「それはちょっと、分かるかもしれない」

 ジャケットをながめて荻原が言う。こいつもけっこう懐古趣味があり、ゴシック調の黒っぽい服を好んで着ている。男子でこれを知っているのは自分だけじゃないかと思う。

「あたしは20世紀に生まれたかった」
「ゼロ年代もけっこう良くね? というか、Driveがゼロ……いや、世紀末だったかなあ」

 そのあたりの音楽はかなり好みだった。一方荻原は別の意味で前世紀を愛していた。

「20世紀風の素敵な紳士はいないものだろうか」
「……まだ言ってんのかよ」
「なぜ大正時代は終わってしまったのか」
「代替わりだよ」
「どこかに20世紀初頭のロマンスグレーの老紳士は落ちてないかなあ」
「20世紀初頭に紳士だった人は今生きてねえだろ」

 言うと、ハア、とため息をつかれる。こいつがこういう意味で面食いなのを知っている人間はこの世に何人いるのだろう。
 とは言いつつも年上趣味なんてwebをあさればいくらでも居る訳で、荻原がさして孤立していることも無く、またDriveのコミュニティも細々と存続しているし、ゼロ年代のゲームのファンもなぜかあの掲示板に潜んでいた。互いに見えていないだけで、実は色んなものがありふれているんだと気付く。自分を少数派とか珍しいと思うのは、羞恥心だろうか、傲慢だろうか。僕は、はたして珍しいものなのか。……というより、僕は特別な、選ばれた人間なのか、否か。
 たぶん違う。自意識なんてきっと……どこかで見たことばを思い出した。と同時に口ずさんでいた。

「“臆病な自尊心と尊大な羞恥心”」
「……はい?」

 いぶかしむ荻原に、突然思い出したと弁明。嘘はついていない。

「山月記?」
「だよな?」
「うん」

 理由も無くため息をついて、僕たちは席を立った。

 店を出ると空はいつの間にか真っ暗に曇っていた。さっきまでは晴れ間が見えていたのに、日暮れのようにうすぐらく、厚く重い雲が広がっている。いつ降りだしてもおかしくないような空だ。

「寒い」と荻原が呟いた。シャツ一枚にベストだから無理はないし、
「アイス食ったからだろ」
「だよねえ」
「しかも、本当に冷えてきてるし」

 湿った、あきらかな水のにおいを感じた。今にも雨粒がこぼれ落ちそうなぐずついた空模様にせかされて、僕たちはそれぞれ自転車にまたがる。

「すごい雲」

 流れている。黒くおそろしい速さだった。生き物のように絶えず形を変えながら雲は湿気をはこぶ。風が強い。枝が音をたててゆれている。早く帰らなきゃ、と僕は呟く。

「でも、こういう雰囲気は嫌いじゃない」
「……うん」
「家の中での雨観賞はたのしいんですけどねえ」
「ですよねー」

 自転車をこぎだして、途中まで一緒の帰路を行く。この町は坂が多くてときどき嫌になる。
 併走する荻原が、ホズミ、と僕を呼ぶ。荻原はしっかりと前を向いて、僕と目が合わない。

「聴きおわったら、CD、貸してくれない?」

 僕は、二つ返事。


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