うちの母さんが再婚したのは俺がまだ小学生になる前だ。
俺の手を引いて、知らないオジサンと、知らない子どもが住んでいるマンションに連れてって、「今日からこの人がお父さんで、この子が連のお兄ちゃんよ」と言った。
そのお父さんという人は穏やかでとても優しいひとだったので、連れ子の俺のこともよく可愛がってくれた。
そしてお兄ちゃんという人も、父親に違わず非常にやさしい人でまるで本当の弟みたいによく面倒を見てくれた。
うちの母親は家事というものに縁がなく、それは新しい父親もそうだったようで家の家事はほとんど兄がやることになっていた。
兄が高校生になると、両親はよく家を空けるようになった。
俺が高校生になった今ではもはや兄と二人暮らしと言っても過言ではない。


「ただいま」

テレビの音しかしていなかった家にやさしい声が灯る。
本当は昔みたいにすぐ駆け寄ってしまいたいが、あんまりがっついて子どもっぽく見られるのが嫌でわざと何も言わずにテレビを眺める。内容はあんまり入ってこない。

「レン、いる?」

リビングに入ってきた兄貴は朝出て行ったときと同じ、染みや皺なんかひとつだって見当たらないきちんとしたスーツ姿だった。
「おかえり」とすぐ視線をテレビに戻して言うと、「ただいま」と返事が返ってきて俺の後ろを通り過ぎる。
「ごめんな遅くなって。肉じゃが余ってるのでいい?」
「…別にいい。うまいから」
思わず正直に言ってしまい慌てて兄貴を見ると、すごく嬉しそうな顔をして
「おまえ、本当にやさしいなあ」
と笑ったのでやっぱり我慢できなくてソファから立ち上がって、台所に向かう兄貴の背中を追った。

社会人の男にしては線が細い背中。薄い肩にあごを乗せて、会社で洗ったらしい弁当箱をしまおうとしていた兄貴の邪魔をする。
それでも嫌がる素振りもせずに普通に作業を続けるあたり、おれの扱いに慣れてる。


「……兄貴」
「ん?」
「なんで、弁当箱ふたつもあんの」
「ああ、…会社のひとにちょっとお裾分けしたから」
「肉じゃが?」
「うん」
「だから朝から作ってたのこれ、わざわざ」
「うん、まぁ、わざわざってほどでもないよ。材料圧力鍋入れただけだし」

簡単に笑う兄貴に、誰に作ってやったんだと問い詰めたい気持ちを抑えてふうんと返した。
ふうん。

女ではないだろう。
兄貴の部署女いねえって言ってたし。

「後輩にもからかわれた」
「なんて」
「家庭的だって」

それ口説かれてんじゃねえのとか勘ぐってしまう。
取ってと言われて冷蔵庫から肉じゃがの残りと胡瓜と鳥のささみの和え物を取り出した。

「彼女いないの知っててそういうこと言う普通。嫌味だよなぁ」

兄貴はそう言って笑うけど、会社から帰ってきて弟と二人ぶんの食事を用意する姿は家庭的としか言いようがない。
だってそうだろ。
朝から保温ジャーにわざわざ容れてまで肉じゃが作って、
部屋片付けて、朝飯作っておれのこと送り出して、自分会社行って、会社で弁当箱洗って水筒洗って、帰って晩飯作って、これから洗濯して風呂入ったついでに風呂掃除して。
まじで完璧でしょ。
学校卒業したら、兄貴に負けないくらい良い会社に就職して、兄貴はずっと家にいればいいのに。
そしたら、今日弁当つくってやった奴にもそんな兄貴を見て血迷った奴にも家庭的だと言った奴にも、誰にも見せないでいれるのに。

「レン、ごはん。ほら」
「……ユウ」

ユウ。優。名前で呼ぶと、一瞬目を見開いてから嬉しそうに破顔した。

「…彼女、出来なかったらおれが養ってあげるから」

だからこれからも優の飯食わせて。
そう言えば、ユウは笑った。

「おれなんかのご飯でいいの?」



ああ、まじ世界一可愛い。




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