其の五

※過去話です。暗めな話。口調迷走気味です。

小学生の頃、私には親友がいた。織田作さんに引き取られた後、転校した先で初めて話したマイペースでふわふわとした印象の女の子だった。姓名は忘れてしまったが、あだ名は覚えている。此処ではその子の事をあだ名である、りっちゃんと呼ぶことにする。

転校初日、自己紹介でクラスメイトに好印象を与える事が出来なかった、またその努力もしなかった私は誰とも殆ど会話することなく、昼休みを迎えていた。

「歩ちゃん!」

一人、教室で弁当箱を開いていた私に話し掛けて来たのがりっちゃんだった。彼女はキラキラ輝く笑顔で一緒にご飯を食べようと誘ってくれた。対して私はぶっきらぼうにうん、とかはい、と返した気がする。
彼女は自分の机を私の対面に移動させて、コンビニのビニール袋からパンやジュースを取り出して、パクパクと食べ始めた。食事中はあまり喋らず食べるためだけに口を動かし、ほぼ同時に食べ終わると昨日のこんなテレビが面白かっただとか、近くの公園で流行っている遊具だとか、授業のことなどを話し出す。彼女は話し上手で聞き上手だった。多分その話題の選択も私の好きなものや趣味などを知るためだったのだろう。
そんな彼女に私はすぐに好感を持ち、それからりっちゃんと私は行動を共にするようになった。友達、親友と呼べる関係になるのに時間は掛からなかった。

少しして彼女は自分が異能力者なのだと私に打ち明けてくれた。戦闘向きの異能力では決してなかった。彼女が世話をするとどんな花も枯れずに綺麗に咲く。小さな幸せを皆に分け与えるような、そんな些細で優しい異能力だった。

だからなのか彼女は花が好きだった。ランドセルにも花のキーホルダーを数個付けていたし、髪のピンにも花があしらわれていた。

「私は世界一綺麗な花畑を作りたいです!」

国語の時間、将来の夢を題にした作文でりっちゃんがそんな発表をしていたのを覚えている。背筋を伸ばして、原稿用紙を手に一生懸命に話していた彼女の姿を私はどこか憧れにも似た気持ちで見ていた。そして、そんな輝くような彼女と反対にクスクスと嘲笑うような周囲の態度の方が私は気になっていた。

その理由を私はあの時まで理解できなかった。

異能力者というのは本当に珍しい存在で、学校にはりっちゃんと、明言してはいないが私だけだった。私は彼女にすらも異能力者であることは告げなかった。知っているのは教師くらいの筈だ。
態々知る必要はない、何せ全く役に立たない異能力なのだから。

「歩ちゃんは異能力を持てるとしたら何が良い?」

「いら......」

「いらないは無し!!」

「......重いものを運べる異能力。」

りっちゃんは不思議そうに大きな瞳を揺らしてどうして?と尋ねる。

「瓦礫とか......運べればって。」

「瓦礫......?」

「そうしたらお父さんとお母さんとずっと一緒にいられたかなって。」

口からこぼれ落ちた本音に我に返った。これは私の問題で、りっちゃんに話すような事ではない。慌てて弁解しようとしたが、その前にりっちゃんが両手を広げて迫ってきた。

「え、え、何?」

「歩ちゃん、ぎゅってして良い?」

「う、うん......?」

間髪入れずにりっちゃんが私の頭を抱え込んだ。ふわりと柔軟剤の香りに包まれる。

「りっちゃん、如何したの?」

「ごめんね。」

「否、何で?」

「何でもだよ。」

それからというもの、りっちゃんと異能力の話をすることはなくなった。

りっちゃんと過ごし始めておよそ三ヶ月の経った頃。彼女は小さい植木鉢を学校に持ってきていた。そこには土が既に入っていてりっちゃんはそれを裏庭の隅に置いた。

「これにね、私の好きな花の種をまいてあるの。」

「りっちゃんの好きな花?」

「そう!とても綺麗な花。歩ちゃんにも見せたくて!」

私が名前は?と問うと、りっちゃんは教えませんー!と頬を膨らませた。

「教えたら調べようとするでしょ?だからダメ!」

「ええっ......」

「一緒に育てて花が咲いたら教えてあげる。」

私は渋々承諾して、それから二人で朝と放課後水をやる日々が続いた。

それから一ヶ月後、丁度その名の知れない花の芽が出た頃。その日は唐突に訪れた。

丁度昼休みの後の授業だった。体育の授業だったにも関わらずのんびりしていた私たちは予鈴を聞いて慌ただしく教室を出た。三階の私たちの教室から一階の体育館までそこそこ距離があり、間に合うか正直怪しかった。

「りっちゃん、急いで。」

「歩ちゃん速すぎるよ!!」

丁度、階段を降りようとした時だった。

私の頭の中で鋭く警鐘が鳴った。

「......?」

怪しみながらも止まりはしなかった。止まればすぐ後ろにいるりっちゃんと衝突の恐れもあったし、第一このままでは遅刻してしまう。どうせ階段で滑るか躓くかして転ぶか、上から何か落ちてくるかだろう。そんな予測を立てつつ警鐘と同時に30秒を胸の中で刻みながら私は階段を駆け降りた。

私のミスは二つあった。一つは正確に30秒を計測しなかったこと。焦っていたためか正しいリズムを以て秒を刻むことができなかった。

もう一つは、そこで止まって、振り向いてしまったこと。

私の中での29秒。一旦停止する。これで滑る、躓くは回避できた筈だ。そして30秒。何も起こらない。安堵してりっちゃんの方を振り向いた瞬間だった。

強い力で肩を押される。驚く間もなく体が宙を浮いて、重力に従い落下していく。

警鐘はまだ、鳴り続いていた。

私の目に映ったのは両手を突き出し、冷ややかな目で私を見下ろすりっちゃんの姿だった。

「嘘つき。」

硬い床に叩き付けられる寸前。
それが私が聞いたりっちゃんの最後の声だった。

その後、私はすぐに病院に連れて行かれた。咄嗟に着いた右手が骨折していたようで、医者から絶対に動かさないようにとギプスをされた。治療費は学校の保険でおりるようなので付き添いの先生に任せた。

その先生に家まで送られた私はまずお世話になっている洋食店のおじさんに自分の不注意で骨折したのだと説明した。りっちゃんの話は1ミリも出さず、治療費は保険がおりるので大丈夫だとだけ付け加えた。

「大丈夫?織田作ちゃんに連絡する?」

「いえ、必要ないです。」

「でも......」

「これ以上、迷惑を掛けたくないので。」

私は頭を下げて、逃げるように外に出た。階段を駆け上がって玄関先で靴を脱ぎ捨て、部屋の前で立ち止まる。

「嘘つき......。」

何の前触れもなかった。直前まで変わらない日常を過ごしていた。なのに、りっちゃんはあのような凶行に出た。

「何で......。」

ドアノブに手を掛けたまま思考を巡らせていた私は、急いた調子で階段を上ってくる足音に吃驚する。

「歩!」

その足音は、その声は間違いない。

今最も会いたくない人の声。

「......織田作さん。」

織田作さんは私に歩み寄り目線を合わせるようにしゃがんだ。

「骨折したと聞いた。何があった?」

「い、いえ、その、私の不注意で階段で躓いて......それで。」

おじさんの前では冷静に説明する事ができたのに。織田作さんを目の前にすると何故か声が震えた。何をどう話せば良いか分からなくなって、噛んで、詰まって、語尾が小さくなっていった。

織田作さんは私をじっと見つめると小さく息を吐いて、口を開いた。

「嘘だな。」

「......嘘じゃないです。」

「俺はお前の異能力を知っている。」

一歩後退ると、織田作さんは私の左手を掴んだ。

「お前が危機回避のために最善手を打っていることも知っている。その危機に関してあらかじめ予測を立てて、その全てを回避できるような行動を取ることも。」

「それは......」

私は俯いて口ごもった。それは事実だったし、何より私が織田作さんに自身の異能力は説明してある。
重い沈黙が流れる。りっちゃんの事をどうしても話したくなかった私は黙りこくり、織田作さんは何か考え込んでいるようだった。

「......死のうとしたのか?」

不意に耳に届いた言葉に私はバッと顔を上げた。

「まだ死にたいと思って......?」

絞り出すような、掠れた声。

「違う......違うっ!!」

頭を鈍器で殴られたような衝撃が走り、息が一瞬止まった。様々な感情が押し寄せ制御不能となって、私は掴まれた左手を無理矢理振り解いて、子どもの癇癪のように喚いた。

大切な人にこんな顔をさせてしまった。
大切な人にこんな事を言わせてしまった。
そんな自分に腹が立った。過去の自分を呪った。

お父さんとお母さんの所に行く。
織田作さんに引き取られた後もずっと考えていた事だった。
お父さんとお母さんと私でずっと一緒にいる、これが家族の約束だった。

だから私はそこに行きたくて。でも、拾ってくれた織田作さんに迷惑を掛けたくなくて、その方法を模索して。

やっと見つけた答えは織田作さんの手によって止められて。

「絶対に自殺だけはしないでくれ。」

何処にも行けないように抱き締められて、懇願された。それだけは駄目だと何度も念を押された。その時の織田作さんの顔があまりにも辛そうで、胸が痛んだ。

それから私は自殺も、そう思われるような行動もしないようにした。もう二度と織田作さんにあんな顔をさせないために。

なのに、また。

「あんなの......予測できる訳ないじゃないですか!!友達だって!!ずっと......そう、思って......」

涙が溢れそうになってぐっと堪え、全てを振り切るように走り出した。織田作さんが呼ぶ声を無視して階段を降り、一心不乱に足を動かした。行く宛など何処にもないのに。

ただ遠くへ、誰もいない場所へ行きたかった。

家を出た時はまだ明るかった空もいつの間にか黒に染まっていた。走り疲れて立ち寄った公園は街灯も少なく、人一人いない。

「......折角織田作さんが帰って来たのに、おかえりなさいも言えなかった。」

今さらになって冷静になった私は近くにあったベンチに腰を下ろす。織田作さんは忙しく、頻繁には帰ってこない。仕事で疲れているだろうし、できればあの家では楽しい時間を過ごして欲しいと願っていた。なのに今日、私のせいで厭な思いをさせてしまった。そんな後悔で埋め尽くされる。

「これから如何しよう......」

できれば今日は織田作さんに会いたくない。会ったとしても何があったのかまた問い詰められることになるだろう。それは避けたい。

元来た道を引き返し、家に帰る。この公園で一夜を過ごし、朝になってから帰る。様々な選択肢が頭を巡る。

今帰るのが安全面を考慮しても最善だろうがまだ織田作さんがいるかもしれない。けれども織田作さんが仕事の都合上そう長く滞在できない事は把握済みだ。
朝になれば流石にいない、そう考えた私はこの公園でしばらく居る事を決める。

時間だけが淡々と過ぎ去っていく。月明かりはあるものの数メートル先も見えない程の闇が覆い、冷たい風が肌を刺した。

「こんばんは。」

突然の挨拶に慌てて顔を上げる。

「良い月夜だ。そう思わないか?」

闇の中で浮き彫りのように現れた、白い髪、肌、服、そして真っ赤な瞳を持つ男。

「確かに、月が綺麗ですね。」

私は大きな青白く光る満月を一瞥し、返答した。が、途端男はクスクス笑い始めた。

「......何か?」

「それに対してこう答えた方が良いのだろうか。」

死んでもいいわ。

からかうように男は云ったが、私は意味が分からず首を傾げる。

「死にたいんですか?」

「死にたくはないな、残念ながら。」

今度調べてみてくれ、と男は苦笑しながら私の隣に座った。

「夜中に何をしているのかな?」

「......別に、何もないです。」

「小学生くらいだろう。こんな所でうろうろしていたら、悪い大人に拐われてしまう。」

「それはあなたの事ですか?」

「そうだとしたら?」

「どうもしないです。」

足元に視線を移動させると霧が漂っているのに気が付く。

「......これは。」

「これは私の異能力。君には私の蒐集のためにも死んで貰いたい。」

男が不敵に口角を上げるのを見て、ベンチから退く。

「あなたが私を殺すと?」

「いいや。君を殺すのは......」

霧の中から足音が近づいてくる。

「君の異能力だ。」

現れたのは私と同じくらいの身長の少女だった。否、額に結晶がある事以外私に瓜二つの存在であった。

「私の......異能力。」

「その結晶を破壊しない限り、それは君を殺すまで攻撃する。安心したまえ。異能力はコレクションとして大切に保管すると約束しよう。」

つまりこの男は私ではなく、私の異能力が目当てだったという事か。どちらにせよ悪い大人、というよりは不審者で間違いない。溜め息をついて私の異能力だとされる存在に近づく。ただ道を歩くように一歩ずつ前へ。そして、手を伸ばせば届く距離で立ち止まった。

「何故殺さない......!」

「私の異能力は私を殺せない。」

男の愕然とした声に私は解答する。

「私の異能力は私を生へと追い立てる。警鐘を鳴らして死を遠ざけようとする。私が死する事を拒絶する。この異能力は......」

私が生きるためだけに存在する異能力。

「私が死ねばこの異能力は存在意義を喪う。つまり、私を殺せない。」

「馬鹿な......」

「と、教わりました。難しいので私には分かりません。」

臆面もなくそう云って、私は結晶の破壊方法を考えた。拳で何とかならないだろうか。左手だから威力は落ちるが。......待った、丁度其処に煉瓦がある。

「痛いだろうけど、我慢して。」

返事はない。無言は肯定と受け取り、煉瓦で渾身の力を込めて結晶を打ち砕く。すると、その私の姿をした異能力はすぐに消滅した。

「......それで、如何しますか?」

私が尋ねると男はナイフを懐から抜いた。これには私も対処のしようがない。

「私がこの手で殺すまでだ。」

「......そうですか。」

死ぬ覚悟はとっくの昔にできている。だが、今は少し死ぬのが怖い。私が死んでも誰も悲しまないと、何も変わらないとそう思っていた。でも、今はそうではない事を知っている。

男はナイフで今にも突き刺さんとしている状況。だが、30秒以内には確実に殺されているだろう雰囲気であるのに私の異能力は発動していない。警鐘は鳴っていない。まだ希望はある。

その時、パァンッ!とドラマなどで聞いたことのある発砲音が爆ぜた。男の手からナイフが弾かれて落ちる。

「歩!!」

切羽詰まった呼び声は驚きと同時に安堵で私を包んだ。生きている、そう実感した。

その直後男は私に背を向けて何も言わず闇の中へ消えていった。男がいた場所にはナイフだけが転がっていた。

「歩、無事か!」

「織田作さん......?」

「怪我は?何処も触られていないか?」

「はい、大丈夫......です。」

駆け寄るや否や物凄い剣幕で問われ私は首を縦に振った。

「織田作さん、あの......」

「そこに車を停めている。話は中でだ。」

織田作さんはそう云って私を抱え上げ、公園から外へと連行する。自分で歩けると抗議しても、聞く耳を持って貰えず黒塗りの車の助手席に降ろされ、シートベルトをしっかりと締められてしまった。織田作さんは運転席へ、そしてすぐに発進させる。

「色々聞きたい事はある。」

「......はい。」

「だが、まずお前に云わなければならない。」

赤信号で止まると、織田作さんが此方に顔を向けた。視線がぶつかり、反射的に顔を俯ける。

「あの後すぐある親子が菓子折と見舞金を持って謝罪に来た。」

背中をひやりと冷たいものが走った。

先生に、これは私の不注意から来た事故である事にして欲しいと口止めした。大きな話にしたくなかったし、りっちゃんがこの一件で責められるような事は避けたかったから。

「目撃者が結構いて、もう学校中に話が広まっているらしい。」

りっちゃんも教師と両親に全て話し、謝罪に来た。織田作さんは菓子折だけ受け取り、見舞金は断ったのだと語った。

「その子は学校で異能力者だからと嫌がらせを受けていたそうだ。」

話し掛けても無視される。陰口を云われる。所持品がなくなる。暴力こそなかったものの、陰湿な事ばかりされていたのだという。

「......私、知らなかったです。」

あの明るい笑顔の裏にあるりっちゃんの苦しみに気付く事もできなかった。友達なのに。ずっと一緒にいたのに。

「先週に個人懇談があっただろう。」

その時、担任が私が異能力者であることをりっちゃんの親に云ってしまい、またそれを親がりっちゃんに伝えた事が発端なのだという。

「如何して私だけ嫌がらせされて、歩はいつも通りの生活が送れているのか、幸せそうにしているのか。」

嘘つき、その言葉の意味が漸く理解できた。

私は異能力者にも関わらず一般人のふりをしてりっちゃんと接してきた。それがりっちゃんには嘘偽りの生活に見えたのだろう。

「気付いた時には歩を押していたそうだ。」

私は何も云うことができなかった。ただりっちゃんに申し訳ないと思った。

私が異能力について公言しなかったのは前の学校での経験からだった。前の学校は異能力至上主義で常に異能力者がもてはやされていた。特に強力な異能力者が派閥を作り、圧倒的多数の持たない者を虐げた。両親はこの校風を知っていて入学させたのかもしれないが、私にとっては生活しにくい以外の何物でもなかった。

だから、この学校では異能力者であることは云わないようにしようと気をつけていたのだ。ただ異能力の有無など関係ない普通の生活を送りたかったから。

「私、りっちゃんの事親友だって、そう思ってて。異能力が発動して、真逆りっちゃんが私を、なんて予測の一つにすらなかった。」

踞るようにして頭を抱える。

「階段から落ちる時、りっちゃんの顔が見えて凄く冷たくて。」

上手く言葉が纏まらない。

今更になって骨折した右腕がズキズキと痛み始める。その痛みが全身に広がり、胸まで痛め付ける。

「私の不注意にすればりっちゃんを守れるって......。そうじゃない。起こった事を信じたくなくて。でもっ、話を聞いてたら私も悪くて。」

呼吸がどんどん浅く苦しくなっていく。小さい頃から思考が混乱したり、感情が一定の許容を超えると息ができなくなっていき、最終的に過呼吸となる。

「歩。」

織田作さんの左手が私の頭に載せられた。

「落ち着け。息を吐くことに集中しろ、そう、ゆっくりな。」

織田作さんの指示に従い大きく息を吐き出す。それを何度か続けると次第に通常の呼吸に戻っていった。その間織田作さんはずっと頭を撫でてくれていた。

「その子も反省していた。歩の心も体も傷付けてしまったと。」

「そんな事っ......。」

私とりっちゃんは互いを知っているようでいて、根本的な、最も重要な事を何も知らなかった。もっとちゃんと話していたならこんな事にはならなかったのかもしれない。

「私、明日りっちゃんと話します。」

話し合って、分かり合う事ができればきっとまた元の関係に戻れる。私とりっちゃんならそれができる。

「そうか。お前ならきっと大丈夫だ。」

織田作さんは頷いて私の頭から手を離す。それを咄嗟に左手で掴んだ。

「織田作さんにも云いたい事があるんです。」

丁度家の前に到着し、停止した車の中で私は織田作さんを真っ直ぐに見上げた。

「私、死にたくないです。」

織田作さんは瞠目する。

「さっきも殺されそうになって。でも、死ぬのが怖くて。」

お父さんとお母さんの所に行けるなら死んだ方が良いと思った。死ぬ事に何の躊躇いもなかった。

「死んでも誰も悲しまないって思ってました。でも、今はきっと悲しむ人たちがいて、私はその人たちが、大切な人たちが悲しむ姿を見るのが凄く怖い。」

織田作さんの手をぎゅっと握り締める。

「私はもう死にたいなんて云いません。それを云うのは私が死んで悲しむ人が一人も居なくなった時です。」

織田作さんに、一番大切な人に宣誓する。これが私の絶対であり生きる意味なのだという意志を示す。

「自惚れて良いか?」

「......?」

「お前の云う大切な人の中に俺が入っていると、そう考えて良いか?」

その声音に微かに不安が混じっているのを覚る。そうだ、この人も戦火の中何の因果か六人もの孤児を拾い、養ってきたのだ。何を如何したら良いか、私たちと如何接すれば良いか、全て手探りだったに違いない。特に私は他の子どもたちとは異なり、自殺しようとするし表情の起伏が乏しいしで扱い難い存在だっただろう。

「はい、織田作さんは私のとても大切な人です。」

その時私はきっと笑顔でそう云っていたのだと思う。織田作さんは穏やかに笑みを浮かべて私の手を握り返した。

「なら、もう少し付け加えるか。」

「何をですか?」

「お前が怪我をしたら俺も皆も悲しい。」

織田作さんが私の右腕のギプスを見て云う。

「それを隠されるのはもっと悲しいな。」

「......はい。」

「学校行事を伝えてくれないのも悲しい。個人懇談があったなんて聞いていない。」

「お、おじさんに来て貰いました。」

「俺は頻繁には来れないが、報告は細かくしてくれ。幸介たちだけじゃなく、お前の事もだ。」

「分かり......ました。」

私が頷くと織田作さんは良い子だ、ともう一方の手で再び私の頭を撫でた。暫くの間そうした後、織田作さんは車を降りて助手席のドアを開けた。

「織田作さん、さっきの人の件で。」

シートベルトを外して外に出てからできるだけ小さな声でなるべく詳細に報告する。織田作さんは表情を変えることなく相槌を打った。

「ああ。この件は此方で調べておく。暫くは外出するとき気をつけておいてくれ。」

「はい、織田作さんも気をつけてください。」

織田作さんは私を部屋まで送ると、車で何処かへ行ってしまった。窓から見た空は白みつつあった。

若干の緊張と共に学校へ向かった私はあの植木鉢に水やりをしてから教室へ歩を進めた。教室の扉を開けてりっちゃんの席へと目線を移したが、そこは空っぽになっていた。

「え......?」

思わず声が漏れた私に既に教室で控えていた担任教師がりっちゃんは転校するため、もう学校には来ないのだという事を告げてくる。

「じゃあ、会うのは......」

教師は申し訳なさそうに謝罪を繰り返した。それで会うことが絶望的であることが分かった。

りっちゃんと話したのはあの日が最後となった。

それから一週間が経った。

「りっちゃん、私じゃ駄目だったよ。」

りっちゃんの残した植木鉢。
りっちゃんの大好きな花が咲くはずだった。

「私は......生きる事はできても、生かす事ができない。そんな異能力なんだよ、りっちゃん。」

その花の名前を私は未だに分からないままだった。


「手前は他の異能力を持つとしたら何が良い?」

モントについて一通り話し合った後、中原幹部が炒飯を嚥下しながら突然話を切り出した。

「いきなり何ですか?」

中原幹部が呉れた杏仁豆腐をスプーンで掬い尋ね返した。

「まァ、何だ。聞いてみたかっただけだ。」

そう云われたら仕方ない。私はうーんと顎に手を当て考え込む。

「......そういえば、小さい頃は中原幹部のような異能力に憧れていました。」

「そ、そうかよ。」

「でも......今は自分の異能力が結構気に入ってるんです。」

中原幹部はきょとんとした顔で私を見やった。

「手前は死にたがりやなんだとばかり思っていたが、そうでもないのか?」

「......どういう意味です?」

「手前のその異能力は自分を守るための、自分が生きるためのもんだろ。」

「違いますよ。」

昔はそう思っていた。今もそう思ってはいる。だが、私はもう一つの可能性を知っている。

「これは人を殺す事のできる異能力です。」

中原幹部が怪訝そうに眉を寄せるが、それ以上は話さず杏仁豆腐を食べ進めた。

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