其の二十二

説明回??そんなに作り込んでないので、というか太宰さんやドス君みたいな頭脳は持ってないので、適当です。流し読みでお願いします!

スキールニルは細腕を振りかぶり、私とフェージャに向かって一直線に大剣を投げた。風を帯びて放たれた一閃。私はフェージャを守り、黒の9ミリ拳銃で三度発砲した。一、二発目は剣身に、三発目は剣柄に命中する。しかし、それを物ともせず剣は突進してくる。私は白衣の衣嚢からナイフを抜いてその刃で剣先を受ける。ナイフが一合で刃毀れする程の威力、それが二度続けられ、腕にびりびりと衝撃が駆け抜ける。

剣は空中で更に回転、突きを仕掛ける。

「歩っ!」

アクセル全開で間に入ったキャンピングカーの装甲が剣を弾いた。

ドアが開いて作良さんが乗れ!と叫ぶ。私とフェージャは頷き合って乗り込む。

「作良さん、大丈夫なんですか!?」

ハンドルを大きく回して方向転換したキャンピングカーは100キロオーバーで山道を駆け下りる。

「大丈夫だ。おれも異能力があるみたいだからな。」

「異能力......!?」

作良さんに異能力があるなんて聞いた事もない。それともずっと隠していたのか。作良さんは黙っていた訳じゃないんだと弁明した。

「マジでつい最近知ったんだ。おれの異能力は自分で改造した武装の強度を向上させる事ができる......らしい。」

本当に自信がなさそうに云うものだから、何とも云えない気持ちになる。私も自分の異能力が発現したのが分かるには数度かかったし、それが異能力だと知った時は不安になったりもした。

「未だ確実にどれくらい強くなってるのかは分からねえけど、あの剣の攻撃は余裕で防げる。」

安心して任せとけ、と親指を立てる作良さんが頼もしい。しかし、そんな穏やかな時間も束の間だった。

「アタシから逃げられると思ってんのか?」

ヒヒーンと何故か馬の嘶きが聞こえた。

「は?はあぁぁっ!?」

作良さんが絶叫を上げる。私とフェージャも絶句する他なかった。何故なら漆黒の馬に乗ったスキールニルがキャンピングカーと並走していたからだ。

「今時速120キロだぞ!?そんな速さで走れる馬がいるのかよ!?」

「いるとしたら、それは異能生命体しかありません。」

でも、と私は口を挟んだ。彼女の異能力はあの大剣を手に持たずして自在に操る異能力ではなかったのか。

「フェージャ、スキールニルの異能は......」

「彼女は異能力を持っていなかった筈です。誰かに譲渡されたのか、彼女を媒体にして操作しているのか判断しかねます。」

フェージャはがりがりと指を噛む。作良さんは速度を更に上げてハイウェイに乗り込んだ。早朝だからか車は少なかったが、馬の蹄の音がやけに高く響いている。

「何処かで迎撃しますか?」

「明らかに分が悪過ぎだろ。自殺行為だぞ。」

「ですが、このままでは埒があかないのもまた事実です。」

フェージャが指を噛むのを止めて云った。作良は並走から追走に切り替えたスキールニルをバックミラー越しに睨む。

「......対戦車砲使うか?」

「それは最終手段に取っておきましょう。」

フェージャは車内の荷物置きになっている所からロケットランチャーを取り出した。作良さんが用意していた兵器の一つである。

「歩は右からお願いします。殺せなくとも減速させ、逃げ切りましょう。」

「了解です。」

私は右側の車窓を開け、拳銃の射程圏内にいるスキールニルを狙う。車の振動なども計算し、牽制目的の連射を実行する。

「たまやー」

呑気な掛け声と共にフェージャもまたロケットランチャーを発射し、スキールニルの馬を攻撃した。

「それ花火だろ。」

「ツッコミは危険です、作良さん。」

爆発音と破壊音が交互に響く。アスファルトを抉るロケットランチャーの威力に黒馬は少し怯む。その足を集中的に撃ちつつ、手榴弾を三個放った。ピンを抜いた順に火柱を吹き散らす手榴弾に黒馬は見えなくなる。作良さんは今の内にとキャンピングカーを加速させた。

「次で別の道に入る!それで撒くぞ!」

「そう上手くいきそうにないですよ。」

フェージャの云う通りだった。黒馬の一際大きい嘶きが耳に届いたかと思うと、颯爽と火柱を飛び越えて、何事もなかったかのようにスキールニルが追ってくる。

「凄い、目が血走って、笑ってますよ。」

「怖い怖い怖い怖い、マジで怖い。無理無理無理無理!」

フェージャの言葉にやってらんねえと作良さんが叫ぶ。

「けど、馬に乗っている間剣の攻撃がありません。ブラフの可能性は否定できませんが。」

「スキールニルは口は悪いですが、高潔な方ですよ。ブラフなんて言葉を使えない位には。」

「......なら、彼女は剣か馬どちらか一方しか使えないという事ですね。つまり現段階では私達を追うしか手はない。馬は耐久がかなり高いのでしょうが、乗り手がそうとは限りません。」

私は荷物置きから回転式多銃身機関砲を窓から出して固定する。

「牽制はしません。」

感情を極限まで殺して私は引き金に手を掛ける。

「私達を脅かす者は全員......殺す。」

ボタン式のトリガーを押すと銃弾が激しく火花を散らしながら数え切れない程ばら蒔かれる。空薬莢が凄まじい速度で生成されキャンピングカーから尾を引くように落ちていく。その全てがスキールニル目掛けて放たれた。スキールニルは左右に移動しながら躱すが、それが減速と同時に致命傷にはならなかったが、無数の裂傷を作る事に繋がった。スキールニルの痛みに顔を引き攣らせる顔が見えた。

「作良さん!全速お願いします!」

「おうっ!!」

作良さんがハイウェイを降りて、車道を法定速度を完全に超過し走り抜けた。スキールニルの姿は見えない。フェージャと顔を見合せ、撒けた事を確認する。

「あー、良かった。」

作良さんが脱力し、シートに凭れ掛かる。私も回転式多銃身機関砲を取り外して荷物置きに戻した。フェージャもロケットランチャーを元に戻す。

「それで資料は手に入ったのか?」

「はい。今から読もうかと。」

トールから貰った資料は三冊だった。どの冊子にもG-15と題名が太い文字で書かれている。多分生み出された被験体......王の写本で神と呼ばれる存在の番号だろう。

一冊目はフェージャの話していた内容と似ていた。戦前に研究所において異能者の男女から生まれ、人間の生死に関与する異能を持っていたため、戦争での切り札もしくは本による人類滅亡の抑止として教育を施していた。しかし、何があろうとも異能は発動せず、処分した。

一冊目は淡々とそんな事がまとめられていた。

二冊目は処分後の事が書かれていた。G-15は処分したものの復活したのだという。呼吸、脳機能の停止は確認していた。にも関わらず何事もなかったかのように生き返った。それから35度処分が試まれたものの全て失敗。更に研究者などが処分回数分の人数、不審死を遂げた事から封印される事になった。

二冊目はそれで終わっている。

三冊目は、G-15と王の写本の異能者の誕生についてだった。G-15は名前が書かれていないがある研究者によって解き放たれた。その後、その研究者は異能詳細が分かったのか、G-15を用いて殺戮を開始する。確認できているだけでも2839人がG-15の異能力により殺され、研究所の職員にも壊滅的なダメージがもたらされる。残された研究者はG-15を、生死を操る神を、殺すため異能開発を行う。より強力な異能者を、神殺しを成すための異能者を。ページはそこで終わっていた。

「G-15の異能は不死身というだけではない?」

「そのようですね。この文面からすれば自分を生かし、かつ大量殺戮を実行できる異能者という事になりますが......」

「そんな異能者いたらヤバ過ぎだろ。自分は不死身で、でも大量に人殺せるなんて。特務課が黙ってる筈ねぇ。」

特一級どころの騒ぎじゃない、と作良さんは唸るように云った。確かにその通りだ。この異能者が街を闊歩しているとすれば、どれほどの恐怖だろう。

「特務課が認知していないという事もありますがかなり低い確率でしょうし、3000人に近い数を殺しているとすれば世界規模の問題になります。各国が放置する筈がありません。」

それはつまり......。

「何にせよ歩はそんな異能でもないし、神じゃねえ!戦う必要なんてねえんだよ!」

「G-15という事はAからがあったと考えられます。1から99まであるとしてG-15までとするなら609人の被験者が確実にいたという事になります。実際処分されたか分かりませんし彼ら全員の所在を把握するのは難しいでしょう。研究所で記憶操作もしていたかもしれません。と考えると、異能もありますし歩が神、と断定するのは難しいです。」

フェージャが明らかな確信を持って口にした。未だ疑問が残るが、それでも私は神ではない。何か哲学的というか、ある種中二病みたいな発言だが。

「でも、だからって説明したところで聞きはしねえだろうし、何か手を打たないと。歩に関わってるからってポートマフィアや探偵社も襲い兼ねない位暴走しつつあるし。」

「......ぼくに策があります。」

そう云ってフェージャがノートパソコンを開いた。


「山奥に入ったと思ったら何なんだ、この建物は。」

「王の写本の拠点の一つと云われている所だよ。彼らの生まれ故郷の研究所だ。」

「此れが研究所だァ?」

中也と太宰は先程まで歩がいた研究所を訪れていた。太宰は周辺を見回し、地面に落ちていた空の薬莢を拾い上げる。

「此れは......9ミリ拳銃だね。」

「9ミリって......」

「まあ、9ミリ拳銃位誰でも使えるから判断材料にはならないけどね。でもこのタイヤ痕、かなり新しい。一時間未満のものだ。それにこの馬の蹄のようなものも。」

太宰がそれらを一つずつ確かめていく。

「この大きさ、トラック......ではなさそうだね。キャンピングカーかな。あ、黒い毛が落ちている。......と考えると黒のサラブレッドだね。それにタイヤ痕の上に蹄の痕がある。」

「何か分かったか?」

太宰は乾いた笑みを装った。

「中也、此れを云ったら君に莫迦にされそうで凄く腹が立つんだけど、云わなくちゃ駄目かい?」

「莫迦にしねェよ。手前が真剣って前提で俺は手前の足になってるんだからな。」

中也は笑うなど有り得ないというような真面目な顔で応えた。

「そうかい。なら云うけど。此処には一時的な戦闘の形跡がある。彼らはキャンピングカーで離脱、100キロは軽く超えてるそんな速度で逃走した。で、それを誰かが黒いサラブレッドで追走した。」

中也はぽかんと口を開ける。太宰は彼の云いたい事が手に取るように分かった。

馬で車を追える訳ねェだろ。

「全く以てその通りだとも。君が常識を知っていてくれて助かるよ、中也。」

「何か此方が莫迦にされてる気がするんだが。」

「え、いつもの事でしょう?」

中也はイラッとしつつも、それで?と続きを促した。

「そうだね。馬で追うというのは常識で考えれば不可能だろう。だが、常識を覆すものがこの世界には実在する。」

「異能力......って事は異能生命体か。」

それならば時速100キロの車を追う事のできる馬が、もしかしたら有り得るかもしれない。

「其処から導き出せるのはキャンピングカーが追われる者、馬が追う者というだけじゃない。異能力を用いてまで追わなければならない程の執着。......歩ちゃんが此処に来たのかもしれない。」

中也は入れ違いか、と悔しそうに拳を握った。歩は手の届く場所にいると安心していたらふらりと離れて、一度離れてしまうとなかなかその手が掴めない。

「私達が歩ちゃんや王の写本の真実を追っているように歩ちゃんも同じものを追い求めているのかもしれない。」

自分の事を少しでも多く知り、自分が何者なのか証明する。中也にはその気持ちが分かる。荒覇吐、自分の真実を求めたあの日々が中也の記憶には鮮明に残っている。

「それだけなら良いけどね。歩ちゃんは今自分の居場所がないと考えている。生きる理由もね。だから次に求めるのは死ぬ理由だ。彼女は王の写本に自分を殺す正当な理由があるなら殺されても良いと考えているんじゃないかな?」

中也は押し黙り、太宰も探偵社にも責任がある、と呟いた。中也が舌打ちし、これから如何するんだと唸るように問う。

「中に入ろう。少しでも情報があるかもしれない。それにもし歩ちゃんがそれこそ答えを見付けたか否かでかなり動向が変わってくるだろうしね。......バックにいる人間によっては予測が着きにくくなる。」

どちらにせよ情報が必要だ、と太宰は洋館を見詰めた。中也も太宰の視線の先を見据える。

「ならさっさと行くぞ。」

歩き出した中也の後を太宰は軽い足取りで追うのだった。

太宰がエレベーターで下に降りた後中也に命じたのは廊下の壁をぶち抜く事だった。中也は惜しみ無く異能力を発揮し、壁を蹴り破って奥へ続く廊下を発見する。それから少し歩いて、行き止まりでまた壁を同じく蹴った。ドゴンと鈍い音がし接続部が壊れ扉が倒れた。

「ちょっ、何!?」

トールは突然の襲撃に唖然とする。

「王の写本の構成員だな?知ってる事は全て吐け。」

中也は感情を殺した声で問う。情報を吐かなければ如何なるかその表情からトールは容易に想像できた。

「分かったけど、資料の原本は先刻歩と鼠に渡したよ。」

「鼠?君は今鼠と云ったかい?」

中也が何か云う前に太宰がトールに食って掛かる。

「そうだけど。」

「其れは真逆......」

「死の家の鼠の頭目、フョードル・ドストエフスキーだっけ。マジで死ね糞野郎って感じの露西亜人。」

太宰は絶句する。歩単独なら予測可能な行動があの魔人が関わっているとなると難易度が一気に跳ね上がる。

「中也、歩ちゃんは魔人の事は何も知らないんだね?」

「目で善悪は分かってるだろうが。死の家の鼠もフョードル・ドストエフスキーという存在も知らねェだろうな。首領が......彼奴には機密事項には触らせないようにしてたから。」

太宰は額に手を当てた。状況が悪化している気がしてならない。否、予感はあった。それを楽観視していたツケが回ってきたのだ。

「魔人は歩ちゃんを何に利用しようとしているんだ......」

「ボクは知らない。書類のデータのコピーならこのUSBにあるから勝手にどうぞ。他の書類は王の写本の別拠点にあるけど、そんな大したものはないよ。それとボクは王の写本辞めるからそこのところよろしく。必要以上に関わらないでね。」

「は?」

「やりたい事が見付かったんだ。」

トールは中也が壊したドアを踏み締めて出ていってしまった。

「不味い事になったね。資料は手に入ったけれど、彼女の後ろ楯が魔人だったとは......」

「其奴の話を耳にした事はあるが......確か話すだけで魂が抜き取られるとか、自我が保てねェとか。だが......彼奴はそんな事なかった。」

ちゃんと歩には自分の意志があった。其れは誰にも侵せない確固たるものだった。魔人フョードル・ドストエフスキーが操っていたとは思えない。

「私もそう思う。それに彼女が意志を犯されているなら私が気付かない筈がない。」

ドストエフスキーの意図が見えない。現段階では歩に協力していたという事実しか見えない。

「ドストエフスキーが一個人に執着しているとは思えない。何か......遠大な計画があるのかもしれない。」

「......遠大な計画か。んなもん関係ねェよ。俺達は最短ルートを突っ切るだけだ。」

次の指示を出せよ、と中也は太宰に促す。ドストエフスキーのあるかないかも分からない計画を探るより分かっている事から洗い出す。

「そうだね。実に中也らしい行動原理だ。」

「だから手前は俺を莫迦にしてんのか。」

「いいや、今回ばかりは中也が正解だ。回り道はしてられない。最短最速で行くべきだ。」

太宰がUSBと室内を見ながら次の作戦について考える。

その時、中也と太宰、両方の携帯電話の着信音が流れた。画面を見て発信元を確認する。

「首領からだ。」

「私は社長だ。」

二人は同時に携帯電話を耳に当てた。


「歩と作良は荒覇吐をご存知ですか?」

「荒覇吐......ですか?」

私は首を横に傾けた。聞いた事のない名前だったが、作良さんは知っているようで前を見据え、運転しながら云った。

「何年か前に先代の首領の件で何かあってそれが荒覇吐事件なんて揶揄されてるくらいしか知らねえなあ......。おれは別件で動いてたし。ああ、そういや中原幹部と太宰治がポートマフィアに入ったのもその事件と同時期くらいだったかな。」

フェージャが肯定し、話を進める。

「荒覇吐も神と称される凄まじい力を持っているらしいです。擂鉢街を形成したのもこの力だとされていますね。しかし、その実態は全て謎。今となっては伝説上の存在。語る者はいれど、実際に存在していたのかすら不明の者です。研究者が自分の研究を誇張するための作り話という線も濃厚です。」

黒い炎と破壊の神、荒覇吐。それがフェージャの軽やかな口調で語られる。

「この荒覇吐も人工異能の研究により生み出されたとされています。14年前の大戦より前に。」

14年前の大戦より前に、強く発せられたその言葉に作良さんがごくりと生唾を飲んだ。

「成る程、そういう事か。お前の策ってのは。」

「如何いう事ですか......?」

私は未だ理解できず、作良さんに尋ねる。

「つまり、王の写本が神と呼ぶ存在を荒覇吐ってやつにするんだ。」

「ご明察です、作良。」

フェージャが感心し、手を叩いた。

「荒覇吐には王の写本が神と呼ぶ存在と類似する点がいくつかあります。」

研究によって生み出された事。またその研究に軍が関わっている事。時系列も近似している。発動したならば甚大な被害をもたらすであろう異能である事も。

王の写本は神の本体がどのような存在か把握していない。だから、目の所有によって判別するしかなかった。

「......先ずは、荒覇吐に関する文書を作ります。荒覇吐研究の内容、経過、顛末なども含めた架空ではありますが詳細な、極めて正式に近いものを。目に関しても後に移植したなどと記載しましょう。そして現在は行方不明であるという事も提示します。」

フェージャはその文書を既に作成したのか、PCの画面を提示する。

「次に、異能特務課から幾つか異能力者の情報を流出させます。この文書も同じく。其れで此の文書の信憑性を上げるんです。」

「彼処のセキュリティはやべえぞ。そう簡単には......」

フェージャは問題ありませんよ、と自信ありげな微笑を浮かべた。

「それについては既に完了しています。別件で動いていたもので。」

フェージャがUSBを懐から取り出してチラチラと振った。作良さんが犯罪者だーっと騒ぎ立てる。確かに異能特務課から機密を盗み取るのは犯罪だし、書類も偽造文書である。

「全ては抜き出せませんでしたよ。未だに彼処は肉筆文書も多いですからね。......この中には歩、貴女の情報もあります。」

私はフェージャに目の焦点を合わせた。フェージャも私に少し揺れる瞳を向ける。この意味が分かるか、と。

「......私と荒覇吐は別の案件であり、私が神ではないと証明するには、必要な事でしょうね。」

「......ええ。」

「ですが、そうなると私は多分日本国内では出歩けなくなる。公になっていないだけで、それだけの事はしてきましたから。指名手配は避けられないでしょう。」

作良さんが唇を噛んで顔を背けた。フェージャはそうなりますね、と声を低くする。

「なので、ぼくの策の最後として国外逃亡を示しておきます。ぼくならそれが可能です。公的な機関を使い、貴女を安全に異国へ送り届ける事を約束しましょう。」

国外逃亡......。それをすれば日本には、ヨコハマにはもう戻っては来られないだろう。だが、慎ましくも平和な生活が送れるかもしれない。そう、織田作さんが望むような。

「......でも、私に其れはできません。」

私は薄く笑みを繕った。酷く痛々しい笑顔だったろう。自分でも分かる程なのだから。

「私には平和に生きるなんて選択肢はもうないんです。......私の命は中原幹部のためにありますから。」

中原幹部のために生き、中原幹部のために死ぬ。そのためには何が待ち受けていたとしてもヨコハマで生きる。

これは恋とは関係ない。私自身の矜持の問題なのだ。

「私の事は良いんです。ポートマフィアと探偵社に火種が蒔かれなければそれで。」

王の写本が荒覇吐を追ったなら当面は彼らが二組織に対して攻勢には出ないだろう。今までの王の写本の行動を鑑みるにまた標的を探す旅に出る可能性が高い。

「荒覇吐は架空の存在......なんですよね。」

私は最終確認を取る。これは私と王の写本による被害を最小限に抑えるための計画。誰かが私の代わりに追われるなどあってはならない。

「この文書に記載した内容は架空です。荒覇吐は人間ではないという説もありますし。王の写本は行方不明の記載で居もしない荒覇吐を探す事になるでしょうが、其処はご愛嬌でしょう。」

フェージャは穏やかに云った。フェージャには感謝しかない。生きる理由も死ぬ理由も失ったこんな私のために此処までしてくれる。

「ぼくは歩に救われたんです。それを返している、それだけです。」

「......救われているのは私の方です。返そうとしても直ぐにまた助けられて。」

このままじゃ一生返せない。

「作良さんも私に付き合わせてしまってすみません。」

作良さんにも一生返せない程の借りがある。私は沢山の人に助けられて此処にいるのだと実感する。

「好きで付き合ってんだから、お前が謝る事じゃねえよ。これからも、ずっとな。」

「けど、これからは......」

逃亡生活が始まる。ポートマフィアにいれば何かと恩恵はあるが、今は行方不明......否、逃げているのと等しい。ポートマフィアから追っ手が派遣される可能性は捨てきれない。

「それでもだよ。......お前はさ、もっと自分を大切にした方が良い。」

作良さんが私の頭に手を置いた。その手は少し冷たかった。

「生きてくれよ。幸せになって欲しいんだよ。他人のためじゃなくて自分のために生きてくれよ。」

生きる意味とか、死ぬ意味じゃない。自分が生きたいように生きろ、と作良さんは云う。

「大切なんだ。皆そうだ。お前の事、大切だって思ってる。お前に自分を大切にして欲しいって思ってる!」

作良さんの言葉が胸を抉った。私は沢山の人に助けられてきた。でも、その想いをいつだって踏みにじってきた。それはきっと自分が信じられないから、自分の意志なんて如何でも良いものだから、自分が大切にされているなんて考えられなかったからだ。それはつまり自分で自分を大切にしていないのと同義だ。

「......私は、生きて良いんですか?何の意味も、価値もなく生きて......それで良いんですか?」

私は呆然と尋ねる。

「そんなの自分に聞けよ。自分が生きたいって思うなら生きてれば良いんだ。其れが理由になる。意味とか価値とかそんなもの、後から幾つでも付ければ良い。」

......何も考えず、他人の云う事も、考えている事も、感情すら気にしないで、自分の望みだけをありのまま告げて良いのなら。

「私......もっと生きていたいです。何でかは......未だ分からないけれど。」

「そんなもんだよ。生きたい理由なんておれも未だ分からん。」

「......作良さん、私が生きるために手伝っていただけませんか?」

作良さんはくしゃりと私の髪を撫でた。そして大きな声で宣言する。

あったりまえだろうが、と。

「勿論ぼくも手伝いますよ、歩。」

フェージャが私の両肩をぽんと叩いた。

「そのための第一歩です。この計画、組織のためだけでなく歩のためにも成功させましょう。」

それは私が自分のために生きたいと願った瞬間で。

フェージャの計画が始動した瞬間でもあった。


「異能特務課が保管している個人情報が流出したらしい。」

太宰の緊迫した声に通話を切った中也も同じだ、と云った。

「首領の話の内容もそれだった。異能者の個人情報の十数件が流出した。......その中に。」

歩の経歴などのデータがあった。異能特務課が監視して得たであろう歩の活動、記録などがだ。特務課としては監視のみで済ませたかっただろう。それ以上に凶悪な異能者などごまんといる。が、この一件でその風向きが変わる。

世間は歩を許さない。罪人として糾弾する日々が間もなく始まるだろう。

「指名手配は避けられない、か。それは特に問題視されていないんだろう?」

「まあ芥川や梶井が居るからその辺りはな。ただ手前が企んでた探偵社の移籍は厳しいんじゃねェの?」

「それもやり様はある。」

太宰は其れは良いとして、とスマートフォンを操作する。流出した情報の中に奇妙なものがあったのだと太宰は続けた。

「あァ、荒覇吐の事だろ?」

「平然と云うものだねえ。君の事じゃないか。」

太宰はにこやかに告げる。

「これは偽造文書だね。かなり正式な文書に酷似した。けど、情報流出と同時だから真実味が増している。それに気になる点もある。」

太宰がスマートフォンに送られてきたデータを中也に示した。

「荒覇吐に目の移植手術をしたという経歴がある。」

「はあ?」

「......王の写本の神と荒覇吐を同一存在として、王の写本から歩ちゃんを逃がし、ポートマフィア、探偵社からも手を引かせる。それなら私も同様の手段を考えるかもしれない。何も知らなければね。」

そう、太宰とフョードルに違いがあるとすれば荒覇吐の正体を知っているか否か。フョードルならば知らないふりをしている可能性もあるが。もし、王の写本が荒覇吐の正体を知れば王の写本の手勢がポートマフィアに流れ込む事になる。歩がそんな事を望んでいる筈もなく、此れはある種、博打のようなものだった。其れに太宰には疑問が残る。魔人フョードルが一個人を此処まで擁護するものなのか。いつもその疑問に辿り着く。だが、考えざるを得なくなってきている。

フョードル・ドストエフスキーが歩に執着している。否、執着というよりは。

「前提条件を捨てる必要があるようだね。」

フョードル・ドストエフスキーが。

恋を。

愛を。

知ったという事実を太宰は受け止める他ない。

「一から全て考え直す必要がありそうだね。」


「異能特務課から異能力者の情報が流出した。」

オーディンがドンと事務机に書類の束を置いた。

「其の中に歩の情報があり、経歴を見る限り彼女が神と判断できる情報がない。白だ。」

「そ、そうなの?でも、目が私達と同じなんだよ?」

グルヴェイグが冷や汗を額に滲ませて云う。ガンドがぐるると唸った。

「情報の中に荒覇吐という名の能力者がいた事が分かった。彼か彼女か定かではないが此の異能力者には公式に目を移植した形跡がある。其の目が流出し、何らかの偶然で彼女に渡った可能性はある。此の情報から彼女の異能力と相性が良い事も分かる。」

「......じゃあ、歩ちゃんを襲ったのは無意味?」

「否、そんな事はない。」

オーディンが緩く首を振り、荒覇吐に関する情報を指した。

「ポートマフィアの駒を若干名残しておいた。其の者に聞いたが、荒覇吐はポートマフィアに関係するらしく、ポートマフィア本部ビルに記録が残されているらしい。行方不明と書かれているが、俺はそうじゃないと思ってる。」

「如何して?」

「異能特務課とポートマフィアは結託している可能性が高い。其の証拠がポートマフィアが所持する異能開業許可証だ。」

グルヴェイグがそれじゃあ......とオーディンを見詰めて云った。

「ポートマフィアに宣戦布告する。荒覇吐を保護しているようなら殺す。抗う者がいるならそれらも全員殺す。」

王の写本の魔手が、歩が最も望まなかった事態に、ポートマフィアへと伸びようとしていた。


今回は夢主の知らない事が多過ぎて歩の知らない内にどんどん悪い方向に進んでいくお話でした。次回、ポートマフィアと王の写本のバトルを書いていきたいと思います。王の写本は太宰さんやドス君と同じくらい頭がキレる人がいない、かつ戦って全員殺せば良いという脳筋スタイルです。猪突猛進なので......つまりドス君の思うまま動くんですよね......。太宰さんや中也は若干後手に回っているので止められないという......。そういうお話でした。

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