小説 | ナノ


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「デイダラくん。朝だよ」

起きて、そう言って布団から放り出された腕を揺すると、重たい目蓋がゆっくりと開いた。

「おはよう。よく寝てたね」

まだ寝惚け眼なデイダラくんは数回瞬きを繰り返したあと、大きな欠伸をしておはようと呟いた。いつも綺麗に纏められている金色の髪の毛が、所々跳ねていて可愛らしい。


「今日はキッチン借りて、朝ごはん作っちゃった」

あれから、1週間が経った。デイダラくんの言葉に甘えて、私は未だここに住まわせてもらっている。といっても私は平日仕事に出ているし、デイダラくんも今は夏休みらしくバイトをしていて、私より遅くに帰ってくることがあるから、一緒に住んでいても1日の内ほんの数時間しか顔を合わせないのだけど。
だがしかし、今日は土曜日で仕事は休み。デイダラくんも偶々バイトが休みだという。こんな側にいてもプラスになるようなことが一つもない私を、無条件で泊めてくれているデイダラくんに、少しでもお礼をしたいと思って、今日はいつもより早めに起きて朝食を作ったのだ。
ジャンッ、なんて下手な効果音を付けて見せたテーブルの上に、デイダラくんはその青い瞳をキラキラと輝かせた。

「うまそう…」
「ごめんね、こんなものしか作れなかったけど」

テーブルの上に並べられた料理を穴が開きそうなくらい見つめるデイダラくんに苦笑いが溢れる。本当に大したものは作っていない。ご飯にお豆腐とワカメの味噌汁、だし巻きたまごと冷やしトマト。昨日仕事が終わった後にスーパーに寄って食材を買ってきたけれど、何せ悲しいことに今はお金がない。今までの家賃の支払はないとは言え、月々の保険料や通勤代、生活費、そして引越しのための貯金など、それらをお世辞にも多いとは言えない給料から差し引くと、私の手元に残るのは雀の餌程度の金額だった。食べ盛りだろうし、本当は焼き魚や青物を付けたかったけど、そんな余裕なんてないのが現実なのだ。

それでもパクパクと大きな口を開けて目の前の食事を「うまい、うまい」と平らげていくデイダラくんを見ていると、少しでも喜んでもらえたのかな、と思えてしまう。
そういえば、デイダラくんは朝から料理をする気にはならないという理由で、いつもコンビニのおにぎりやパンが朝食だと言っていた。それは今の私も同じで、こうして朝から温かいご飯を誰かと一緒に食べるなんて久しぶりで。誰かと一緒に食べる朝ごはんって、それだけで美味しいんだ。今日も窓の外では蝉が元気に鳴いている。



「そういえば、今日休みなんだよな?」
「うん。特に予定もないけどね」

デイダラくんと一緒に住むようになって初めて迎える休日。お金もなければ予定もない。言ってて悲しくなるが、予定がないからと言ってずっと家にいるのも何だかデイダラくんに悪いし、散歩でもしてこようか。ここら辺はスーパーやドラックストアの場所は覚えたけど、それ以外はあまり知らないし、いい機会かもしれない。そんなことを思っていると、デイダラくんが口を開いた。

「じゃ、じゃあ、出掛けるか」
「ん?うん。私も少し出掛けてくるよ。ここら辺、まだあんまり分かんないし」
「いや、ちげーし」
「え?」
「だから!一緒に出掛けるかって聞いてんだ!うん!!」

ガチャガチャと慌ただしくお皿を重ねてキッチンの方に行ってしまったデイダラくんに、私は首を傾げた。

(一緒に?お出掛け?)

何度も言わせるな、とか本当鈍いやつだな!うん!とかぶつぶつ文句を言いながらお皿を洗い始めたデイダラくんの後ろ姿に思わず頬がにやけてしまう。

「ねえ、ねえ。デイダラくん」

顔を覗き込もうとしてもそっぽを向かれ、にやにやが止まらない。だって、ねぇ。仕方がないよ。

「私と一緒にお出掛けしてくれるの?」

デイダラくんと一緒に外に出るのは、出会ったあの日以来だから。

「ねーえ、デイダラくん」

なんだか嬉しくて仕方がない。にやけるなって言う方が無理だもん。

「分かったらさっさと支度しろ。うん」
「ふふ、はーい」

デイダラくんの汗ばんだ肌も、赤くなった頬も、私の大きくなる心臓の音も全部、この茹だるような暑さのせい。





「お待たせ」

折角の休日なんだし、気分を切り替えようと仕事に着ていくブラウスやズボンではなく、私は淡いスカイブルーのノースリーブのワンピースに袖を通した。長めの丈のスカートはそれだけで大人っぽいデザインで、私の夏のお気に入りの一枚でもある。
お化粧もいつもよりちゃんとして、普段は一つに結んだり、降ろしたまんまの髪の毛も、久しぶりに巻いちゃったりして。いつもより準備に時間がかかってしまったけれど、文句ひとつ言わず、デイダラくんは待ってくれていた。肩で揺れる毛先がくすぐったい。

「ごめんね、待たせて」
「お、おう…」
「もしかして、変…?」
「いや別に」
「えー…全然見てくれないじゃん、デイダラくん。やっぱり変だったかな…」
「だあッ!お前本気で言ってんのか!?自分の格好ちゃんと鏡で見たのか!?うん!?」
「え?え?な、何?」
「うるせェ!行くぞ!うん!」
「う、うん?」

何故か捲し立てるように喋るデイダラくんの格好は、すごくシンプルだった。白のロゴが入ったTシャツに、ハーフパンツにサンダル。シンプルなのにお洒落に見えるのは、デイダラくんの整った顔や派手な金髪があるからだろう。
ドアを開けると、ムワっとした空気に襲われる。エアコンの付いていない部屋も十分に暑いけど、それ以上に外は暑い。共鳴するように鳴く蝉の声が更に暑さを助長させていく。

「どっか行きたいとこあるか?うん」
「んー…特にないな。デイダラくんは?」
「じゃあ、ホームセンターで決まりだな」
「ホームセンター?」
「今度バイトのとこに持っていかなきゃいけねーんだ。面倒だけど持って行かねぇとうるさい奴がいるからな。うん」

そう言って顔を顰めたデイダラくんが言うその人は、本当に面倒な人なんだろう。デイダラくんの顔が物語っていた。

「そういえば、デイダラくんって何のバイトしてるの?」
「あぁ、言ってなかったか?芸術家のとこで下請けみたいなバイトしてんだ。うん」
「え!?すごいね…!そういえば、会った時も言ってたもんね。芸術家になるって!」

すごい。夢のためにちゃんとしてるなんて。デイダラくんの夢は、夢じゃなくて現実になるんだろうな。きっと。

「夢もそんな遠くないんだね」
「まぁ、その前に芸大に入るのが先だな。うん」
「えー!芸大か!すご………え?」
「うん?」
「えぇっと、じゃあ今は違う大学に行ってるの?」
「何言ってんだ、オイラまだ高校生だぞ。うん」
「は?」

は?オイラ、まだ、高校生…?頭の中でデイダラくんの言葉を噛み砕くように繰り返す。
高校生、高校生、高校……

「高校生!?」
「ぅわっ!何だよいきなりデカい声出すな!うん!」
「な、何それ!!聞いてない…!!デイダラくんが高校生なんて!!私…っ」

聞いてないし、私も聞いてなかった。だって、ずっと大学生だと思っていたから。高校生って、だって10代ってことでしょ?待って、そんな。いくらなんでも。
私の心中を察してかデイダラくんが呆れたように「聞かれてねぇもん」って。聞いてないよ、聞いてない私も悪いけどさ。でもさ、

「何で言ってくれないの!?」
「だーかーら、聞かれてないからだっつってんだろーが!!うん!!」
「なんで!?言ってよ!!」
「なんで聞かれてもねえのに言わなきゃなんねぇんだよ!!」
「だって、そんな…!じゃあ私、高校生の家に居候してることに…ふがっ」
「うるせーぞ!!うん!!」

声を上げて問題発言する私の口元を、デイダラくんはその大きな手で塞いだ。いつの間にか着いていた店の前で口論を始めた私たちをジロジロと怪しいものを見るように、訝しげな顔をして通り過ぎる人たち。こんなところで言い合うのは他人の迷惑にはなると分かっていても、驚かない方がおかしい。
だって、私、一人暮らしの高校生の家にずっと居候してたなんて、言葉だけ聞くと犯罪同然だ。

「か、帰る。今までありがとう、デイダラくん」
「はぁ!?何言ってんだよ」
「私まだ捕まりたくない」
「何意味分かんねーこと言ってんだ!うん!」
「ちょ、離してよ…!」
「誰が離すか!!」

踵を返そうとした私の腕をデイダラくんが掴んで離さない。引っ張っても押してもビクともしないし、抗議しようと振り返ったら、そこには怒った顔をしたデイダラくんがいて、私は思わず息をのんだ。

「年、そんな関係あんのかよ」
「だ、だって…さすがに高校生は…」
「高校生はダメで、大学生はいいのか?たった1、2歳の違いってなんだよ」
「そ、それは…」

常識的に考えて、世間的に考えて。尤ものことなのに、その言葉を口にすることができない。どうして、そんなに傷付いたような、悲しい顔をするの?
口籠る私にデイダラくんの腕の力が抜けていく。

「お互いがよけりゃそれでいいんじゃねぇのかよ」

そうだけどさ。そうじゃないんだよ、デイダラくん。デイダラくんが思っている以上に、世間って厳しいんだよ。気持ちだけじゃ、どうにもなんないこと、世の中にはたくさんあるんだよ。

「…嫌なら出て行けよ。鍵はポストん中入れとけ」

黙ったままの私にデイダラくんは溜息を吐き、ポケットの中から取り出した鍵を私の手に置いて、店の中に入っていった。
自動ドアが閉まって、人混みに紛れて、小さくなっていくデイダラくんの背中。


あの日、たまたまデイダラくんに拾われて、なんの不自由もなく生活できた私。
朝起きたらデイダラくんがいて、帰ってきてもデイダラくんがいて。一緒に食べるご飯は美味しくて、デイダラくんとする他愛もない話はいつも楽しくて。たまに照れた顔が可愛くて。夢に向かって走るデイダラくんは眩しいくらいにかっこよくて。
家も、お金も、恋人も失った私が何事もなく生きているのは、紛れもなくデイダラくんのお陰だった。誰よりも私のことを心配して、支えてくれたのは、デイダラくんだった。


「待って…!!!」


気がついたら店の中を走っていて、人混みを掻き分けて、その腕を掴んだ。

「ごめん…」

見開かれたその瞳に一瞬怯んだけど、伝えなきゃ。こんな終わり方、きっと間違ってる。

「私は、まだデイダラくんと一緒にいたい」
「……」
「だから、もう少し一緒にいてもいい…?」
「…『世間体』はいいのかよ」
「デイダラくんがいいって言ってくれるなら、いいかなって」
「都合いい奴」
「そ、そうだよね…」

本当、その通りだと思う。だけど、それでも、

「グダグダ難しいことばっかり考えすぎなんだよ」
「わっ」

そう言ってデイダラくんは私の頭をぐしゃぐしゃと混ぜた。折角セットしたのに、そう言おうと思ったけど、髪の毛の隙間から見えたデイダラくんの顔があまりにも優しくて、そんなこと言えなくて。変わりに「ありがとう」って呟いた私に、デイダラくんは「変なやつ」ってほんのり頬を染めて返した。





「あ、」

デイダラくんが買い物している間、特にすることもない私はうろうろと店内を見て回っていた。すると、ある一角に足を止めた。

「自家栽培…」

デカデカと看板に書かれた文字の通り、そこいは自家栽培のできる苗や種が売られていた。金欠な私からすると節約に繋がる美味しい言葉だが、目の間にあるプランターたちを見て、流石に人の家ではできないなと苦笑いを漏らした。
自給自足が出来たとしても食費の足しになるには相当な数を育てないといけないだろうし。現実的じゃないな、とデイダラくんのとこに行こうとしたとき、他のものに比べて随分と小さなプランターに目が止まった。

『肥料入り、水を上げるだけ!』

そうパッケージに書かれた文字と、丸い艶々の身を並べた写真に、思わず手を伸ばした。



「で、気付いたら買ってたのか?うん?」
「は、はい」
「ぶっ、どんだけ金に困ってんだよ」
「だって…!もう!言い返せない悔しい!」

レジの前、お会計をしながら言い合う私たちに、店員さんが面倒くさそうにお釣りを渡してくれた。早くどっか行け、そんな顔をして。

「ミニトマトくらいオイラが買ってやるってのによォ…くくっ」
「あーもう!絶対美味しいミニトマト作ってみせるんだから!」
「はいはい、期待して待ってやるぜ。うん」
「もう!」

節約を期待するなら、こんな小さなプランターじゃ足りないって分かっているのに、私は結局これを手に取っていたのだ。お金に困ると、どんなことでも縋りたくなるのか。こんなプランター一つにも。袋に詰めて買い物カゴを戻していると、デイダラくんが手を出していた。

「なに?」
「ん」

寄越せ、そう手招きして私の手から袋を持っていった。

「軽いから持てるよ?」
「転んで割れたりしたらこいつが可哀想だろ。うん」
「……ふふ、うん。そうだね」
「……」
「ありがとう、デイダラくん」


別に、そう呟いたデイダラくんの頬が赤いのも、私の頬が熱いのも、全部この茹だるような暑さのせいだから。










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