其の十五

※中盤に出るあの人の口調曖昧です。掴めたら変えていきます。

一ヶ月の武装探偵社出向期間の中で週に一度、ポートマフィア本部に立ち寄り首領に報告する義務がある。報告内容は社長に確認、了承されたものだけとなっている。

「以上です。」

「うんうん、なかなか上手くやっているようで何よりだよ。君と中也君が戦うのは意外だったけれど損害は殆どなかったし。」

首領は報告書を捲り、笑顔で答えた。

「引き続きよろしく頼むよ。」

「はい、ありがとうございました。」

報告書を首領に手渡し、執務室から出る。特に何も云われなかったところを見ると問題はなかったようだ。安心しつつエレベーターで階下に降りる。

と云っても一階ではなく、中原幹部の執務室がある階でエレベーターを止めた。 入社試験の時、立ち寄れと云われたからだ。執務室の扉をノックし、歩ですと告げると、扉が僅かに開いた。

中から現れたのはスーツ姿の女性だった。肩辺りでふんわりと巻いた茶髪に、健康そうで化粧が映える白い肌、身長は160センチ以上あるかという美しい女性。補足するなら胸が大きい。

私とは正反対の女性だった。

彼女は私を見て中也さんに何か?と鈴の鳴るようなしかし警戒心を含んだ声で云った。

「中原幹部に立ち寄るよう云われていたのですが。」

「中也さんは今事務処理が忙しく、火急の用件以外はお断りさせて頂いております。」

......全く火急の用件ではない。何より此の女性から邪魔しないでくださいという圧を感じる。中原幹部はどちらかと云えば実働派で書類整理は得意ではなかった筈だ。邪魔はしない方が良いだろう。

「すみません、後日伺う事にします。」

「はい、ぜ......痛っ」

パコンと小気味の良い音がしたと思えば、いつの間にか現れた中原幹部が女性の頭をファイルで叩いていた。

「おい、歩が来たら通せって云っただろうが。何追い返そうとしてんだ。」

「中也さんっ......すみません。書類に集中されていたので、乱す訳にはと思いまして。」

女性は申し訳なさそうに頭を垂れた。まるで飼い主に叱られた犬のようだと思った。

「融通が効かねェのが手前の悪い癖だって云ってんだろ。」

中原幹部が呆れたように吐息を漏らし、次いで私を見た。

「悪ィな、歩。入って良いぞ。」

「いえ、忙しいなら後で......」

「手前の後ではいつになるか分からねェ。」

中原幹部は私の腕を引っ張って、中にあるソファーに座らせた。

「射鹿、休憩にする。」

「......分かりました。お茶をお持ちします。」

中原幹部は頼むと端的に云って私の対面のソファーに座った。

「探偵社は如何だ?」

「良くして貰ってます。私のような部外者にも皆さん優しくしてくださって。」

「だろうな。......彼奴等は手前を探偵社に引き入れようとしてる。」

中原幹部の言葉に狼狽する。真逆、引き入れようとしているだなんて有り得ない。

「ポートマフィアと探偵社の良好な関係のためだと思いますけど......。」

「他の連中は知らねェが少なからず太宰はそう思ってる。間違いねェよ。」

中原幹部が苦々しい顔をするが、私はよく分からなかった。太宰さんはいつも通りだし、探偵社にと勧誘された事は一度もない。太宰さんの事だから中原幹部をからかう目的だったのではないだろうか。

「例えそうだとしても、私の居場所は探偵社じゃありません。ポートマフィアです。」

私の全てはポートマフィアに捧げる、誓ったあの日から私の意志は変わらない。誰にも其の意志は侵させたりしない。

「......そうだな。手前はそういう奴だ。」

中原幹部は私の目を見て苦笑した。多分私の意志は通じたのだと思う。

否、とっくの昔に私の意志は知っている筈なのに。心配性なのだ、この人は。

「探偵社で学んだ事もあります。......私は自分一人で物事を解決しようとして、中原幹部や皆さんの気持ちを置いてきぼりにしていました。何回も指摘されていたのに私はずっと気付かなかった。分かる努力もしなかったんです。」

「歩......」

「未だ分からない事も多いですけど。でも、分かっていきたい、そう思います。」

私がそう告げると、中原幹部は目を見開いて、次には柔らかい笑みを浮かべていた。

「そっか。頑張れよ。」

そうして私の頭を梳くように撫でた。

社長に撫でられるのも気持ち好くてふわふわしたけれど、矢張り中原幹部に撫でられるのが一番嬉しい。

「粗茶ですが、どうぞ。」

ドンと鈍い音がして私の前に紙コップが置かれた。あの女性が置いたのだ。途端、中原幹部の手が離れていった。少し寂しい。

「えっと、ありがとうございます。」

それにしても紙コップってこんな音がするものだっただろうか。気になって上下させてみるが音は出ない。

「中也さんもどうぞ。」

「......悪ィな。あぁ、そうだ。歩、此奴は射鹿まり。俺の秘書兼強襲部隊の構成員。」

中原幹部にマグカップを楚々と置く美女の事を目線で指した。射鹿まりさんも合わせて頭を下げる。

「その節はすみませんでした。」

「その節?」

「あの時、貴女を撃ったのは私です。」

其れは......入社試験の時の事だろうか。あの時の狙撃が彼女だというならかなりの手練れだ。強襲部隊配属も頷ける。しかも秘書もしているだなんて。

完璧過ぎる人だ。

「ですが、貴女が探偵社に出向している間中也さんを傷付けるような事があれば矢張り容赦できません。誰であろうと引き金は引かせていただきます。」

美女であろうとも、ポートマフィアの一員。凄まじい殺気が噴出し、びりびりと肌を刺激する。

「其れが良いと思います。」

私は紙コップの中にある液体を一気に喉に流し込み至極冷静に返答した。

「中原幹部に害を成す人間がいるならばどのような存在であれ排除すべきです。」

私であったとしてもきっとそうするだろうから。

「中原幹部の傍に射鹿さんがいてくださるなら安心です。」

私の目で見ても射鹿さんはポートマフィアへ忠誠を誓っている事は分かる。中原幹部の傍に信用のできる人が居るのは本当に良い事だと思った。

「お邪魔になりそうですので私はこれで。射鹿さん、お茶ありがとうございました。」

後片付けをして席を立った私を中原幹部が呼び止める。

「歩、また連絡する。」

「分かりました。また。」

私は軽く会釈して、執務室を後にした。

帰路に着くためエレベーターへ続く廊下を戻り、エレベーターのボタンを押そうとした時だった。

丁度此の階で降りる人がいたのかエレベーターの扉が開いた。

「歩、此処に居ったか!」

「姐さん......?」

其処にいたのは姐さんだった。しかも如何やら私を探していたらしく、息が少し乱れていた。

「今日来ると云っておったのに見当たらぬから最上階からしらみ潰しにしたのじゃが。私とした事が、中也の執務室を失念していた。」

「そ、其れは申し訳ありません。」

良い良いと姐さんは首を横に振ってはにかんだ。その微笑みに顔に熱が集まるのを感じながらもご、ご用件は?と少しどもりながら尋ねる。

「実は頼みがあっての。......じゃが、先ずは探偵社は如何じゃ?こき使われておらんかえ?」

「はい、皆さんとても優しくて。」

そうかえ、と姐さんは頷きながらそわそわしていた。

「中也も元気そうじゃろう?」

「はい、秘書がいたのには驚きましたけど。」

「ああ、射鹿か......。そなたの目には如何映った?」

特に不審な点は見られなかったと率直に応えると姐さんは眉間を押さえて呻いた。

「あの娘は視野が狭い。中也の事しか考えておらぬ。」

中也だけでなく周囲、組織の事も考えた行動をと姐さんは考えているようだった。

「女とあれば威嚇してくるしのう。中也に四六時中ぴったりじゃ。......そなたが秘書ならばもう少し。」

姐さんは射鹿さんの扱いに苦労しているらしい。私には美人で優秀で命令に忠実な女性だと思っていたのだが。

「中原幹部は組織のために尽くす人です。その中原幹部に従うなら、結果的には組織のためとなるのではないでしょうか。」

「ならば良いがのう。」

姐さんは深く深く溜め息を吐き、しかし、直ぐに真剣な眼差しで私を見詰めた。

「本題なのじゃが。」

「はい。」

「そなたに頼みがあっての。」

其れは私にしかできない依頼なのだろうか、と心中で思っているとそなたにしか頼めぬと心を読まれたような答えが返ってくる。

「分かりました。姐さんの頼みとあらば。」

姐さんの願いは私ができる事ならば何でも叶えたい。今こそ私の姐さんへの忠誠と尊敬を示す時。決意を胸に構えていると。

「......鏡花の」

「......はい。」

「鏡花の写真を撮ってきてくれんかえ?」

...... ...... ...... ...... 成る程。其れは確かに今の私にしか依頼できない内容である。

だが、若干厳しい依頼でもあった。私の一存では判断できない。

「探偵社及び鏡花ちゃんに許可をいただかなければ何とも......」

さすがに盗撮はできない。何が切欠で協定が崩れるか分からない今、信頼を壊すような事はできないのだ。

「努力はしますが、良い返事がいただけるか如何かは......。」

「そうじゃな。......どのような結果であれ、真摯に受け入れる心算じゃ。鏡花が傷付く真似はしたくない。」

そう云って姐さんは私に紙片を渡した。

「此処に電話番号とメールアドレスを書いておる。」

「進展があれば連絡します。」

......姐さんの連絡先が今此の手の中にある。最下級構成員間では時価35万前後で取り引きされていた伝説の連絡先が此処にある。私は震える手を押さえながら紙片を懐に仕舞った。

夜道には気を付けなければ、そう固く心に誓った。

「......鏡花が息災かもう簡単には分からぬ故。」

「そう......ですよね。」

姐さんの憂いを帯びた瞳に私の心も波打つ。
姐さんが鏡花ちゃんを大事にしているのは知っていた。多分本当に姉妹か、或いは母娘か、そんな関係だったのではないだろうか。鏡花ちゃんが元気か、せめて写真などで知りたいという気持ちはよく分かった。

「姐さんに良い返事が届けられるよう頑張ります。」

私がそう宣言すると姐さんは嬉しそうに笑った。

その時だった。

エレベーターの扉ががこんと重々しく開いた。

エレベーターから降りてきたのは二人の部下を引き連れた燕尾服の男だった。男は先ず姐さんを見、次に私に気付くと嘲るような目で見下ろした。

「此れは此れは。最下級構成員が幹部と談笑とは。」

「......姐さんはそう云った偏見は持っていませんよ。あなたと違って。」

睨み返すと、男は怖い怖いと大仰に肩を竦めてみせた。

彼の名前は......本名では恐らくない彼の名前はAという。嘗てはマフィア所有のカジノを荒らしたギャンブラーであったが今は多額の上納金により幹部となった男である。

そして、彼と私の相性は最悪だ。向こうはそう思っていないかもしれないが。

「そういえば君は最下級構成員から若干昇格したと聞いた、白衣の処刑人なんて名まで貰ったと。実力はあるにも関わらず不幸にも認められていなかった君が未だ最下級という不名誉な座にいたならば私が重用しようと考えていたんだが。」

Aは私に歩み寄り、私の首に白い手套に覆われた右手の指先が触れた。横につっとなぞる手に悪寒が走る。

「此の細く白い首に私の首輪が似合いそうだと常々思っていたんだ。」

「丁重にお断りさせていただきます。私にとって其の首輪は嫌悪の対象以外の何物でもないので。」

Aが連れている部下の男二人共、其の首に重厚な首輪が嵌められている。Aの部下である証拠だ。否、彼等は部下ではない。

彼等は自ら首輪を嵌めた。其れを自分から選んだのか、選ばされたのか、もしくは選ぶしかなかったのかは分からない。だが、其の首輪をした者の命はAが握る事となる。異能力《宝石王の乱心》はAの気分一つで首輪をした人間の寿命を同価値の宝石へと変換できてしまうからだ。

だから、彼等はいつ殺されるとも知れぬ毎日を送っている。不当な扱いにも耐え続け服従している。報酬もない。

其の人の尊厳を奪い、恐怖で従わせる。私は其れが許せない。

Aは小さく身震いしたかと思うと口角を上げた。

「其れは残念だ。私の組織ならば裏切り者は出ないだろうに。......中原中也とは違って。」

脳に電流が走るような衝撃が走った。開いた唇が微かに震えた。

「......如何いう意味ですか。」

「私は此の異能力によって部下が裏切るなどという事はまずない。だが、君の理想の上司である中原中也は?」

其れは。
中原幹部が部下に裏切られる人だと。
そう云いたいのか。

「人を異能力でしか従える事のできない人に......!」

思考を黒くどろどろとした何かが満ちた。駄目だと分かっている。分かっているけれども。

溢れてしまう、そう感じた瞬間に過ったのが中原幹部の姿だった。

冷静になれ、と自分を叱咤する。

Aは幹部だ。手を出せば反逆行為と見なされる。そうなれば私は処刑、上司である梶井さんや中原幹部にも責任が問われる事になる。

Aは其れを狙っている。

ならばと私は息を整え、殺気を瞬間的に纏う。左手をゆっくりと懐に伸ばしていく。

寸前、Aの背後に控えていた二人が目の色を変えて動いた。

私が拳銃を取り出し、Aに向けると思ったからだろう。護衛として正しい判断だ。だが、此処に私の拳銃はない。今あるのはスマートフォンだけだ。

Aの両脇を抜け、二人が私の拘束に掛かる。

「待て!」

Aは気付いたようだがもう遅い。

一人が私の腕を掴み、床に組伏せようとした。掴んだ。その時点でポートマフィアでは戦闘開始。

そして先に手を出したのは向こう。此の戦闘の責任は相手が負わなければならない。

私は懐に入れようとした手で拳を作り其の腹部を打ち抜いた。

かはっ!と息を漏らして意識を失った男に、もう一人は動揺しながらも腰の拳銃を抜く。明確に発砲の意志を示して引き金を引かんとする男の拳銃を右足の回し蹴りで弾き飛ばし、勢いそのままに右拳で鳩尾を突いた。もう一人の男も倒れる。

Aを守る者はいなくなった。

「あなたの部下が先に手を出したのは明白ですが。部下の責任は誰の責任か、あなたなら分かりますよね?」

「くっ......」

私を嵌めようとしたのだから当然分かる筈だ。

Aが無能共がと悪態をつく。彼らが悪い訳では決してないのに。

「云っておきますが、あなたの闇はポートマフィアの闇ではありません。私の目からすればあなたは造反者です。」

ポートマフィアの幹部であるにも関わらずだ。

「私があなたを殺さないのはあなたが幹部だからです。でも、あなたが部下と呼ぶ人は地位的には一構成員と同じ。首領から与えられた私の権限でいつでも殺せるんです。此の二人だけでなく......」

五十人居るとされる私設部隊全員。

「あなた自身に戦闘能力はない。私が部隊全員を殺し、情報を広めればあなたは如何なるでしょうね。」

其れは本人が一番よく分かっているだろう。Aは後退りをして乾いた笑い声を上げた。

「矢張り君は私の首輪を付けるべきだった。」

ひらりと手を振り、Aはエレベーターへと戻っていく。

一体何がしたかったのやら。ふぅと息を吐き出し緊張を解く。

「私は無視かえ。」

振り返ると姐さんから怒気が溢れた。

「歩に首輪など似合わぬに決まっておる!中也まで侮辱しおって!」

「あ、姐さん......」

「......彼の男、態と歩を煽っているきらいがあったのう。」

初めて会った時からずっとこんな感じだったような。思い出したくは余りない。

「すまぬが私も用があってのう。じゃが、何かあれば直ぐに中也か私に連絡するように。」

「はい。ありがとうございます。依頼の件も尽力します。」

そうして姐さんと別れた。帰りにAと会う事もなく、裏に停めてあるバイクに乗って今日の晩御飯何にしようか冷蔵庫に何があったか考えながら家路を駆けた。

アパートの駐車場に到着し、部屋へ続く階段を上ろうとした時だった。懐のスマートフォンの電子音が鳴る。

登録してある人に関しては個別に着信音を変えているため、音で誰からか分かるのだが。

私は訝しみながらも電話に出る。

「中原幹部......?」

『おう、歩。』

「如何したんですか......?」

中原幹部はまた連絡するって云ったろ?と小さく笑って云った。

「其れはそうですけど、明日以降の話かと。」

『......姐さんからAと手前が一悶着あったって聞いた。』

私は言葉に詰まってしまった。エレベーター前で別れた時、中原幹部の執務室の方向へ行ったと思っていたら......。

「本当に申し訳なく......」

『否、其れは別に良い。手を出したのは向こうだしな。それより大丈夫か?』

私は面食らって、え?と間抜けな声で聞き返してしまう。

『手前、Aに対してだけは露骨に苦手意識あるだろ。』

自分でも分かっている位には図星であるため耳が痛い。何も云えずうぅ、と唸る。

『Aに関してはポートマフィア内部でも反発してる奴が多い。けど、まァ蔑ろにもできねェってのが現状だ。』

「分かっている心算です。」

Aの払う多額の上納金がポートマフィアの資金の一端となっている事は周知の事実だ。

「それでも部下をあんな風に扱う人を好きにはなれません。其れに......」

中原幹部の事を侮辱する人を許す訳にはいかない。

『手前が俺のために怒ってんのは分かってる。でもな、何度も云うが俺は手前に守られる程弱くねェ。』

「......はい。」

『だから、俺のために自分を犠牲にすんじゃねェぞ。』

「......頑張ります。」

私がそう返答すると、中原幹部は何故か黙ってしまった。暫く待ってみたが、余りに間が空くので中原幹部?と心配混じりに呼んでみる。

『......姐さんがな、手前が本気で怒ってたって云ってて、嬉しかった。』

「中原幹部の部下は全員、同じ気持ちだと思います。」

彼処にいたのが私でなくともきっと同じく中原幹部のために怒ったに違いない。他の人ならもっと穏便な対応ができていたと思うが。

『あ、悪ィ。仕事あるからそろそろ切るわ。』

中原幹部は少し慌てた様子で口早に云った。

「未だあるんですか......」

『まあな。』

中原幹部は疲れているのか吐息を溢した。そんな中で私の心配までさせて本当に申し訳なく思う。

何かこう......気の効いた言葉を云えたら良いのに。

「......えっと、その......」

『ん、どした?』

しどろもどろになる私。何とかして良い言葉を捻り出したいのに時間もない。

「あの、お仕事頑張ってくださいって云おうと思って、」

『おう、頑張る。』

「でも、無理して欲しくなくて......」

『あァ、しっかり寝てるから安心しろよ。』

「もっと......良い言葉があればと思うんですけど、見付からなくて。」

『......ん、ちゃんと伝わってる。ありがとな。』

一つ一つに優しく甘い声で返されて胸の奥がじわっと熱くなった。だが、其の言葉は其の声は私だけのものじゃないのだと思うと熱が刺すような痛みに変わった。

『じゃあ、切るな。手前も無理すんなよ。』

「はい、失礼します。」

通話が切れ、私は壁に背中を預けた。前の私はこんなに人の言葉で感情が左右される事はなかったのに。

中原幹部の事になると、如何しても冷静で居られなくなってしまう。

「大切って、こんな気持ちになるものだったかな......。」

私はそっとヨコハマの夜空に向かって問うように呟くのだった。


通話を切った中也が向かったのは地下監獄であった。

「進捗は?」

「矢張り何も知らないの一点張りです。」

射鹿が拷問対象である男を睨みながら答えた。

「姐さんの拷問班に任せた方が良いかもな。」

「そんな......。わたし達は確かに拷問を専門としてはいませんが。」

「他の奴等に任せたくない、か。手前等にもプライドがあるのは分かる。でもな、此れ以上時間は掛けられねェ。」

射鹿は承知しましたと細い声で応じた。射鹿が紅葉の構成員に連絡を取るため身を翻し、中也が反対に拷問を受け血だらけで俯く男に近付いた時。

男が顔を上げた。

其の男は満面の笑みを浮かべていた。

「お前じゃない。」

「......は?」

どのような問いにも知らないとしか言わなかった男が口を開いた。

「お前じゃない!お前じゃない!お前は神じゃない!誰だ、誰だ、誰だ、誰だ!!神は誰だ!!」

「な、に云ってやがる。」

突然発狂し始めた男に周囲は騒然となった。

「神に死を!死をっ!!我々はそのためだけに存在する!」

血走った男の目に狂気が溢れ、中也は咄嗟に身構えた。拘束は十分である筈なのに其れすら心許ない程の狂気が走った。

「手前等の組織の名前は何だ。」

「神、神、神、 か......っ」

突然男ががくりと力を失い首を垂らした。中也は歯噛みする。

「毒仕込んでやがったのか。」

「......すみません。」

射鹿の謝罪には何も返さず処理頼んだとだけ云って外へ続く廊下を進む。

「......神か。」

神と聞いて思い浮かんだのは荒覇吐だった。

「荒覇吐か、それとも別の何かか。」

神、殺す、我々......男の話を反芻しながら出口を抜ける。

「何もなければ良いが、そうも行かねェんだろうな......」

けれども、せめて......

「歩が巻き込まれないように、今度こそさっさとけり付けねェとな。」

中也の決意と願望の混ざった言葉は見上げたヨコハマの夜空に消えていった。


という訳で射鹿さんの登場です。一応第二部の重要キャラですね。頑張ってください。(他人事)第一部から色々伏線を張っているつもりではいるんですけど......。回収できるか今から心配してます......。

Aが出るのはは多分この一回が最後になると思います。Aはいつもは誰に対しても殆ど無表情、無感情の夢主が自分にだけ嫌悪を向けているのを楽しんでいる節があります。

次回はドス君メイン回です!よろしくお願いします!

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