「トーマー」 「なーにー」 「帰るよー」 「へーい」 うるっせーなーと席から立ち上がる。教室の入口には数人のクラスメイトがこっちを見ていた。 よっこらせ、とカバンを持ち上げる。 後ろの席のやつが日誌を書いてるのが見えた。 「圭介帰んねえの?」 「……え? ああ、おれ今日日直」 「そんなんテキトーでいんだよ」 そう言うと後ろの席の男は困ったように眉を下げて笑った。 「トーマー!」 「うるっせーよ! あ、じゃーな」 「おう」 その笑い方がなんとなく頼りなく見えて、気づいたら奴の頭を撫でていた。 思ったとおりふわふわの黒髪は細くて柔らかい。圭介は驚いたような顔をしていた。その顔に笑って教室を出る。 「なに、おまえあいつと仲良かったの?」 「あ? べつに仲良くねえよ」 「へー」 「でもなんか、可愛い顔してるよなー」 「あ?」 ひとりが言った言葉に振り返る。すると周りのやつらもうんうんと頷いていた。 「女の子みたいだよな」 その言葉に後ろのやつの顔を思い出してみる。 真っ黒の髪の毛に、黒目がちな目が印象に残っていた。そうかと思う。瞳がでかいのだ。目の淵も真っ黒だった。睫毛が濃いんだろう。左右対称な綺麗な顔をしていた。 特に印象に残るわけじゃないけど、よく見るとかわいい。そんな顔。 「帰宅部だよな」 「なんか、家の手伝いあるとか言ってた」 「へえー」 そっから話はこのあとどこ行くかになって、あいつの話題は霧散していった。 ▼ 「………ん?」 気づいたのは偶然だった。 「あれ圭介じゃね?」 ゲーセン行って散々遊んだあとに某ファストフード店で駄弁っていると、窓に面した道路の歩道にさっき話していたやつが歩いているのを誰かが見つけた。 一瞬わからなかったが、前髪をピンでジグザグに止めてフード付きのトレーナーに細身のジーンズで両手にスーパーの袋をぶら下げて歩いている姿が見えた。 学校では見られない完全に気の抜けた姿はまるで、 「……なんか主婦っぽくね?」 食材であろう荷物をぶら下げて信号待ちする姿は男子高校生に似つかわしくなかった。 思わずじっと見つめていると、いきなり信号待ちしている向こう側の歩道に向かってなにかを叫んだ。 何事かと反対側を見れば、あいつと同じように小さめの袋をひとつ持った、幼稚園くらいの子どもがあいつを見て笑っていた。 は? と思ったとき、信号は赤から青に変わる。 途端、反対側にいた子どもは弾かれたように駆け出して、渡りだそうとしていたあいつの膝にタックルするようにぎゅうっと抱きついた。 両手がふさがっているからか、あいつはその場にしゃがんだだけだったけど、子供に首にかじりつかれながら、あいつはそっと笑った。 さっき教室で見せたみたいな。 困ったような嬉しいような顔して笑った。 「…………、」 その顔になんだか何も言えずに見入ってしまった。 なんでそんな、 「……マ、……トーマ? おーい」 「…よ」 「あ?」 「どーしよ、なんか、……いっぱいいっぱいかも」 「は?どした?」 やばいこれ完全に恋した。 「(やばいそーだここ男子校)」 「(どこぞの狼に襲われる前に、)」 prev / next ←戻る |