小説 | ナノ


▼ 03




彼の優しさに触れることで堰を切ったように咽び泣き始めた私の背中を、彼は何も言わず摩りながらそばにいてくれた。優しくて温かい手だった。
彼の言うように住む場所もなく行く当てもない私は、「彼たち」が住む場所に案内してもらうことにした。


「錆兎…。その子は」

案内された家に行くと、天狗の面を付けた男の人が出てきた。その異様な風貌に驚いていると、彼は大丈夫と一言だけ言って、その人を見上げた。

「ただいま戻りました。鱗滝さん」

鱗滝さんと呼ばれたその人はため息を吐き、彼ーー錆兎という名のようだーーの首根っこを掴み、ヒョイっとその面の高さまで持ち上げた。身長の高い鱗滝さんに彼の腰くらいまでしかない錆兎が持ち上げられるとその差は歴然で。顔を赤くしてバタバタと暴れる錆兎は、さっきまでの強くてかっこいい男の子とは別人のようで、その年相応なその様子に少しだけ驚いた。

「お前はまたこんな夜中に一人で勝手に外に出て。何かあったらどうするんだ」
「鱗滝さん、離してください!俺はもう一人で鬼を倒せるくらい強くなったんだ!それに、この子が鬼に襲われてるところを助けてきたんです!」
「全く、お前という奴は…。義勇と真菰はどうした。お前が一人で外に出ないように見張っておけと伝えたのに…」

そう言って再び深いため息を吐き、錆兎を降ろしたあと、鱗滝さんは私の方にその面から覗く目を向けた。
怒られるか、追い出されるか…近づく手に心臓は早鐘を打ち、ぎゅっと目を瞑った。だけど、その手はソッと肩の上に置かれただけで、不思議に思い目を開けると、赤い天狗の面から覗く瞳が弓形に細められていた。

「安心しなさい。もう大丈夫だ」

それは、全てを理解したような声だった。ここに来るまでに起きたこと、私の心の中、全部を知っているような、そんな声だった。
なんて温かくて優しいんだろう。錆兎も鱗滝さんも、触れる手や耳に入る声音はどうしてこんなにも。水知らずの人間に、どうして。溢れる涙を拭うこともせず、震える唇で「はい」と答えるのが精一杯だった。そんな私に錆兎は、少し困ったような笑顔を向けていた。

「行く場所がないなら、好きなだけいなさい。但し、この子をここに置く代わり、錆兎。お前が夜に一人で外出することを禁ずる」
「な…ッ!鱗滝さん…ッ!!」
「お前の実力は十分に分かっている。ただ、一人で行動することは危険すぎる。これから剣士として生きていくのなら、それだけは覚えておきなさい。それに……この子をここに置くんだろう」
「…分かりました」

俯く錆兎に何て声をかけていいか分からず彼の名前を呼ぶと、錆兎は振り向かずに私の手を取って「部屋を案内する」と屋敷の中に入っていった。




「ななし、朝食の時間だ。…少し眠れたか?」
「錆兎…、うん。もう大丈夫だよ、ありがとう」

案内された部屋で横になること数時間。いつの間にか日は昇り朝を迎えていて、部屋に錆兎が様子を伺いに来てくれていた。正直昨夜の出来事もあり、ほとんど眠れてなかったけれど、これ以上心配かけたくないと笑顔を向けると、錆兎はホッとしたように笑って「あまり無理するなよ」と頭を撫でてくれた。

「ねえ、錆兎。あそこで覗いている子たちは誰?」

ふと、視線を感じて顔を上げると、襖の隙間から自分より少し幼い顔をした男の子と女の子が覗いていた。

「ああ。二人とも、紹介するからこっちに来い」

錆兎に呼ばれた二人は少し驚いた顔をしたけれど、顔を見合わせた後、ゆっくりとこちらに近づいてきた。一人は肩まである黒髪の優しそうな可愛い女の子、もう一人は黒髪に青い瞳が印象的な大人しそうな男の子だった。錆兎がここには年の近い子がいると言っていたのを思い出した。この子たちもまた、鱗滝さんに助けられた子たちなのだろうか。

「初めまして、ななしです。昨日錆兎に鬼に襲われそうになったところを助けてもらってここに来ました」
「初めまして、ななし。私は真菰。よろしくね」
「えっと、義勇……」

花が咲きそうな可愛らしい笑顔の真菰と、その後ろで恥ずかしそうに顔だけを覗かせた義勇。二人は年下だろうか。握った手は小さくて子供のそれだったけど、所々に傷があり、触れた掌は信じられないほど硬かった。

聞くと三人は私よりも三つ下だという。真菰と義勇は顔が幼いからか、その控えめな性格故か年下なのはすぐに分かったけれど、錆兎が年下だったのは少し意外だった。割と年も近かったこともあり、私たちはすぐに仲良くなった。
錆兎曰く、鱗滝さんは昔、鬼殺隊という字の通り鬼を滅する組織に属していたらしい。今は私のように親を亡くした子供や、身売りされそうになった子供たちを引き取り、育てているんだと。皆、子供達は鱗滝さんのことが大好きで、鱗滝さんと同じく鬼殺隊を目指す子が多く、錆兎たちもそうなんだと教えてくれた。
今まで農家で育ち、クワしか握ったことがなかった私だったけど、両親の仇と助けてくれた錆兎や鱗滝さんの役に立ちたいという気持ちで、鬼殺隊になりたいと思うまでにそう時間はかからなかった。

そうして鬼殺隊になるべく、四人で鍛錬に励む日々を送った。刀など振るったことのない私だったけど、真菰の的確なアドバイスに義勇との数え切れないほどの手合わせ、そして錆兎の容赦ない稽古に少しずつコツを掴み、最初の頃よりは動きも様になってきたと思う。鍛錬で外に出る時は、よく私が昼食を作っていた。仕事で忙しい母に変わり、昔から食事を作る機会が多かったせいか、料理は得意だった。

「錆兎、少し休憩しない?お腹空いてきちゃった」
「そうだな。そろそろ休むか」
「やった!ななし、今日は何?」
「ふふ、今日はね、おにぎりと卵焼きだよ」

そう言って包みを開けると三人からは歓喜の声が上がった。目をキラキラと輝かせ、弁当を覗き込む姿は子供らしくて微笑ましい。弟や妹がいたらこんな感じなんだろうか。

「ちょっと焦げちゃったんだけど、どうかな…」

早く食べたいとウズウズする三人に包みを差し出すと、一斉に箸が伸びてきて、卵焼きがそれぞれの口に入ろうとした時だった。

「い…ッ」

義勇の手から箸が滑り落ちたのだ。見ると箸を握っていた手はさっきの鍛錬で人差し指がぱっくりと切れていた。止血はされてるものの、傷は深く、触れるだけで痛みが伴うだろう。心配する私たちを他所に、義勇は地面に落ちて形の崩れた卵焼きを悲しそうに見つめていた。

「義勇、卵焼きは一人二つまであるから、私のを一つあげるよ」
「でも、それじゃあななしの食べる分が少なくなる…」
「私は朝ごはん沢山食べたから大丈夫よ。ね?」
「う、うん。分かった」
「あ、待って義勇。その手じゃ食べられないでしょう?はい」

卵焼きを箸に取り、口元まで持っていくと、その意図が分かったのか頬を赤らめる義勇。なかなか口を開けない義勇に催促するよう「ほら」、と声をかけると、おずおずとその口を開いた。

「美味しい…」
「ふふ、よかった」

嬉しそうに口元を綻ばせて笑うその顔が可愛くて、その頭を撫でるとリンゴの様に頬が赤くなった。そんな私たちを錆兎がじっと見ているものだから、私はてっきり錆兎もして欲しいのかと思い、再び卵焼きを箸に取り錆兎の口元まで運んだのに。

「錆兎も、あーん」
「…ッ!お、俺は自分で食べられる…ッ」

そう言って頬を真っ赤に染めた錆兎は慌てて残りの卵焼きを口に放り込んでしまった。

「ねえ、錆兎。それななしのじゃない?」
「あ…」



皆で過ごす時間は賑やかで楽しくて、私たちはまるで本当の家族のようだった。このままこんな時間が続けばいいのに、そう思っていたのにやっぱり運命とは残酷なものだ。一体私たちはどれだけ大切なものを失えばいいのだろうか。これ以上失わないため、大切な人を守るため、強くなろうとしていたのに、別れはいつも突然やってくる。

あれは、最終戦別の日だった。




「忘れ物はないか。皆、必ず生きて帰ってくるんだぞ」

鱗滝さんはそう言って、一人ずつ頭を撫でた。太くごつごつして、深い皺が刻まれた大好きな手に、皆が必ず帰還すると信じて疑わなかった。
藤襲山に向かい、藤の花を潜り中へと足を踏み入れると、そこは霧がかった空気に木々が鬱蒼と生い茂っていて、視界はとてもいいとは言えないような場所だった。
鬼が、いる。ここに、数え切れないほどの鬼が。そう思うと、ふつふつと怒りが湧いてきて、日輪刀を握る手に力が入った。冷静になれ、鱗滝さんから教えてもらったこと、皆でやった鍛錬のこと、今まで通りやればいい。呼吸を、絶対に乱すな。

「どうする?二手に別れる?」
「いや、向かうところは同じなのだから、別れる必要はないだろう。人数が多いほど此方に勝ち目がある」

錆兎の言葉に私たちは頷いた。そう、目指す場所は同じなのだから。それから私たちは向かってくる鬼の頸を次から次へと切り落としていった。ここにいる鬼はきっと人も食べていない分、弱い鬼ばかりなのだろう。容易く刃がその頸を突くのだから。きっと外にはもっと強い鬼がいるだろうに。塵になり何一つ残らないその姿は、殺したって何も残してくれない。鬼に殺された人たちは、鬼を殺しても戻ることはない。ただ、憎しみは増すばかりで、ぶつけようのない感情ばかり増していく。

「もう少し行けば、出口が見えるかもしれない」
「うん、このまま進もう」

そう言って足を進めようとした私たちだったが、真菰がぴたりとその歩みを止めた。

「真菰?どうしたの?」
「…義勇、怪我してる」

真菰の言葉に振り返ると、そこには痛みに顔を歪めた義勇がいた。隠した右腕から、伝うように血液が滴っている。

「義勇!それ、どうしたの!?」
「さ、さっき…ちょっと掠っただけだから大丈夫だ」

大丈夫、そんなレベルの出血量じゃない。じわじわと土の上に染みを作るそれは、止まることなく滴っている。きっと、さっきの鬼と戦った時だ。視界の端に見えた義勇の動きが少しだけ鈍っていたのは、きっとこのせいだ。失血死する程ではないが、早く止血しなければ、戦いに支障がでるのは目に見えている。早く、止血を。そう口にする前に、先に錆兎が口を開いた。

「何をやっている!義勇!!呼吸を集中させろ!止血させるんだ!今すぐに!!」

義勇の肩がビクリと跳ねた。目を閉じて、ゆっくりと息を吸う。深く、深く。滴る血液が少しずつ抑えられていく。早く。あと、もう少し…

あと少し、その時だった。凍てつくような、麻痺するような、そんな気配を感じたのは。



「な………ッ!!」


目を疑った。そこには、今までの鬼とは比べものにならないくらいの鬼がいたからだ。頸を隠すように何本も生えた手。大きさも、気配も、何もかも、桁違いな鬼が。カタカタと震える手は、その存在にか、怒りにか、否きっとどちらにも。


「まさか、こんな大型な鬼がいるなんてな」


日輪刀を構え、錆兎が一歩前へと出る。鬼は、人間を食べた分だけ強くなるという。この鬼は一体…


「おい、鬼!一体人間を何人食べた!!その腐った身体、骨の髄から塵にしてやる!!」


怒りに任せた錆兎の声が、森の中に反響する。きっと、多勢の人たちが、この鬼に食べられている。何の罪もない人たちが、一瞬でその命を、幸せを奪われている。腸が煮えくり返りそうなほどの強い憎しみが湧きがる。
すると、鬼は堪え切れないとその身体を震わせ始めた。

「クックックッ。また鱗滝の子供たちがきたな」
「どうして鱗滝さんのことを…」
「俺をここに閉じ込めたのは鱗滝だからなァ。覚えてる、覚えてる。その面、厄除の面と言ったか?それが、目印なんだ。それをつけてるせいで皆食われた」



「俺になァ」



鱗滝さんは言っていた。もう、子供たちを失いたくないと。詳しくは聞いたことがなかった。鱗滝さんの悲しむ姿は見たくなくて、聞くことなんて出来なかった。だけど、狭霧山にある、大きな岩の前で毎日手を合わせる鱗滝さんを見ていたら、何となくわかってしまった。


ーーー皆、帰ってこなかったんだと。

鱗滝さんの子供たちを食べた鬼はここ、藤襲山にいる。必ず、その鬼の頸を私たちの手で切ってやる。口にはしなかったけど、皆がそう思っていた。そして、その鬼が、今目の前に。
呼吸が、苦しい。殺らなきゃ、こいつを。生かしててはいけない。こいつは、私たちが――ッ

怒りで、憎しみで震える手で、日輪刀に手をかけた時だった。

「う…っ」
「義勇…ッ!!」

地面に膝をついて倒れる義勇に駆け寄ると、その顔は血の気が引いたような青白い顔だった。腕を見ると、塞ぎかかっていた傷口は開き、ドクドクと血液が流れ出ている。まずい、止血に失敗した。鬼の気配で呼吸が乱れたんだ。このままだと義勇が…


「ななし、」

私たちの前に立つ錆兎が振り向かずに言葉を続けた。獅子色の髪が、風で揺れるその様は、この場に似つかわしくない程穏やかで、その声は、強く、揺るぎないもので。まるで鼓膜を震わせるような声だった。

「義勇を連れて、お前は逃げろ」
「でも…!!」
「ここは俺と真菰に任せろ。今の義勇は戦えない。それはお前も分かるだろう」
「……ッ」
「逃げることは、負けではない。命を失えば、その先何を望んでも叶えることはできない」

何も、言い返せない。

「ななし」

振り向いた真菰が優しく笑った。いつものように、柔らかで、温かい笑みを浮かべて。
私は抜いた日輪刀を鞘に納め、義勇の肩を抱えた。

「義勇、行こう」
「ごめん…っ、僕が弱いせいで…ッ」

打ちのめされ、涙を浮かべて震える義勇の肩をぎゅっと抱きしめる。泣くな、義勇。泣いたら、負けを認めることになる。そんな気持ちを込めて強くその肩を抱いた。


「錆兎、真菰、必ず戻ってきてね」


後ろで土を蹴る音と、何かが切れる音がする。
きっと、大丈夫。私たちは鍛錬を十分にやってきた。二人はあの鬼の頸を必ず、切る。必ず、勝って帰ってくる。

そして、私たちは東へと向かった。朝日が一番早く上る場所に。出血のせいで義勇は意識を飛ばし、途中で出会った少年に手伝ってもらい、私たちは走った。先に行って、二人の帰りを待っていよう、そう思っていたのに。


戻ってきたのは、彼らの血濡れの着物と、粉々になった狐の面だけだった。















「皮肉な話よね。誰よりも強く、誰よりも鬼殺隊にならなければならなかった彼らが、志半ばで亡くなってしまうなんて」

二人が負けるなんて誰が思っただろうか。誰よりも強く温かい二人が、どうして死ななければならなかったのか。いつ死ぬか分からない、そんな場所にいたとて、その事実が悲しくて許せなかった。悔しかったろう、苦しかったろう、強くあろうとしたあなた達にとって、負けることは。

「これはね、形見なの」

鬼殺隊を辞めた今も、肌身離さず身に付けている短刀の柄には、真菰の着物で作った飾りがあった。鬼殺隊だった当時、日輪刀に付けていたそれは、刀を持たなくなった今ではこの護身用の短刀に付け替え、持ち歩いている。もう擦り切れて所々色褪せて生地も薄くなっているところもあるが、可愛らしい花柄の着物は、真菰によく似合っていた。見るたびに、柔らかな笑顔が脳裏に浮かんで心臓を抉られるような気持ちになってしまうのは、今でも変わらない。

「それは…」
「もう鬼殺隊じゃないのにね、どうしてもこれだけは手放せなくて」

そんなに珍しいものでもないのに、短刀を食い入るように眺める炭治郎くんは口を開いた。

「…どうしてななしさんは鬼殺隊を辞めることになったんですか?」
「ええ、そうね。それはねーー」


丁度今の炭治郎くんと同じくらいの齢だったかもしれない。それから、残された義勇と私は鬼殺隊に入隊し、日々鍛錬に励み、順調に階級も上げていった。私たちは時間が許す限り、いつも一緒にいた。まるで、家族のように。そして、私たちの心にはいつもあの二人がいた。託された想いを胸に、ただひたすら鬼を狩り、己の業を成し遂げるために、刃を振るう日々を送っていた。

それなのに、私はある任務で大怪我を負ってしまった。左腕と左足に、神経を傷つけるほどに深い傷を。もう戦えないのか。目の前の光を失った。ただ鬼を滅するためだけに刃を振るい、生きてきたというのに、生きる意味を突然失った私は、何のために生きればいいのか。同じ志を胸に刃を振るってきた義勇とは、もう一緒に同じ道は歩めないのか。




「カナエ、この傷は治る…?」

蝶屋敷で傷の手当てをする同僚に声をかけると、彼女はその長い睫毛を伏せた。きつく結ばれた唇に、全てを悟った。やはり、もう私は戦えないのだと。
指先まで痺れていて、感覚が鈍い。一度傷ついた神経は、二度と戻らない。拳を強く握ることすら叶わなくて、ただ一筋の涙を流すことしか出来なかった。泣くな、泣くのは、負けを認めたのと同然だ。いつかの言葉が浮かんだけれど、止めることなんて出来なかった。


「カナエ、私がここにきたことは、誰にも言わないで」


誰も知らなくていい。
そして、私はひっそりと鬼殺隊から身を引いた。

消息を絶った私の身を、彼は血眼になって探していたと噂で聞いた。それでも私は本部から離れた場所に、出来るだけ鬼殺隊が手薄になっている場所に身を潜めたのだ。
どんな顔をして義勇に会えというのか。自分の身勝手な気持ちで彼を酷く傷付けた。義勇にも、私にも、寄り添える場所は互いにしかなかったというのに、私は彼を裏切り傷付けたのだ。

「きっと、二人にも呆れられてるかもしれない。仲間を切り捨て、仇も取らず、何やってるんだって」

短刀の飾りに触れると、着物の少しざらざらとした感触が懐かしい。まるで、真菰の肩に触れたときのように。

「二人は、そんな風に思ったりしません」
「え?」

炭治郎くんの耳飾りが軽やかに揺れて音を奏でる。

「きっと、あの二人はななしさんのことを優しく見守っていると思います」


二月ばかり前に出会った竈門炭治郎という少年は、不思議な少年だった。炭治郎から紡がれる言葉はなんの隔たりもなく心にストンと入ってくる。きっとそれは彼の嘘偽りのない言葉だからなのかもしれない。嘘、偽りのない言葉。だとしたら、彼は、


「錆兎…っ、真菰…っ」


溢れ出る涙を止める術は知らない。悲しみと、安心と、ぐちゃぐちゃになった感情は抑えようにないくらい溢れ出ては涙となり、頬を濡らしていく。声を上げ、泣きじゃくる私の背中を、炭治郎くんは優しく撫でてくれた。まるで、あの日、泣き止まない私に錆兎がしてくれたように。その手は苦しいくらい温かくて、優しい手だった。






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