今はまだ、 「それでさぁーS女の子と合コンしよってなったんだけど、おれ合コンとかよく分かんないし、ていうか女子とあんま上手く話せないから緊張すんだよね」 「そーなんだー……」 朝陽が合コンにいくらしい。 ずずずっとコーヒーを啜りながら相槌を打つと困った感じに笑いながら「聞けよ」って言う。 「……朝陽ってカノジョいなかったっけ」 「兄ちゃんって呼べよ」 「朝陽」 「……こないだ別れた」 ああそう。 内心ほくそ笑みながら「へえ」となんでもない顔をして頷く。 「なんで?」 「あー…なんでだろうな」 とか聞いたけど知ってる。 たぶん、朝陽のなかにある絶対に揺らがない優先順位のせいだ。 朝陽のなかの優先するもの第一位には、絶対おれがいる。 これは今までもこれからもきっと未来永劫変わらない。朝陽は、おれは母さんから生まれたときから今日まで、弟第一位で過ごしてきたんだから。 デート中でも、今すぐ来てって言ったら怒った顔しながらでも来てくれる。そして女に振られる。 朝陽はばかだと思う。 でもそこが小さい頃から今日までとてつもなく、かわいい。 「つーか寒ィ。夕陽、寒くねえの?」 「暑がりだから」 「いいなー」 朝陽はそう言いながらマフラーのなかに顔をうずめた。 学ランから引っ張り出しているセーターからのぞく細い指が赤い。 電車をまつホームで、朝陽のふわふわの黒髪に雪がかかる。 それを上から払うと、朝陽は笑った。 「でっかくなったよな。おまえ」 「ああ、うん」 「おれ成長期止まったのかなー全然伸びねえ。分けろ」 「やんねーよ」 髪と同じ、真っ黒の濃いまつげに雪がかかる。 寒そうに目を細める兄貴に思わず、 「その合コンいつ?」 「え?なに?ついてく?」 「行かねーよ。いつって聞いてんの」 「あー……二月、じゅうよん?」 「バレンタインじゃん」 「ああ」 そういえばそうだな、と朝陽は言ったがあんまり興味なさそうだ。 「……その日おれはオフなんだけど」 「えっ」 「どーすんの?」 「…っ、遊ぶ!」 焦ったようにおれを見上げる朝陽に思わず笑みが浮かぶ。 基本的にバイト三昧部活三昧のおれは、こうやって朝陽と家に帰ることさえ貴重だ。 最近は特に、朝練もあるから、顔を合わせるのは深夜くらいだった。 それに朝陽が寂しそうにしてでも気づかれないように、頑張れよって言ってくれていたのを知ってる。 ……ほんとうは。 最近ぼろが出そうで避けてたんだよ。って言ったら、どんな反応をするだろうか。 朝陽は赤くなった指先でぽけっとからあいほんを取り出すと、何事か打っている。 震える指が、ゆっくり動く。 『夕陽とあそぶからアレやっぱ行かない。』 「…………、」 はー、と朝陽が白い息をはく。 すぐにラインがぶぶぶっと反応した。 『女より弟!?』 『当たり前』 『当たり前!?(驚愕)』 朝陽の友人らしきやつが送ってきた絵文字に、朝陽は笑ってからあいほんをしまった。返事はしないらしい。 なんでこんな。 兄貴は。 「………あさひ」 「んー」 赤い指。 それを急いで掴んでぎゅうっと手の中で包み込む。氷みたいに冷たい。 「夕、見られてるよ」 「……やだ?」 そう聞くと、朝陽は仕方なさそうに笑ってからおれの手の中で指を伸ばして、おれの指に絡め直した。 「14なにして遊ぶ?」 「……帰ったら決める」 「そー?」 ときどき無性に泣きたくなる。 このひとが好きだ。 小さい頃からずっと兄貴だけが好きだ。身も世もなく。 ごめんと心の中で呟く。 「電車きた」 もしかしたら朝陽の一番がおれから誰かに取って代わる日がくるかもしれない。 未来永劫、なんてほんとうは心の何処かでいつも誰かが否定していることだった。 でもそのときまでは。 「夕」 prev / next ←戻る |