小説 | ナノ


▼ 人は見かけによらず?




体調も戻り、無事翌日には仕事復帰を果たし、やっとの思いで迎えた週末。通常運転でいるつもりだったけど、やっぱり病み上がりの身体には堪えるようで徐々に朝がキツくなってきて、迎えた土曜日の朝は身体が怠くて起きる気にもならない。

横を見るとそこはもぬけの殻で、既にデイダラくんは起きてシャワーを浴びているようだ。時刻はAM8:15。普段なら休日でも起きている時間だし、今までの生活ではこんな怠慢はあり得ないのだけど。あの日から、私の身体を気遣ってかデイダラくんはクーラーを付けるようになった。疲れが溜まって風邪を引いただけだと言っても彼は頑なに譲らず、
だからと言ったら何だけど、この部屋は今まで以上に居心地がいいのだ。タオルケットを肩までかけても、体温の高いデイダラくんと並んで寝ても寝苦しくない。仕事の疲れも相まって、この怠さにこの部屋の居心地のよさは異常なほどで。

(うーん…あと5分…)

せめて、デイダラくんがシャワーを浴び終わるまで…、そう再びタオルケットに丸まったのだけど。

「きゃっ」
「おい、もしかしてまた具合悪いのか?」

いつの間にかシャワーを終えたデイダラくんが目の前にいて、頬に落ちた滴に飛び起きた。濡れた毛先から滴る水滴も気にすることなく、デイダラくんが心配そうにこちらを覗き込んでいるのだから、それはもう心臓が口から飛び出るんじゃないかというほど、驚いている。

「ち、違う違う。ほら、空調がちょうど良くてさ?居心地良すぎて起きれなかっただけ」

ははは、なんて笑って誤魔化しているけれど、本当に今にも口から心臓が飛び出しそうで、必死に落ち着かせようとするのが精一杯だ。今までこんなことなかったのに。あの日以来、あの日、デイダラくんにベランダで抱き締められてからというものの、どうしてかデイダラくんを見ると変に意識してしまって仕方がない。

「ふーん。ならいいけど」

ガシガシと首に掛けていたタオルで乱暴に髪を拭きながら、付けっ放しになっていたニュースを観るデイダラくんは、いつもと何も変わらない。そう、いつもと変わらないのよ。あの抱擁には特に大きな意味はなかった。だって、あれから一週間経つけど、私たちは同じアパートに住んで何事もなく過ごしている。一緒に寝て、起きて、ご飯を食べて、

(…てゆーか)

高校生って、一番『そういうの』興味あるんじゃないの?そんな子と一緒に同棲ともとれる生活をしてるのに、何もないって…

(私って、そういう対象じゃないんだな)

分かっていたけど、いざ言葉にしてこの関係を整理してみると、少しだけ悲しい。いや、いいんだけど。だってそうじゃないとこの生活は成り立たないから。だから―――、

「さっきから何ウンウン言ってんだ。うん」
「デイダラくんだってうんうん言ってんじゃん。何もない」
「そういう減らず口」
「いひゃい」

だから、やっぱりあの抱擁には大きな意味はないんだ。



「今日はお出かけしてこよーっと」

今まで通りでいよう。何も心配することなんてないから。

「え?今日出かけんのかよ」
「うん。どこかぶらぶらしてくるよ。デイダラくんはバイトでしょ?」
「いや…今日は…」
「あれ?休み?じゃあデイダラくんも今日はゆっくりしてね!よし、そうと決まれば私は準備準備!!」

善は急げと昔のお偉いさんが言ったそう。さっきまでダラダラしていたとは思えないくらいの速さで準備を始めた私は些か厳禁な女だ。このまま家にいても仕方がない。思い悩んだときは、何か気分転換した方がいい。





なんて。そう思って出てきたのはいいけれど…

「…本当、何しよう」

気分転換!って思って出てきたものの、所持金も大してなく、行く宛もなく。さっきからうろうろと駅周辺を徘徊してる私は、往来を行き交う人々に怪しい人物と認識されているかもしれない。駅ナカには美味しそうなデザートや、前によく買っていたブランドの洋服があるけれど、どれもこれも眩しくて直視できない。

(娯楽はお金がかかるか…。ここにいてもどうしようもないし、一先ず出よう。公園で散歩でも…)

「おい」

(でも今日は暑いから、散歩はちょっとなぁ…)

「おい!聞いてんのか!ブス!」
「え…?」

今、何か辛辣な言葉が聞こえたような…。聞き間違えだろうか、そう思って声のする方を振り向いたら、ドンっと身体に衝撃が走った。

「痛…っ!ごめんなさい…!」

どうやら後ろにいた人にぶつかったようで、慌てて前を見ると、そこには白地に大きな茶色い模様のあるTシャツを着た男性が立っていた。そして、手に持ったプラスチックの容器からポタポタと滴る茶色い液体。血の気が引くとはまさにこのことである。茶色いのは模様なんかじゃなくて、男性が手に持つコーヒーの染みのようで、それはもしや、否、十中八九私がぶつかった衝撃で出来たソレで。

「ご…ッ、ごごごごごっ、ごめんなさいいいッッ!!!」

やってしまった。どうしよう、どうすればいい?とにかく謝罪を、そう慌てて頭を下げる私の頭上から、信じられない言葉が降ってきた。

「あーあ。これ、高かったのになぁ」

血の気が引く出来事その二。終わった。このまま金を要求されるかもしれない。というかお金ないし、そんなことになったら…

「すみません…っ!私の不注意で……って、あーーーーーー!!?」
「っ、るせェ女だな」
「なな、なんであんたがここに!?」
「俺がどこにいようが、俺の勝手だ。お前が俺の視界に入ってきたんだろうが」
「なっ、」
「人を指刺すんじゃねーよ」

吐き捨てられた言葉に、震える人差し指を力なく落とした。Tシャツばかりに目がいって、相手の顔なんて見ていなかった。今、目の前で迷惑そうな顔をしているこの人物は、あの忌まわしき花火大会で出会った、デイダラくんの友人。もう二度と会いたくない、そう思っていたのに。せっかくの休日にこんな奴に会うなんて、ついてない。やっぱり今日は大人しく家に帰ろう。デイダラくんがいる、家に帰ろう。

「すみません、じゃあ」
「おいお前。どうしてくれんだよ、これ」
「………」

ギシギシと錆びた鉄のように首を鳴らしながら振り向くと、そこにはTシャツをこれ見よがしに見せつける、満面の笑みを浮かべた男がいて、私は本日三度目の血の気が引く思いをしたのだった。

「お前、ちょっとツラ貸せ」

拝啓、デイダラくん。私は暫し…否、もしかすると二度とあなたの家の敷居を跨ぐことが叶わないかもしれません。どうかその時は、探してください。






「…で、何すればいいのよ」
「これとこれと、それをあっちに運んでくれ」
「雑用!?というか、力仕事!?それを女の私にさせるの!?」
「あー、Tシャツの汚れ取れるかな」
「うぐっ」

態とらしく眉を下げ、Tシャツを見つめるその顔がやけに整っているから、憎たらしさ倍増で仕方がない。あれから連れてこられたのは、彼のアトリエのようなとこだった。沢山の木製の人形が飾られていて、少しばかり不気味に思えるそこは、デイダラくんのバイト先でもあるようで、所々にデイダラくんがよく作っている鳥の置物が置いてあって、少し安心したのも束の間、目の前に聳え立つ段ボールの山に今は不安と不満しかない。
でも、汚してしまったのは事実だし、確かにそれ、早く洗わないと染みになってしまうような…。そんな罪悪感から、小さく「やります」と呟いて、目の前に積み上げられた段ボールに手を伸ばした。

「そもそも、デイダラがバイト休むのが悪い」
「え?」
「最近あいつ、週末はシフト休みにしてるから荷物が溜まるんだよ。ここは平日に入荷するから週末に纏めて整理するってのに、あいつが週末来ないせいで仕事が滞ってんだよ」
「…そう、なんだ」
「お前、週末休みだろ」
「え?う、うん…」

なんでそこで私の話になるのか少々疑問に思ったが、週末は確かに休みなので素直に頷くと、「これだからガキは」と吐き捨てるように呟いた。…彼は、本当に口が悪いと思う。というか、デイダラくん、週末休みにしてるんだ。確かに最近休みが合うなとは思ってたけど、そもそもバイトが週末なくなったみたいなこと言ってたような…。記憶を遡っても、そんな会話をしたのは随分と前のことだから、曖昧だ。

「よいしょっ。って、重っ」

嫌だって言っても、運び終わるまで帰してくれなさそうだし。それならさっさと終わらせてしまおうと段ボールを一つ手に取ったけれど、想像以上に重い。バランスを崩しそうになって、グッと足に力を入れようとした時、

「で?デイダラと付き合ってどれくらいなんだ」
「は?って、わーーッ!」
「…チッ」

チッ!?また舌打ちした!?いや、そんなことより、思わぬ不意打ちに踏ん張りが効かなくて、そのまま段ボールごと前方にバランスを崩してしまった。来たる衝撃に目を瞑ったけど、腕を引かれて勢いよく後ろに倒れ込んだ。

「わっ」
「何やってんだ」

すぐ後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには呆れた顔をした彼がいた。どうやら、庇ってくれたようだ。意外に、優しいところあるじゃんと感心したのも束の間。目の前に散らばる段ボールの中身に彼は口元を引きつらせた。それも、何やら額縁のような形をしてる。もしかすると高価なものなんじゃ…。これ以上、私から搾り取れるものは何もないっていうのに。

「…す、すみません」

小蝿の羽音のような声音で呟くと、大きなため息が返ってきた。私、今日全然だめだ。やることなすこと、ついていない気がする。

「鈍臭い女だな」
「すみません。本当に。片付けます」
「てゆうか荷物それじゃなかったわ。お前に頼むのこっちだった」
「え?」

ほら、そう言って小さな包みを開けると、そこにはプラスチック製の型が入っていた。通りで女子が持つにしては重いと思った…。最初からそれを運んでればこんなことにならなかったのに、そんな視線を投げかけても涼しい顔しか返ってこなくて、誰にこの運の無さを嘆けばいいのか分からない。

「で?」
「え?」
「で、どうなんだよ」
「だから何が?」
「デイダラと付き合ってどれくらいなんだよ」

忘れてた。そうだ、こいつがこんな質問したからこんなことになったんだ。全てはこいつと駅で会ったのが始まり。そうだ、原因は目の前のこの男にある。

「別に付き合ってないよ」
「は?」
「え?」
「付き合ってない?」
「うん」

当たり前でしょう。そう言うと、綺麗な薄茶色の瞳をこれでもかと見開いた後、「へぇ」と何やら人の悪い笑みを浮かべ始め、背中に嫌な汗が流れた。

「何よ」
「いや、別に。まぁ、年も離れてるしなぁ」
「ふんっ、どうせ私なんてデイダラくんからしたら……あれ?これ……」
「ん?あぁ、ダリ。知ってる?」
「知ってる。でも、これ有名じゃないよね?」
「ああ、あんまり世間には出回ってないだろうな。レプリカの割に人気が…って、そんなに見るか普通」
「久しぶりに絵画見たから、ちょっと…」

散らばった額の一つを手に取ると、そこには有名な画家の絵が描かれていた。何度も何度も、本が擦り切れるくらい読み直した本に載っていた絵。展示会が日本で行われるとなれば、何度も足を運び、絵画のために海外まで赴いたこともあった。もう何年も絵画に触れていなかったのに、こんなところで再会するなんて。恋愛以外で胸がときめくという表現があるのなら、今がまさにその時だ。久しい恋人に再会した、そんな気持ちにも似てる。

「…好きなのか?絵」
「うんっ!好き!」

思わず満面の笑顔で返してしまい、ハッと我に返った。…何でこんな男に。

「えっと…」
「来週もまた来いよ」
「え?」
「あっちの部屋にはレプリカだけど有名な絵画もあるし、他にも無名だけど良い絵もある」
「本当…!?」
「その変わり、あっちの段ボール運べよ」
「うっ」
「これは俺が片付けるから」

あーあ、メンドクサ。そう言いながら、彼は散乱した荷物を片付け始めた。纏う空気が殺伐としたものから何となく柔らかくなったように感じるのは、私の気のせいか。

「……あんた、意外にいい奴ね」
「当たり前だ。それに、意外には余計だ」
「ふふっ、はーい」
「…………サソリ」
「ん?」
「名前。あんたじゃなくて、サソリだ」

振り向いて、ぶっきら棒に話すその背中に、思わず口元が緩んだ。言葉は乱暴だけど、案外いい人なのかもしれない。


「私は、ななし。よろしくね、サソリ」

「言わなくても知ってるっつーの。バーカ」

前回撤回。やっぱり嫌な奴には変わりはないようだ。






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