小説 | ナノ


▼ 揺れ動いた恋心



「まあ、禰豆子ちゃん」
「うー!うー!」

黒く艶のある長い髪を揺らしながら嬉しそうに走ってくる少女に思わず笑みが溢れる。ぽふんっと音を立て腕の中に収まる小さな体をぎゅっと抱きしめると、また嬉しそうに禰豆子は「うー」と声を漏らした。
よく見ると彼女の頭の上には淡い桃色の花冠がちょこんと乗っていた。まだ水々しさを残した茎は丁寧に編み込まれており、繊細な造りを見るにこれを造ったのは女性だろうか。ここ蝶屋敷に住まうあの三人娘と働き者の少女、そして口数は少ないが最近表情が柔らかくなった少女の顔が頭に浮かんだ。

「蝶屋敷の人に作ってもらったのかしら。禰豆子ちゃんにとっても似合っているわ。可愛らしい」
「うーうー」
 
花冠を崩さないように幼女特有のコシのない柔らかな髪を撫でると、腰にしがみつく腕に力が入った。
気持ちよさそうに瞳を細めるその表情は純粋無垢そのもので。この口枷がなければ、どんな顔で笑ってどんな言葉を伝えてくれるのだろうか。幼くして兄以外の家族を失い自らも鬼となり、それでも自分の中に住まう鬼に負けず。必死に人間として生きる禰豆子の楽しそうに笑う姿を見ると、時々胸が締め付けられる。
小さな体に似合わず背負うものが大きすぎる彼女に「楽しい」「幸せ」そう感じれる時があること程、喜ばしいことはない。

彼女から見ると自分は姉というより母親という方が近しいか。禰豆子の母親がどういう人だったかは知らないが、兄弟はたくさんいたと彼女の兄が以前教えてくれたことがあった。きっとこの子たちを育てた人だ。優しく穏やかで、それでいてパワフルな人だっただろう。まだ子はおらずとも、自分も女だ。子どもを育てるのが容易でないことは分かる。
少しでもその寂しさを埋められればと、腰にしがみつく小さな体を抱きしめた。

「ん?なあに?」
 
不意に着物の袖口をクイクイっと引っ張り訴える禰豆子。言葉にはならないが、身ぶり手振りで必死に何かを伝えようとしている。

「もしかして、私にも作ってくれるの?」
「うー!」

どうやら、その頭に着いた可愛らしい花冠を自分にも作ってくれるそうだ。勢い良く首を縦に振る姿に「では、お願いしようかしら」と手を伸ばすと、小さな紅葉型の手が重なった。





禰豆子に引っ張られるがまま着いた先は、蝶屋敷の敷地から幾分離れたところだった。

「まぁ…綺麗な所ね。こんなところがあったなんて初めて知ったわ」
 
そこは、見渡す限り緑と淡い桃色が広がっていて、青い空とのコントラスがとても綺麗な場所だった。近づいて見ると淡い桃色は秋桜だろうか。禰豆子の花冠と同じものだ。

「ここで皆で花摘みをして作ったのね」
「うーうー!」
 
両手をこれでもかと広げ、禰豆子は得意げに胸を張って頷いた。

「じゃあまずは、花摘みをしましょうか」
 
数えきれない程の秋桜が揺れる中から、手前にあった一輪を手に取った。茎は若々しく禰豆子の花冠のものと同様に水々しい。柔らかく湿り気を帯びた土壌や太陽の光をめいいっぱいに浴びれるここは、育つには十分な環境なのだろう。一枚一枚の花びらは青空に向かっていくように咲いている。
それから私たちは花摘みをして、何輪かを手に花畑の中に腰を降ろした。禰豆子は真剣な表情で茎を編むが、何度やっても満足いく出来にならないのか、不満げに声を漏らしている。その姿がなんとも可愛らしくて口元が緩んでしまう。
こんな穏やかな時間はいつぶりだろう。思い返すと最近はなにかと慌ただしく、こうしてゆっくりと座ることもなかったかもしれない。
偶にはこんな時間も必要だな、そんなことをぼんやりと考えながら手を動かしていると、誰かに呼ばれる声がした。

「禰豆子ー!!」
「あら、この声は…」
 
聞き覚えのある声に腰を上げると、そこには禰豆子を溺愛する兄の炭治郎が、手をブンブンと振りながらこちらに向かって走ってきていた。その横にはよく見知った人物もいる。

「炭治郎くんと、…それに義勇まで。どうしたの?こんなところに」
「こんにちは、ななしさん!ちょうどこの近くで義勇さんと鍛錬をしていたんです!そしたら二人の姿が見えたから…」
 
炭治郎の服は所々土で汚れていて、今日も鍛錬に精を出していたのだろう。少し恥ずかしそうに笑うその顔が、禰豆子に似ていてやっぱり兄妹なのだと思い、ついついその頭に手が伸びてしまった。

「そっか。頑張ってるのね、炭治郎くん」
 
ぽんぽんと数回頭を撫でると火が出そうなほど真っ赤になってしまい、ああこれは大変と思いその横を見ると、案の定不満そうな顔をした義勇がいた。
普段あまり変わらない顔が、前面に感情を押し出しているものだから、思わず吹き出しそうになったけれど、そんなことをすれば余計に彼の機嫌を損ねてしまう。ぐっと堪えて、「お疲れさま」と笑顔で伝えるが、それでもその不満そうな表情は変わらない。
でもそれも想定内だ。そっと手を伸ばし、名前を呼んでふわりと頭を撫でると、ほら。やっと表情が和らいだ。

「ところで、二人はここで何をしていたんですか?」
「禰豆子ちゃんと一緒に花冠を作るのにここで花摘みをしていたの」
「そうなんですね!あ、それでこれを付けてたんだな。似合っているぞ、禰豆子」

兄に褒められて禰豆子は嬉しそうにぴょこぴょこと飛び跳ねた後、炭治郎の着物を掴んだ。

「わっ!なんだ?禰豆子。え?ここで皆んなで一緒に作る?」
「うー!」
「だめだ禰豆子。兄ちゃんはまだ義勇さんと鍛錬の途中なんだ」
「うー…」
「仕方がないだろう、禰豆子。これも兄ちゃんの仕事の一つなんだぞ」
「…俺はいい」
「ほら、義勇さんも鍛錬に戻るって言ってるだろ」
「…いや、いい」
「帰ったらちゃんと手を洗って、兄ちゃんが戻るまでいい子にしてるんだぞ」
「…炭治郎」
「はい!何ですか、義勇さん!俺は勿論義勇さんと鍛錬に戻りますよ!!」
「炭治郎…、俺はいい」
「え?」
「だから、俺も作る」
 
そう言って義勇は表情を変えないままその場に腰を降ろした。呆気に取られて固まる炭治郎だったが、義勇も実は花冠を造りたかったのかと解釈したようで、嬉しそうに「じゃあ俺も造ります!!」とニコニコと屈託のない笑顔でその場に腰を降ろした。
相変わらず言葉足らずの義勇のことを理解しようとしてくれる弟弟子とはやはり相性がいいのかもしれないと思う反面、何故だか少し心配になったのも事実だ。

「ふふ、じゃあ皆でやりましょうか。あ、でもお花が足りないかもしれないわね」

さっき摘んだ花は既に殆ど使ってしまったため、手元には数本しか残っていなかった。

「じゃあ禰豆子!兄ちゃんと一緒に行こう」
「うーー!」

言うや否や兄の手をがっしりと掴み、二人は走って行ってしまった。そんなに遠くに行かなくてもここにはそこら中に咲いてるというのに。仄かに染まった炭治郎の頬がその真意を物語っていた。

「炭治郎くん、気を遣わさせてしまったかしら」
「…かもしれない」
「ふふ、出来る弟弟子でよかったわね」
「色々不都合なこともある」

そう言って苦い顔をしていても優しい声音に彼を信頼しているのがよく分かる。義勇にまた心を許せる人が側にいてくれてよかった。一度閉ざしてしまった心をまた開くのは容易ではないから。
そよそよと頬を撫でる心地よい風に乗って花や土の香りが鼻を掠める中、茎の輪を潜らせて花の位置を整えて。二人の間に静かな時間が流れる。いつだったか、同じ光景があった気がする。そう、あれは…

「 ななし 、」

名前を呼ばれ、振り向くと、空よりもずっと深い蒼がこちらを捉えていた。
凛としたその表情にドキッと胸が鳴り、そっと指先を掴まれた拍子に、手に持っていた花冠を落としてしまった。作りかけだったそれは簡単に解けてしまい、作り直しだなんて思う余裕はなくて。目の前の光景に息をのんだ。

「義勇…」
「昔、お前にこうした記憶がある」

左手で指を持ち、反対の手で壊れないようにゆっくりと通されると、薬指に小さな花が咲いた。

「…うん、よく覚えているね」
 


昔、義勇、錆兎、真菰の四人で花摘みをしたことがあった。実際に花摘みをしていたのは私と真菰で二人は見ているだけだったけど。その時もそう、こんな穏やかな時間が流れていた。 
なんでも器用にこなす錆兎が何となく作った花の指輪。子供が作るそれに深い意味なんてなかったけれど、すごく綺麗で可愛らしくて、私は錆兎に付けて欲しいと強請った。けれど錆兎は「そういうのは好いたもの同士がやることだ」と結局指には付けてくれず。本当に真面目で誠実な性格だ。ただ女の子なら一度は憧れる「お嫁さん」の真似事をしたかっただけの私は肩を落とした。
それを見ていた義勇が、いつの間にか私たちに気付かれないように、錆兎の真似をして作っていたのを知ったのは、その次の日のことだった。
義勇の部屋に行ったときに机の上に置かれていたそれに、私が気が付いたのだ。必死に隠そうとする義勇だったけれど、気になった私が何度も義勇に問い詰めると、降参した義勇は私のために作ってくれたことを顔を真っ赤にしながら教えてくれた。
それはとても歪で大きさもぶかぶかで、指輪とは言い難い代物だったけれど、不器用ながらも一生懸命作ってくれた義勇の気持ちが嬉しくて。誰にもバレないようにこっそりと小指に付けて貰ったのを覚えてる。喜ぶ私とは反対に不格好なそれに義勇は不貞腐れていたのも懐かしい。



「やはり、錆兎のようには上手くできないな」
「錆兎は器用だからね。でもあの頃よりもずっと上手よ」
「そうか」
「ええ、義勇ったら上手に出来ない、ってずっと不機嫌だったわよね」
「…それは忘れろ」
「ふふ、だって可愛かったんだもの。それに、義勇が一生懸命作ってくれたのが本当に嬉しかったのよ、私」
「そうか…。そのあとのことは、覚えているか」
「そのあと…?」

勿論、覚えている。子供の戯言だと言われてもいいかもしれないけど、小指に咲いた花に込めた言葉は色褪せることなく覚えている。
頷く代わりにその蒼い瞳を覗き見れば、眩しそうに細められた後、ゆっくりと距離が縮まる。
秋桜が囁き揺れる中、重なる唇からじんわりと伝わる愛情に目を閉じる。小指から薬指へ、移りゆく時代に変わらないのはただ一つの想いのみ。
遠くで私たちを呼ぶ声がした。




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