其の十二

※プロローグのようなものです。番外編1,2を読んでくださっている事を前提として進みます。これからの話も含めて多数のオリジナルキャラクターが出てきます。色々と注意してお読みください。

漆黒の空に赤い月がぽっかりと浮かんだ夜だった。魔都とも称されるヨコハマの闇は濃く深い。そのヨコハマの一角、具体的に云えば港近くの廃棄物処理場には更に濃密な闇が蟠っていた。

断続的に響く暴力の音、呻き、詰問する声。

拷問とも処刑とも取れるその行為を享受しているのは黒いスーツを纏った男。典型的なポートマフィア構成員だ。

「さてと、そろそろ白状して貰いてえんだけどなあ?」

その男の前に立ったのは茶髪と鼻の絆創膏が特徴的な男、立原道造だった。

「首領暗殺なんてな。壮大な計画だが......誰の差し金だ?」

立原はしゃがんで男と目を合わせる。

「お前はジイさんを尊敬してるって話してたよな?それに命令には忠実に従ってたし、仕事もこなすし、黒蜥蜴の連中は全員お前の実力を認めてた。勿論、ジイさんもな。」

男はぐっと唇を噛んで断固口を開かない。

どうしたもんか、と立原が頭を掻く。事の発端はこの男のデスクから幹部及び首領暗殺計画なる書類が発見された事からだ。直ぐに処刑案が出されたがなにぶん複数人による犯行計画であったため共犯の割り出しが必要となった。

よって立原と部下数人で口を割らせようと試みている訳だ。

その時、音も無く、黒服のマスクを着けた女、銀が立原の背後に立った。特に驚く事もなく立原は立ち上がり振り返る。

「んだよ、銀。」

苛立ち半分で問う立原に銀は無言で廃棄物処理場から外に繋がる道を指した。

其処には白があった。闇の中にあって目の覚めるような白。海風に吹かれバサバサと煽られる白衣、白い肌。しかし、その他の全ては黒。小柄で細身無表情がテンプレートの少女。

歩だ。

「立原さん。」

歩は立原の顔を見るや足を速め、銀の隣に立って頭を下げた。

「広津さんに立原さんを手伝って欲しいと云われて。詳細も銀さんから聞いてます。」

「そっか......。お前最近忙しいんだろ?手間掛けさせて悪ぃ。」

「いえいえ、此れが最後なので大丈夫です。」

歩は立原の背中から覗き込むようにして男を見た。その瞳が男を捉える。

「......この人、間諜者ではないですね。間違いなくポートマフィアの人間です。」

「っ......なら如何して。」

立原の焦りに歩は嵌められた訳でも無さそうですし、と推測を返す。

「数度ではありますが、あなたを見た事があります。広津さんに付き従う優秀で義理堅い部下、そんな印象でした。という事は.....」

男の顔がさっと青ざめた。呻き声以外の言葉を漸く発する。

「やめろ!それ以上云うな!」

「否、続けろ。歩。」

歩は了解の意を示し、話を続ける。

「広津さんを幹部、もしくは首領にしたいと考えているのではないでしょうか。」

「ジイさんを......か?」

「広津さんは先代の頃からポートマフィアで職務を全うしてきました。組織への多大な貢献は誰の目から見ても明らかです。」

しかし、広津は黒蜥蜴の百人長ではあるものの、それ以上の地位に上がった事がない。年下の幹部に使われ、首領からも認められていない、と思う人間も少なからずいるだろう。

「浅はかではありますが、首領か幹部を殺せば枠が一つ空くと思ったのでは。そして其処に広津さんが加われると信じたんでしょう。」

男は拳を地面に叩き付けた。悔しそうに目を伏せる。

「この事が露見すれば広津さんに従う部下、更に広津さんもポートマフィアから怪しまれる恐れがある。だから口を割らず別組織の間者として処刑されるでも良いと考えたのかと思います。」

「......図星みたいだな。おい、お前らそいつジイさんのところ連れてけ。」

俺の一存では処分できない件だと立原は腰に手を当て、嘆息した。男は引き摺られるようにして消えていった。

「ああいう人、私の目では判別できないんですよね。」

歩が遠ざかる男の姿を見ながら呟く。

「裏切っている訳でも、間者でもなく首領以外への忠義から来る反逆行為。なのでポートマフィアに帰属する構成員である事には間違いないんです。」

そう云って深く考え込む歩に立原は掛ける言葉を探す。

「......にしてもだ、今日は凄え冴え渡ってたじゃねえか。ああいうのを推理って云うのか?探偵みたいだったぜ!」

陰鬱な雰囲気を払拭するように歩の頭をわしゃわしゃと撫で回す。

「ありがとうございます。ちょっと自信が出てきました。」

銀もぽふぽふと立原によってぐしゃぐしゃになった髪を整えるように歩の頭を撫でた。

「明日からの任務も頑張れそうです。」

「任務?異動じゃないよな?」

「うーん、そのようなものです。」

「また地方とかか?」

立原は心配そうに尋ね、銀も不安そうに眉を寄せる。

「ヨコハマですよ、直ぐ近くです。其れに一ヶ月位でまた戻ってきます。」

「ふーん、どんな任務なんだ?」

「......其れは、」

歩が語る任務の内容に立原は顔色を悪くしていった。銀もマスクの下は絶句の二文字が似合う顔をしていたかもしれない。

「という感じで......。」

歩が話し終わると、立原は頭を抱えた。

「マジかよ、エイプリルフールはとっくの昔に終わってんぞ。」

「首領直々の命令です。」

立原は愕然とした。この世の終わりかという顔だった。

「......頼むから、事務処理に徹してくれよ!な?」

銀もこくこくと同意するように首を縦に振り続ける。
歩はそんな二人の様子に首を捻りながらも善処しますと答えた。

ポートマフィアでは今最も恐れられている人物の一人が白衣の処刑人である。

造反、間諜を一目で見抜き、容赦なく断罪する。奇襲、暗殺も通用せずあらゆる敵を撃ち抜く。

首領及び幹部の忠実なる狗にして、凡百いる構成員の抑止力とされているのがこの少女、歩である......と云われている。


新しい朝が始まる。朝6時30分、スマートフォンのアラームによって起床した私は寝台から降りて伸びをした。最近よく眠れている気がする。すっきりとした頭で今日の予定を思い出す。

「......一ヶ月。」

今日から首領より命じられた任務に着く。重要な任務だ。失敗は許されない。

白いブラウスに黒のリボンタイをし上から灰色の防弾ベストを着る。それから黒のストッキング、黒と白を基調とした短めのスカートと順に履いていく。着終わったら一度手で整え、白衣を羽織る。

次に寝室を出てキッチンに向かい朝食の支度をする。冷蔵庫にある昨日の余りのご飯を温めインスタントの味噌汁にお湯を注ぐ。後は冷蔵庫にあった卵で目玉焼きを作り、テーブルに並べる。

最近はできる限り三食摂るようにしている。おかげで体重は若干増えた、気がする。体感的に。

椅子に座って手を合わせ、いただきますと小さく云って箸を付ける。一口食べて、思い出してテレビの電源を入れる。朝のニュース番組を眺めながら食事を進めた。今日は特筆した事件もなく、天気は快晴のようだった。朝食を食べ終え、食器を洗い、テレビの電源を切る。

寝室に戻り、スカートの下、両太腿に拳銃嚢を装着する。左側に未だ新しい銀色の拳銃を、右側に対照的に古びた漆黒の拳銃を仕舞った。

更に白衣の内側にナイフや手榴弾を仕込み、白衣の裾を整え、スマートフォンで時間を確認する。

「7時30分......」

武器の最終確認をして、今日持って行かなければならない書類などが入った鞄を手に部屋を出る。階段を降りて、駐車場に停めてある漆黒のバイクのエンジンを掛ける。
其れに跨がり、道路を法定速度を守って走行する。20分程走り、煉瓦造りの建物の近くの駐車スペースにバイクを停める。

一階にある喫茶店の前を抜け、エレベーターのボタンを押す。直ぐにやって来たエレベーターに乗り、階を指定して扉を閉めた。エレベーターは数秒上昇し、停止した。扉が開き、眼前には木製の扉が見えた。

その扉には文字が刻まれたプレートが貼られている。

武装探偵社。

軍や警察に頼れないような危険な依頼を専門とし、昼と夜の世界を取り仕切る薄暮の武装異能力者集団。

私は扉の前で一度深呼吸して、ドアノブを掴んで回した。

扉をゆっくりと開く。朝の日差しのような光が視界を一瞬覆う。けれども眩しくはなかった。私の目は以前のように此の光を拒絶しなかった。

「いらっしゃい、歩ちゃん。」

私が何か云う間もなく目の前に現れた人影が声を上げた。

「太宰さ、ん。」

「おはよう、歩ちゃん!そしてようこそ我等が武装探偵社へ!!」

太宰さんが一人はしゃいで迎えてくれたが、私は気付いた。太宰さんの背後にいる見知っている人も全く知らない人も含めた殆どが不審気な顔をしていた。

「おい、太宰。如何いう事だ。」

過半数を占めている伝達を受けていないらしい社員の疑問に答えるべく立ち上がったのは国木田さんだった。

「え?云ってなかったっけ?歩ちゃん、今日から一ヶ月探偵社社員になるのだよ!」

「は?」

国木田さんは詳細を求め太宰さんに詰め寄る。

「だーかーらー、今探偵社とポートマフィアは休戦協定を結んでいるでしょう?今後も何かと共同で作戦をする事もあるだろうし、親睦の一環としてポートマフィアから一人探偵社に出向する事になったのだよ。」

掻い摘まんで云うとそういう事である。その一人に首領が私を選んだため今に至る。

「だが、ポートマフィアの人間に......」

国木田さんがちらりと私を見る。国木田さんの危惧を私は理解できた。けれども、太宰さんが私の代弁をしてくれる。

「心配ご無用。探偵社の機密情報には干渉しない、したとしてもポートマフィアに漏らさないなど諸々の条件は付けてある。其れに歩ちゃんがそういう子じゃない事くらい国木田君も知っている筈だよ。」

「其れはそうだが......」

私は太宰さんの言葉に付け加える。

「更に首領から万一探偵社とポートマフィアが敵対する案件があった場合、期間中は探偵社に尽力するよう命じられています。」

但し、その時私とポートマフィア構成員が交戦状態になった場合双方戦闘不能に留め、殺してはならないという指示がされている。

その旨が記載されている契約書類を差し出すと国木田さんは一読し、私に顔を向ける。

「大丈夫......なのか?」

「はい。ポートマフィアにおいてこの件は周知となっている......筈なので、裏切り者と断罪される可能性は極めて低いかと。」

国木田さんは次に太宰さんに視線を向け、小声で二三言葉を交わして頷き合った。

「なら一ヶ月よろしく頼む、歩。」

国木田さんは納得したらしい。私はよろしくお願い致しますと頭を下げた。

その時を待っていたのか敦さんと鏡花ちゃんが私に駆け寄ってきた。

「歩さんと一緒に仕事ができるなんて......嬉しいです!よろしくお願いします!」

「私も嬉しい......。」

純粋な好意を向けられて嬉しくなる。ありがとう、と少し小さくなってしまった声で云うと二人は顔を見合わせて微笑んだ。

「良い人選だと思うけどねェ。芥川龍之介や中原中也だったら探偵社が毎日血塗れになりかね......否、其れは其れで怪我人が増えて解体のし甲斐があるってもんだ。」

色々物騒な事を云いつつ最後には歓迎するよと与謝野さん。

「僕は宮沢賢治です!よろしくお願いします!」

「あ、あの時運んでくださった......ありがとうございました。」

「あの時は軽くて吃驚しましたよー。牛を食べましょう、牛を!」

金髪の少年は宮沢賢治というらしい。名前を知る事ができて良かった。

「初めましてだよね?ボクは谷崎潤一郎。此方が妹のナオミ。」

「ナオミですわ。女の子同士、仲良くしてくださいな!」

この二人は本当に初対面だ。よろしくお願いしますと深く頭を下げる。

取り敢えずやっていけそうで良かった。無視されたらポートマフィアの支部にいた時と同じようにいつの間にか机に積まれた山盛りの仕事を淡々とこなす日々が始まるかと内心恐れていたが寛大な人が多くて助かった。

ほっとして一度息を吐いた時だった。

バンッ!!と奥の扉が開いた。

「異議有り!」

ビシリ!と右手の人差し指を私に向けていたのは江戸川さんであった。因みにもう一方の手には空になったラムネが握られていた。

「僕は君を一ヶ月でも社員にするのは反対だ。絶対に認めない。」

殺気にも近いものを言葉の端々に仄めかせながら江戸川さんは低く云った。

「乱歩さん、何故......」

「何故も何も、歩は入社試験を受けていないじゃないか。」

太宰さんの問いに江戸川さんは強い口調で答える。

「例外を作ったらこの後もその例外を許容しなくちゃいけない。そうなれば探偵社は実力も思想も分からない人間ばかりの無法地帯になり兼ねない。僕の探偵社がそんな事になるのは御免だからね。」

「しかし、乱歩さ......」

反駁しようとする太宰さんを制して前に出る。

「受けます、入社試験。」

江戸川さんの云っている事は正しい。私が異論を述べる理由も無い。

「良いね。じゃあ試験は......」

江戸川さんがひょいっと本棚からファイルを一つ抜いて私に差し出した。

「此の依頼を達成する事。」

私が受け取ると江戸川さんは踵を返した。

「その際、探偵社の人員は必要数使って呉れて構わないよ。その辺りの裁量は君に任せる。」

「......分かりました。」

「じゃあ、頑張ってね。」

江戸川さんはそうして奥の部屋へ戻っていった。パタンと閉じられた扉の音がやけに鮮明に耳に響いた。

「歩さん、その......」

敦さんが気まずそうにするが私は大丈夫ですと返答した。

「入社試験があるの知りませんでした。しかし知らなかったとはいえ正しい手順を踏まず敷居を跨いでしまった私に責任があります。」

「でも、もし落ちたら......」

「別の人間が派遣されるか、最悪この話自体無しになるかもしれません。」

そうなれば探偵社とポートマフィアの関係悪化に繋がる恐れがある。

だから、私の入社試験合格は必須と云って良い。

「......私、手伝う。」

鏡花ちゃんが真っ先に云った。

「歩以外なんて有り得ない。私が歩を合格させてみせる。」

鏡花ちゃんが私の手を握って頑張ろうと鼓舞してくれる。

「僕も手伝います!歩さんと働いてみたいと思っていましたし!」

「敦さん......。ありがとうございます。」

もう感謝の言葉しか浮かばない。普通なら私のような余所者放置するだろうに。私は感慨深く二人を見た。

「それより其の依頼は如何いう内容ですの?」

ナオミさん、と呼んでも良いのだろうか。後で許可を得る事にして取り敢えず。ナオミさんが私の肩口からファイルを覗いた。

「乱歩さんの話からすると少なからず人数が必要なンだろうね。」

兄の谷崎さんもナオミさんの背後からファイルを覗く。

私はファイルを開く。小さな活字や写真を目で追いながら頁を捲っていく。

「端的に云うと、盗まれた金庫の奪還ですね。」

ある企業の本社から金庫が盗まれたのだそうだ。其処には総額10億円が入っており、失えば当然ながら大きな損失となる。企業の趨勢にも関わる。其の金庫は社長及び重役数人の声紋と虹彩認識がなければ開かず、開いた時はセンサーが反応し随時記録される。今のところ開けられた形跡はない。

「犯人の目星は付いているそうです。」

「でも、軍警に通報はできない。綺麗なお金じゃないのかもしれない。」

鏡花ちゃんに私も同意する。探偵社には依頼できるのだからグレーと云ったところか。

「それで犯人は......?」

「どうせ雇われだろうな。重要なのは裏で糸を引いていた人間の方だ。」

敦さんの疑問に国木田さんが応えて私に視線を送る。

「はい、其れは江戸川さんが既に。」

江戸川さんの超推理で判明している。

「ナラベコーポレーション代表、奈良部知己。」

其の企業とナラベコーポレーションは代表同士が友人関係にあったらしい。

「けれども金銭問題で関係が悪化していたみたいです。それと......江戸川さんによれば其の理由がポートマフィアに上納金を払うため、だそうです。」

「つまり、奈良部はポートマフィアに上納金を払う金の工面ができず、金庫を強奪。それで上納金を賄おうと......。」

谷崎さんの云う通りだ。

「ポートマフィアは当然そんな事情は知らない筈です。そして金庫を奪還する機会は一度、取引現場しかないでしょう。」

取引現場、日時も江戸川さんが推理してくださっている。ならば私の役目は金庫を奪還する事だ。けれども其れは......。

「ポートマフィアを完全に敵に回してるんじゃ......。」

敦さんの危惧は正解だ。もし金庫の奪還を実行に移したなら、取引現場は戦場になりかねない。しかも10億円、基準は分からないが相当な金額、ポートマフィアとしては手に入れたい筈だ。

「江戸川さんは私を試そうとしているんですね。」

本当に契約書類の通り、ポートマフィアにではなく探偵社に着く事ができるか。

「歩ちゃん。」

太宰さんが形の良い眉を歪めて私を見詰めていた。

「君は気付いているだろう?現金10億円、そんな大金の受け取りに来るのが一介の構成員ではない事くらい。それこそ......」

「幹部以上の誰か、ですよね。」

「......君は中也と戦わなければならなくなるかもしれない。」

その可能性を考えない訳がなかった。

私は中原幹部を裏切る事はできない。

中原幹部は私の大切な人だから。

それでも、ポートマフィアで生きるためならば守らなければならない掟がある。その一つが首領の命令には必ず従う事、だ。

「中原幹部と戦う覚悟は此の任務を受けた時点でできています。」

「歩ちゃん......」

「ですが、きっと一人では此の依頼は達成できません。だから太宰さん。今回だけ協力して頂けませんか。」

太宰さんは瞬きをして微笑んだ。

「勿論。何時だって協力するよ。私のできる事なら何でも。」

「ありがとうございます。」

私は深く頭を下げて、江戸川さんが示している取引現場とその予定日時を注視する。明日の22:00。場所は駅の近くの繁華街から少し外れた路地裏だろうか。

時間が余りない。私は鞄からノートパソコンを取り出し、電源を入れた。インターネットに繋ぎ、周辺の情報を調べる。太宰さんが其の画面を覗き、地図の一点を指す。

「此処に少し広いスペースがあるね。」

「はい。此処、使いたいです。」

「では、怪しまれない自然な形......そうだね、工事でも装おって誰も入れないように確保しよう。賢治君、手配お願いできるかな?」

了解です!と宮沢さんが元気良く飛び出していく。

「敦君と鏡花ちゃんはナラベコーポレーションの本社周辺を洗ってくれるかな?動きがあれば報告を。」

「分かりました!」

「うん。」

敦さんと鏡花ちゃんも走り出す。

「谷崎君は今回の作戦の要となるかもしれない。今はそれだけ覚えておいて。」

「はい、任せてください。」

「国木田君は私と来てくれたまえ。歩ちゃん、行こうか。」

太宰さんが次々に指示を出していく。まるで私のしたい事、欲しい物が分かっているように的確だ。ふふ、と笑みを溢す彼はさも当然という風に言葉を投げ掛ける。

「君という大切な子が頼ってくれたのだから、本気で応えるのが筋というものだよ。」

「あり、がとう、ございます......」

大切な子という言葉に何とも云えない気持ちになる。私は太宰さんに迷惑ばかり掛けてきた。何度も救ってくれたのに、何度もその手を払ってきた。それなのに太宰さんは私を受け入れてくれている。

私は此の人に何ができるのだろうか。何を如何返せば良いのだろうか。その答えを未だに出せずにいる。

「ほお......。」

「え、国木田君顔が怖いよ。」

「通常の業務でもそれくらいやる気を出して貰いたいものだな、サボり魔太宰......!」

「うわ、痛い痛いっ!こめかみがぁぁっ!歩ちゃん、たすけてぇぇ!」

国木田さんがぐりぐりと太宰さんのこめかみを両拳で圧迫している。かなり痛そうだし、何なら湯気が出ている気もしないでもないが。

「サボりは......良くないです。」

「歩ちゃん〜〜〜!!」

如何やら太宰さんに非がありそうなので救出は止めておく事にした。


私と太宰さん、そして国木田さんはヨコハマ郊外に来ていた。大小様々な工場が連なり灰と黒煙に薄汚れた閑静な町だった。

「太宰、こんな辺鄙な場所に何の用があるんだ。」

「其れは私に聞かないでくれたまえ。私はただ歩ちゃんに付いていってるだけなのだから。」

「おい、歩。」

私はぴたりと立ち止まり、着きましたと一つの小さな鉄筋コンクリートの建物を指した。

「此処も工場なの......か?看板も何もないが。」

国木田さんは眼鏡を軽く上げて怪訝そうに建物を見上げた。

「はい。工場兼住居と云ってました。」

私は入り口である金属の扉を開けて中に入る。

「いら......って歩!?」

カウンターでノートパソコンのキーボードを叩いていた此の工場の主が顔をバッ!!と勢い良く上げる。

「作良さん、おはようございます。」

「お、はよ。......如何したんだよ、何かあった?」

足立作良......作良さんはノートパソコンを閉めて車椅子に飛び乗るようにしてカウンターから出てくる。

「あ、そんな、ゆっくり......!」

「もう慣れたから大丈夫だって云ってるだろ。」

心配性だなと作良さんは呆れたように目を細め、私の前で車輪を回す手を止めた。

作良さんは元はポートマフィアの情報員だった。事故に巻き込まれ、右足を失い、左足の自由も奪われたあの日までは。それからはこうしてポートマフィアの一線から離脱し、限り無く平穏に近い暮らしを送っている。

「で、如何したんだよ。」

「作良さんにお願いがあって......」

首を傾げる作良さんに本題を切り出そうとした時だった。

「失礼!」

「邪魔をする。」

太宰さんと国木田さんが出入口に立った。作良さんは露骨に顔を顰めた。

「邪魔だと思うなら入って来んなよ。てか、誰だ此奴等!」

「太宰さんと国木田さんです。武装探偵社の。」

武装探偵社?と作良さんは心底驚いたような声で聞き返した。

「え、お前マフィア抜けたのか?」

「抜けてないです。出向で。」

そっか、と作良さんは少し残念そうに息を吐いた。

「お前が闇の世界から出られたんなら、と思ったけど。あの幹部野郎がお前を早々手放すとも思えないしな。」

あの幹部野郎とは中原幹部の事だろうか。そういえば作良さんは何かと中原幹部に敵対心を向けていた気がする。

「それで歩、本題は?」

「武装探偵社の入社試験があるんです。その協力をお願いしに来ました。」

「出向でも試験なんてあるのか。まあ何でも手伝うけど、おれは何をすれば良い?」

「準備していたあれを使いたいんです。」

私が告げると作良さんは目を丸くした。

「は......?おまっ、真逆。」

「今回の試験である此の依頼。中原幹部とほぼ確実に接触する事になると思います。......そんな予感がするんです。でもその時、何も対策をしていないのではきっと此の依頼は達成できない。」

中原幹部は依頼達成の大きな壁となって立ち塞がる。中原幹部をどのように対処するかが分かれ道となるだろう。

「最善のために、打てる手は全て打ちたいと思っています。」

作良さんは私を真っ直ぐ見上げた。

「やるんだな、本当に。」

「はい。其れが......。」

組織のため。
首領のため。
中原幹部のためになる。

「太宰さん、国木田さん。私たちの中原幹部攻略作戦聞いていただけますか。」

二人は真剣な眼差しで頷いた。

私の武装探偵社入社試験、そして中原幹部との対決の刻が迫ろうとしていた。

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