擬態





「アオイの新曲聞いた?」


渋谷の交差点待ち。若い女の子たちが隣でものすごい早口で会話を交わす中、そんな言葉につられて意識がそっちに向かっていった。アオイ…。ふっと顔を上げると、今時っぽい女子高生くらいの子たちが笑ってた。

「聞いた聞いた! 次の月九の主題歌なんだってね」
「なんか泣けない?」
「泣けるー。アオイの声にぴったりだよね。もっと早い曲のが合うんじゃないかなって思ってたけど、バラード系もいいんだね。びっくりした」
「ねー!」
「ドラマってどんなの?」
「×××って小説が原作のやつ!」
「まじかー。あたしその作者嫌いなんだよね。主題歌だけ聞いてテレビ消そっかな」
「うわサイテー!!」


信号が青に変わる。
女の子たちは高いヒールを履いた足でそつなく綺麗に歩いて行った。

片方だけにさしていたイヤホン。もう片方もつけなおそうと顔をあげたとき、目の前のでっかいタワーの広告塔に、今まさに話題になっていた人物が、憂いを帯びたような表情でマイクにキスしている広告が飾ってあった。
あんなにドアップになってるのに全然イタくない。さしあたり欠点の見つかりそうにない綺麗な顔の人間だった。正直笑ってしまうほど普段とまったく違う。普段着はいっつも灰色のスウェットにぼさぼさの頭でソファで寝転んでいるくせに…。これだからイケメンは。滅びちまえ。

イヤホンからはうるさい音楽がノンストップでながれている。ずっとおなじ曲が再生され続けている。信号を渡りながらその曲を頭の中でなぞる。頭のなかで音を足したり減らしたりテンポを上げたり下げたりしながら試行錯誤を繰り返す。


さっきあの女の子達が話していた曲は、まさに自分が提供した曲だった。
世間上に知られることはまずないが。


まぁ本音を言えば自分が作った曲が売れれば嬉しい。でもその曲の作曲者名は必ず別のやつだ。ゴーストなんだから当たり前だけど、いい気分ではない。そろそろこの仕事も辞めたい。
でも辞めたいなんて言って携帯の電源を落として部屋に引こもれば、めちゃくちゃ騒ぎそうな人もいる。面倒くせえ。ひとこと呟いてカバンを肩にかけ直す。


本当はひさしぶりにタワレコでも行こうかと思っていたのに、ふとそんな気も失せて中央まで差し掛かっていたスクランブル交差点をぐるっと回れ右して引き返した。人によった。英語だか日本語だかわからない言葉が人の間を絶えず飛び交っていて頭がくらくらした。唐突に家に帰りたくなる。

帰路はいつもまだ明るい時間帯。





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