その女子力に惚れた




「あっ、すみません……!」
「あ、いや」


社員食堂で先輩とぶつかった。
母親から送られてきたメールに返事を打ちながら歩いていたのがまずかった。
先輩はラーメンを注文していたらしく、おれがぶつかった拍子にトレーに汁がこぼれていた。

「う、」
「う?」
「うわー! すみません! スーツ濡れませんでした!?」
「、いや平気」
「あああああ本当にすみません……!」

平気と言われたが気になって先輩の前に回り込んで胸元を確認する。
ああ、なんとか大丈夫っぽい。
やばい。
本当にやばかった。

でもトレーにこぼしてしまったので、慌ててシャツの裾で拭おうとしたら、


「いやいやいやいやちょっとまて」
「あ、え、すみません……!」

さらに慌てた様子で止められた。
そのやりとりに食堂にいた何人かが笑ってる。

「おい渡ー、後輩いじめんなよー」
「困ってんぞー」

おもしろがったような先輩方にぶんぶんぶんと頭と手を左右に振りまくる。誤解です!
やばいやばいと焦りながらぽっけからハンカチを取り出してトレーを拭う。
先輩からラーメンをトレーごと受け取って、先輩方の席に持っていった。

「先輩たち違うんです!おれがぶつかったんです!」
「いやいや。渡こわいもんなー?」
「無理しなくていいから。つーかさっきおまえ何でラーメンの汁拭いたよ?ハンカチ?」
「えっ嘘。渡に洗濯させろ!」

そんな滅相もないだろうが!
うちの部署では渡先輩はその男前な顔立ちと、テキパキした動き、キレると怖いことから、一部では鬼の渡と呼ばれている。

席に近寄ってきた先輩に、椅子を引いて「どうそどうぞ」とおれも一歩下がって、もう一度頭を下げようとすると、

「……せ、せんぱい?」
「………ここで食ってけ」
「え?」
「えっ渡が…?」
「あの渡が?」
「後輩と飯だと…?」

突然の先輩の言葉に固まっていると、席の先輩たちは、ぽかんとしてから面白そうにざわつき始めた。
いややめてくださいよ!あんたたちがざわつくたびに渡先輩疲れた顔してるから!

「い、いんですか…」
「構わない」

すっと自然な動作で隣の椅子を引かれて、おれも思わず腰をおちつけてしまった。

「す、すみません……」

なんだか結局先輩に気を使わせてしまった。
こんなにいい人なのになんで鬼扱いされてるんだ。うちの部署女の子少ないからアレだけど、いたら絶対モテモテだと思う。性格良し、見た目良し、仕事良し。完璧すぎる。

「佐々は、弁当派なんだなー。いがーい。女いんの?」

思わず遠い目をしそうになっていると、先輩のひとりが、おれが持っていた包みを見て意外そうに声を上げた。
意外ってどういうことだ。問い詰めたかったが隣にいる渡先輩の視線が怖かったので首を振るだけにした。

「なんか佐々はどっちかっつーと年上にモテそうだよな」
「ああわかるわー」
「可愛がられてそう」
「つーかじゃあそれ母ちゃんがつくってんの?」
「……いや自分で……」

なんかさっきから微妙なことばっか言われてる気がする。
年上のおねーさんどこかおばさんたちに可愛がられるだけだ。食堂のおばちゃんとか、おれがたまに箸忘れて取りに来ると「あらァ佐々ちゃんじゃなあい!最近どうお?おばちゃんたち新作のデザート作ってあとで食べようと思ってたんだけどあげるわァー」とか色々もらえる。今日も、思い起こせば箸を取りに来てただけなのだ。

「すごいな」

一瞬反応が遅れた。

気付けば渡先輩がまじまじとおれの弁当を見ていた。

「い、」
「?」
「いや、す、すごくないです…。お、弟とかの分作るついでに自分のも詰めてるだけで」
「弟がいるのか」
「あ、はい」
「ふたり分もつくってるのか……」

すごい。とふたたび呟いた先輩にぶんぶんと手を顔の前で振る。一人分もふたり分も変わらない。

「佐々なにげ女子力高いよな」
「なー。前なんておれのシャツのボタン留めてくれたんだぜ。取れてましたよーとか言って」
「は!? 佐々おまえソーイングセットなんか持ち歩いてんのかよ!」
「い、いや小学校のとき貰って、なんとなく持ち歩いてるだけです」


なんだこの会。恥ずかしい!
俯いて割り箸で弁当をもそもそ食っていて、おれは気付かなかった。
渡先輩がじっとこちらを見ていることに。
先輩たちがそれを見てにやにやしていることに。


「よかったら今度、弁当を作ってきてくれないか」と言われてぽかんとするまで、あと数分。






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