小説 | ナノ


▼ 溶けかけのソーダアイス




数日前、変わった女を拾った。どうやらそいつは住む家も金もないらしい。不憫に思った優しいオイラはそいつを家に泊めることにしてやったんだが、金がないから新しく住む家も簡単には見つかるわけではないらしく。こうして今でもオイラの家に住みついてるって訳だ。仕方あるまい。どうしてもとお願いされたら、心優しいオイラは断ることなんて出来るわけがなく、こいつを暫くの間居候させることにしたのだ。

「どうしたの?」
「うわッ!何だよ、いきなり声かけんじゃねぇよ!うん!」
「だって、デイダラくん一人でうんうん頷いてるんだもん」
「うるせー。ってゆうかおま…っ、服くらいちゃんと着ろよ…!」

この女、名前はななしというらしい。鎖骨まである艶やかでクセのない真っ直ぐな黒髪に、澄んだ瞳。それはまるでまだ男を知らないかのような無垢な瞳にも見えるが、騙されるな。こいつはオイラよりも多分何歳も年上だ。

「えーだって暑いんだもん。この部屋」
「泊めてやってるんだから文句言ってんじゃねぇよ。ま、お前の貧相な身体見てもなんとも思わねぇがな」
「貧相!?今、貧相って言った!?酷くない!?気にしてるのに…!!」

ギャーギャー騒ぐななしに鼻で笑うと更に騒ぎ始めるもんだから、こいつが本当に年上なのか疑問に思ってしまう。学校では言い寄ってくる女は数あまた。女を知り尽くしたオイラには、風呂上りに濡れた髪を低いところで纏め、キャミソールとハーフパンツで出てきたこいつの色気のない身体なんて……
ツっと一雫、毛先から首筋、そして胸の間に水滴が伝って落ちていく。

「あれ?デイダラくん、顔赤いよ?」
「…ッ!あ、暑いからだ!!うん!!」

………油断するな、オイラ。

「ねぇ、今日アイス買ってきたんだ」

そう言って冷凍庫から取り出したアイスを二本見せて、ななしは笑った。冷房の効かないこの部屋は茹だるように暑くて、その冷たさがありがたい。



「うーん、外も風がないから暑いね」
「暑い暑いって言ってたら余計に暑くなんだろ。うん」

アイスを片手にオイラたちはベランダに出た。空気の篭る部屋の中よりは幾分いいが、それでも外は暑い。アイスを持つ指先だけ冷たくて、この暑さだと一気に溶けそうだ。

「デイダラくんだって暑い〜ってよく言ってるくせに」
「オイラはいいんだよ、オイラは」
「なにそれ」

外袋を切り、取り出した水色のカチカチに固まったソーダアイスは、見てるだけでも涼しくなれるくらいに清涼感を感じる。アパートの下から聞こえる賑やかな虫の鳴き声は、纏わりつく蒸し暑い空気と相まって気持ちのいいものではない筈なのに、隣から聞こえるクスクスと漏れる声が、一瞬にしてそれを情緒豊かな光景へと変えてしまう。
暑い暑いと、赤く濡れた舌が、早速溶けかけたソーダアイスに這わされる。下から上に、滴りそうになる雫を舐めとって、ゆっくりと、それでも尚滴る雫をふっくらとした唇でじゅっと吸い付いて受け止めて。伏せた長い睫毛が、雫を追うたびに小さく震えて、隙間から見えるその瞳がまるで潤むように、街頭に照らされて。乾いた喉に、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「あ、垂れてるよ」

ハッと手元を見ると、ポタポタと滴る雫。手を伝っていくそれに慌てて口にアイスを含むと、爽やかな甘さが一気に口の中で溶けていく。隣で笑う声も、纏わりつく茹だるような空気も、虫の声も。このソーダアイスも全部、夏なんだと思わされる。

「美味しいね、アイス」
「ん…」
「また明日も買ってこようかな」
「金あんのかよ」
「あ、あるもん。アイス買うくらいには…」
「はいはい、オイラが買ってきてやるよ」

明日な。そう言うと、ななしはその大きな瞳を数回瞬きを繰り返し、ふわりと笑った。そう、また明日。
目前に広がる空は、まるで一枚の写真のように青からゆっくりと藍色に移りゆく空を写し、散りばめられた星屑にくっきりと白く浮かび上がる月。7月の夜空は、こんなにも綺麗だっただろうか。シャリ、含んだ冷たいソーダアイスが、ゆっくりと口の中で溶けた。






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