授業中教師に頭をはたかれた。
気がつかなかったが半分寝ていたらしい。普段割と真面目に授業を受けているタイプなだけに余計な心配をされた。昼休みに職員室に呼び出され「なにか心配ごとでもあるのか」と聞かれて「弟の遠足用のお弁当の、下ごしらえとかしてたら朝が来てた」と言うと職員室全体が静まり返ったあと、なぜか飴やらみかんやらが渡されて「これからも…頑張るんだぞ」とやけに優しい目をして言われた。


「でもなんか勘違いされてる気がする」

あまりの眠さに五限をサボって、空き教室で友人にそう漏らすと、友人は笑って頷いた。

「圭介はただ単にブラコンなんだよな」
「……まぁ否定しないけどさ」
「つーか下ごしらえってなんだよ!」
「え、煮込む前に味浸したり、煮込んだあと冷まして、そっからそれ使って他のおかず作ったり、旗作ったり」
「旗?」
「お子様ランチに乗ってるやつ。あれ入れると和葉よろこぶ」
「ほんとおまえ健気!」

げらげら笑う友人につられて笑った。健気というか、我ながら過保護だとは思う。
母親がいないせいでよく同情されることもあるが、和葉がいる。だから長いこと悲しんでいることはできなかったし、なにより和葉中心の生活は楽ではないが、辛くもない。

今頃和葉は地元で有名な森林公園で、お弁当でも食べているころだろうか。
そう思いながらうとうとしていると、スマホが振動した。
一瞬友人のものかと思ったが、「おまえの鳴ってる」と言われてああ自分のかと気づく。
取り出して見ると、和葉の通ってる保育園からだった。

(和葉?)


「どした?」
「……あ、ごめん。電話、出る」
「うんどうぞ」

慌てて「はい」と電話に出ると、『あ、圭介くん?』と低い声が聞こえた。


「あ、……和葉の先生」
『うん俺。ごめんねいきなり。あのさ、今遠足中なんだけど、』
「はい」
『和葉くん、熱あるみたいで――』
「え?」

いつもは余裕のある声も心なしか焦っているようだった。その言葉にさあっと血の気が引く。

「あ、……あ、じゃあ迎えに、」
『いや近くの小児科つれてくから、そこ来れる?あ、今授業中?』

心配そうな声に「行きます」と即答して小児科の場所だけ聞くと急いで電話を切って、立ち上がる。友人は察しているように「和葉くん?」とだけ心配するように言ってから、俺の頭を撫でてから、なんかあったら連絡しろとだけ言って見送ってくれた。







病院の待合室に飛び込んできたのは、学ランのまま手ぶらで駆けてきたのか、息が上がっている圭介くんだった。
俺の姿を見つけると一直線に走ってきて、「かずは?」と聞く。赤くなっている目尻は大きく上下する肩に、痛々しい気持ちが沸き上がった。

「…大丈夫。ただの風邪だって」
「……そ、うですか」

待合室のソファで横になって寝息をたてている和葉を見ると、圭介くんはじっとその寝顔を見つめて「かずは」とささやくような声を漏らした。
しばらくそうしていて、ようやく安堵したようにため息をついた。

「ご迷惑を、おかけしました」
「いや大丈夫。座りな」
「はい」

ほとんど毎日弟を迎えにくる圭介くんは本当に、こっちが心配になるほど心配そうに和葉くんを見ている。俺もまさか遠足中に倒れたのでさすがに焦ったが、ぶっちゃけ和葉の心配はそれほどしてない。こいつならさっさと病原菌を追い出すだろう。今だって安らかな寝顔で頭を撫でる圭介くんの手を受け止めている。羨ましい。
むしろ目元に濃いクマをつくって、ガリガリに痩せている圭介くんが心配だった。


「……俺、」
「うん?」
「…遠足だって、聞いて、はりきっちゃって」
「…うん?」
「弁当とか、すごい凝っちゃって、むしろそっちばっかで、肝心の和葉の体調見抜けなかった…」

無意識だろうか、漏らされたそれは弱々しかった。
普段から健気だとは思っていたが、ここまでくるとなにか通り越して愛しいくらいだ。

「圭介」


自惚れだと言われても構わないが俺は人からウケる顔のつくりをしている。今までいろんな女や男と関係を結んできたけど、ここまで庇護欲を掻き立てられたのは、この子だけだった。

「……俺が高校生の時はもっといい加減だった。おまえ頑張ってるよ。すごく」
「……」

な、と言い聞かせるようにワックスはつけない主義なのか、ふわふわの髪の毛を撫でながら言うと、しばらくしてこくっと頷いた。

「和葉の弁当も、一番美味しそうだった。旗まで立てたんだろ? 和葉みんなに自慢してた」
「……そ、うなんですか?」
「そうだよ」


そのあと熱出したんだけどな、と笑うと、気が緩んだのかようやく笑った。
「ありがとうございます」と言いながら、普段の無表情をへにゃっと崩したような笑い方があまりに可愛くて思わず抱きしめてキスして連れ去りそうになったが、それは、圭介くんの友達からの電話によって邪魔された。
クソその友達絶対シメる。




「圭介くん送ってく」
「いや風邪移すと悪いんで…友達の、お母さんが迎えに来てくれるみたいなので、大丈夫です」
「(くそー…)」





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