小説 | ナノ


▼ ラッキースケベは突然に?




月夜の闇を輝くように照らす街、ウォールマーケット。今宵降り頻る雨に見舞われ、いつもの喧騒を潜めたその街で、クラウドとななしは傘も差さず先を急いでいた。
最初こそ、顔に滴る雨粒を拭っていたななしだったが、最早この状況では無意味なことだと気付き、今では視界を遮る張り付いた髪すらそのままになっている。

「ななし、どこか宿に入ろう」
「そうだね。これじゃあ雨、止まなさそうだし」

空一面を覆う薄暗い灰色の雲は向こうが見えないくらいに分厚い。きっと雨は当分止むことはないだろうと判断したななしは、クラウドの言葉に頷くと同時に、自分と同様に雨に濡れたクラウドが前髪を鬱陶しそうにかき上げ、露わになった額に心臓が跳ねた。

普段は長い髪で隠されているクラウドの額を見るのは初めてで、貴重なものを見れたという気持ちと、鬱陶しそうに歪められた表情や顔に雨に濡れた髪が思った以上に色っぽいことに気付いてしまい、咄嗟に視線を逸らしてしまった。
そんなななしの様子を知る由もないクラウドは、雨で悪くなった視界に僅かに捉えた「宿」という文字に、足を急がせた。

「あった。宿だ」

入ろう。そう言ってななしの腕を掴み、先ほど見つけた宿泊所に入ると、肌を打つように激しさを増していた雨が、外の世界へと変わる。ぼたぼたと服から滴る滴は二人の足跡を鮮明に残し、身体に張り付く服にななしはぶるりと身震いした。6月になり、気温も高くなって過ごしやすい時期なのだが、やはりこの時間は空気が冷たく、日中でも太陽が見えない日はまだ肌寒い。濡れて風に晒された身体は芯から冷えていくように。

「うー…寒い」
「部屋が空いているか聞いてくる。ここで待ってろ」

宿の入り口から入って直ぐの右側にある小さな窓口は、カーテンがされていて中は窺えないが、電気が付いているから人はいるのだろう。受付にしては不自然なあり方に、クラウドは不思議に思ったが、寒さに震えるななしを見ているとそんなこと構ってはいられず、足早に窓口の前に立った。


「空いてるかな…」

白い壁は所々薄汚れていて、塗料も剥がれているところがいくつもあり、お世辞にも綺麗とは言い難い。宿、という割には簡素な作りの建物で、エントランスのようなここには自分たち以外の姿はなく、少しばかり不気味だが、それでも今は早くこの濡れた身体をどうにかしたい。なかなか窓口から戻ってこないクラウドに、まさか部屋が空いていないんじゃないかと不安も過ったが、暫くしてクラウドが鍵を手に戻ってきた。

「部屋、空いてた?」
「あぁ…」
「え?どうしたの?何かあった?」

クラウドの手には部屋の鍵、やはり宿は取れたようだが、ななしはもう一度その鍵を見て、あることに気がついた。

「もしかして、部屋一個しかない…?」

そう、クラウドの手にある鍵の数は一つ。それは、同じ部屋で一夜を共にするということを指している。しかしクラウドとななしは恋人なんていう甘い関係ではない。そんな二人が今夜、同じ部屋に泊まるというのだ。アバランチの活動中は資金も限られているため、皆で同じ部屋に泊まることも、野営で雑魚寝をすることも多いから、こういった状況は初めてではない筈なのに。ななしの言葉にどこか気まずそうにクラウドは頷いた。まさかこんなことになるなんて。彼もまた、そう思っているのだろう。だけども、今からまたこの豪雨の中、新しい宿を探す気になれる筈もなく、二人は指定された部屋に向かった。





「うわー!すごい…!!」

扉を開けると、そこには同じ建物の中にあるとは思えない豪華な部屋に、思わずななしは歓喜の声をあげた。入ってすぐに目に飛び込んできた天蓋付きのダブルサイズのベッドに、ちょっとした映画も上映できそうな大きなスクリーンのテレビ。その前に置かれたソファは本革を使用しているのか光沢が美しく、大人二人がゆったりと座れそうなもので、想像以上の部屋の豪華さにクラウドもその青い瞳をパシパシと動かした。

「ここお風呂場かな?」

入り口を入ってすぐの所にある鏡張りになった部屋の扉を開けると、そこはバスルームだった。大きなバスタブはジャグジー付きで、置かれたシャンプーやアメニティグッズも最近街で見かけるブランドものらしく、再びななしから歓喜の声があがった。

「ねぇ!すごいよこの部屋…!一体いくらしたの!?」
「二人で3,000ギルだったかな」
「さ、3,000ギル!?それでこんなとこに泊まれるなんてラッキーだね!」

確かに、その安さでこの部屋とはラッキーといえば聞こえはいいが、何か裏があるのではないだろうか。クラウドにとってはその気持ちの方が強かったが、見渡す限り特に変わったこともなさそうだし、何よりななしが喜んでいる。まあいいか、何かあればその時対処すればいい、そう思うことにして、ななしに先に風呂に入るよう促した。










「…………」


ザァァァァァァ…

聞こえるシャワーの音に混じって時々ななしの鼻歌が聞こえる。彼女は機嫌がいいらしい。濡れた服を乾かし、置いていたバスローブを一枚身につけてクラウドはソファに腰掛けた。ソファは見た目だけでなく座り心地も完璧で、硬すぎず柔らかすぎず、クラウドの疲れた身体を受け止めてくれる。しかし、当のクラウドはと言うと、さっきから何やら落ち着かない様子で天井を見上げたり、目を瞑ったり、辺りをキョロキョロと見渡したり。そして、額に手をやり、項垂れて溜め息を吐いている。ソファの横に目をやると、そこには一つのベッドと天井から垂れる薄いピンクの布。そしてその向こうに見える並んだ二つの枕に、クラウドは再びため息を吐いた。さっきよりも深く、長く。

以前、ティファにななしのことが好きなのかと聞かれたことがあった。もちろんななしのことは好きだが、その好きがティファのいう好きなのかは、そういった感情を持ったことがない自分には分からなかった。ただ、自然とななしの姿を目で追っていて、自分の名前を呼ぶ声は耳心地がよく何度でも聞きたくなるし、大きな瞳に自分が映し出されれば、幸福感にも似た胸の締め付けを感じてしまう。それが「好き」というものなのか、なんなのかはやはり分からないが、それでも自分はあきらかにななしを意識している。それだけははっきりと分かっていた。そんな意中にあるななしと今晩二人きりで同じ宿で泊まり、更には同じ床で眠るなど、クラウドにしては拷問に近いものがあったのだ。
こっちの気も知らずに呑気に聞こえる鼻歌。流れるシャワーの音にすら頭がパンクしそうだ。この壁を挟んだ向こう側でななしが服を全て脱ぎ去り、その身体を清めている。自分とは違う女性らしい柔らかそうな身体を晒して。

考えるな、そう思えば思うほど、頭の中はななしでいっぱいになっていく。ダメだ、気分を変えよう。そもそもこの間接照明だけの部屋がよりそうさせるのかもしれない。電気を付けよう、そう立ち上がってスイッチを探すと、それは鏡張りのバスルームの横に備え付けられていた。きっと情けない顔をしているだろう自分の顔を見たくなくて、鏡に映るベッドをぼんやりと眺めながら、パチっとそのスイッチを押した。途端、目の前の景色が変わった。今まで自分は鏡に映るベッドを見ていた筈なのに、一瞬にして、今、目の前にななしの姿が。それも、一糸纏わぬ姿で。白くきめ細やかな肌を滑るように流れていく泡。丸みを帯びた形のいい尻が露わになり、ふくよかな二つの膨らみからもゆっくりと泡が流れ、うっすらと桃色に染まった場所は泡の隙間から姿を今にも覗かせようとしている。

慌てたクラウドは再び押したスイッチをもう一度押した。人差し指がのめり込むくらいに強く叩きつけるように。

「す、すまない!!!!」

どういうことだ。これは電気じゃないのか。今のは一体、いやそれよりななしに覗いたなんて思われたら、頭の中がパニックになったクラウドに、のんびりと間延びした返事が返ってくる。

「なーに?クラウド、何か言った?」

どうやらななしにはこちら側は見えていないらしい。繰り返されるさっきのシーン。初めて見たななしの身体は美しく、まるで神秘的にも見えた。濡れた肌に滑る泡、徐々に姿を現す白く柔らかな肌を、忘れようにも忘れられるわけがなく。小さく何でもないと返すことで精一杯だった。きっと聞こえてない。首を傾げるななしが想像できる。しかも、あの姿で。

「う…、ダメだ…」

治まらない心臓に、気分を変えようとソファに深く座り、テレビのリモコンを手に取った。が、


『あっ、あんっ!ソコッ!そこ、イィ…ッ!あん!!もっとぉ!!』


ブチッ!クラウドは荒くなった息を隠すこともせず、瞬時に電源を切り、リモコンをソファに叩きつけた。電源を入れた途端大画面に映し出された裸の男女。女の口から漏れる甘いとは言い難い獣にも似た喘ぎ声とぐちゅぐちゅと卑猥な水音。ああもう、なんなんだ、いったいここはどうなってるんだ。ここは、間違いない。所謂ラブホテルだ。ソルジャーとして戦い続けた自分とは縁のない場所だが、神羅に身を置いていたときに、同僚が話しいていたのを何となく覚えている。つまり、男女がそういったことをする場所。俺は、今日、そんなところでななしと過ごすのか…?いや、待て。落ち着くんだ、俺。場所はどうであれ、俺とななしは所詮ただの仲間だ。そう仲間。だから、場所がどうであれ、俺たちには関係のないことだ。ただ、一晩、ここで共に寝て、また明日アバランチとして活動をする。それだけのことだ。いつものこと。冷静になれ…


「クラウド?」


突如後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには目を見開いたななしがいた。バスタオル一枚の姿で。

「きゃぁぁ!こっち見ないでって言ったのに…!!」
「す、すまない…!!!」

いやなんでそんな格好で出てくるんだ!勘弁してくれ!そんなクラウドの心境などななしが知る由もない。彼女とは言うと、部屋の豪華さに浮かれて、着替えも持たずにシャワーを浴びたせいで、タオル一枚で出てくる羽目になっているのだから。何故かテレビの前で立ち竦んでいるクラウドに何度も声をかけても反応がなく、やっと反応したと思ったらこっちを勢い良く振り向くものだから、慌ててななしは隠すように手でその身体を抱きしめた。

「ごめんね、うっかり着替え忘れてっちゃって…」
「そ、そうだったのか」
「クラウド、服着替えるまでこっち振り向かないでね?」
「分かってる」

振り向くものか。絶対に。俺たちは、仲間。ただの、仲間。いつも通り寝て、明日またアバランチとして戦うのみ。呪文のように繰り返すがクラウドの耳に聞こえるのは、バスタオルが床に落ちる音と布の擦れる音。そして、脳裏に過るのは先ほど不本意だが見てしまったバスルームでのななしの姿ばかりで。再び煩悩を打ち消すように呪文を唱え始めたクラウドに、ななしのか細い声がかかった。


「あの、クラウド…もう振り向いていいんだけど…その…変な服しかなくて」

ああ、何となく言いたいことはわかる。こういった場所を利用したことがないから分からないが、今までの流れから言うと、きっと碌な着替えなどここにはないんだろう。次は何なんだ。もういい加減にしてくれ。
意を決してゆっくりと振り替えると、そこにはキャミソールを一枚だけ身に付けたななしがいた。淡いピンク色のそれは、薄い生地でできていて、下に着ている同じ色の下着や肌まで透けて見え、ショーツが見えるか見えないかくらいの際どい丈のそれに、クラウドは目眩を覚えた。こんなのしかなくて、そう言ってもじもじと頬を赤らめ恥ずかしそうに自分を見つめるななしに怒りすら湧いてくるほど。あんたは与えられればなんでも着るのかと。動揺を隠すように一言「まぁ、いいんじゃないか」と言って、クラウドはバスルームへと向かった。そこのスイッチとテレビのリモコンは押さないよう、伝えるのも忘れずに。







続く…?


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