「佐々先輩ってなんていうか家庭的?ですよねえ」
「家庭的……」

それは褒め言葉なんだろうか。

会社の給湯室でお茶を入れつつ、持ってきたお弁当につける割り箸を探していると、後輩が「せんぱーい」と入ってきた。
なにしてんの?と聞かれたから弁当を見せて、割り箸を探していると言ったら、突然しみじみとそう言われた。

「お弁当先輩が作ってるんでしょ?」
「まぁそうだけど。あまりもんだよコレ」
「なんですか?」
「肉じゃが」

保温ジャーに入れたからまだあったかい。

「ええええええ」
「え、なに?」
「肉じゃが……?」
「え? え、なに? ダメ?」
「………この部署男ばっかなんですから、そんなもん持参して食べてたら喰われちゃいますよ」
「なに? 弁当? 別に食いたいならあげるけど。一口までな」
「ちげーし」

後輩は笑いながら、高めの棚に手を伸ばして、中から割り箸の容器を出して差し出してくれた。

「ありがと」

一膳だけ受け取って巾着に入れて、淹れたお茶と一緒に盆に載せると、「さーさ先輩」と後ろから覆いかぶさるようにして抱きつかれた。
重てえ。つか運べねえ。

「なんだよ」
「それ誰かにあげるんすか?」
「え」
「だって先輩、弁当食うときはこんなことしないじゃん」

そうやってトン、と盆を指されて、少し困った。

「……先輩にあげるんだよ。この前迷惑かけたから」
「先輩?」
「渡先輩」
「えっ」

あの鬼の渡ですかと驚いたように言われて苦笑する。

「結構やさしいと思うけど」
「えー……それ絶対、佐々先輩限定ですよ」
「は?」
「いいなー渡先輩。こんな手料理わざわざ。いいなぁー」

よく聞こえなかったが、なんとなく拗ねたような雰囲気を醸し出す後輩に首を傾ける。ていうか重たいからどいて欲しいんだけど。
そろそろお茶が冷める。腕から逃げ出そうと体をひねった。
振り向くと、やっぱりどこかすねた表情をして突っ立っている後輩がいて、思わず笑うと後輩も頬を緩める。

「……手料理でなくていいなら、これやるよ」

はい。とたまたま持っていたのど飴を渡す。
あ、びっくりしてる。

「なんかおまえ今日声変だから。風邪じゃね?」
「あ、あー……ありがとうございま、す」
「うん」

じゃあ俺行くな。と給湯室から出るときの「やべえ理想」というつぶやきには、気付かなかった。





「先輩」
「………ああ、佐々か」
「お疲れ様です」

デスクに近寄ると、渡先輩は「鬼」と評される鉄仮面を少しゆるめた。ような気がした。

「これこないだのです」
「え?」
「お弁当です」

弁当の入った巾着と、お茶が乗った盆を見せると、渡先輩は一瞬目を見開いて動きを止めて、ぎこちなくうなずく。あれ、なんか、想像した反応とちがう。
……迷惑だったかな。
本当は残り物じゃなかった。朝つくったばっかりだ。弟はすごい喜ぶ反面、訝しんでいた気がする。
やっぱでも、男が料理とか、あれなのかな。気持ち悪いかな。
一瞬不安になったが、渡先輩がすぐにハッとしたように盆に手を伸ばしたことによってそれも吹き飛んだ。

「あ、書類汚れたらあれですし、食堂で食べたほうがいいですよ」
「、ああ」
「じゃあすみません。大したもんじゃないんですけど、まずかったら遠慮なく残してください。器はそのまんま俺のデスクとかにほっといてもらって大丈夫なんで」

じゃあと頭を下げて去ろうとしたとき、「佐々」と呼び止められた。

「……はい?」
「よ」
「?」
「…………よかったら、一緒に食べないか」
「…え」

でもおれ、先輩とおんなじ弁当なんだけど。

「食堂で食べたら、みんなにバレちゃいますよ」
「いや、むしろそれがいい」
「え?」
「……いやなんでもない」
「え?」



食堂に着いて先輩が、先輩たちになぜか弁当を見せつけるまで数分。

先輩たちが肉じゃがに対して過剰反応して首を傾けるのに十数分。

うっかりお茶をこぼした先輩のシャツの袖の染み抜きをしている最中「もうおまえ嫁に来い」真顔で言われるのに、あと数十分。



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