小説 | ナノ


▼ 扇風機に靡いた髪




「なーデイダラちゃん。今日カラオケ行かね?」
「悪いな。オイラ、今日は予定あんだ。うん」
「またかよ。なー最近付き合い悪くね?」
「お前と違って夏休みはやることいっぱいあんだよ」

ちぇ、つれねー奴。後ろで聞こえる文句を聞き流し、ポケットに携帯を押し込む。時計の針が天辺を迎えた途端鳴り響くチャイムの音、近況を話し合うクラスメイトたち。たった数週間だっていうのに随分久しぶりに感じるのは、この光景がきっと日常だったからだろう。髪を染めてる奴、骨折してる奴、変わらない奴ですら、夏休みに入る前と雰囲気が違うように見えてしまう。
夏休み真っ只中の今、どうしてここにいるかって。それは、今日が全校集会だから。夏休みの課題の進み具合を報告して、遅れてる奴はスケジュールを立て直し、校長センセイの話を聞いて、終わり。
そのありがたくもなんともない話を蒸し暑い体育館で聞いて、やっと教室に帰ってきた。

「だー、あっちィ!わざわざ体育館行く必要なくね?マジ暑ィー」

椅子に浅く腰掛けて、ワイシャツをパタパタと煽ぎながら飛段が項垂れた。奴とは高校に入ってから仲良くなって、付き合いは今年で3年目になる。まだそんなに長いとはいえない付き合いだが、こいつとはウマが合うらしい。大体お互いの考えてることが分かる(というか、同じこと考えてる)し、夏休みに入る前は毎日のように一緒にいた。そう、夏休みに入るまでは。

「つーか、マジでデイダラちゃん付き合い悪くね?」
「だから、オイラはやることがあんだって」
「あ?あの芸術家んとこ?」
「…まぁ、そういうことだ。うん」
「でもよー?去年の夏とか俺らめっちゃ遊んでたじゃん。海とか川で遊んだりさ、女の子たちと遊んだり。今年なんもねーんだもん」
「仕方がねーよ。うん」
「あ、そういや隣の山川さんだっけ?あのかわいい子。俺らとBBQしたいんだって。どう?」
「興味ねえな。うん」
「はー?マジかよ。あの山川さんだぜ?お前遊びたくないのかよ」
「とにかく今はオイラは忙しいんだ」

夏休み中、バイト兼世話になってる旦那のとこでいろいろと作業をしていることに違いはない。一番に頭に浮かんだ顔に心の中で頭を振ったけど、ウマが合うこいつには隠せていないようで、飛段はふーん、と暫く考えるような素振りを見せた後、ニヤリとその顔を歪めた。

「デイダラちゃん、女デキたな?」
「ぶッ!な、ちげーよ!!」
「おーおー。いい反応じゃねえか。ビンゴか。で?どこ校の女だ?」
「だから、違うって言ってんだろ!うん!」
「ゲハハ!図星だな!分かり易すぎだろデイダラちゃん!」

バシバシと遠慮無く背中を叩く飛段に、周りにいたクラスメイトも何事だとこちらに視線を向けている。

「なになに?デイダラ彼女できたの?飛段」
「えー?それで最近私らと遊んでくれないんだー」
「お前らだけじゃねーぜ。俺もこの夏休み中一回も遊んでねーんだ」
「なにー?飛段も振られたのー?ウケるんだけど。どんな子なの?」
「うちら差し置いて他の子にいっちゃうなんて酷いんですけどー」

たまに連む女子たちまでわらわらと集まり始め、好き勝手に言いやがる。「俺と彼女どっちが大事なんだ」とかふざけて上目遣いで言う飛段の頭にグーパンチを喰らわせるとドッと笑いが起きた。

「そんなんじゃねーよ。お前らと違って俺は忙しいんだよ」
「忙しいって言ってもさー、飛段と一緒でデイダラも全然課題終わってなかったじゃん」
「分かる。安定の最下位二人だよね」
「何に忙しいのかなー?」

ニヤニヤ、迫る女子たちに煩ェと一喝しようとした時、ポケットの中で携帯が震えた。

「なになに?噂をすれば彼女からかよ」

携帯の画面を覗き込もうとする飛段の顔を押し除け、新着メッセージを確認すると、噂の「彼女」からだった。内容を確認し、再びポケットに携帯を押し込み、急いで鞄を担いで踵を返した。

「何?デイダラちゃん、帰んの?」
「あぁ、悪いな飛段。ちょっと用事あるから先帰るわ。うん」
「つれねーなァ…」
「土日以外の昼間なら空いてると思うからまたLINEする」

じゃあな、そう言って急いで教室を後にしたオイラには、飛段の「主婦かよ」という呟きは聞こえることはなかった。










「あ、デイダラくーん」

相変わらず間抜けなその声に思わず口元が緩みそうになるのを堪えて、ゆっくりと振り返ると、そこにはこっちに小走りで向かってくるななしがいた。

「わー、本当に高校生なんだね!制服着てる」
「何だよ今更」
「だって私の方が早くうち出るからさ、朝見れなかったんだもん」
「珍しいもんでもなんともねぇよ」

制服なんて本当は今すぐにでも脱ぎたいくらいだけど、やたら嬉しそうにこいつが笑うから、制服も悪くないかもしれないと思ってるオイラは、自分が思ってるより重症なのかもしんねぇ。

「もう学校終わったの?」
「あぁ、お前からLINEきたとき丁度な」
「友達と遊ばなくていいの?」
「別にー。あいつらも予定あるみたいだし」
「ふーん?」
「で?お前はなんでこんな早く仕事終わったわけ?」
「ん?あぁ、早く帰ったらデイダラくんの制服姿見れるかななんて。でもまさか帰り一緒になるなんてラッキーだったよ」

ね?と小首を傾げて笑うのはこいつの癖なんだろうな。身長差で必然的に上目遣いになるもんだから、クソ、破壊力…。熱くなる頬を隠すように歩みを進めると、「あー、待ってよ」とまた間抜けな声がして、でもそんな声ですらどうしてか心を掻き乱すからどうしようもない。

「ちゃんと仕事しろよな。社会人」
「へへ、明日からまた頑張りまーす」
「ったく、これだから大人って奴は。学生の方がよっぽどちゃんとしてるよなぁ。うん」
「ええ?でもデイダラくん、宿題終わってないでしょ?」
「な…ッ!なんでお前がそんなこと知ってんだ…!」
「…カマかけただけなんだけど」
「……」
「よーし、帰ったらお姉さんが見てあげようじゃない」
「こういう時ばっかり大人ぶりやがって」
「大人ぶってじゃなくて、大人なんですぅー」










「なーんて言ってたのどこのどいつだよ」

通り過ぎた扇風機の風に靡いた髪がふわりとその頬に落ちた。閉じられた目蓋を縁取るように伏せられた長い睫毛はぴくりとも動かない。すやすやと気持ちよさそうに眠るその顔は間抜けそのもので。腕に押しつぶされた頬が柔らかそうにその形を変えていて、きっと起きたら顔に跡でも付いるだろう。そしたら盛大に笑ってやる。ガリガリ、シャーペンが紙の上を走る音と、扇風機の音、窓の外から聞こえる虫の声の間に、規則正しい寝息。
ふわっと、風に靡いた髪の毛がシャーペンを握る手に落ちた。自分とは違う色の髪は見た目以上に柔らかくて、漂う甘いシャンプーの香り。視線を伸ばせば、整った鼻筋にふっくらとした淡い桃色の唇に白く柔らかそうな頬。

「警戒心、ないのかよ」

呟いて消える独り言。聞こえるのは、規則正しい寝息だけ。そっとその頬に触れようとした途端、桃色の唇から声が漏れた。慌てて伸ばした手を引っ込めると、再び聞こえる寝息に安堵する自分がいた。

(オイラ、今なにしようとした…)


それから課題が捗るわけがなくて、起きたら文句の一つでも言ってやろうと、突っ伏した身体にタオルケットをかけて灯りを消したのだった。





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