其の三十

※最後の方で残酷表現ありです。注意してください。

 翌朝、一条さんに手伝って貰い私は中原幹部のお弁当作りに取り掛かった。一条さんの手際が良過ぎて驚いたが、おかげでかなり時間短縮ができて中原幹部との待ち合わせの時間まで余裕を持つことができた。

「一条さんは何でもできるんですね……」

「家事は一通り心得ている心算ですがどれもごく普通にしかできませんよ。所謂、器用貧乏ですね。」

「其の割には凄い包丁捌きだったんですけど……」

 包丁を握る手が見えない程の凄まじい速さだった。其れに知識量も多く、より美味しくなる方法を逐次教えてくれてとても勉強になった。

「俺には姉がいたんですけど、箱入り娘というかお嬢様気質というか。両親もそんな姉を可愛がっていて、俺は其れこそ従者の様に姉の世話をしていたんです。」

 其の過程で家事やホスピタリティをほぼ独学で学んだらしい。そもそもの性分もあってか苦ではなかったそうだが。

「姉も両親も今は何処で何をしているか知らないのですが。元気にしていればと思わずにはいられませんね。」

 一条さんの表情に憂いが滲んだ。私は何も云えなかったが一条さんは自分なりに納得しているようだった。

「生きていればいつかまた会えると俺は信じてますから。」

 何となく織田作さんを思い出した。私の場合はもう二度と会えないけれど。一条さんと家族が再び会えるように私も助けていきたいと思う。

「そろそろ時間ですね。服装は本当に普段通りで宜しかったのですか?」

「いつ戦闘になるか分かりませんから。Kirschblüte001も持って行く心算です。」

「そう、ですか。リアレス教団のこともありますし矢張り落ち着いてとはいきませんね。」

 リアレス教団のことがなくてもそうだったとは思う。武器を何か持っていないと其れこそ落ち着かないのだ。もし何かあっても対処も反撃もできないことが怖い。中原幹部や姐さんの様な戦闘特化の異能なら違っていただろうが。

「そういえば如月さんと参宮さんは何処に行ったんでしょうか。」

「二人共欲しいものがあるとかで買い物に行きました。休日ですし、遊んで帰ってくるかもしれませんね。」

 二人が休日を楽しんでいるようなら良かったと思う。一条さんも手伝わせてしまったが本来なら休日なのだ。

「一条さんも今日はゆっくりしてください。」

「はい、お言葉に甘えさせていただきます。お嬢様。」

 一条さんが胸に手を当て恭しく頭を下げたと同時だった。ドアがノックされて中原幹部が執務室にひらりと手を挙げて入ってきた。

「迎えに来たぜ。準備できてるか?」

「大丈夫です。一条さん、行ってきますね。」

 一条さんに見送られ私は荷物を持って中原幹部の元に向かった。私が駆け寄ると中原幹部はふっと頬を緩めた。

「行くか。」

「はい、中原幹部。」

 中原幹部は弁当が入った私の鞄を持ってくれて、私はライフルバックだけ背負って執務室を出た。中原幹部の隣を歩く。隣を歩いていると、すれ違う構成員達からの視線が私に集まった。何故か私と中原幹部の関係はポートマフィア内部では広く知れ渡っている。中原幹部が余り隠そうとしないからかもしれないし、私も其れに対して拒んだりできていないからかもしれない。多分両方だろうなと思いながら気にしないよう努めて歩く。

「中原幹部、今日は何処に行く予定ですか?」

「直ぐ近くの公園にしようと思ってる。」

 芝生もあるしのんびりするには良いかと思ったのだと中原幹部は語った。私は中原幹部が決めたならと賛成する。

「今の状況でヨコハマ出るのはな。」

「そうですね……全部解決したらまた二人でゆっくり何処か行けたら良いですね。」

 中原幹部は瞬きを数度して、其れから何を思ったか私の頭に手を載せて撫で回した。

「わ、何ですか!」

「いーや、嬉しくなっただけだよ。」

 中原幹部は撫で回したことでくしゃくしゃになった髪を丁寧に整えた。本部を出ると、中原幹部が問う。

「先刻の話だが、手前は何処か行きたい場所あるか?」

「個人的に思ってるだけなんですけど……最近ご飯が美味しくて、食べ歩きとかできたらみたいなことは考えてたりします。」

「あー、其れ良いな。東京か大阪か北海道か……ヨコハマも中華街がある。色々回ってみるってのも悪くねェかもな。」

「本当に良いんですか?」

 中原幹部は良いに決まってんだろと当然とばかりに断言した。
 中原幹部曰く私が食に関心を持っただけで安堵したのだそうだ。確かに中原幹部と会った時あたりは食習慣が酷かった頃だ。その時に比べたら進歩したと自分でも思う。中原幹部の車の助手席に乗りながらそんなことを回想した。

「歩としてえことがまた増えたな。」

「他にもしたいことがあるんですか?」

「あぁ、山程な。」

 そんなこと聞かれなくても中原幹部の願いなら何だって叶えたい。これからの人生は中原幹部のために使いたい。

「中原幹部のしたいこと叶えたいです。色々制限はありますしお互い忙しいかもしれませんけど、できる限り叶えさせてください。」

「おう、ありがとな。歩もしたいこととか欲しいものとかあったら逐一教えろよ。」

 中原幹部は車を走らせながら云った。私は中原幹部と居られるだけで十分で、其れ以上のことを望むのは強欲だ。

「でも先ずは二人で住む家考えてえな。」

「其れ本気だったんですか?」

「大マジだ。一緒に過ごす時間を増やしてえってのもあるが、今あの執務室で寝てんだろ。元太宰の部屋で手前が寝食してるってのが単純に気に食わねえ。」

 私は苦笑を返すことしかできなかった。其れにしても中原幹部と同じ家に住むなんて、云われた時もそうだが余り実感がない。

「……私が云うのも如何かという感じなんですけど、同棲?は……その、時期尚早ではないですか?」

 中原幹部がそうか?と首を傾けた。一般的に考えるともう少し段階を踏んでからなのではないかと疎い私でも何となく分かる。

「俺も初めてだから勝手が分からねえんだよ……」

「初めて?」

「好きな奴ができたのも、付き合ったのも。」

 信号で車が停まった後、そう小さい声で云った中原幹部はハンドルに額を当て溜め息を吐いた。

「中原幹部は姐さんが好きだったのかと。」

「んな訳あるかっ!」

 中原幹部が食い気味に否定した。

「前から思ってたが俺と姐さんは手前が思う様な関係じゃねぇよ!世話になったし尊敬してるが、姐さんとは何もねェ!」

 必死の抗議に私は分かりましたと首を縦に振り続けるしかなかった。確かに中原幹部が姐さんの様な女性がタイプであるなら私など眼中にすらなかったことだろう。其れでも中原幹部が私と同じでこういったことに経験がないというのが意外だった。

「一緒に住むの、厭か?」

「厭ではないですけど……」

「不安要素があるのは分かる。俺もそうだしな。けど、俺は其れ以上に手前のことをもっと知りてえって気持ちや傍に居て欲しいって気持ちの方が遥かに強え。」

 中原幹部が其処まで云うなら私は断ることはできない。私が渋っているのは価値観の相違やすれ違いなどで別れることが怖いだけで、つまり一般論から来るものなので必ずしも私達に当てはまることじゃない。故に中原幹部より強い意志を以て断固拒否するという程でもないのだ。

「別に無理強いする心算はねえけど……」

「いえ、私も覚悟が決まりました。」

 一緒に住みましょう、と告げる。中原幹部は瞳をきらりと輝かせ、其れはもう嬉しそうによし!と拳を握った。

「物件の目星は付けてらっしゃるんですか?」

「否、歩が頷くか分からなかったからな。其れに立地、条件、間取り、その他諸々歩と相談して決めたかったし。」

「中原幹部の好きな所で良かったんですが……」

 そういう訳にはいかないだろ、と中原幹部は呆れ気味に云った。

「手前はあんまり拘りとか無さそうだが、気付いてねえだけで譲れねえモンとかあるかもしれないだろ?」

「そう……ですね。前の部屋のこと思い出して考えてみます。」

 中原幹部はそうしろと頷いて、車を停めた。最寄りの駐車場に着いたらしく、中原幹部が車を出てエスコートでもするみたいに助手席の扉を開け、私に手を差し伸べた。

「お手をどうぞ、なんてな。」

「あ、ありがとうございます。」

 其の手に自分の手を重ねる。どちらからともなく握って歩き出した。海が直ぐ目の前にある其の公園はベイブリッジや大型の貨物船などが行き交う様子を穏やかに楽しむことができる場所でもある。また、中原幹部が云っていた様に芝生もあり、ピクニック気分を楽しむ家族連れなども見られた。

「魚いますね。」

「お、何処だ?」

 海の傍をゆっくり散歩する。私は魚が見えた場所を指した。中原幹部はうっすら影が見えるな、と目を凝らした。

「見た感じスズキっぽいですね。」

「スズキか。塩焼き、ムニエル……新鮮なら刺し身とか良さそうだな。」

 どれも美味しそうだが今日は釣具を持ってきていない。少し残念に思いながら、再び歩みを進めた。

「何か飯のことを考えると腹が減ってきたな。」

「じゃあ、お弁当食べますか?」

 そうするか、と中原幹部が人の少ない辺りの芝生を陣取りレジャーシートを広げた。

「此れ歩の。」

 そうして渡されたのは筒状の保温弁当箱だった。感謝の言葉を述べ、私も鞄から弁当箱を出して彼に渡した。

「どうぞ。美味しいか分からないですけど。」

 中原幹部は子どもが新しい玩具を貰った時の様な輝く瞳で弁当箱を見ていた。中身は大したことはない。ご飯や唐揚げ、卵焼き、ひじきの煮物など。中原幹部は大食漢とはいかないものの多く食べているイメージがあったので全体的に多めに詰め込んでおいた。中原幹部が連れて行ってくれる食事処は高級嗜好が多かったので、高級なものが良いのかと思ったが一条さんの助言もあってこのような内容に落ち着いた。

 中原幹部が弁当箱の蓋を開けると歓声を漏らした。

「何かTHE弁当って感じだな。」

「駄目でした……?」

「否、逆。こういうの凄え好き。」

 中原幹部が俺のも開けてみてと云うので、促されるまま開けると、ご飯、野菜などのおかず類、そしてカレーの入った合計三つのケースで構成された弁当となっていた。カレーは未だ湯気が出ていて、大きめの肉や野菜がごろごろ入っていて見た目からして美味しそうだった。匂いも食欲を唆り、お腹がきゅると少し鳴ってしまった。

「カレー好きだっただろ?」

「すっ、好きですっ!」

「ん、だから作ってみた。」

 柔らかく微笑む中原幹部に胸にふわりと愛しさが降りてきた。こんなにも此の人が好きで大好きで、穏やかな此の時間が何よりも愛おしい。

「好き、です。」

「……知ってる。」

 中原幹部の手が後頭部に回り顔が近付いてくる。如何すれば良いか分からず、ぎゅっと目を閉じると唇に感触があった。柔らかくて温かいものが軽く触れ合いそして離れていく。

 目を開けると中原幹部の顔が、至近距離にあった。青い瞳がじっと私の目を見詰めている。

 何があったか理解できなかった訳じゃない。ただ頭の中が真っ白になって整理が上手くいかない。

「俺も好きだ。歩が、好きだ。」

「あ、ぅ……」

 頬が熱い。
 頭がくらくらする。
 言葉を上手く発することができない。

 中原幹部がそんな私に目を細め、頬を撫でた。

「悪い。厭だったか?」

 ごめんな、と謝る中原幹部に首を横に振る。

「否、吃驚して……いきなり、だったので……」

 私は息を整えて、平静を装い返答した。

「厭な訳ない……です。中原幹部がしてくれることは何だって……。私を、その……好いてしてくれたことが厭な筈ないじゃないですか……」

 しどろもどろになりながら云う。顔は真っ赤になっているに違いない。そんな私に中原幹部は大きな溜め息を落とした。

「可愛過ぎか。」

 額に手を当ててそんなことを云う。もう一度溜め息を吐いて、中原幹部が食べるかと提案してくる。私も其れに肯定して二人で手を合わせた。

 中原幹部の作ってくれたカレーは辛くて、其の中に何処か優しい味がした。スプーンがどんどん進む。でも、頭の中は何だかふわふわしていて。カレーはいつの間にかなくなっていた。
 中原幹部も黙々と私の弁当を食べ進めてくれていて、あっという間に空っぽになっていた。滅茶苦茶美味かったと感嘆の声が中原幹部から聞こえて嬉しくなった。


「さてと今日は休日だな、トール。」

「休日だねえ、スキールニル。」

 のんびりと二人、ヨコハマ市街を瑠衣と叡は歩いている、様に見える。二人は関係としては幼馴染であり現同僚である。其れ以上の関係はない。

「休日にまでアンタといたくなかったわ。」

「本当それな。ボクだってキミといるより推しを眺めてたいよ。今日はデェトって話だし、推しの幸せそうな顔とか見れただろうなあ。SSR逃した気分。」

「ストーカーかよ、きも。」

 二人は軽口を叩きながら巡回する警察の様に街の様子を見て回る。

「でも、リアレス教団の件マジで早く何か決定的なものを掴まねえとヤバい気がする。」

「其れは同感。」

 リアレス教団の尻尾を掴むために二人はヨコハマを回る。二人には歩と同じ目がある。あの研究所にいた……実験台となった子どもや研究員、関わった全ての人間が持っているものだ。と云ってももう其の所持者で生きているのは僅か三人だけなのだが。

「リアレス教は宗教だ。信仰する宗教の有無やら違いは此の目じゃ判別できない。けど、リアレス教団という組織として活動してるなら話は別だ。先ずはリアレス教団の構成員を見つけ出す。」

「……尾崎幹部さ、ボク達が捕まえた奴拷問してるって話だよね。成果あったかな。」

 瑠衣は知らないと短く応えた。難航しているらしいという話だが詳細は知らない。情報は基本的に共有するという方針の歩だから自分達に伝達していないということも考え辛い。

「今のままじゃ進展しねえ。だから、こうして此処にいるんだろ。」

「歩ってさ、云ったら悪いけど舐められてるよね。幹部として見られてないっていうか。ちょっと心配だよ。」

 瑠衣は叡の心配を理解することができた。構成員の中には首領や中也に媚びを売って成り上がったと思っている者も多く見下している人間も少なからずいる。

「歩自身の実績だけじゃ足りない。アタシ達は自分達で云うのも如何かと思うけど少数精鋭ってやつだ。失敗は許されないし、一人も欠けちゃ駄目だ。今回の件で手柄立てて、歩の幹部の座を確立させる。」

 叡は首肯し、その時数メートル先を横切った男に目を留める。

「スキールニル、見た?」

「あ?……見えた。一人だな。」

 瑠衣が先行して男を追う。叡には戦闘力が皆無だ。なので瑠衣に任せるのが最善だと分かっている。飛び出した瑠衣を見送りながら叡はスマートフォンを操作した。

「一条君?如何したの?」

 スマートフォンには着信があり、其れは一条颯からのものだった。

「此方来るって?良いよ別に。今日休日だし。歩と朝早くからお弁当作ってたんでしょ?其れに家事とか色々して貰っちゃってるし……えー、良いのにー。」

 一条も瑠衣と叡を手伝うと云って引かないようだった。叡は仕方ないなあと今いる場所を伝えて通話を切った。

「ボクの推しって人から滅茶苦茶好かれてるか、嫌われてるか……落差が激しいんだよね。」

 独り言ちて、叡は瑠衣の向かった方へ走った。

 翌日早朝。瑠衣によって捕らえられた男は全身をガクガクと震わせ地に伏せていた。両手足は拘束されていない。しかし、動かすことはできない。文字通り石化しているからだ。石化させたのは当然男の目の前に立っている叡であった。叡は男が完全に石化する前に部屋から放り出し、完全に日の出を終えた後引き摺る様にして男を部屋に戻した。此の部屋は男を尋問するため一条が手配した場所だった。

「聞きたいことが沢山あるんだよね。」

「……お、俺は何を聞かれても答えないっ!殺せ!」

「殺したらキミの悲願ってやつが達成されちゃうじゃん。リアレス教ってそういう宗教でしょ?」

 男は唇を噛んだ。叡は殺す心算はない。そんなことは許さない。

「キミはリアレス教団の中では比較的一般人に近い思考回路を持ってるんじゃないかなとボクは予想してるんだよね。」

「其れはリアレス教団が一般人でないとでも云いたいのか。」

 叡は嘲る様に嗤った。当然だろ、と吐き捨てる。

「死が救済だって?何処ぞの鼠野郎と同じ思想で反吐が出そうだよ。序でに救済と云っておきながら安らかな死を与えるでなく、キミ達は死の恐怖をあの黒い箱という道具にしている。つまり、リアレス教団は人の死を私欲のために利用しているだけで信仰なんてものは一切存在しないんだ。経典も真実を少し練り込んだだけで全部出鱈目。」

 違う?と叡が問いかけると、男は俯いた。口を閉ざし何も喋ろうとはしない。叡は困ったなと態とらしく頭を掻いた。

「キミへの質問は三つ。」

 リアレス教団の拠点。
 リーダーの名前。
 本当の目的。

 此れだけだ、と叡は指を三本立てて見せ云った。

「話す気はない?」

「ない。」

「そ、残念……」

 叡は吐息を零し、スキールニル!と部屋の外に呼びかけた。

「待ちくたびれたぜ!」

 瑠衣がバタンと扉を開けて入ってきた。手には大剣ではなく、瞬間接着剤と金槌という少し異様なものが握られている。

「真逆……」

 だが、男は察した。此れから自分に起こることが理解できてしまった。

「久しぶりに王の写本流に拷問するとすっか、トール。」

 お好きにどうぞ、と叡は興味なさげに云った。瑠衣は其の言葉を合図に男に金槌を振り上げた。振り下ろした先は男の石化した右足だった。

「ひぃいっ!!」

 男の右足は其の一撃で崩れ落ちた。石の破片がバラバラと散らばる。男は唖然とした。自分の足は確かに砕けた。しかし、痛みはなかった。此れが拷問か?だとしたら甘いものだった。瑠衣は破片に金槌を振り、更に細かくしていく。痛みは勿論ない。

「っしゃ、くっつけていくかー。トールもやろうぜ。」

「細かくし過ぎなんだよ。面倒臭いなぁ。」

 すると、二人は何を思ったか瞬間接着剤で石の破片を繋ぎ合わせ元に戻そうとしていた。男には訳が分からなかった。

「一条も呼ぶか?」

「やめたら?こういうの好きじゃなさそう。」

「……だよな。まあ、別にアタシも好きじゃないけどさあ。」

 ぺたぺたとパズルでもするように貼り付けていく。其の形は少し歪で、合っていない部分もあるようだった。

「あ、そうだ。キミさ痛くないしこんなの拷問じゃないって思ってるでしょ?」

 男はドキリとして叡を見上げた。

「此れさ、解除する方法が一応あるんだよね。ボクが仮死状態になる必要があるんだけど。もしそうなったとして異能が解除されたらキミの此の足は如何なると思う?」

 石化が解除される。そうすれば、足が元に戻る。

 此の歪に繋ぎ合わされた状態で。

「あ、ぁあっ……」

「スキールニルはパズル下手くそだからね、ちゃんと元通りになってないだろうし人間の身体は繊細で緻密だからね。少しでもズレていたら血管や骨はきちんと繋がらない。そもそも接着剤で固定してるんだから物理的にはくっついてるけど……」

 男の顔が青褪めていく。

「解除されたら如何なるか教えてあげようか?……壊死していくんだよ。あぁ、スキールニル其れを其処にくっつけたら骨が剥き出しになっちゃうよ。」

 叡は歌う様に云った。男は瑠衣が弄る足を呆然と見詰める。

 壊死、剥き出しになった骨。
 
「今話したら右足一本で済むよ。でも、此れが終わったら左足を、右手を、左手を。其れでも喋らなかったらまた石化させて、今度はちょっとくらいなくなっても死なない臓器を適当に。目とか耳も良いね。其れでも喋らなかったら一旦異能を解除して、如何なるかキミに教え込ませてあげる。何日か放置して腐っていくのを眺めるのも悪くないかなー。其の後はまた石化して、どんどん壊していく。其の繰り返しだよ。」

 叡が男の耳元で囁いた。可愛らしい声で紡ぎ出される悍ましい言葉の数々に男は涙をぼろぼろ零し始める。発狂寸前、といったところか。だが、其れでも口は割らない。

「スキールニル、次は左足もよろしく。」

「了解。派手に壊すか。」

 瑠衣は冷めた目で左足に金槌を振るった。破片が飛び散った。

「アァああッ!!」

 男の悲鳴が朝焼けに少し明るくなった部屋に響き渡った。
 数時間経って男が失神し、瑠衣は叡に話し掛けた。

「で、実際如何なんだよ。」

「壊死するとかって?知らないよ。仮死状態とか絶対なりたくないし。全部オーディンの想像の産物。」

「オーディンってそういうの考えるの好きだよな。アイツの異能なら口割らせるなんて余裕だろうに。」

 瑠衣は一度欠伸をして、部屋の扉を開ける。

「昼には此方戻って来いよ。一条が歩といるらしいが何か勘付かれるかもだし。」

「りょーかい。二時間後には戻るよ。」

 瑠衣が出て行くと、叡は床に座り懐に手を入れた。

「ボクさ、スキールニルほど甘い人間じゃないんだよね。推し以外如何でも良いし、倫理観とか常識とか興味ない。そういう意味ではキミ達より酷いのかな。」

 叡が懐から出したのは注射器だった。

「目障りなんだよ、お前等。」

 さっさと起きて白状しろよ、糞信者共。叡はそう告げて容赦なく注射針を男の首に突き刺すのだった。

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