そんな事はないと思います。」

私は威嚇射撃しつつ、相手の行動を窺う。触れたもの全てを両断できるならばほぼ無敵と考えて差し支えない。戦闘においては攻守無類の強さを誇っているだろう。

「あの人は攻撃に転じる気配がありません。つまり......。」

「攻撃には使えねえ異能力って事か。」

「向かってきたものにしか発動しないんだと思います。でも、それも憶測でしかありません。」

「その憶測が正しかったとして、だ。攻撃しても無意味って事だろ。」

再装填した相手マシンガンの銃弾が乱射される。鉄骨で全身を隠して防ぐ。

「手榴弾でも投げるか。」

「投げても良いですけど、そこでのたうち回ってる男の人は確実に死にます。」

「生かすのってむずいな。」

立原さんが大きく舌打ちをする。本当にその通りだ。だが、それをしなければならない。

全てはポートマフィアのために。

左腕の三角巾を外し、立原さんを見る。

「次のタイミングで出ます。」

「は?何云ってる!策はあんのか!」

「はい。」

「触ったら真っ二つかもしれねえんだぞ!」

「覚悟の上です。」

前回の再装填までの時間間隔を考えるともうすぐだ。議論している暇はなかった。

「行きます。」

「あ、おいっ!!」

地を強く蹴って男の懐に飛び込むようにして駆ける。瞬間、男と目が合う。サングラス越しに虚ろな瞳が揺れるのが見えた。

心の中で謝罪しながら、その顔面に左腕を叩きつける。ガンッ!!と鈍い音がして男が態勢を崩す。それを利用して襟を掴み引き倒す。男は鼻血を出しながら地面に倒れ伏した。

「な......んっ......」

「賭けをしたんです。あなたの異能力について。」

驚愕に引きつった第一声に解答する。

その男の異能力は触れたものを両断するというものだが、それは一つの物体に対して一回ではないのかという仮説。

私の左腕のギプスには通常のギプスとは多少異なる。包帯の下に金属を入れてあるのだ。金属は両端で固定されているので真っ二つになったとしても外れたりはしない。金属で頭を強打されたら男もたまったものではない筈だ。

男はその一撃で完全に沈黙し、私は振り返った。

「立原さん、鎮圧完了しました。」

「......強くなってんじゃねえか。」

「そんな事ないですよ、一発殴っただけですし。」

まだまだだ。もっと強くならなければ役に立てない。首領の依頼も果たせない。

「さっきうちの連中に連絡した。あと数分で着く筈だぜ。」

「じゃあ、後は任せて良いですか?私、梶井さんの所に戻らないと。」

「こいつらはお前の事狙ってんだぞ。態々一人になるんじゃねえ。」

立原さんが立ち去ろうとした私の右手を掴む。

「救護班も呼んだ。左腕診て貰え。」

「でも......」

「兄貴命令な。」

「此処でお兄ちゃん権限を使うとは......。」

吐息を漏らして空を見上げる。
モントは私の大事な人を知っていると云った。そして、まるで生きているかのように、如何なっても良いのかと脅そうとしていた。理解できない。私にはもうそんな人間はいない。いないからこそ死を望んでいるのだと云うのに。

「私に大切な人はもう一人もいない。」


立原さんの云う通り、黒蜥蜴の部隊はものの数分で現れ、死体の処理、生きている二人の回収をテキパキとこなしていった。私の左腕を診察してくれた救護班の一人は応急処置をしてくれたが、異常なしとの事だった。

「報告書は此方で書いておくが確実に事情は聞かれるだろうからその辺りは頼む。」

「分かりました、お疲れ様です。」

本部ビルまで車で帰還し、其処で立原さんとは別れた。

「ただいま戻りました。遅くなって申し訳ありません。」

その足で近くの、梶井さん専用の研究所へと向かう。白衣を着た研究員たちが齷齪と働いている中にあって一人黒い服装なのは若干引け目を感じるが仕方ない。

「サラサラサラサラ〜〜〜」

「梶井さん!!やめてくださいっ!!そんな事をしたらまた爆発してしまいます!!」

「実験しなければ結果は分からない!さあもう一匙......サラサラサラサラサラサラ〜〜」

「また修理費がぁぁぁっ!!」

梶井さんの周囲は喧騒を極めていた。研究員が制止を促すも梶井さんが一匙どころではない量の如何にも怪しい粉末をビーカーに入れる。ボコボコと得体の知れない泡が湧出しているのを梶井さんは嬉々とした顔で見ていた。が、ふと私に目を止める。

「おお、おおおお、さすがは歩殿!!お早い帰還だ!!」

「いえ、遅かったと思いますけど。」

「またまた謙遜を。ああ、そうだ。これをご覧あれ!」

梶井さんが先程のビーカーを私に差し出す。

「これこそが科学の融合!この梶井の作り出した新たな物質!!」

異臭に咳き込みながら渡されたビーカーを覗く。

「これ、何に使うんですか?」

「食べ物に混ぜればあら不思議!あらゆる生命体は屍を晒すことに......」

「つまり失敗作ですか?」

「......」

「......」

「梶井、頑張ります。」

「頑張ってください。」

梶井さんは研究に失敗した時、毒物にして言い訳しようとする節がある。確かに毒物かもしれないが、それは化学物質をあれだけ混合すれば当然の結果である。それに現在の梶井さんの研究テーマは新しい爆発物の開発なのだから食べ物に混ぜると云った時点で失敗は明白だ。

とぼとぼと持ち場に戻る梶井さん、あの梶井さんを諌めたぞと騒ぐ研究員。なかなか混沌とした職場だ。だが、梶井さんを中心に何処か楽しそうな雰囲気だと感じた。

私は一旦外に出て研究所の外周を一周する。警備の人間と挨拶をしたり、監視カメラの位置を確認したりしつつ敵がいないか目を光らせる。

この研究所には異能力者は私と梶井さんしかいないのは把握済みであり、ましてや研究員の戦闘能力が皆無に近いことも知っている。警備員もポートマフィアの者であるが、銃は備えていてもそれ以上はない。

「......人の事、云えないけど。」

ホルスターに手を当てて拳銃の所在を確かめるようにしてまた私は歩を進める。もう一周回ってみようかと考えていた時だった。懐で携帯電話が振動した。

「......メール。」

携帯電話を開いて読み、すぐに研究所に戻る。

「梶井さん、お仕事をお願いしても。」

「おおっ!!何かな、何かな!!」

「ビルの解体工事です。」

ほお〜と梶井さんは興味深そうに声を張り上げた。

「日本では油圧圧砕、油圧ブレーカ、フラットソーイングなどを様々な機材を用いて行い、騒音や粉塵に配慮した解体を実施していますが、首領はこの梶井基次郎にそんな配慮は望まないでしょう!!」

「はい、その通りです。是非派手にと。」

「首領は分かっていらっしゃる!!さてさて準備をしなくては!!うははは、うははははっ!!」

高らかな笑い声に研究員たちは静かに拍手を送った。

その夜、私と梶井さんは昼間に来たビルを訪れていた。受付の方に書類に不備があったのですがと伝えると梶井さんを一瞥して奥へどうぞと笑顔で指し示した。

エレベーターで最上階まで上がり、応接室に通される。梶井さんはソファーにドンと腰を下ろし、私はその後ろで待機する。

数分後現れたのは昼間の担当者とこの会社の社長であった。

「ああ、梶井さん!ようこそいらっしゃいました!」

社長はへこへこと頭を下げ、笑みを浮かべる。

「して、今日はどの様な用件で。書類ならば不備という程のものはなかったと思うのですが。」

「貴方方は理論値とは何か知っているかい?」

梶井さんが社長を無視して話し始める。

「理論値とはっ!!物理法則や化学法則に従って実験条件の数値を当てはめた時に得られる値の事だ!例えばオームの法則!これは電圧=電流×抵抗の式の事を指すが、これに電圧5V、抵抗2Ωを代入すれば電流の理論値は如何なる?はい、歩君!」

「2.5Aです。」

「正解だ!しかし、実際に実験をし電流計で測定をしてみれば別の値が出るのだ。何故だと思う?」

今度は社長に尋ねる。彼は額の汗を拭きながらもごもごと答える。曰く、機材の不具合やリード線の抵抗など環境の問題からである、と。

「その通り。だが、我々科学者という者は理論値により近い数値を得るために空気抵抗があるならば真空空間を作り上げ抵抗を0に近いものとする、器具に摩擦があるならばより滑らかな物を使う事で極限まで摩擦をなくす。不純物があるならばそれは全て取り除く。そう、つまり。」

邪魔なものは全て排除するんだ。

社長と担当者はひっと小さく悲鳴を上げた。

「わ、我々はポートマフィアの不利益となるような事は何一つ!!」

私はバサリと机上に紙束を放った。

「此方の商品を別組織に横流し、サンプルを勝手に大量生産販売、更に梶井さんの檸檬爆弾の偽物を作り高値で売買するという明らかな反逆行為を取っています。言い逃れはできませんよ。」

「この梶井の檸檬爆弾を模倣しただって!!君達檸檬が好きなのかい!?」

「違うと思いますけど。」

梶井さんは目をキラキラさせる。そこに逃げ道を見出だした社長と担当者は檸檬をひたすら持ち上げた。

「そうなんです!私達は檸檬が大好きでして!」

「だから、梶井さんの檸檬爆弾を真似したくてですね!」

「檸檬の良さが分かる人材がいるとは!!素晴らしい!!この梶井感動の余り涙がっ......。お礼に本物の檸檬爆弾を一つ。」

梶井さんが白衣のポケットから檸檬爆弾を一つ渡す。

「美しい紡錘型!!黄金色の輝き!!」

「ええ、分かります、分かりますとも!!」

社長が檸檬爆弾を片手に万歳する。それは生き残ったという歓喜からか、安堵からか。

「そして檸檬は散っていく様も酷く美しい。」

梶井さんが私に視線を送る。私の右手には既に拳銃が握られていた。

それを檸檬爆弾の、そのピンに向けて引き金を引いた。銃弾はピンを弾き飛ばし、それは床をコロンと転がった。そして間もなくそれは爆発した。社長の断末魔が上がる。死んではいない。そのように威力を調整したのだと聞いている。痛みにのたうち回る社長を見下ろすように立ち上がった梶井さんはポケットからいくつも檸檬爆弾を出した。

「今からこのビルの解体工事を行いまーす!それー!」

その手から檸檬爆弾が零れ落ちる。

「これが本当の檸檬爆弾だっ!!」

担当者は言葉として成立しないような叫び声と共にその部屋から飛び出す。私も窓を割って隣のビルに飛び移った。ビルとビルの間隔が狭かったのが幸いした。

「時限爆弾もどーんっ!!」

一階に設置したものだろう。火炎が噴き出した。この時限爆弾はかなり強力で二階の床も粉砕していた。更に二階は商品倉庫だったためか黒い煙が空に上がる。

「うはははっ!!ぎゃはははっ!!」

「梶井さん、早くしないと崩れますよー。」

時限爆弾は柱を壊すように置いたため一階から崩れていくようになっている。梶井さんがよいしょとビルの窓枠に飛び乗った。

「お疲れ様です、梶井さん。」

「素晴らしい実験だ!!これこそ死の象徴!!化学変化と物理現象により導き出された科学の粋!!」

「......そう、ですね。」

私が崩壊していくビルを俯き気味に眺めると梶井さんが肩を叩いた。

「君は殺しはしてないじゃないか。」

「......してはいません。」

芥川さんが言及したように私は人を殺したことはない。

だが、殺しの手伝いをしたことはある。所謂、殺人幇助。ポートマフィアならそれくらいは当然と云われればその通りだが、何故か慣れることはできなかった。人の死を見るのにまだ抵抗があるのかもしれない。

「私、もっと頑張ります。」

ポートマフィアで生きることに慣れなければ。役に立たなくては。生きているのなら、せめて。

「その必要はない!」

梶井さんが思考を遮るような大声で云った。

「歩君は既に頑張っている、努力をしている。ならばこれ以上頑張る必要はない!!」

「......梶井さんってたまに良い事云いますね。それ、研究員の人にも云ってください。」

「え?卒倒しちゃうよ?彼ら割と凄くこの梶井の事尊敬してる。」

「......それが自意識過剰とかそういうのじゃないところが突っ込み辛いんですよね。」

後処理を階下にいる構成員に任せ、梶井さんの安全を確保しながら研究所に戻った。

斯くして梶井さんの部下初日は終わりを告げたのだった。

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