其の十四

「フェージャっ!!」

私はフェージャに駆け寄って傷の位置を確認する。右頬と右腕、特に右腕の切り傷が深く、血溜まりの原因となっていたようだ。他は......特に外傷は無いように思える。致命的なものもない。

「っ......」

フェージャが薄く目を開けて周囲を見回し、最後に私に焦点を合わせた。

「歩......?」

「はい、私です。大丈夫ですか?」

先ずは止血だ。自宅に入って救急セットを手にフェージャの元に戻り、包帯などを取り出す。

「すみません。」

「こんなのフェージャがしてくれた事に比べたら大した事ありません。」

ログハウスを焼かれたあの日、フェージャがいなければ私は死んでいただろう。フェージャの止血があったから私は与謝野さんの元に向かうまで生きている事ができたのだ。

「此の怪我、如何したんですか?」

「......突然襲われまして。」

ナイフで切られました、とフェージャは端的に云った。

「フェージャは奇襲なんて返り討ちにしているものだと思ってました。」

「ぼくは貴女が思っている以上に虚弱体質の一般人ですよ。腕力もありませんし、逃げるので手一杯です。」

粗方止血を終えると、フェージャは立ち上がった。

「ありがとうございます。追っ手がいるかもしれませんので、ぼくは此れで......」

そう云った矢先にふらりと倒れそうになるフェージャを私は何とか支えた。

貧血だろうか。顔が真っ青だ。

「中入ってください。もし追っ手が来ても私が守ります。」

「ですが......」

「大丈夫です。私はあなたが思っている以上には強いですから。」

フェージャを玄関まで運んで鍵を閉める。血痕は後で処理する事にして、フェージャをリビングまで誘導する。

「横になれるスペース作るので座っていてください。寝室は......一寸危険物があるので。」

手榴弾とか、ナイフとか、弾倉とか。其れが結構乱雑に散らばっているのだ。其処をフェージャに踏ませる訳にはいかない。

リビングに予備で置いている布団を敷いて、フェージャを寝かせる。

「良いのですか?ぼくはポートマフィアの敵かもしれませんよ。」

「敵ならあの時私を助けず見捨てた筈です。あなたは共に時間を過ごしたからといって敵である人間に情けは掛けない。」

「......其れは貴女が、」

フェージャは何か云おうとして口を閉ざした。

「......私はフェージャを信じています。だからフェージャも私を信じてください。」

私がそう強く云うと、フェージャが瞬きをして苦笑を浮かべた。

「貴女の無償の信用には困り物ですが......答えなければならない気がしますね。」

私は玄関や窓の外を警戒しながら確認する。二挺の拳銃をいつでも撃てるように手にしておく。今のところ、追っ手の類いは見受けられない。安心するのは未だ早いが。

フェージャは眠ったのか規則的な呼吸をしている。今は体力の回復のためにも休んで欲しいと思う。

そうして、何も起こらないまま朝となった。

「おはようございます、歩。何もなかったようですね。」

「はい、血痕も先程片付けました。」

私は拳銃を仕舞って台所に立った。朝御飯、二人分材料はあっただろうか。ご飯とインスタント味噌汁だけでも良いだろうか。電子レンジで冷蔵庫に保存していたご飯を温め、ポットでお湯を沸かす。

「テレビ見ますか?」

「貴女の習慣に合わせますよ。」

「じゃあ、ニュース番組を。」

ニュースでは政治家の汚職について話していた。そんな心算はなかったというのを回りくどい言い方で話していた。

ご飯と味噌汁が出来上がったのでテーブルに置く。

「すみません、こんなものしかないですけど。」

「いえ、ありがとうございます。」

ニュースを見ながら黙々とご飯を口に運びながらはたと気付く。

「今後なんですけど。」

「ええ。」

「私は仕事に行かないといけません。」

フェージャは相槌を打ちながら味噌汁をすすった。

「なので、鍵を渡しておきます。出る時は鍵を閉めてポストに入れておいてください。体調がまだ優れないようなら寝ていてください。」

「分かりました。」

私は懐から鍵を渡し、テーブルに置いた。

「もし何かあったら今は探偵社に居るので其処か今から云う電話番号に掛けてください。」

私が自分のスマートフォンの番号を云うとフェージャは了解です、と頷いた。

朝食を食べ終え、食器を洗い、武装を再確認する。

「では、行ってきます。」

「お気をつけて。」

フェージャが手を振って見送ってくれるのを背に私は走って階段を降りバイクを駆った。


始業時刻の一時間前に到着した。早過ぎる気もしたが、誰かは居るらしく鍵は開いていた。

割り当てられた席に着いて、ノートパソコンを開き、朝の確認を行う。研究員の方から何やらメールが来ている。曰くいつ戻って来るんですか!?なるはやで!!一生のお願いですから!!

必死さがありありと伝わってくる文面だった。残念ながら其の一生の願いは叶えられそうにないが。

「あ、おはようございます、歩さん。早いですね!」

「おはよう。」

20分程して敦さんがドアを開いた。後ろには鏡花ちゃんもいる。

「おはようございます、今日もよろしくお願いします。」

「い、いえっ、此方こそよろしくお願いします!」

敦さんはぺこぺこと頭を下げて自分の席に座った。

それから10分毎位で誰かが現れ、朝の業務を始める。

そうして始業時刻8時丁度に現れたのが太宰さんと国木田さんだった。

「おっはよー!」

「おはようございます。」

此れで全員ではない。江戸川さんが見当たらない。

「歩ちゃん、如何かした?」

太宰さんが自分の席で業務椅子をぐるぐる回しながら尋ねてくるので、私は隠し立てる事なく解答した。

「江戸川さんが居ないなと。」

「あー。乱歩さんならもうすぐ来るよ。」

その時、バンッ!!と大きな音を立てて扉が開かれ、光が差した......ように見えた。

「呼んだ?」

其処に居たのは駄菓子が山のように詰まった段ボールの箱を持った江戸川さんだった。

「歩ちゃんが。乱歩さんが居ないから心配してましたよ。」

太宰さんが軽い口調で云ったが、江戸川さんは興味なさそうに生返事する。

「ふうん、まあいいや。歩、仕事行くよ。」

江戸川さんが私のデスクにドンと其の駄菓子箱を置いた。

「わ、私がですか?」

「そう、君が。荷物持ちと道案内だけで良いから。」

それくらいできるでしょ?と挑発的な視線を私に向ける。

「分かりました。ですが、此の箱を持っての移動はできません。」

私が此れを持てば拳銃が握れない。万が一の場合、後手に回ってしまう可能性がある。

「あのね、僕は名探偵だよ?現場に必要なのは僕の推理だけ。武器なんて物騒なものは必要無し!」

箱の中からラムネを一本取って出発進行とばかりに江戸川さんが正面扉を指した。

「君に武装探偵社が探偵たる所以を見せてあげよう。」

江戸川さんが出ていってしまう。私は急いでノートパソコンの入った鞄を肩に掛け、駄菓子箱を持ち上げた。

「えっと、あの......」

私は正面扉の前で振り返る。

此の言葉を部外者の私が使って良いものか思案に駆られていると、太宰さんがにこりと微笑んだ。

「歩ちゃん、行ってらっしゃい。気を付けてね。」

太宰さんを皮切りに次々と行ってらっしゃいという声が広がっていく。

「い、行ってきますっ!」

私は大きな声で返して走り出した。


江戸川さんへの対応の仕方は梶井さんに似ていた。必要とするものを配分に気を配りつつ手渡し、少しでも彼の手間となるものを排除する。違いを見つけるなら檸檬がお菓子に変わった位か。

電車に乗っている間、江戸川さんが持っていた依頼の書類に目を通し、報告書を事前に作成していく。

「江戸川さん、此処で降ります。」

「りょーかーい。」

電車を降り駅を出て、海沿いの道を歩く。

「ねえねえ、未だ着かないのー?」

「あと5分です。」

「歩ー!」

「どうぞ、ラムネです。」

江戸川さんの相手をしつつひたすら歩くと倉庫が立ち並ぶ区画に着いた。

騒がしいのは警察の人間が行き交っているからだろう。

因みに私は指名手配はされていない、異能特務課は別として世間的には無名の構成員なので警察には怪しまれない......筈だ。

江戸川さんは警察の方と二言程話した後、現場に足を踏み入れた。私もその方に頭を下げ後に続く。

江戸川さんが入っていったのは倉庫の一つ、冷凍倉庫だった。といっても此の倉庫は情報によると今は使われていないのだそうだ。

「歩、速くー!」

私が向かうと其処には刑事と思われる男性が一人と壁に凭れて座る複数の男女の姿があった。二十五人もの何れも10から20代の男女だった。

余りに綺麗な遺体だった。外傷はなく、何もかもが生きている状態と同じ。ただ、彼らは一様に薄い氷の膜を纏っていた。

凍らされているのだ。

「......此れは。」

「成る程ね。其れで君達の見解は?」

刑事は冷凍倉庫の所有者に事情聴取をしていると語った。ヨコハマは臓器売買も横行している。人体をそのまま此の冷凍倉庫に収用し-50℃の冷気で氷漬けにし殺害及び保管していたのではないかというのが警察側の推測らしい。

其の事情聴取は所有者の知らないの一点張りで芳しくないようだが。

「そうだろうね。何故なら其の所有者は犯人じゃない。只ほんの少し管理を怠っていただけの善良な市民だ。」

江戸川さんは凍らされた被害者を一人ずつ検分しながら云った。

「そして、此れは冷凍倉庫によって凍らされたんじゃない。もしそうだと仮定したとして。歩、彼らは普通如何なる?」

私は少し考えて、思い付いたまま答える。

「凍傷などで皮膚及び皮下組織が損傷する......?」

「そう。更に死後は人体に含まれる水分が冷凍される事で膨張し、細胞膜が破壊される。他にも色々あるけど。冷凍倉庫の冷凍でこんな事は不可能って事。」

「じゃあ、犯人は......」

江戸川さんが懐から黒縁の眼鏡を取り出す。

「異能力《超推理》。」

眼鏡を掛け、目を開いた。

「歩、太宰を呼べ。」

「太宰さん、ですか?」

私はスマートフォンの電話帳にある太宰さんの電話番号を探した。理由は分からないが江戸川さんの云う事に間違いはない。

「此の冷凍は異能力によるものだ。そして......」

コール音の狭間で聞こえたのは江戸川さんによって語られた決定的な真実。

「彼らは未だ生きている。」


暫くして太宰さんが現場にやって来た。太宰さんは冷凍されている人々を見て云った。

「コールドスリープ、ですか。」

江戸川さんはああ、と返し肯定の意を示した。

「犯人が行っているのは臓器売買じゃない。人身売買だ。人間を自身の異能で冷凍睡眠状態にし、取引相手に渡す。冷凍睡眠状態なら抵抗する事も逃げる事もない。解除方法も伝えているんだろう。」

解除方法は掴めたが面倒だから太宰が手っ取り早いと思った、と江戸川さんは云った。

「ですね。彼らは私に任せてください、乱歩さん。」

「うん。よろしく。」

江戸川さんは冷凍倉庫を出て行き、私は太宰さんに一礼して追い掛ける。

「江戸川さん、何処へ向かってるんですか?」

すたすたと迷いなく歩く姿に私は戸惑う。

「何処って決まっているじゃないか。犯人の所だよ。」

「犯人の所......」

「犯人は近くにいる。だから其処へ向かう。」

「でも、異能力者が......。私達だけで良かったんですか?」

江戸川さんは心配?と顔だけ振り向いて問う。

「はい、少し。」

私は素直に云った。

「江戸川さんは私の事を好ましく思っていないかもしれませんが、私はあなたを凄く尊敬しているんです。」

遊園地で初めて会った時、《超推理》であの日の子ども達の気持ちだけでなく私の気持ちも読み切り、答えてくれた事。
アインスとの最後の戦いで私の居場所を特定し、救ってくれた事。

今の私が在るのは江戸川さんのおかげだ。

「あなたを危険な目に遭わせたくないんです。」

江戸川さんは目を僅かに開け、小さな溜め息を漏らした。

「君さ、相変わらず人の気持ちを慮れないんだね。素敵帽子君が苦労してる訳だ。」

靴音を鳴らして私の目の前まで来た江戸川さんは箱から飴を取って棒付き飴を取って袋を剥いた。

「僕は嫌いな人間と二人で出掛けるなんて真似はしない。というか、そんな人間を僕の探偵社に入れる訳がない。」

「そう、なんですか。」

「そう。あの入社試験だって探偵社のために戦えるか試す意図はあったけど素敵帽子君なら君を傷付ける事はないって踏んだから選んだのに。」

江戸川さんは頬を膨らませたが、直ぐに真剣な表情となった。

「前に太宰に頼まれて君の事を《超推理》で見た。見ようとしたもの以外も見えたよ。何度も何度も壊されて強制的に直されるあの苦痛を。」

「......何の話ですか?」

私は覚えのない話に首を傾げた。

「今は思い出せないとしても、いつかが必ずやって来る。その時、君が何でも良い、心の拠り所が見付かればと思って僕は太宰の策に乗った。」

江戸川さんが私の肩を叩いた。緑色の瞳が私を射るように見詰めた。

「探偵社で学び、強くなれ。」

「......はい。」

「戦闘面だけの話じゃなくてね。僕が今日、というかこれからもだけど、君を同行させた理由はそういう事。」

江戸川さんが踵を返し、歩いていく。追い掛け並んで歩くと、江戸川さんがそうそうと思い出したように口角を上げて云った。

「江戸川さんって君に呼ばれるの、何か凄くむずむずするんだよね。」

「じゃあ、何と呼べば。」

「江戸川さん以外にレパートリー無いの?」

「江戸川様。」

「何云ってるの、君。他他!」

「江戸川......」

「何で名字から離れないの!」

「......乱歩、さん?」

「うん、良いね!!」

江戸川さん改め乱歩さんは上機嫌で飴を舐めながら進んでいった。目指すは人間冷凍睡眠事件の犯人の居所だ。


「此処だな。」

乱歩さんが鋭い声を上げたのは住宅街からかなり離れた林の中にある日本家屋だった。

「広いですね。三階建て......でしょうか?」

「歩は二、三階調べて。僕は一階を探す。」

「乱歩さん、犯人が何階にいるか、とかは分からないんでしょうか......?」

「分からない。」

きっぱりと無表情で告げられた。乱歩さんでも分からない事があるんだな、と意外に感じている内に乱歩さんは玄関の引き戸をバンと開けて中へ入っていってしまう。

私は云われた通り、階段があったので二階へと進む。念のため、箱を左手に拳銃を右手に気配を殺して警戒しながら進んだ。

結論を云うと、二、三階は何もなかった。どの部屋を探しても何もない。使っている痕跡もなく、ただただ埃っぽいだけだった。

私は一階に降りて、江戸川さんを探した。

「......江戸川さん?」

しかし、江戸川さんは一階を隈無く捜索しても見当たらない。犯人すらもだ。

どんどん焦りと不安が募っていく。江戸川さんがもし行方不明になっていたら。殺されでもしていたら。

否、冷静になるべきだ。あの時乱歩さんは犯人の所在は分からないと云っていたが。

もし江戸川さんが犯人の所に敢えて向かっていったのだとしたら。

「一階に必ず何かある。」

私は再び一階の捜索を試みた。居間も台所も風呂場も全て確認した。

そして、遂に。

中庭にある縁側の下の人が一人やっと通れるようなスペースにドアらしきものが見えた。

私は其処に侵入し、ドアを開けて地下へ続く階段を降りていった。

降りて行くと聞こえてきたのは男の喚き声だった。

最後の段を降り、壁の陰に隠れて様子を伺う。

視界に捉えたのは、犯人と思われる男と乱歩さん、それに10人程の被害者だった。矢張り被害者は全員凍らされている。

「触れた生き物が全部凍る!そのせいで父も母も何もかも死んだ!けど、漸くコントロールできるようになったんだ!溶かす方法も見付かって!自分みたいな異能力者が生きる道を作って貰ったんだ!」

「其の道というのが人身売買かい?」

「何だって良い!俺は俺を肯定してくれる人のために生きる!」

男は乱歩さんに手を向ける。男の発言に基づくなら如何なる生物すらも触れただけで凍らせる異能力者。乱歩さんが触れられたら......。

なのに、乱歩さんは微動だにしない。背中しか見えないが毅然とした大きな背中だった。

「僕が君に一つ云える事があるとするなら、出会う人間を間違えたという事位だね。」

「っ......」

「君の異能力は確かに脅威的なものだ。大切な人に触れる事すらも一生儘ならないだろう。でも、使い方を間違えさえしなければ君は自分の願いを叶えられたかもしれない。」

「ね、がい......?」

男はひくりと顔を引き攣らせた。

「君の願いは只一つだった。当ててあげようか。其れは普通の生活を送る事だ。」

「あ、あぁっ......」

「君は自己肯定を得るために本来の自分の願いを見失った。頼る人間を間違えたために道を踏み外した。」

乱歩さんの推理に同情は存在しない。あるのは真実のみだ。

異能力は其の人間を幸せにするとは限らない。制御できない力は身を滅ぼし、分不相応な力もまた然り。彼は其の典型となってしまったのだ。

「分かったような口を聞くなっ!!俺の正しさは俺が決めるんだ!!俺は間違ってなんかいない!!」

男は叫び、乱歩さんに向かって突進する。私は反射的に拳銃を構え、引き金を引いた。

銃弾は一直線に乱歩さんに伸ばされた男の手を撃ち抜いた。ぎゃあっ!と男は悲鳴を上げ、手を押さえて踞った。

「乱歩さん!」

「やあ。二、三階は何もなかっただろう?」

飄々とした様子でさも当然のように乱歩さんが云った。

「矢張り犯人が此処に居ると分かってたんですね。」

「うん。」

「如何して一人で?」

「それ、そっくりそのまま君に返すよ。」

乱歩さんは抑揚の無い声で云った。

「君はいつも一人で突っ走る。頼れる人が居るのに、頼って欲しいと思っている人が居るのにだ。君の今思った事はいつも君に置いていかれる人間が思っている事だ。」

「......太宰さんが同じ事を云ってました。」

私はハッとした。今なら分かるような気がした、太宰さんの云っていた事が。

「僕は福沢さんに救われて、導かれて今こうして生きている。だからね、僕も誰かを導く側になれたらと思う。」

「乱歩さん......。」

その時、手を撃ち抜かれた男が絶叫を上げた。

「違う違う違う違う!!俺はこんな事する心算じゃなかった!!あんなもの見たくなかった!!おかしいおかしい!!厭だ厭だ厭だあっ!!」

男は頭を抱えてのたうち回る。壊れたように叫び続ける彼だが、先程は何か確固たる意志のようなものが存在していたように思った。今は其れがぽっかりと失われているような、そんな気がしてならなかった。

男の爛々と光る目と視線が交錯した。私のポートマフィアで培った感覚が不味いと訴えた。

私が箱を落として乱歩さんの前に立ち銃口を向けるのと、男が私達に飛びかかってきたのは殆ど同時だった。

男の撃たれていない手が伸びる。

引き金は引けなかった。此の状態で撃った場合、男を殺してしまう可能性があったから。

ポートマフィアなら、手を撃つ以前に殺していた。

だが、今の私は探偵社員、殺す訳にはいかないのだ。

私は咄嗟に蹴りを放った。右踵が男の顎を穿つ。

男は半回転して床に倒れた。

動かないところを見ると意識を失ったようだ。

「乱歩さん、大丈夫ですか?」

「僕は......ね。君は其処に座って大人しくしてて。」

「いえ、お菓子拾わないと。」

「良いから!じっとしてて!」

乱歩さんが語気を強め、私は指示に従い床に腰を下ろした。乱歩さんは慌ただしく携帯電話を取り出し、太宰さんに電話を掛けているようだった。私は男が意識が戻った時に備えて警戒を続けていた。

20分程して太宰さんと刑事や警察官の方々が現れた。男は拘束され、連れ出されていった。如何やら意識がない状態では異能力は発動しないらしい。

「犯人の居所を突き止めるなんて流石乱歩さんだ!歩ちゃんもご苦労様!」

「そんな事はどうでも良いから。太宰。」

太宰さんの労いの言葉を適当に受け流し、乱歩さんが私を指した。太宰さんが私に観察するような視線を送る。

「分かりましたよ、乱歩さん。」

太宰さんは私の右足の横に片膝を着いて、其れに触れた。途端パァン、と爆ぜるような音が響き渡った。

「え?」

「歩ちゃん、犯人を蹴ったんでしょう?」

一瞬だったが、あの時足を凍らされていたようだ。異能力の制御も思考の混乱と共に不完全だったようで、完全に凍り付いていたようだ。

「あの男は触れた生命を凍らせる異能だったけど一瞬でという訳じゃない。触れた部分を起点として10秒程で全身を凍らせる事ができる。」

だから、私は足だけ凍っていたのか。

全然気付かなかったが。何せ痛みもなく、見た目の変化もなかった。

「最後、あんなもの見たくなかったと云っていたのは被害者が徐々に凍らされていく時の絶望の表情だろうね。」

けれど、其れは自分が選んだ事だった筈で。しかし、あの最後の男の言葉からして。

まるで何かに操られでもしていたような。

「彼を此の道に無理矢理引き寄せた人間が居る。......今は大きな事件はないけど何かが動いているのかもしれない。」

「社長とも相談して対策を練る必要がありそうですね。」

太宰さんが形の良い眉を寄せて危惧を示した。

事件は解決した筈なのに地下の一室に言い知れぬ不安が漂っていた。


此の事件が武装探偵社を、そしてポートマフィアすらも巻き込む陰謀に私が初めて触れた事件だった。


後処理を終え買い物をして自宅に戻ると、窓から明かりが零れており、人の気配を感じた。

「お帰りなさい。」

「......ただいま、です。」

フェージャは未だ部屋に居た。リビングのテーブルに何処から持ってきたのかティーセットと防災用に備えていた懐中電灯兼スマートフォン充電器兼ラジオを置いて音楽を流しながら紅茶を楽しんでいた。

「足、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですけど、何で知ってるんですか?」

白衣を椅子に掛け、買い物袋から野菜を冷蔵庫に入れながら尋ねるとフェージャは首を軽く捻った。

「朝と今の貴女では少し違和感がありまして。足かな、と。」

それなら納得だ。あの後、念のため与謝野さんに診て貰ったところ軽い凍傷だという事で治療が施された。当然普通の治療だ。

「痛みますか?」

「いえ、大した事ないです。フェージャは大丈夫ですか?」

「腕の傷が痛みますが仕方ありませんね。此れはもう日にち薬でしょう。」

深過ぎるなら医者に診て貰った方が良いだろうが、フェージャの方が分かっている筈だから私は何も云わない。

「ああ、そうでした。此のラジオ借りても良いですか?」

「どうぞ、好きに使ってください。」

使う機会が無く放置していたものだ。使用者がいるなら其の人に渡した方が道具の方も喜ぶだろう。

「というか、フェージャいつまで居る気ですか?」

「......一生?」

何を云ってるんだ、此の人はという目を向けるとフェージャは肩を竦め、冗談ですよと笑った。

「貴女には申し訳ないのですが、暫く滞在させていただけませんか?勿論貴女の危惧は全て解消する事を前提として、です。」

「私の危惧、ですか。」

フェージャは人差し指を立てた。

「貴女がぼくと接触する事でポートマフィアから造反を疑われる事は確実にありません。貴女が話せば別ですが。」

「......そんな事ができるんですか。」

フェージャは自信に満ちた様子で微笑み、できますよと簡単に云ってのけた。

「次にぼくが此処に居る間、自分の仲間とは一切接触しません。組織の活動も概ね行いません。」

概ねという言葉が気になったが一先ず話を最後まで聞く事にする。

「最後に、居候するからには其れなりの対価を支払わせて貰います。金銭面もですが、必要とあればぼくの力をいつでも貴女にお貸しする事を約束します。」

「フェージャを?」

情報収集、ハッキング、敵行動予測、作戦立案、取引、交渉......とフェージャは自分の出来る事を指折り数えた。多種多様に渡るため、フェージャは途中で諦めて私の手を取った。

「ともかくです。此処にいる間、ぼくの全ては貴女のもの。貴女の望むまま好きに使えば良いのです。」

そうは云っても、と私は渋る。別組織の重要人物らしい、特に情報もないためらしいとしか言い様のないフェージャを匿うという事自体が......。否、もう此処数年に渡りやってきた事なのか。

「探偵社では一般人を協力者としている者も居るようですよ。」

「......フェージャは一般人なんですか?」

「......近いかと。」

そんな深い闇を持っていてよく平然とそんな事が云える。

だが、フェージャの方も譲る気はないらしく、私が折れるしかないようだった。

「分かりました。私が探偵社に居る間は協力者としてよろしくお願いします。」

「ええ、よろしくお願いします。」

こうして私とフェージャの奇妙な共同生活が始まったのである。


5月位からカウンター機能を付けたのですが、いつの間にか一万回っていました!いつもありがとうございます。アニメはあと1話で終わってしまいますがこれからも文ストを皆様と楽しんでいけたらと思います!
文マヨも楽しくて、ストーリーを拝め、何より絵が素晴らしいので是非!(もし運命的に私とフレンドの方はいつもお世話になっています。これからもよろしくお願いします!)

さて、知っている方は知っていると思うのですが、拍手に......ちまちま小説を書き始めました。中編作ろうか悩んでいて、でも、少し自信がなくて、心の広い方々に読んでいただけたらと思い設置した次第です。BEASTでの長編夢主の話です。中也寄り......ではないかもです。何せあの人が生きているので。書き始めたばかりで全然決まっていません。ぐだぐだしていますが是非お暇でしたらお立ち寄りください!

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