「こっち向けよ」

思わず首にぞわっと鳥肌が立った。

「声がエロい」
「どーも」
「褒めてない」

ぶつくさ言いながらも言われた通りに背中を向けていた体制から半回転して振り返ると、さっき渋谷の交差点の途中で見上げたビルの広告とおんなじ顔があった。

「……アオイ」

某アイドル事務所で数年前にいきなり伸び上がってきたグループのひとりの名前を声に出して呟くと、目の前の端正な顔が歪んだ。

「うぜえ。なに?その呼び方」
「いやなんとなく。…アオイって漢字だっけ?平仮名?カタカナ?」
「漢字。一文字で、葵」
「ああ」

そうか。一文字で漢字か。社長も結構安易なネーミングセンスしてるんだよねアレで…。いつの間にか上に伸し掛られて体がぱりぱりのシーツに沈んでいく。体温が広がったベッドが心地よくて再び微睡みが後頭部から広がっていく気がした。

「それでイメージカラーとか全部青にされんだわ」
「アオイっつったら青だろ」
「……俺は赤のがいいんだよ」
「ほんとは“茜”だしな」

茜の頭が腹にのっけられていてその暖かさにやられそうになる。

「レン」
「んー…?眠いんだけど。つかなに、その呼び方」
「いやなんとなく」

腹に振動が伝わる。
茜が喉の奥で笑いながら俺の顔に手を伸ばしてきた。ぺたぺたと頬を触られて、でも振り払うのも面倒で放っていると「やわらけー」と、ふにふにふにふに。俺の顔は饅頭じゃねえ。


「“レン”は幽霊って社長が言ってた……」
「ふーん」

頬に触れていた手がだんだん首に降りてくる。
眠い。

「なんでレンなの?」
「なんか、レンっぽい顔だからって、社長が」
「ふーん」

どんな顔だよ。って思ったけど。

「穂高」

ユーレイになったら一人かな。それは、嫌かもしれない。わからない。ていうか眠たい。
着ていた学ランが脱がされる気配がした。「シワになんだろ」と言われてやっとまだ自分が制服を着ていたことを思い出す。そもそも事務所行ったあと学校行こうとしてたんだっけ…またサボっちまったぜ。明日は行かないとそろそろまずいだろう。

「穂高」

茜が笑った気配がする。広告とか、テレビとか雑誌で見るクールぶってるキラキラした顔じゃなくて、嫌味なニヒルな、なんつーか糞ほどにムカつく男前な顔。明日何時に出よう。茜がいるから午前中に行くのは無理かもしれない。

「茜、明日仕事は……?」
「9時から」
「夜?」
「朝」
「えー……」
「穂高さぁ、今寝てもいいけど夜中仕事しろよ。俺一応見張りに来てんだから」
「無理」
「オイコラ」

まじか。今来たってことは明日午前中オフなのかと思っていたので内心かなりがっかりした。ていうかそんな忙しいなら来なくてよかったのに。そう言えば頭を叩かれた。痛い。

「子守唄ならつくれるかも」
「今回のお題なによ」
「“売れる曲”。」
「しかもバンド用だろ」
「うん」
「真面目に書きなさい」

そう言いながら腕を引っ張ってくる。



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